頁:54 その【都市】港街につき。◆挿絵有り
――◆第五章
乗合馬車の旅の三、四日目はそれはもう退屈な旅路ではあった。
それでもどうにか退屈を紛らわそうと、道中で賢者は色々語ってくれた。
そうして全員の顔に、旅の疲れがにじみ始めた頃合い――
遠方に確認できる石造りの城壁、活気あふれる町並み。
何より目につくのは、蒼く輝く海が広がる光景。
交易都市としか聞いておらず、まさか港町だったとは――
思いもよらなかった勇者や小人族は、輝く瞳で遠方を見つめていた。
「すげーッ!!あたし、森から出たことなかったけ、海とかはじめて!
あれ全部水なんか!しょっぱいって本当なん?」
「ああ……そういやルルは西の大森林出身だったよな……。」
「僕も海を見たの初めてかも!ずっと畑ばかり見てきたから――」
賑やかな会話を交わし、徐々に近づいてくる城壁。
見えてくるのは大小さまざまな屋根。
確認できるのは、それらが市場だということで、まだまだ距離はあったが――
鼻腔を突き抜けるように香ってくるのは、潮のような匂い。
そうして四日目の昼頃、ようやくたどり着いた交易都市。
馬車が停車し、勇者と聖女が身分証を提示。
全員、拍子抜けするほどにあっさりと門内へと招き入れられた。
「よおこそ勇者一行の皆様! 交易都市へようこそ!」
「ここ、交易都市は煌陽国唯一の港がある都市なんですよ!
交易が盛んで、外国の品もたくさんあり、観光にはうってつけ!」
「魔物もあまり出現せずとても平和な都市です!是非堪能してってください!」
気さくな門番の言葉に、心が踊る気持ちを抑えきれない勇者と小人族。
なんせ彼らにとっては初めての『海の見える街』なのだ。
都市に入って早々――喧騒と共に賑やかな商店街と市場が広がっていた。
行き交う人々のざわざわとした熱気。風に乗せられる焼いた海産物の香り。
「おお~!ひっさびさに来たが――ここぁ変わんねぇなぁッ!」
周囲を見渡して鼻を鳴らしている騎士。どうやらマウントを取りたいようだ。
彼が語るに、過去に任務で訪れたことがあったらしい。
自慢げに語り、街中を練り歩くが……騎士が空腹だという話に。
情報収集と腹ごしらえも兼ね、まずはご飯という流れに落ち着いた。
時刻は昼頃。市場は人々でごった返しの様子。
適当に目に入った食堂へと入っていった勇者たち。
木の扉を押し開け、香ってくるのは本能を刺激する香ばしい香り。
香草と肉油が熱されたような香り。その全てが空の胃袋を刺激する。
賑わった店内では喧騒や笑い声がひしめきあう。
何を食べるのか簡単に話し合い、そうして食事を進めている途中――
口いっぱいにパンを詰めたまま、語りだしたノア。
「ふぁふぇ! ふぁらふぉふぃふぁいは……ふぅんふぁふぁ!
(さて、腹ごしらえがすんだら――)」
当たり前ではあるが、勇者の言葉を理解できるものは誰もいない。
「食べるか喋るか、どっちかにしろ……ノア。」
と、突っ込んでいる彼だが、そんな彼も食べながら語っていた。
「ええと、腹ごしらえが済んだら、ニヴェイシア子爵さんの住処?
を暴かないとだよね!一体どこにあるんだろ?」
「住処を――暴く……?あたしら泥棒にでもいくんか……?」
「ノア……言い方!言い方に気をつけませんと!」
ノアの言葉を受け、ルルがそっと椅子から立ち上がり――
子供らしい仕草で側にいた給仕へと歩み寄った。
「ねぇねぇー、おねぇちゃぁん!ちょっと聞いてもいーいー?
――『ニヴェイシア子爵さま』のお屋敷って……どこにあるのぉ?」
表情は相変わらずの“無”であるはずだが、声色だけは、妙に甘い。
勇者一行の全員は、唐突の彼女の様子に驚愕。
まるで彼女から氷の魔法でも食らったかのように全員が硬直。
「ニヴェ……?ああー!お薬貴族の方だね?白金子爵様のお屋敷?」
彼のお屋敷なら中心街から離れた丘の上にあるよー。」
「空気の通りがいいとかって、その土地にしたって話らしいわよー。」
給仕係に感謝を伝え、着席したルル。全員が顔を見合わせた。
視線だけで『それで、これからどうする?』と伝え合うのだが……。
『――皆様ァッ!思い出しましたぞッ!ニヴェイシア子爵家の本邸は王都ッ!
ですがァッ!! ヴァルメリアに居を構えるとなるとォッ――ッ!!』
耳にかけた魔道具越しに届く賢者の爆音。彼の熱意は勢いを増していった。
『薬の研究や交易の便宜を優先している可能性を考慮し仮にですが――
高台という場所に屋敷が建っているともなれば空気の流れやもしくは――
地脈の流れまたは潮風の影響を配慮し薬学の研究施設として最も適切な――』
『ゼェッ……ハァッ……! 魔石やッ……薬草の保管ッ……!
薬学の研究施設として、モォッ……!』
彼の声色からは、現在彼がどんな顔で語っているか、容易に想像できるほど。
激しく空気を吸い込む音に紛れ、頁をめくりまくる音が響く。
ノアとパルテオンの二人は、早々に魔道具を手放し、机に置いていた。
「はぁ……はいはい。 わーったけぇ……超凄い知識ありがとなー。
んでもって、あたしらの耳がくたばって旅がおわっちまう。」
『しゅッ……しゅびばぜぇん……。』
賢者からの謝罪の言葉――幾分か音量は抑えられたためなのか。
ノアとパルテオンは互いに視線を交わし、魔道具を装着。現金な勇者たちだ。
聖女の胸の奥には、あの『魔族の童女』の姿がふとよぎった。
なぜ――彼女は自身を狙っているのか。理由がいまだに分からない。
やはり魔族にとって【聖女】という存在は、それほどまで疎ましい存在なのか。
胸の奥に渦巻く不安をかき消すように、無理に笑顔を作ることしかできない。
「それじゃ――お屋敷の場所、確認しにいこっか!」




