その【邂逅】一期一会につき。
翌朝、まだ早朝の涼しさを感じる時間帯。
セラとノアの二人は、石畳の大通りを埋め尽くす露店街を回っていた。
威勢良く声を張り上げる商人たちの声に、露店から香る様々な食事の香り。
音と匂いという情報がこれでもかと入り混じり、市場特有の熱気を作り上げる。
二人は人と情報量の多さに目を回しながらも、市場を見て歩いていた。
「黒いローブ姿の学生さんが多いねぇ…!それになんだか……
男女の二人組みがすっごく多いねぇ?」
「ですね…! 人もそうですが、色々な匂いでクラクラしちゃいます……。
バルタザール様の仰ってました、魔導技師…? の職人様って――
どこに向かえば会えるのでしょうか? 詳細な位置が分かりませんね……。」
二人してまるで、初めてのお使いに出た子どものような仕草で見回す。
そんな中、見兼ねたであろう人影が二人へと身を寄せる。
黒いローブを纏った二人組みの女性が、勇者と聖女に歩みを寄せた。
ノアとセラに対し、恐る恐るだが距離を縮め、緊張した様子で声を掛ける。
「あのっ…! 勇者様と聖女様でしょうか……?
わたしの勘違いでしたらごめんなさいっ…! その、お困りですか……?」
「お困りでしたら、わたしたちでよければお話だけでもっ……!」
きっと勇気を持って話し掛けてくれたであろうことは、見て取れる。
女学生の一人は、ぱっと身で分かる程顔を赤面させていた。
手指をそわそわと動かし、ノアとセラの返答をまっている様子。
そんな彼女に対し、ノアは朗らかな微笑を湛え、優しく答えた。
「僕たちの事知っていてくれているだなんて、少し恥ずかしいねぇ?ふふっ!
ええっとね、魔導技師さん? って職人さんを探しているんだ。
でもこの辺りに来るのは初めてで…どこに行けば会えるのかな?」
「もし、知っているなら是非案内してほしいなっ!」
話し掛けた女子生徒は、勇者の瞳に見つめられ、赤面した顔が更に染まっていく。
隣に居る友人であろう女子生徒に急かされ、なんとか口を開いた。
「えっと! わ、わたしたちで良ければ案内を…! いいよね?リリィ?」
「わたくしはそれで構いませんわ。 ほら…しゃんとなさいな?ノインっ!」
リリィと呼ばれた女子生徒は、ローブ姿で軽くカーテシを披露。
綺麗に整えられた笑顔で自己紹介を始めた。
「お初にお目にかかりますわ。 勇者様、聖女様。
わたくし、リリィシア・ローゼンハインと申しますの。
どうぞ、よろしくお願いいたします。 ほら、あなたもなさいな?ノイン。」
「あっ、ええっと! ノインです! 家名はありません! 平民なのでっ!」
ノアが朗らかに微笑むと、どこで覚えたのであろうか、綺麗な動作で一礼。
「ご丁寧にありがとっ! 僕は勇者のノア。 僕も家名は無いんだよ?ふふっ!
それで、こちらの女性は――」
「ご紹介に預かりました…聖女のセラフィーナ・ヴァイオレットです。」
自己紹介を終えると、ノインたちに連れられ、魔導技師の居る店に案内。
何軒か教えて貰い、その際にノアは気になっていた大図書館での話しを聞く。
トラメリアの学術院では、十歳から二十歳までの十年間を、学びに当てる。
最初の五年は学業が優先、その後の五年は貴族と平民で道が違うらしい。
貴族は紳士淑女の教育と、婚約の為の社交界マナーを学ぶのだとか。
市民や、それ以外の者は、働きながらも学んでいくとの事だった。
セラは本来、学術院に通うはずだったのだと、なんとも言えない表情で語る。
「羨ましいです。 私…聖女でなければ、本来ここの学生だったので……」
「僕には縁が無いお話だねぇ。 あはは……学び舎だなんて立派な所――
考えたことも無かったよ。 にしてもノインさんはすごいねぇ!
学校に通えるだなんて…僕、少し羨ましいよっ!」
その言葉を拾い、リリィシアがノインの手を取ると、優しく微笑んだ。
手を取りながら、ノアたち二人に話しかける。
「ノインはわたくしの推薦ですの。 貴族の推薦がありますと――
学費が多少ですが、免除されることになっておりますのよ?
優秀な人材であるなら、尚の事。」
「ノインは一見ぼけっとして見えるかもしれませんが……
とぉーーっても、優秀で可愛らしいんですのっ! ね? ノイン。」
「ゆ、優秀だなんてそんな! リリィが推薦してくれなかったら、わたしはっ!
えっと! 今はリリィのお屋敷で働きながら通ってるんです…!」
「リリィはわたしと同い年なのに、すっごく立派で優しくって…!
わたし、恩を返したくって…リリィのお役に立ちたくって…! ううん。
人のお役に立てることが、とっても嬉しいの! だから、そのっ……!」
ノインは言いにくそうに顔を染め、リリィシアの後ろに隠れてしまった。
「んもう……。」とリリィシアに促されるように、ノインは言葉を続ける。
「勇者様と、聖女様はわたしの憧れなんです……!」
心臓が穿たれたように、彼女の、ノインの言葉が深く突き刺さったセラ。
これまでの旅路や、自身の身を襲った死線――
色々な出来事で、彼女自身忘れかけていた、自身の根源の気持ち。
自身もまた、同じような目的で【聖女】としての修行に長年耐えた事。
胸に妙なチクリとしたものを感じ、セラは胸元を抑えていた。
その後、女学生の二人に一通りの案内をされた勇者と聖女。
しかし、楽しい時間はそう長く続かず、別れの時が訪れてしまった。
彼女たちは互いに視線を交わし、ふっと微笑みを返しあった。
リリィシアが勇者と聖女に近づくと、柔らかな口調で語りかける。
「ほんの少しの甘味[パウルム・ドルチェ]という甘味処……
是非、尋ねてみてくださいましっ!」
「学生向けの小さなお店ではありますが――
安価で、とても美味しいお菓子が置いてございますの。 ふふっ!」
「わたくしのお気に入りの、オススメの場所なんですのよ?
ではお二方! またどこかでお逢いしましたら、その時は是非っ!」
貴族令嬢的な微笑で、彼女たちはそのまま大図書館の方角へと歩いていく。
ノアとセラは彼女たちを見送り、視線を交わし、くすりと笑いあった。
その後、教えて貰った魔導技師の店を尋ね――
無事に魔道具を修理へと出したのだった。
ノアとセラは、その後リリィシアが言っていた店へと向い、店内へと入店。
……が、何ということだろうか。そこには男女の二人組み。
もとい、カップルが大量発生していたのだった。
ノアは特段気にする様子を見せること無く、堂々とした足取りで入店。
何食わぬ微笑を浮かべ、カウンターにつき、商品を注文。
代金を支払い、商品を受け取り、朗らかな微笑でセラの元へ。
空いている席を見つけるとノアはセラを促し、セラはおずおずと着席。
セラが着席した後、スコーンを切り分け、一口サイズに。
朗らか過ぎる、爽やかな微笑を向けるノア。
(いやあの。 これ、恋仲にある学生さんたちの溜まり場では???)
(私たち完全に場違いですよね??? 勇者と聖女ですよ???)
「ノ、ノア。 ノアは気にならないのですか? その、周辺の感じとか…。」
「え?どうして? セラはいつも無理してるからさっ!
だからこうやってたまにはうーーーんと甘やかさないとっ!
これ、蜂蜜漬けの果実が乗ったスコーンだって!ほら!とっても美味しそう!」
何気なく、あまりに自然に“あーん”を促すノアに、セラはたじろぐ。
躊躇していると「食べないの?」といった様子を見せるノア。
まるで、甘え盛りの子犬のような瞳で見つめてくる始末。
(そうでした。この勇者様…ノアという人は、感性がアレなのでした。)
「有難うございます、ノア。 では頂きますね…?」
若干引きつった笑顔ではあったが、なんとかスコーンを齧る。
さくりとした食感に、はちみつの甘さがじわりと広がる。
果実独特の爽やかな香りが口いっぱいに広がり、思わず顔が綻ぶセラ。
口の中の水分がすべて奪われ、喉の渇きを覚えたセラは、続けて茶に口を付ける。
茶はハーブティーらしく、スッキリした清涼感。
調和の取れたスコーンと茶に、思わず舌鼓を打つセラ。
市場では様々な匂いに囲まれていた為、その茶の香りは、心を落ち着かせた。
「とっても美味しいですっ…! 蜂蜜と果実の甘さ――
それにさっぱりしてるスコーンとハーブティー…! 幸せですー…」
「セラ…口元に果実が付いてる! ほら、ここ! 取っちゃうねっ!」
ノアは無邪気な微笑で、セラの口元についた果実を指で掬い取り――
躊躇うこと無く、そのまま口に放り込み、セラは唐突の事態に困惑。
事態を把握した後……一気に顔面へと血液が集中していった。
(うっ、嘘でしょ!? なんて恥ずかしいことを平然と!!!)
(この勇者様……怖い!!なんて恐ろしいのでしょう!!)
周りの視線は、聖女と勇者の仲睦まじい姿に釘付けになっていた。
女子生徒に至ってはセラに対し、羨望の眼差しを向けている。
……しかし、そんな視線などノアには知った事ではなかったのだった。




