頁:50 その【親切】雨露霜雪につき。
床に突っ伏して豪快に眠っている騎士。
そんな騎士を尻目に一同は呆れ顔で互いに視線を交わし――目線だけで会話。
『どうするよ、この酔っぱらい。』
と、心の中で唱えるが、実際のところどうしようにもない。
彼が持ち帰った情報は確かに有力な情報ではあるが、肝心の本人は、コレ。
『あの……い、イビキッ……!すこぶるウルッサイですぞッ……?
ええと、とにかくッ!騎士殿のお話をまとめさせていただきますと――ッ!』
『初代は物資で国を救い、二代目は薬学で民を救い――そしてェッ!
現当主の三代目ッ……は功績がありませぬなッ!』
『どれも国の記録との齟齬はなく、功績もとても大きいッ!』
『ちなみにィッ!!二代目ニヴェイシア子爵の名前ですが――
――“アメトリクス・フォア・ニヴェイシア”ですぞッ!』
賢者の賑やかな声とは対照的に聖女の表情は暗く、視線を落としていた。
顔を下げ、誰から見ても『何かがあった』ことは明白。
その――ニヴェイシア家が自身の命を狙っているのかもしれない。
アメトリクス本人から語られた『命の危機』の言葉。
自身は貴族にとっては疎ましい存在なのか?それほどまでに聖女は――
自身の存在意義を思考するが、考えては形になりかけ崩れ……。
崩れてはまた別の形を取り始める。結論に手を伸ばすたび――
するりと、手から零れていくように答えに延々とたどり着かない。
「ええと、それじゃあ次は僕たちが夜会で拾った情報を報告するね。」
軽い咳払い。足を組み――視線をセラやルルへと向け、語りだしたノア。
勇者の語った言葉を要約すると、ニヴェイシア家は研究家の家系であること。
一部の貴族の間では名が伝わっているそうだが、あまり表には出ないこと。
かの『幽玄の白雪家』は“薬学の知識に明るい”家柄であること。
「それと……これが一番重要な情報かも……なんと、居場所が分かったよ!」
「交易都市――『ヴァルメリア』って場所にお屋敷を構えてるって!
これで、アメトリクスさんって人に一歩近づけたね!」
女性陣に対し、片目を閉じ、茶目っ気溢れる笑顔を向ける勇者。
が――遮るような賢者の声が、魔道具越しに返ってきた。
『おッ!! お待ちくださいませッ!!』
『公式記録ではニヴェイシア子爵の本邸は王都邸と、そう記載がッ!!
――ん……?となると、生活圏が交易都市ということですかなッ?
ふむ……つまり――となると――……で……だから……――。』
ぱらぱら……と、本をめくる音、早口の呟き――はたまた謎の打撃音。
音の情報が嵐のように全員の耳に届けられる。
しかしそんな状況下でも頭に入ってこないのか、俯いたままの聖女。
彼女は膝の上で拳を握り、深刻そうに瞳を細めるばかり。
「あのさ、セラ。昨日……かな?帰ってきてからずっと様子がおかしいよ?
セラは気がついてないのかも知れないけど、僕は――気がついてた。」
「なにかあったのなら――どんな些細なことでも相談してほしい……。
――僕たちが、なんだって君の力になるから……ね?」
「…………ッ!!! 本当にッ!!!」
わざとではない――それなのに、想像以上に大きな声が出てしまった。
声の大きさに、自分自身で驚き取り繕うようにぎこちなく微笑む聖女。
「もうしわけ、ございません。本当に、なんでもありませんの。ええっと――
迷宮の一件以降……あまりよい睡眠をとることができていないだけ……で。
本日の夜会――人々の喧騒にも、酔っておりますの……それだけ、ですわ。」
彼女の紡いだ言葉は次第に尻すぼみになり、泡のように消え――
ただ、申し訳なさそうな微笑だけを残していた。
(……聖女修行期間中の癖……っつーやつじゃろうか?ったく……)
(これじゃ、心が読めんくてもセラちゃんの内心が分かるじゃろ……。)
「あーね、そりゃそうよな……あたしらもセラちゃんに気を遣えんかった。
でも、とりまちゃんと寝んといけんよ?セラちゃん――」
「ほんまに辛かったら無理はせんでええけ、話したいときに話んちゃい。」
無表情で淡々とした言葉。それでもルルの言葉はどこか温かい。
彼女ができる、聖女に対しての最大限の配慮の言葉。
小人族の言葉に『はっ』と顔を上げ、やがていつもの微笑に戻った聖女。
「ご……ごめんなさいっ!ちゃんとねられるよう最善を尽くしますのでっ!」
聖女の笑顔はどこか――努めて明るく振る舞っているような空気。
しかしそれ以上に床に転がった『問題』を片付けねばならない。
「とりあえずコイツ……どうにかせん?うるそーてやれんわぁー……。
また話し合いなら、コイツが起きとるときにすりゃええじゃろ?」
ルルの言葉を受け――簡単な話し合いは終了の流れとなった。
ノアはパルテオンの肩を担ぎ上げ、そのまま就寝の挨拶が交わされ――
勇者たちが身を置く宿には、こうして静寂が訪れた。
訪れたはずだったのだが、しかし――
『分かりましたぞッ! 皆様ッ!!!』
夜半を過ぎた、迷惑極まる時間帯――突如として魔道具から響く賢者の声。
『ヴァルメリアは交易都市ッ!すなわちッ!初代『幽玄の白雪』は――
であるからしてッ~~……また――といった事情も考慮し、更には――
という事で、かの子爵にとって活動に極めて都合の良い立地であり――
また港もあり活動拠点にするのであればこれ程までに良き条件での――』
息継ぎすら惜しむような怒涛の畳み掛け。
当然ではあるのだが、賢者の言葉に返答する者は、誰一人としていない。
宿ではすでに、一同は寝台に身を沈め深い眠りの中にいるのだ。
そんなことはつゆ知らず、賢者は長いこと語りつづけるのであった。




