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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
五章:

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59/131

頁:57 その【街宿】高級につき。



 宿へと到着し、宿の従業員に案内されるがままに廊下を進む。

 外観からして高級そうな空気をひしひしと感じていた一同。


 内装も素晴らしく、しばらく歩いて案内された部屋――

 そこはなんと――大部屋一室を丸ごと貸し切りという……贅沢三昧。


 真っ先に声を上げたのは騎士で、彼は『うぉ……。』と感嘆の吐息を零す。


 庶民の泊まる宿とはまるで違う別世界が、そこには広がっていた。

 壁には緋色や深緑の布が垂らされ、異国めいた紋様が光に映える。


 天井から下げられた照明は、眩しすぎず優しい光。


 王侯貴族用の寝台か?と問いたくなるようなサイズのベッドが四台。

 ふかふかの羽毛布団。上品で心身ともに落ち着かせるような御香の薫り。


「なんじゃこりゃーーーッ!布団が吹っ飛びそうなんじゃけど……。

 しゅごい……あたしここ気に入った!! さすが高宿じゃーっ!!」


 パタパタと駆け出し、布団の海へとダイブを試みるルル。

 彼女の身体は羽毛布団により見えなくなってしまっていた。


 大部屋に感激していたのは、なにも彼らだけではない。

 聖女もまた目を丸くさせ、部屋の隅々を歩きまわり――やがて見つけた部屋。


 その部屋は脱衣所と、だだっ広い浴室。


 乳白色の清潔感溢れるバスタブに、高級な石鹸のおまけつき。

 至れり尽くせりの空間。風呂場という魅惑の楽園――


「すげぇな、この宿……高級宿なだけあるぜ……一泊で白銀貨……。」


 パルテオンがなにか呟き、ソファに腰掛けようとした、その時だった。


「ねぇッ!!!」


「わ、私ッ!!お風呂ッ!!お風呂に入りたいッ!絶対入るッ!」


 瞳に輝きを宿した聖女が、珍しく大声をあげていた。


「おー!ええじゃーん! あたしも入りたい! 一緒に入ろー!!」


 寝台から起き上がったルルが世羅の元へ駆け出し、楽しそうにはしゃぐ。


「あたし、魔法で水の温度変えられるんよーなんかの役に立つかも!

 セラちゃんの背中はあたしがしっかり流しちゃるけー!」


 男性たちの意見などまるで聞く様子をみせない二人。

 彼女は浮き足立つ足取りで、颯爽と浴場へと歩いて行ってしまった。


「あ、あのっ!! 二人ともっ!!入ってくるのは構わないけどッ!!

 だけどその……出てくる前にはちゃんと一声かけてねっ!?」


 勇者がとっさに声を上げたが、彼女たちはすでに脱衣所。

 扉越しに聞こえてくるのは、二人の軽快な返答だった。



 彼女たちは浴室へと姿を消し、部屋には一変して静寂が訪れた。

 残された男性陣は二人で顔を見合わせ、苦笑いを浮かべるしか出来ない。


 彼女たちがいない間に着替えを済ませ、魔道具を装着したノア。

 彼は頭にずっと浮かんでいた疑問を、禁書庫にいるであろう彼へ投げた。


「ねぇ、バルタザール。

 聞こえているかな?少し……聞きたいことがあって。」


『はいッ!聞こえておりますッ!』


「魔族って……いったいなんなの? 実は僕よくわからないんだ。」


『はて……なんとッ!勇者であれば当然ご存知のモノかとッ……!』


 軽い咳払い――遠くから聞こえてくる書物の頁をめくる音。

 次いで聞こえてくるのは、賢者本人の昂ぶった声音。


『古来より伝承や神話において、魔族とは……“力ある長命の異業種”――

 と、そう語られておりました。伝承ではかつて……人族のみならず……』


『他種族までも手をかけ、滅ぼそうとした悪鬼であった……。

 と、そう記されておりますな。』


『現在は不可侵協定により、交流は絶えております。ですが――

 交易は続いており、魔石等の流通もあります。』


『といっても、それだけの関係ではございますが――』


 いつもより落ち着いた声色で届けられる賢者の言葉。

 勇者は彼の言葉に耳を傾け、考え込む。


「それで――それ以上は分からないの?」


『ええ……そうですな。 はるか昔には幾度となく小競り合いがあったと。

 その辺りの記述は古く、現在は文献も残っておらず……確か――

 天地創史記という神話の諸本の記述では……ええっと――』


 延々と講義が始まりそうな空気を悟ったノアが、言葉を差し込んだ。


「最後に、人と魔族さん……たちが戦争をしたのって、いつなのかな。」


『も、申し訳ないのですが、わ、ワタクシにはその情報はッ……!

 天地創史記の成立時期すら定かではないため……その、つまり――』


「うん、わかったよ。 ありがとう、バルタザール。

 僕は少し……考える時間が欲しいから……ごめんね。」


 未だなにか音声が届けられていたが、魔道具を外し革袋に仕舞いこんだ。


 魔族――彼らという存在は、いったいなんなのか?

 なぜ、そのような『悪鬼』であると、されているのか?


 以前出遭ったあの魔族の少女。あの少女からは確かに嫌な気配を感じた。

 しかし、その後に対峙したあの青年からは、何も……感じなかった。


 だから、あのときの自信は恐怖で――


 自分自身認知していなかったが、自信にも恐怖を感じることが、と。

 聖剣に語りかけても、彼女はときに語り、ときに黙する。


 それゆえに分からないことだらけだった。


 思考に耽っていると遮るように聞こえてくる弾むような声。


「そろそろ出るけー! セラちゃんおるんじゃけぇ配慮しろよー!!」


「すみませんっ……! お待たせいたしましたぁっ!」


 扉越しに響くのは、ルルの淡々とした気だるげな声。

 やたらと恥じらっているようなセラの声――


 どこから取り出したのか。タオルを片手に決意の眼差しで頷き合う男性陣。


「よし、目隠しだなッ!」


「そうだね、パル――!」


 なぜか慣れた手つき、真剣な面持ちでタオルを顔に巻き付ける騎士。

 勇者もまた彼と同様に、緊張の面持ちで目を覆った。


 ――なぜか、決闘に臨む騎士のような張りつめた空気で。


 彼らの張り詰めた空気などものともせず、やたら艶っぽく吐かれた言葉。


「ルルちゃんのお陰さまで……気持ちよくって……私っ……あんなの――

 初めての体験で……。 もう、戻れそうにないですっ……。」


「んだろー? あたしのテク……すごいじゃろ……? 惚れたー?」



 ――あまりにも、耳に響きすぎた言葉。



 脳に届いた瞬間から、男性陣の思考は停止。勇者は暗い視界で考え込んだ。

 騎士――彼も彼で、脳内では結構な修羅場が繰り広げられていた。


(テク……?? テクってなあに? 手法??ルルの手法で……セラが??)


(クッソ……中でナニやってたんだよアイツらッ……!いかがわしいッ……!)


 騎士の耳に届くのは『……(ゴクリ)』という唾液を呑み込む、生々しい音。

 お陰様で余計に状況は悪化し、男性陣の思考回路は焼き切れ寸前。


「はいっ……! 本当にもうっ……すっごく、お湯加減がちょうどよくて――

 あんなに気持ちの良い温度の湯船に浸かったら……戻れませんっ!」


「じゃろー?? あたし、魔力で温度調節すんのちょー得意なんよー!」


 そう、それは――湯加減……ただの“湯加減”の話。

 男性陣は「ガクッ」と崩れ落ちそうになるが、なんとか耐える。


(クソッ!湯加減かよッ! テクとか誤解を招くような単語ッ!アホタレッ!)


(湯加減……そっちかー! 最悪だ、僕のバカ! やらしい想像しちゃった!)



 かくして、長旅の後の夜。一流宿の大部屋に訪れた、束の間の静寂。

 と――見せかけて、男性陣の胸中ではもやもやした気持ちが蔓延る。


 悶々としたモノと戦いながらも、寝台へと身を沈めるのだった。





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