頁:53 その【勇者】憂慮につき。◆挿絵有り
日は落ちかけていたが、次の宿街まではまだまだ距離があった。
予定よりもすこしばかり遅れているとのことらしく――仕方なく野営となった。
御者と協力しテントを設営し、食事を皆で平らげ――
やがて夜の闇が支配するような時間帯。
寝ずの番を務めるのは聖女と勇者。といっても一日ずっとというわけではない。
後半には騎士と小人族に交代する予定ではあったのだが……。
焚き火にくべられた、小さな木の枝が燃える音以外、無音の空間。
虫の鳴き声や野生動物の声すら聞こえず、静寂が広がっていた。
聖女と勇者の二人に会話はなく、ただただ――虚しく時間が過ぎていく。
聖女はずっと、彼に……彼らに言い出せないことがあり――
心に引っかかりがあった。ニヴェイシアに拐かされた件。
今の機会を逃せば、きっとずっと言い出せず――もやもやを抱えたまま。
(……いい加減に誤魔化すのは止めなさい、セラ。)
零す息はどこか、諦めのようなものも滲んでいた。それでも意を決し――
袖口に光る銀色の腕輪を確認し――口を開いた。
「あの――ノア。少し……お話しませんか?」
「……ん?どうしたの、セラ。 すごく畏まってるみたいだけど……。」
「ノア……今まで、ずっと黙っておりまして、ごめんなさい。実は――」
袖口をめくり『これ……』と、アメトリクスに渡されたソレを見せた。
淡く光を帯びたようにみえる腕輪。一見すればなんでもない装身具だ。
ただ見せつけられただけでは、理解することが出来ず、小首を傾げるノア。
躊躇いは少しだけあったが、セラの手首に触れ、その腕輪を見つめる。
「ええっと……これは?ただの腕輪だよね?ごめん――説明がほしい。」
が、セラから答えを貰うよりもはやく、腰の聖剣が答えた。
『おや?珍しい。それは高価な護符のはずだ。一度きりではあるが……。
致命傷を無効化することができる、貴重な代物だ。』
『ごふ? 護符って……お守りってこと? 致命傷から……?』
致命傷――なぜそのような物騒な護符を彼女が身につけているのか?
しかし、いつ彼女がこのような物を持ち歩いていたのかと、謎が深まる。
胸中で聖剣との会話を交わしている最中、勇者から視線を逸らす聖女。
「この腕輪……なのですが――その。」
「夜会の前日になりましょうか。教会に訪れた際のお話なのですが。
ニヴェイシア様に“渡された”ものでして。ですが……その。」
「私にも、詳細はよく分からないのです。気が付いたら腕に付いてて……。」
彼女の声は震えており、それでもどうにか言葉に落としたようだった。
一体、なんでセラがそこまで不安になっているのか、僕には分からない。
ただ渡されただけならこれだけ怯える必要もないはず、だよね?
じゃあ……考えられるのは“無理矢理にでもつけられた”ってこと。
でも恐らく――セラの口から語ることはないのだろうと思う。
彼女は……強がりとかじゃない。ただ、僕たちに心配をかけたくないだけ。
いま僕にできることといったら、少しでも不安にさせないこと、かな。
「えっとね、セラ。 その腕輪なんだけど、聖剣さんが言うには致命傷避け?
の、お守りだってお話だよ?でもなんでそんなものを“預けた”んだろ?」
「それじゃまるで、セラが狙われてるみたいな……」
なるべく言葉を選んだつもりだったけど、駄目だったかもしれないね。
セラの姿は、とっても痛々しくて見ていられない。
でも、彼女を責めてしまうのもそれは違うことだから。困ったね……。
僕は――出来た人間じゃないんだよ……。
「これを渡された際、色々と言われたのですが――ごめんなさい。」
「わたし、どうにもあの方を前にすると恐怖が先行してしまうのです。
それで……身が竦んでしまい、気が付いたら腕にこれがあって。」
聖女の声色と態度は明らかになにかを隠していることは明白。
しかし、追求すれば彼女は泣き出してしまうのでは?と不安に駆られる勇者。
「気が付いてあげられなくてごめんね。」
「でもどうして?その腕輪、外さないの?もしかして――外せない?」
彼女は勇者の疑問に応えるべく、自ら腕を差し出した。
まるで『動かしてみて』と言わんばかりに視線を投げる彼女。
彼女の手首に触れ、金属に手をかけてみるのだが、手応えは感じる。
しかしまるで身体の一部のように動かない。
無理に引いてしまえば、彼女の身体に傷をつけてしまうのでは?と。
『無駄だ。致命傷を肩代わりした際、自ずと消滅する。そういう代物だ』
聖剣の声に、腕輪に込めていた力を緩め――しばしこれまでの事を反芻する。
件の子爵とは一度しか顔を合わせていない。それもその時は――
逆行で顔がよく確認できなかった上、互いに名乗りすらあげてもいない。
後天的に『あれがニヴェイシアだった』と教えられたが――
それだけでは名前と顔が一致せず、そのことが頭を悩ませる原因だった。
彼女が恐怖するにはなにか相応の理由があるのだろう。
しかし深入りするのは、今の彼女にとっては悪手。
「ごめんね、セラ。それでずっと悩んでいたんだね。」
「こんなにずっと――近くにいたのに、僕じゃ力になれなかったみたいだね。
勇者である以前に仲間として……いや。 男として不甲斐ないよ……。」
「僕って……そんなに頼りがいがないのかな……。」
どうしようにもない、自問自答のような勇者の問いかけ。
自嘲気味に笑う現在の彼に、いつもの朗らかさはみられない。
彼の言葉に聖女は応えることが出来ず、どうしたらいいのか分からなかった。
(どうしたらよかったのかしら……私は、やはり駄目な聖女です。)
ふさぎ込むように考え込んでいる聖女を包むのは、温かく柔らかな感覚。
気がつけば勇者の彼が、身体を軽く抱き寄せていた。
唐突な彼の行動に驚愕し、呆然と目を見開き言葉を失ってしまった聖女。
「あっ……! ご、ごめん……! つ、ついっ……!」
「お母さんがね?僕が下を向いてるとき、こうやってしてくれたんだ。」
「それで、そのとき僕は落ち着くことができたから。 だから――
君の不安がすこしでもなくなるならって。 わざとじゃないんだよ……」
困ったように笑う勇者の姿は、ただの普通の青年のようで。
「いいえ、気にしておりません。 私の方こそごめんなさい。」
「ノアが頼りないとか……そういうことでは、決してないのです。
ただ……私が、私の心が脆弱なのがいけないだけなのです。」
「心配をおかけさせたくなくって……ただ、それだけなのです。」
互いに顔を見合わせ――同じように困った微笑を浮かべる二人。
やがて背後から足音が聞こえ――次いで『時間……。』と、ルルの声。
交代の時間となり、騎士の小人族に挨拶を交わし――
こうして、交易都市行の馬車の旅路。二日目の夜は静かに更けていった。
◆第四章 了
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