その【都市】学術都市につき。: 後編
セラの必死の《祈り》が届いたのか、賢者の顔色は健康的な赤みへ戻った。
熱も下がり呼吸も安定し、全員が安堵の息を洩らし、緊張が解ける。
「よかったぁ…でもセラも無理はしちゃダメだよっ!
君はいつも無理して力を使いすぎちゃうからっ!」
「大丈夫ですよ! まだまだ元気いっぱいですっ!おまかせ下さいっ!」
ほっと一息ついたノア。騎士も腕を組んだまま瞳を閉じていた。
賢者の側では、タオルを手にしたルルが、安堵したように息を吐き出す。
「す、スミマセヌッ! 皆様ッ、聖女殿……尽力頂き――
誠にッ!!誠に感謝をッッ!!」
賢者は上半身を起こし、先程までの体調不良が嘘のような声量で謝罪。
彼の側で、ルルは腕をぱたぱたと振り、元気な様子に嬉しそうにしている。
ふと、彼女は疑問を感じたのか、賢者に問いを投げた。
「なーなー。 賢者ちゃんってよ、なんでそんな身体弱いん?
病弱? なんか病気持ちとか? あたしちょい、気になって。」
問いを投げられた賢者は若干言い淀むが、咳払いの後、言葉を返した。
「ワタクシの【加護】ですがッ…見たものを瞬時に記憶できる――
そういったモノですッ! ですが…元々ワタクシ、身体が強くなくッ!
このような無様で情けない姿を晒してしまいッッ!!」
「そうですなッ…。幼少期から病弱ということもありましてッ……
この図書館に身を寄せ、通い詰めていたのですが――ッ」
彼が語り聞かせてくれた、彼自身の話しを要約すると――
幼い時分より身体が弱く、発熱は日常茶飯事であったらしい。
自身の身体の事、症状が一体なんなのかを知りたくなり――
この大図書館に、通い詰めていたのだそうだ。
【加護】を授かる儀式にて【書庫】という【加護】を授かったと。
それ以降、一度目に入ったものは記憶できるらしいのだが……。
便利だと思っていた【加護】には副作用があるらしい。
その副作用とは、一度に多くの情報を目にすると、体調に現れるのだと言う。
著しく体調不良を起こし、結局の所、賢者の体調不良の原因は不明のまま。
焼け石に水どころか、泣きっ面に蜂のような状態なのだと語った。
悔しそうに語る賢者の顔は、それでもどこか諦念を帯びたもので。
語り終えた賢者を無表情で聞いていたルルが、そっと彼の頭に手を乗せる。
優しい手つきで頭を撫で、彼女の紅い瞳からは慈愛が滲む。
「よしよし。 昔からつれー身体だったんじゃね。
あたしじゃ、体調を変わってあげられんけどさ、話は聞くけぇ。」
「ルル嬢ッ……! ズビバゼェェンッッ! してですッ!!
ワタクシとのやり取りが出来なかった期間の情報ッッ!!!
できればッ!! ワタクシにも共有をお願いしたくッ!!」
「こちらでもお調べさせて頂いた情報を、報告したくッ!!」
賢者の言葉を受け、セラが一同を代表しこれまでの事を語る。
掻い摘んで賢者へと説明をし、共有した。
ヴェルカナという孤島での出来事。交易都市近辺の迷宮での事。
また、半魔である幽玄の白雪子爵にも、石の存在は良く分かっていないと。
話の節々で賢者の瞳は見開かれ、時折「ファッ!?」と奇声を上げる。
全て聞き終えた後、興奮を隠せない様子で賢者は鼻息を荒げていた。
すると、盛大に空気を肺に取り込み――次いで禁書庫内に広がる絶叫。
「ヴェルカナ岩礁でワイバーンはッッ!! ありえませぬッッ!!!
飛竜種は群れをなす生態系故ッッ!!あってはなりませぬッッ!!
してッッ!!黒泥についてですがッ!!」
「数百年前の厄災の記述ッッ!! そこに記されていた一文ッッ!!
魔物を生み出す泥ッ!! そのような記述がありましたーーッッ!!
故にッ!! 黒泥は魔物と瘴気を生み出す汚泥ーィッッ!!
そしてェッッ!! かの石は泥の発生装置ィッッ!!!」
「ゴッホ!! ゴホゴホッ!! ゴッホ!」
無駄に張り上げてしまった声量――誰しもが、結果が見えていた。
賢者は勢い良く寝台に倒れ込み、盛大に咳き込み、苦しそうに藻掻く。
ジト目を向け、セラが再び賢者の身体に触れ《治癒の祈り》を祈る。
彼女から溢れる聖光が、賢者に癒しをもたらすが、賢者が懲りずに口を開けた。
「ですのでェッッ!! 詳しい調査が必要かとッッ!!!
ワタクシはッ!!! そう、思うのデェェッスッッ!!!」
賢者・バルタザール。彼の声は先程まで伏せっていた人物とは到底思えない。
それ程までの声量でセラは――彼女は《祈り》を辞めていた。
しかし祈られていると確信があったのか、バルタザールは言葉を続ける。
「――そもそもッ!! 飛竜種は北の山脈ッ!!!」
「ラメルノートの一帯が縄張りッ!! そこでしか活動しておりませぬッ!!
群れを成し、滅多に人里に降りることも有りませぬッッ!!
ましてや孤島ッ!? 絶対にッ!! あってはならぬッ!!」
「とんでもない事態であるのですぞ――ッッ!!!」
彼の演説は誰一人聞いておらず、左から右へと受け流されていた。
まるで聞き流されるラジオが如く――完全無視を決め込まれる。
しかしそれでも、賢者の言葉に戸惑いを隠せない一同は顔を見合わせる。
「確かに、あの迷宮では泥から魔物が湧き出ていたね。
つまりあの石の泥は魔物を生み出して、瘴気を生み出して……」
「……で、なんだけど。 魔物を生み出す石? そんなモノを――
どうして、魔族さんたちはばら撒いてるの?」
「理由が見えないよね。 僕たち人間を困らせるのが目的?
戦争って言っていたけど…どう関係があるのかな?
ごめんね。 僕にはちょっと、意味がわからないや……」
ノアは考え込んでいるが、理解できず頬を掻き、苦笑を浮かべていた。
「とりま、ヴェルカナ行くんじゃろ? ってなったらさ――
また、交易都市戻らんとダメなん? 他に港街ってあるん?」
皆が作戦会議をする最中、賢者は未だに何やらウンチクを語り続けている。
一同は彼の演説を背景音に、語り合うが――セラは賢者に睨みを利かせていた。
非常に残念ではあったが、賢者には聖女の視線は届いていない。
賢者が語り終えたらしく、やりきった様子で「ふんすッ!」としたり顔。
後にルルの『他の港町』と言う言葉に反応を示したのか――
「ヴェルカナ岩礁行きは、交易都市でしか船は出ておりませぬぞッ!」
と、勢い良く返答を返してくれたまでは良かったが、しかしだった。
結局、そこにまた逆戻りせねばならないのか?と、全員の表情が沈む。
「とりあえず、あの子爵が言ってたろ。 まずは魔道具の修理。
んでその後に孤島へ行く。 これで良いだろ?」
パルテオンの言葉に賛同するように、ノアが言葉を重ねる。
「そうだね。 僕もその意見に賛成だよ。 それにえっと……
前にアメトさんがセラに渡してたあの“護符”だったかな?
そういうのがあったらいいよねって…! あと念のためにさ……」
「スライムの体液に耐性がある防具の予備――僕は必要かなって……。
それに、折角だからさっ!こっちで出来ることをしようっ!」
彼らの言葉に、ルルとセラは頷き、同意の様子を見せた。
ルルがそっと挙手をし、賢者へと問いを投げる。
「あたしさ、もうちょい魔力の伝導率が高い短杖ほしいんよ。
そゆのって、こっちあるん? 交易都市には無かったんじゃけど。」
「ウーム…。 そうですなぁッ…ルル嬢もご存知かとは思いますがッ!
魔の力は魔族由来の力とされッ! 煌陽国では少々忌避されておりッ――
既製品ともなると、精霊術向けのものが多くッ……
ですので、鍛冶屋に依頼するのが適切かとッ! 如何ですかなッ!?」
賢者はメガネをくいくいと押し上げ、ルルに提案。
提案を受けた彼女は「あーね。よさげ」と短く返答を返す。
どうにも眠いのか、彼女は半眼になり、ウトウトとし始めていた。
セラがルルに気を掛けながらも、便乗する形で控えめに賢者に質問。
魔道具を見てみたいと尋ね、賢者に場所を簡潔に教えてもらう。
魔道具の修理も、そちらの方面だと教えてもらい、耳飾りをノアへと渡した。
ノアは頭に疑問符を並べ、魔道具を受け取るが「僕…?」と賢者を見つめる。
「おっと、失礼しましたッ!! 魔道具や護符は聖女殿と同じ方角ッ!
故に勇者殿に託させて頂いたのですッ!それにてっきりワタクシ――
勇者殿と聖女殿が共に行動をするものかとッ…!」
こうして話し合いの末、後日の予定を立てた後に、一同は宿へと向かう。
禁書庫を抜け、大図書館を離れ、簡素な安宿を無事に確保し――
一同は久々に硬いベットに横になり、その日を過ごすのだった。




