頁:52 その【道中】暗雲低迷につき。
旅というものは、常に心踊るような――そんな時間というわけではない。
その大半が果てしない『退屈』に塗り潰され……。
いかに気心の知れた間柄であったとて、やがて言葉は絶え絶えになる。
それが世の常……世の理というものなのだ。
残酷な現状――世界を救う旅を共にする勇者たちとて、例外ではない。
(最初こそ会話がありましたが、だめです。 もう、腰が……。)
交易都市へと向かう乗合馬車、安価な馬車に乗車中の勇者一行の四人。
凸凹とした地面の街道を「ゴトゴト」という無機質な音が繰り返される。
揺れる道――変わらない景色に、退屈な馬車の中。
暇そうに空を眺めるもの――目を瞑り、揺れに身を委ねるもの。
勇者たちは各々で『馬車の揺れ』に対抗すべく、対策を取っていた。
が――セラは揺れる台車に腰を痛め、苦痛に顔を歪ませる。
(これは……私の旅路もここで終わりやもしれませんね……。)
御者によれば、途中の宿町で一泊を挟むとのことらしい。
道中何もなければ、その宿町を含めて三、四日ほどの旅路だということ。
「そういやー勇者さん方。 道中変な魔物を見たって噂があるんだ。
襲ってこないし、放っといてるんだけどよ……ちょいとな。
あっしはきな臭いって思ってましてなー……。」
「一応、あんたらの耳にも入れとったほうが良いって思ってなー」
御者の言葉に、反応を示したのはノアとセラ――次いでルル。
まさか……その“変な魔物”とは――と、目線だけで会話を交わす三人。
嫌な予感と共に、胸の奥に突っかかりを覚える三人。
しかし――すぐ側では騎士が馬車から身を乗り出し、青ざめた顔で呻く。
「あぁ……ウッ……。 馬車……頼む、揺れんな……俺は――
もう、だめだ……おしめぇだ……。」
そう――賢者と別れた後、すぐに馬車に乗ることが出来た。
そのこと自体は非常に幸運だったのだが、騎士にとっては地獄そのもの。
彼は馬車の揺れ、二日酔いが重なり……酔いが最悪な方向へと転じていた。
「ははは……お連れさんの騎士さんは飲みすぎか? すまんなー。
なるべく平坦な道をいってるんで、勘弁してくだせー。」
苦笑交じりに落とされた御者からの言葉。
それ以降特に会話もなく、ただ車輪が街道を叩く音が響く中――
唐突に皆の耳元で響く雑音……どうやら禁書庫からのようだ。
全員が『騒音』に備え、視線を交わした後に魔道具に手を添える。
『お、おはようございまぁすッ……みなさまッ……。』
声の主は勿論禁書庫が司書、偉大なる賢者バルタザール様その人。
しかし寝起きの彼の声は、知性を欠いたもので尊厳をあまり感じない。
最初……出会ったその瞬間から、彼の“尊厳”は無いに等しいわけだが。
『以前お渡ししたモノクルなのですがッ! そちらの景色をこちらに届けるッ!
そのような魔道具ですッ! 皆様からの映像がこちらでも共有できればッ!!
賢者バルタザールめがもっと皆様のお手伝いをッ!!』
得意げに説明する彼ではあったが、食い気味にツッコむ声。
「だからそういうんは先に話しんちゃいや……んでー?
そのモノクル?どうすりゃいいん? つけりゃーええんかー?」
『は、はいッ……しゅみましぇんッ……。 そうですッ!!
ルル嬢の推察通り、装着して頂ければこちらのモノクルにですねッ!
景色が届けられ――そちらの情報が、ワタクシに伝わるのですッ!!』
耳飾り越しに聞こえるのは、情けない謝罪の声。
勢い有り余る彼の早口だったのだが、あることに気がついてしまったルル。
「……ん? ちょいまちんさい、賢者ちゃん。 それってさ……つまり――
ひょっとせんでもさ、ありえんとは思うんよ?でも、一応聞きたいんよ――」
『はいッ……?』と訝しむ賢者の声に、意を決したように放ったルルの言葉。
「メガネの上から、モノクルかけるん?」
『はいッ!』
彼の返答は、即答――しかもやたらと弾んだ声色。
セラとノアは互いに視線を交わし、肩を震わせ笑いを堪える。
質問を投げた本人であるルルは『クールすぎるじゃろ。』と淡々とツッコむ。
やがて日が傾き――夕闇が迫る頃合い、一同は予定通り町宿に到着。
素朴な宿の食堂で腹ごしらえを済ませ、四人で一部屋を借りた。
まだ旅は始まったばかりだと言うのに――情けない勇者一行。
彼らは馬車疲れを癒すため、早々に寝床へとついたのだった。
◇ ◇ ◇
翌日の早朝――陽光はまだ昇りかけの薄暗い空模様。
嫌がるセラを説得し、なんとか乗合馬車へ乗り、退屈な時間の幕開けとなった。
朝露が道端の草木をぼんやりと包みこんだような、夢幻のような時間。
昨日と違うと言えば、舗装がしっかりとされている街道だということ。
ゆえにパルテオンも幾分かマシな表情ではあったが、それでも酔いは酔い。
そう簡単に収まるはずもなく、彼は昨日に引き続き、身を乗り出し項垂れる。
が――そんな平穏な時間は、唐突に現れた不穏な空気に打ち消された。
――『あ……あれッ!』と、セラが指さした先に……見慣れない影。
彼女の目線の先には、白いうさぎのような体格の小動物の姿。
が、その姿は異様そのもので、頭部には空洞の闇が広がっていた。
キョロキョロと顔を動かし、人間の気配を感知したのかなんなのか。
兎のような異形はピクリと震えた後に草むらへと消えてしまった。
「あの見た目、昨日御者さんが言ってた変わった見た目の魔物って……。
きっと、あれのこと……だよね? あの時と同じ……顔が無い魔物……。」
「でも逃げ去りんさったねー。 なんなんじゃろうね、あれ……。」
それ以降――特段異変は無く、魔物の襲撃などもなく、馬車は進む。
御者のほのぼのとした世間話や、出身地の村での特産品などを教えてもらい――
勇者が農夫時代の経験を語り、小人族が集落での怪談を語り……。
そんな何気ないやり取りが、先程の件を少しだけ忘れさせてくれた。




