頁:57 その【街宿】高級につき。
宿へと到着し、宿の従業員に案内されるがままに廊下を進む。
外観からして高級そうな空気をひしひしと感じていた一同。
内装も素晴らしく、しばらく歩いて案内された部屋――
そこはなんと――大部屋一室を丸ごと貸し切りという……贅沢三昧。
真っ先に声を上げたのは騎士で、彼は『うぉ……。』と感嘆の吐息を零す。
庶民の泊まる宿とはまるで違う別世界が、そこには広がっていた。
壁には緋色や深緑の布が垂らされ、異国めいた紋様が光に映える。
天井から下げられた照明は、眩しすぎず優しい光。
王侯貴族用の寝台か?と問いたくなるようなサイズのベッドが四台。
ふかふかの羽毛布団。上品で心身ともに落ち着かせるような御香の薫り。
「なんじゃこりゃーーーッ!布団が吹っ飛びそうなんじゃけど……。
しゅごい……あたしここ気に入った!! さすが高宿じゃーっ!!」
パタパタと駆け出し、布団の海へとダイブを試みるルル。
彼女の身体は羽毛布団により見えなくなってしまっていた。
大部屋に感激していたのは、なにも彼らだけではない。
聖女もまた目を丸くさせ、部屋の隅々を歩きまわり――やがて見つけた部屋。
その部屋は脱衣所と、だだっ広い浴室。
乳白色の清潔感溢れるバスタブに、高級な石鹸のおまけつき。
至れり尽くせりの空間。風呂場という魅惑の楽園――
「すげぇな、この宿……高級宿なだけあるぜ……一泊で白銀貨……。」
パルテオンがなにか呟き、ソファに腰掛けようとした、その時だった。
「ねぇッ!!!」
「わ、私ッ!!お風呂ッ!!お風呂に入りたいッ!絶対入るッ!」
瞳に輝きを宿した聖女が、珍しく大声をあげていた。
「おー!ええじゃーん! あたしも入りたい! 一緒に入ろー!!」
寝台から起き上がったルルが世羅の元へ駆け出し、楽しそうにはしゃぐ。
「あたし、魔法で水の温度変えられるんよーなんかの役に立つかも!
セラちゃんの背中はあたしがしっかり流しちゃるけー!」
男性たちの意見などまるで聞く様子をみせない二人。
彼女は浮き足立つ足取りで、颯爽と浴場へと歩いて行ってしまった。
「あ、あのっ!! 二人ともっ!!入ってくるのは構わないけどッ!!
だけどその……出てくる前にはちゃんと一声かけてねっ!?」
勇者がとっさに声を上げたが、彼女たちはすでに脱衣所。
扉越しに聞こえてくるのは、二人の軽快な返答だった。
彼女たちは浴室へと姿を消し、部屋には一変して静寂が訪れた。
残された男性陣は二人で顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるしか出来ない。
彼女たちがいない間に着替えを済ませ、魔道具を装着したノア。
彼は頭にずっと浮かんでいた疑問を、禁書庫にいるであろう彼へ投げた。
「ねぇ、バルタザール。
聞こえているかな?少し……聞きたいことがあって。」
『はいッ!聞こえておりますッ!』
「魔族って……いったいなんなの? 実は僕よくわからないんだ。」
『はて……なんとッ!勇者であれば当然ご存知のモノかとッ……!』
軽い咳払い――遠くから聞こえてくる書物の頁をめくる音。
次いで聞こえてくるのは、賢者本人の昂ぶった声音。
『古来より伝承や神話において、魔族とは……“力ある長命の異業種”――
と、そう語られておりました。伝承ではかつて……人族のみならず……』
『他種族までも手をかけ、滅ぼそうとした悪鬼であった……。
と、そう記されておりますな。』
『現在は不可侵協定により、交流は絶えております。ですが――
交易は続いており、魔石等の流通もあります。』
『といっても、それだけの関係ではございますが――』
いつもより落ち着いた声色で届けられる賢者の言葉。
勇者は彼の言葉に耳を傾け、考え込む。
「それで――それ以上は分からないの?」
『ええ……そうですな。 はるか昔には幾度となく小競り合いがあったと。
その辺りの記述は古く、現在は文献も残っておらず……確か――
天地創史記という神話の諸本の記述では……ええっと――』
延々と講義が始まりそうな空気を悟ったノアが、言葉を差し込んだ。
「最後に、人と魔族さん……たちが戦争をしたのって、いつなのかな。」
『も、申し訳ないのですが、わ、ワタクシにはその情報はッ……!
天地創史記の成立時期すら定かではないため……その、つまり――』
「うん、わかったよ。 ありがとう、バルタザール。
僕は少し……考える時間が欲しいから……ごめんね。」
未だなにか音声が届けられていたが、魔道具を外し革袋に仕舞いこんだ。
魔族――彼らという存在は、いったいなんなのか?
なぜ、そのような『悪鬼』であると、されているのか?
以前出遭ったあの魔族の少女。あの少女からは確かに嫌な気配を感じた。
しかし、その後に対峙したあの青年からは、何も……感じなかった。
だから、あのときの自信は恐怖で――
自分自身認知していなかったが、自信にも恐怖を感じることが、と。
聖剣に語りかけても、彼女はときに語り、ときに黙する。
それゆえに分からないことだらけだった。
思考に耽っていると遮るように聞こえてくる弾むような声。
「そろそろ出るけー! セラちゃんおるんじゃけぇ配慮しろよー!!」
「すみませんっ……! お待たせいたしましたぁっ!」
扉越しに響くのは、ルルの淡々とした気だるげな声。
やたらと恥じらっているようなセラの声――
どこから取り出したのか。タオルを片手に決意の眼差しで頷き合う男性陣。
「よし、目隠しだなッ!」
「そうだね、パル――!」
なぜか慣れた手つき、真剣な面持ちでタオルを顔に巻き付ける騎士。
勇者もまた彼と同様に、緊張の面持ちで目を覆った。
――なぜか、決闘に臨む騎士のような張りつめた空気で。
彼らの張り詰めた空気などものともせず、やたら艶っぽく吐かれた言葉。
「ルルちゃんのお陰さまで……気持ちよくって……私っ……あんなの――
初めての体験で……。 もう、戻れそうにないですっ……。」
「んだろー? あたしのテク……すごいじゃろ……? 惚れたー?」
――あまりにも、耳に響きすぎた言葉。
脳に届いた瞬間から、男性陣の思考は停止。勇者は暗い視界で考え込んだ。
騎士――彼も彼で、脳内では結構な修羅場が繰り広げられていた。
(テク……?? テクってなあに? 手法??ルルの手法で……セラが??)
(クッソ……中でナニやってたんだよアイツらッ……!いかがわしいッ……!)
騎士の耳に届くのは『……(ゴクリ)』という唾液を呑み込む、生々しい音。
お陰様で余計に状況は悪化し、男性陣の思考回路は焼き切れ寸前。
「はいっ……! 本当にもうっ……すっごく、お湯加減がちょうどよくて――
あんなに気持ちの良い温度の湯船に浸かったら……戻れませんっ!」
「じゃろー?? あたし、魔力で温度調節すんのちょー得意なんよー!」
そう、それは――湯加減……ただの“湯加減”の話。
男性陣は「ガクッ」と崩れ落ちそうになるが、なんとか耐える。
(クソッ!湯加減かよッ! テクとか誤解を招くような単語ッ!アホタレッ!)
(湯加減……そっちかー! 最悪だ、僕のバカ! やらしい想像しちゃった!)
かくして、長旅の後の夜。一流宿の大部屋に訪れた、束の間の静寂。
と――見せかけて、男性陣の胸中ではもやもやした気持ちが蔓延る。
悶々としたモノと戦いながらも、寝台へと身を沈めるのだった。




