その【大食】肉の宴につき。
禁書庫へと戻ってきた二番手は、聖女であるセラフィーナ。
彼女は昨日訪れた賢者の私室まで来ると、控えめなノックをし、扉を開けた。
何やら物凄い――否、凄惨な光景が広がっており、思わず目を見開く。
彼女の眼の前に広がっていた光景は、賢者バルタザールが、倒れていた。
倒れていただけなら、まだ良かった。
問題は彼の顔が、まるで茹で上げられた蛸のような赤さだという事。
その側では、彼を必死に介抱するルルの姿があるのだが――
彼女の手に握られている手巾には、大量の血液。
一体なんの惨状なのかと、思わず一歩後ろへと下がるセラ。
「えっと。 これは一体…?殺人現場でしょうか…?」
セラは怪訝な表情ではあったが、賢者の元へ寄り《治癒の祈り》を祈る。
癒しの光が賢者を包むが、彼の顔は依然として真っ赤。
「おーめんごめんご。 いやーさ……賢者ちゃんにさ?
一緒にお風呂入ろーって、誘ったらこうなったんよ。」
「一緒に……お風呂に……はいろう……? ですか……?」
セラは事態が飲み込めず、思わずルルの言葉を復唱。
目をぱちくりと数回瞬きさせ、やがて、なんの想像をしたのやら……。
転がるバルタザールと同じく、顔を赤へと染め上げる。
「ルルちゃんの胆力は、私の想像を軽く超えちゃって……!」
「聖女殿ッ!!!ワタクシもッッ!!
ワタクシも、まったくの同意見でございますッッ!!!」
鼻に手巾を当て、賢者バルタザールが大げさに頷く。
しかし当事者のルルはどこ吹く風だ。
いつも通りの無表情で、なにげなくぽつりと、二人に爆弾を落とした。
「んー、あたしら小人族ってさー、寿命がせいぜい四十年とか?
長くて六十年とか?くらいなんよねー。」
「んだからよー、感覚がもしかしたらだけど――
賢者ちゃんやセラちゃんたちと、ずれとんかなって。
あたしにはその“恥ずかしい”ってのが分からんのよね。」
ルルの落とした言葉は、二人にとっては重く感じる物だった。
部屋の空気は、一瞬で張り詰め、ぴしゃりと凍りつく。
セラとバルタザールは、互いに口を閉ざしルルから視線を逸らした。
空気を察したルルは瞳を細め、気まずそうに二人に対して声を落とす。
「わりー、今の話って、重い話のつもりじゃねーんよ?
寿命なんてそんなモンしょ? ちな、あたしらの故郷にはもっと短命おるし」
「妖精族ちゅー種族とか、五年そこいらだぜー?
短命は儚いっつー考え方ってさー…なーんか人族って感じするわー。」
二人にはルルの軽口すら、強がっているのではないかと感じさせた。
バルタザールは立ち上がり、ドンと床を鳴らし――大声で高らかに宣言。
「解りましたぞ――ッッ!!! ルル嬢ッ!!!
ワタクシ、あなたに介助して頂きながらでもッッ!!!
例え、どんな困難が待ち受けようともッッ!!!
共に、風呂に入ってみせましょうぞッッ――!!」
だが、その瞬間だった。賢者の顔は鮮烈な赤色へ染まり――
「ふんぬぅぅぅッッ!!!」
自身の情熱に耐えきれず、彼はどさり、と力なく倒れ込んでしまった。
ジト目で見つめるセラとルル――
彼女らは協力し、なんとかバルタザールを寝台まで運んだ。
「バ、バルタザール様…! お気持ちは分かりますがっ…!
せ、せめてベッドで横に…!!」
「あ、あたしのせいじゃないよね…? これ…。」
◇ ◇ ◇
そんな三人の元に、三番目に部屋に現れたのは、騎士・パルテオン。
豪胆で豪快な戦士のような彼。その両手に抱えられたのは――
信じられないほどの大量の食料。
否、支援物資といっても過言ではないほどの“肉”を積載していた。
彼はドカドカと音を立てながら、大図書館を闊歩する。
禁書庫の司書の私室の扉をノックするでもなく、蹴破らん勢いで入室。
「ドラァッ! 賢者、メシだ! 大量に買い込んだ!これで元気を出せ!」
満面の笑み、両腕に積載されている大量の“肉”料理を携えドカリと登場。
賢者の部屋にある机に広げられた紙束を、ルルが咄嗟にどかす。
パルテオンはその小さな机に、次々と料理を置いていった。
が、しかし――いずれも肉・肉・肉。あまりに肉肉しい。
まずは、やたら肉厚な分厚いバンズに挟まれた巨大なハンバーガー。
片手では到底持ちきれない、やたらと太さがあるソーセージのホッドドッグ。
さらにハムが幾重にも重なった、やたらデカいサンドイッチ。
極め付きはというと、豪快過ぎるやたらと油でテカっている、巨大な骨付き肉。
よもや、戦場に投げ込まれた補給物資のような――
それ程までに凄まじい肉の香りに、思わず顔を引き攣らせる女性陣。
「お、おにく……お肉があまりにも、多すぎはしませんか…???」
「おうおう、すげーなこりゃ。
豪勢ってより、豪快って感じすんじゃけど。 んでもってよー……
それ、賢者ちゃん多分……一口食べたら倒れるぞ? しらんけど。」
その言葉に騎士はというと、肉料理に目を向け、キョトンとしている。
「な、なんだってーッ!!!
賢者はこれ、食えねえのか!? じゃあ、俺が食うなッ!!!」
パルテオンはわざとらしいような、盛大なリアクションを見せた後――
“食うな”の“う”の部分で、彼はもう、食料に手をかけていた。
迷いなく食らいつき、あまりに豪胆に、豪快に、まるで猛獣が如く――
肉汁を滴らせながら「ガツガツ」と音を立てる。
そのあまりにもなザマは、下手な魔物より恐ろしかった。
彼女たちは心の中で、心底賢者が気絶していて良かったと、胸を撫で下ろす。
ルルの“浴室へのお誘い”はこの為にあったのだと。
間違いではなかったのだな、と……そう思わざるを得ないほどの光景。
仮に、賢者の意識があったならば――
きっとこの肉の宴に目を回し、即座に嘔吐していたに違いない。
ルルはジトりとした目を、肉汁を滴らせる騎士へと向ける。
半ば呆れ半分に、ぽつりと吐き捨てた。
「――賢者ちゃんが起きとったら、まじで吐いとったじゃろうね……」
禁書庫の一角――
その片隅、賢者の私室では、ベッドでぐっすり眠るバルタザール。
その付近では、肉との決闘に勤しむ騎士の姿があった。




