頁:48 その【聖剣】便利機能につき。
勇者と別行動中の聖女。彼女は喉の乾きを潤すため、グラスを片手に一息。
空になったグラスを給仕へと渡し――勇者の元へ戻るため、足を動かす。
そうして戻っている道中……ふと目の端に感じた色。
白金色の影――心臓が跳ね、胸が締め付けられるような不快感。
(今の、髪色――もしかしてアメトリクス・ニヴェイシア……ッ!?)
ドレスであるがゆえ歩きづらく、パニエに足を取られ――
それでも大衆の中を懸命に縫うように進んでいった。
肩をぶつけ、人々に謝罪を投げ、なんとか影に追いつこうと藻掻くが――
仮面を外したその人物は、まるで全くの別人。
(そりゃ――そうですよね。そう簡単に見つかるわけが、ありません。)
安堵の息を洩らすが、同時に背すじに這い上がってくる冷たいもの。
今回は見間違いで済んだが――追いかけてどうするつもりだったのだろう?
仮に本人だったとして、彼を前に毅然とした態度を崩さずにいられただろうか?
短く息をついた後、恐怖を無理矢理にでも抑え込んで笑顔を作る。
この場は一人ではない――大勢の目があるのだ。
ドレスを翻し――勇者の待っているであろう場所へと戻ってきた聖女。
彼の元へたどり着く頃には舞曲が流れ始め――会場は賑わっていた。
至るところで、着飾った男女がステップを刻み、ダンスに没頭。
(今は舞踏の時間でしたか――さて……私たちはっ……え?)
大人しくするつもりでいたのだが、いつの間にやら目の前にいる勇者ノア。
いったい何事か?と小首を傾げていた聖女。
勇者は微笑を湛え――軽く一礼。
「――ぜひ……僕と一緒に一曲踊っていただけませんか?聖女さまっ!」
目を見開いて目の前の勇者を凝視する聖女。
たしか――彼は農夫の出で舞踏の心得などなかったはずでは。
確か少し前に『踊れない』と言っていた……そのはず。
そう思案するが――彼は期待の眼差しを向けるばかり。実に断りづらい。
勇者からの眼差しもあったが、周囲の空気と圧力が有無を言わさない空気。
恐る恐る――彼の手にふわりと手を乗せてぎこちなく微笑むセラ。
(わ、私と踊るのですか――?大丈夫かしら……ええい、ままよッ!)
「私でよろしければ、よろしくお願いいたしますわ?勇者さま――」
優雅な三拍子……ゆるやかな舞曲が流れる会場――
周りにいた貴族たちは、主役である二人に遠慮するかのように空間が開けた。
勇者の心配をした聖女だったが、杞憂だった。
彼はあまりにも淀みなくステップを刻み、感服するほど。
ノアの足取りは優雅であり大胆で、軽やかなのに気品を感じられるもの。
(おかしいですっ……!私の歩幅に合わせてくださってる……?)
安定した彼の足取りに、思わず小声で語りかけるセラ。
『ノアって踊れたのですか?踊れないと仰ってましたのに……!』
『凄いんだよ……今日ね……たしかに、置いてきたはずの聖剣さんに――
ほぼずっと、身体を操られてるんだぁ……ふふっ!』
とんでもないことを、割と平然な顔で言ってのける彼に思わず笑みが溢れる。
――『なんでもありですね。』と、小声で応酬を交わす二人。
朗らかに笑うノア――そんな彼に対し、柔らかな微笑を向けるセラ。
大衆の目から映る二人の姿は、それはそれは絵画のように美しく映っていた。
『そんなことが出来るだなんて、知りませんでした……!』
『あははっ……僕も今日……初めて知ったんだよ?
でも……不思議な感覚で、今後はあんまり味わいたくないかもっ!』
周囲には他にも舞曲に励んでいる人はいるが――
舞曲すら遠慮するような、彼らの甘くもどこか和やかな空気。
そんな二人が大勢の注目を浴びることとなったのは……言うまでもない。




