頁:49 その【騎士】泥酔中につき。
そんなこんなで、無事に聖女主催の夜会も終えた。
二人は夜会の豪奢な衣装からいつもの服へと着替え、宿へと戻っていた。
道中、コルセット疲れからだろうか、セラはノアにエスコートを頼むが――
「く、苦しい……苦しすぎます。どうして他の令嬢方は平気なの……?
私、もうだめやもしれません。身体の内側が悲鳴を上げてて――」
泣き言を零す彼女に対し、ノアは気の利いた言葉が見つからない。
ただ、彼女の手を握ってあげることしか出来なかった。
「そ……そんなに大変だったの……?というかセラってたしか……。
本家が伯爵家ってお話だったよね……?社交界には出なかったの?」
「というか僕たちが最初会った時はたしかドレスだった気がするけど――」
「わ、私っ……聖女の修行期間中どころかっ!
物心ついたときから社交界だなんて場所――」
他愛ない会話を重ね、仲間が待つであろう宿へ戻った二人。
借りている部屋へと向かい――のそのそと大部屋の扉を開ける勇者。
足を踏み入れるとすでにルルの姿がそこにはあった。
彼女がいつ、禁書庫から戻ってきたのか分からないが――
ソファに横になり、くつろぎながら書物を読み耽っている様子。
彼女の傍らには赤い果実の入った籠に、頭上にはキューの姿。
「おっかー、どうじゃった?きらびやーかな夜会さんはよー?
ちな、パルちゃんじゃけどまだ帰ってきとらんよー」
しゃくりと音を立て果実を食み、無表情で語りかけるルル。
書物の頁をめくる音と、果実をかじる音が響くだけの静かな空間。
「私、人が大勢いらっしゃるとどうしても緊張しちゃいまして……。
おもったより多くの人々が夜会へ参加してくださったのですが――
圧倒されてしまい、大変情けのうございます……」
「あはは……でもセラ……会場ではとっても堂々としていたよ?
僕は少しだけ疲れちゃったかも!身体はどうともないけどねぇっ!
気持ちが筋肉痛みたいな!僕の相棒さんに身体も操られちゃってたし……。」
未だに苦しいのか腹部を抑える聖女。彼女の隣の勇者は、肩を竦めていた。
椅子に腰を据え『ともかくさ――』と声をかける勇者。
耳飾りを懐から取り出し、全員の姿を確認した後、言葉を続けた。
「僕たちが集めた情報を――整理してみよっか!」
果物を食べ終えたのか、ルルは本を畳み――ソファに腰掛けた。
何を思ったのか……彼女はぽつりと『剣だけに相棒。』と囁きを落とす。
僅かに凍えるような温度――幸いにも誰の耳にも届いてはいない。
「賢者ちゃーん、おるー?こっちじゃけどとりま――
ノアちゃんたちから情報の報告をしてもらう感じじゃけど。」
『ええッ!おりますともッ!では情報のまとめ役は不肖ワタクシめが――ッ』
禁書庫の彼が言いかけると同時――「ドカッ」と開かれた扉。
開かれた扉から酒臭い香りが部屋全体に流れ込み――
全員の視線は扉へと刺さった。
ふらりとした千鳥足で入室したのは、絶賛呑兵衛騎士パルテオン。
彼が部屋へ足を踏み入れると同時、漂う酒の香りに眉を寄せる聖女。
「うぃ~~ッ!騎士様がご帰還、なすった~~~……ぜッ!!」
真っ赤になった顔。額に巻かれた謎の帯。漂う凄まじいアルコールの臭気。
軽鎧のベルトもところどころ緩み、現在の彼は完全に酔いどれオヤジのソレ。
「俺もッ!!俺も、だぞぉッ!!騎士の呑み仲間から、ちゃあーんとッ!!
情報を……持ち帰ったッ……ぜッ!! ガーッハッハ!」
とても元気よく宣言したが、足取りは覚束ない様子。壁に手をつき――
ずるずると滑るように移動するのだが……。
この状態でどうやって帰ってきたのか。
あまりの臭気に、ルルは鼻をつまみ『クッサ!』と暴言を吐き出す始末。
「おい……この酔っぱ、耳飾りどこおいたんよ。」
「あーん……?えー……たしかここにしまったはず……あんれぇッ??」
軽鎧のあちこちをまさぐる騎士だが、酔いのせいか、動きが鈍い。
見ていられなくなった勇者は、ため息を混ぜ器用に騎士の身体を探った。
「っもー! 何してるのパルっ! ちょっと僕に貸してっ!」
あちこちを確認していると――臀部のポケットから出てくる袋。
中身はもちろん、賢者から渡されたあの魔道具。
全員で『あーあ……』と顔を見合わせ、勇者は盛大にため息を吐き出した。
『――あの、ええとッ……!で、ではッ……僭越ながら――
情報の整理はワタクシが……あのコレッ……。』
『進行しても、問題ないヤツでしてッ……??』
耳飾り越しから聞こえてくる賢者の声は、訝しんでいる様子だ。
一同は顔を見合わせ、ルルが小さく『たのむわ。』と答えた。
が……この酔いどれ騎士。
パルテオンはなぜかその場を仕切るように千鳥足で部屋を闊歩。
やがてドスンと床に腰を据え――真剣な面持ちで床を「ドン!」と叩いた。
「俺なぁッ! 聞いたんだぜッ! え~~~~っと……えっとなぁ……。」
不安そうな瞳で騎士を見つめる勇者たち。
しばらく唸っていた酔っぱらい――やがて思い出したのか、言葉を続けた。
「あれだッ! 王歴の六百六十四? あー?六百六十六年頃だっけか?」
彼は途中で「ひっく」と言葉に詰まり、さらには「うぇ。」と――
これは大丈夫なのか?と思えるほど、気持ち悪そうにしていた。
「俺らん国が~……戦争??でぇ~……物資不足に陥ったじゃんよ~~ッ??
んでよ~……初代の……アスモ……。 アメ……アメソリソコちゅーヤツ?
そいつが~~ッ!独自に公益の路線を確保した? ってぇ~~……ッ!!」
「すんげぇ大量の食いもんを持ち込んでよぉッ! 煌陽国を救ったってよぉッ!
すんげぇよなぁッ! ガッハッハ! ヒェック……。」
彼は言葉の途中で『ゲフゥッ!』と喉奥から込み上げる下品な音を響かせた。
全員の顔はしかめっ面を通り越し……虚無。
『フムフム。 アメソリソコではなく『アメトリクス』ですぞッ。』
魔道具から届けられる賢者の声が、今の勇者たちの癒しと思えるほど。
騎士の彼は『んでぇッ!』と、話を続けるようだ。
「そいでぇ……六百七十年頃によぉ……叙爵したんだってよぉ~……!!
そっからぁ~~ッ!七百二年頃……七百八年頃にぃ?? 流行り病……。
すげぇでけえ感染病がぁ……あったらしくってよぉ……ううッ……!」
今度は床の上で唐突に泣きだしてしまった成人男性。
一同はもう――どうすればよいのか分からなかった……ゆえに放置。
「その治療薬を作ったのが~ッ!! なんと、二代目のアスモレクスだッ!!」
(言い切ったね、パル……。)
(言い切りやがったな……騎士ちゃん……。)
(アスモレクス……どちら様なのでしょうか……。)
「ああ~~? 家名……なんつったけか……ファ、フィ……フェ……。
フォイ・ニヴェィーシャッ!!子爵のヤツだッ!」
この酔っぱらいの呂律は、完全に終了していた。とても、聞き取りにくい。
しかし語られた言葉は重く、確かな情報。一同は困惑の顔つきに。
「最後だぁッ! 七百二十四年に、二代目から三代目に継いでんだァ~~ッ!
だからぁ……つまりよぉ……今は……今って王歴何年だぁ……?」
『今は王歴七百二十七年ですなッ……。』
思わず補足をした賢者ではあったが……騎士の耳に届いているのか。
「んじゃぁ~~ッ!現子爵の当主はぁ~~三代目ってこったな!」
彼は『ハッハーッ!』と締めくくった後、そのまま床に突っ伏し……撃沈。
アルコールの臭気を散らし、轟音のイビキをかき――眠っていた。
「あはは……はぁ…………。 その状態で寝られるの、君くらいだよ?」
力なくツッコミを入れる勇者――
三人はやれやれといった様子で首を横に振るしか出来なかった。




