その【乙女】大胆行動につき。
――翌日。
早朝の光が屋敷を照らし、部屋に明るくも優しい光を届ける頃合い。
目覚めと共に羞恥に襲われ、混乱やら戸惑いで、様々な感情が混ざる。
そんな彼女……聖女セラの視界は、陽光の日差しよりも真っ白だった。
昨晩の記憶で、じわりと身体から込み上げてくる熱。
いつもより上昇した体温や、余裕無く懇願するような微笑の彼の姿――
その総てが脳裏に焼き付いて、思考を埋め尽くし離れてくれなかった。
布団で身体を覆い隠し枕に顔を埋め、一体自分は何をしているのだ?と。
枕を叩きつけ、脳内で自分自身を叱りつけ、その度に小さく揺れる布団。
心臓が早打ちし、胸の奥底から言いしれない熱が全身に帯びていく。
枕を叩く手が止まらず、どうすれば良いのかセラには分からなかった。
(どうしましょうどうしましょう!! 困っている閣下を!!)
(放っておけないからって!!あんな……あんな!!!)
“媚薬”という単語も効果も、勿論知識として知っていた。
しかし、なんて無防備な事をしでかしたのかと脳内で大パニック。
ドッタンバッタン大騒ぎするセラの脳内。跳ねまくる鼓動。
どんどん身体の中心に熱が帯び、羞恥でどうにかなりそうだった。
一人で悶々と悶絶している最中、扉が打ち鳴らす音が部屋に響く。
続けざまにノアの朗らかな声が届けられた。
「セラー、起きているかい? 大丈夫かな…?
また体調不良? 昨日何かあったの…? もしかして……スライム??」
扉を僅かに開き声だけでも届ける為、ノアは最大限の配慮をしていた。
布団をすっぽりと被ったままのセラは、身体を丸め、震える声を絞り出す。
「残念ですが、私はスライムの被害には遭遇しておりません。
少しだけ、熱があるみたいです……も、申し訳ございません。」
体調不良による熱ではなかったが、嘘はついていないと自身を弁護するセラ。
申し訳なさも確かにあったが、それどころではなかったのだ。
ぎしりと床の軋む音が響き、ノアは躊躇うような気配を漂わせる。
だが扉は閉められた後、扉越しにセラを気遣う言葉を届けた。
「もし看病が必要なら、ルルに頼むから言ってね?
セラはいつも、無理をしすぎちゃうみたいだから……。」
「は、はい…。 ご配慮、痛み入ります、ノア……。
大丈夫ですので、休ませてください。」
セラの言葉を聞いたのか、ノアは「お大事にね」と言葉を落とす。
そのまま足音が離れていったが、セラは熱が体中を駆け巡っていた。
枕を抱きしめ、必死に未だ収まらない羞恥に喘ぎ、ひたすら耐える。
(――ああ、どうしてあんなっ…!お膝の上に乗るだなんて大胆な事を…)
セラは人知れず、自身との戦いに耽るのであった。
◇ ◇ ◇
そして場面はセラの部屋を後にした勇者ノアたち、三人へと移る。
彼らは賢者から与えられた魔道具の耳飾りを机に転がし、会議中だった。
「こうなったらさ、この魔道具の修理? 見てもらうのも兼ねて
一回あの街に戻るのが良いかなって、そう思ったんだけど……。
パルとルルはどうかな?」
「んだなー、この魔道具が一体どんな仕組みなんかわからん以上――
あたしらにはどうしようにもできんしねぇー。 ったくよー…」
パルテオンは椅子に腰を掛け、腕を組みながら瞳を閉じていた。
一見何かを真剣に考え込んでいる様子だが――
否、彼は実は居眠りしている最中。
ルルは机の上に転がる魔道具を訝しむように覗き込む。
彼らがどうするかの話し合いをしているそんな最中――
突如黒紫の霧を纏い、屋敷の主が姿を現した。
「ヤッホー。 何の話ー? なんか暗い顔してるケド。
ボクに何か手伝えるコトあるー?」
軽薄な調子で、あまりに軽々しく一同に声を掛けるアメト。
すかさずパタパタと、軽い足音を響かせて彼の元へ歩みを寄せるルル。
ちょいちょいと、屈んで欲しそうに彼を見上げる。
アメトは膝をつき、ルルの顔まで耳を持っていった。
するとルルは小声ではあったが、やたらと楽しげに言葉を投げる。
「なーなー、あたしの“秘薬”どだった? んで何があったかって言うとよ――
ってコトで、賢者ちゃんの居る街まで行きてーってこと。 わかったー?」
気持ち悪いほど完璧な微笑を湛え、拳を作り、ルルの頭へと落とす。
小悪魔な小人族に対し、軽いげんこつをお見舞いし、言葉を返すアメト。
「何が“秘薬”なのサ? “媚薬”の間違いデショ。 全く……。
別に良いケドさー。 大変だったヨー?」
「聖女サマがボクの為に一肌脱いでくれちゃってネェー? ヒッヒ!
お陰様で良い思いが出来たヨー。 ヒヒヒッ!」
彼は立ち上がり腕を広げ、やたらと弾む調子で皆に声を落とす。
「魔道具だケド……それなら交易都市より、学術都市の方が良いだろうネー。
それと――修理とかなら、魔導技師に頼むのが筋だと思うヨー。
もしお金が必要ならボクが援助するから。」
「行くなら、ボクが学術都市行きのスクロール用意するケド、どーする?」
パルテオンは起床したのか、片目を開けてぼそりと「学術都市…?」と呟く。
ルルはふむと頷くと、視線をノアとパルテオンに移す。
「じゃあ、お言葉に甘えちゃおっか! バルタザールも心配だしね……?
それじゃ、アメトさん。 スクロールの用意をお願いできるかな?」
「はいヨー、学術都市“付近”に転送するスクロール、用意するネー。
それと――もし交易都市に戻るなら、自分たちで馬車使うなりして。
ボク、そこまで甘くない。今まで十分キミたちには貢献してるだろうし。」
彼はそれだけ伝え、黒紫の霧を纏わせふっと姿を消した。
広間に残された三人。アメトが立ち去ってから少しした後、広間の扉が叩かれる。
柔らかな笑顔の若い使用人が広間へと登場し、朝食を促す。
彼女のその言葉に、真っ先に反応を示したのはパルテオン。
彼の脳は完全に覚醒。がばりと立ち上がり、正々堂々「頼む!」と声を上げた。
ノアは驚きの眼差しで友人を見つめ、ルルはジト目を向けながらも頷いた。
メイドに促され、三人は揃って食事場へ行くが、そこには屋敷の主の姿は無い。
着席し、眼前に広がる馳走に目を奪われながらも、使用人に声を掛けるルル。
「あんれ。 子爵ちゃんまたおらんの? たべんのん?」
「旦那様は少食でして、朝食は召し上がられないのですっ!」
パルテオンはパンを千切り、牛の乳が濃厚なスープにつけると一口で平らげた。
口を動かし、仏頂面で「まぁよ…」と頭言葉を付け、言葉を繋げる。
「アイツの好きなようにさせたらいいんじゃねぇか?
でもなぁ…あの筋肉で食べねえのはウーム…腹減らんのか……?」
「朝食を食べたらさ、僕たちは装備を買いに行かないといけないね。
あの赤いスライム――僕、あの魔物が許せないよ……!」
「次、遭ったら…そうだね。 絶対に、けちょんけちょんにしてやるからっ!」
二人の会話を耳に入れ「けちょんけちょんって死語じゃね?」と呟くルル。
食事を終えた一同は、食事の場で使用人に借りられそうな服が無いかを相談――
使用人が持ってきた服は、ノアには仕立ての良い執事服。
パルテオンには庭師のような服が貸し与えられた。
どちらも質感が良く、動きやすさも考慮されている、上等な衣類。
「とりあえずこれでなんとかなったねっ! 執事さんの服だなんて、初めて!
どうかな? 僕似合ってる?えへへっ!」
ノアはもとより顔面が良すぎる美男子。
故に似合っているか、似合ってないか以前に――
人を魅了してしまうような魅力を備えており、危険な色気を放っていた。
服を持ってきたメイドは、にこやかに微笑み「お似合いですっ!」と優しく返事。
「俺ぁ……庭師みてぇな格好だな……?
騎士から庭師に転職しちまったぜ! ガッハッハ!」
パルテオンは腰に手を当て、豪快に笑い、ルルがそんな二人を無表情で見つめる。
「二人とも、すっげー似合ってんぞー、それじゃあたしは留守番するなー?」
ノア、パルテオンは装備新調の為、市場へ。ルルはセラの元へ。
各々のやるべきこと、やりたいことをするべく、歩みだしたのだった。
◇ ◇ ◇
「いえーい!セラちゃーーん! 昨日はどやったーー!えっへーーん!」
小人族の彼女の声色はあまりにも元気に弾みまくっていた。
自身の采配が功を奏し、悪戯が完全に彼らの為になったと、確信したような声。
無遠慮に部屋の扉を叩くこともなく「バァン」と音を立て開け放つ小人族。
あまりにもワクワクが伝わる無表情の彼女に、セラは確信した。
――昨日の彼の様子は“この悪魔”が元凶だ、と。
「ちょっと! ルルちゃん!! お部屋に入る時はノックを……!
私が変な事をしていたら、どうするのですかっ……!!」
ベッドの上で身体を起こし、膝と枕を一緒に抱えたセラ。
座り込んだままの彼女だが、何故か顔は赤らんでおり妙な色気を放っていた。
ルルはセラの顔をじっと見つめたかと思うと、口角を僅かに上げる。
その瞳に宿すのは興味津々といった色合いで、彼女は瞳を細めた。
「めんごめんご~? 変なことって……どんな事なん……?ぐへへ……
んでよー、暇じゃったけぇ遊びに来たんよー。」
「子爵ちゃんが言っとったんじゃけどさ。
昨日の夜セラちゃんが一肌脱いだーって話しとったんよ。
やったんか?? なぁ!!! やったんじゃろ?? なーーー!!」
セラは眉間に皺を寄せ、眼の前の悪魔を一瞥し、強い口調で言葉を投げた。
「やったって、なんてお下品なの……!! もうっ!
ええ、やってやりました。 やってやりましたとも!!」
「《浄化の祈り》をじっくりと!!痛みがないように丁寧に!!」
目を逸らし、眉を寄せ、怒気と羞恥を孕んだ表情で鼻を鳴らすセラ。
完全に“してやった”といった表情で、続けざまにルルをジトりと一瞥。
やや尖ったような声色で、言葉を続けた。
「閣下、媚薬を盛られたって…それでわざわざ【聖女】の私に浄化をって……
ルルちゃんの反応で、昨晩の閣下はルルちゃんの仕業って確信しましたよ!」
「あんまりに哀れで見てられなくって…もうっ!!
すっごく頑張って《浄化の祈り》を祈ったのですよっ!?」
「ほぉ…ん? そいで?一肌脱いだん…? ふんふん、えっちだな。
流石はセラちゃんだぜ!! やるな!!!」
ルルは腕を組み無表情のまま、顔をカクカクト上下させて頷いていた。
その瞳は完全にしたり顔の色で、セラは羞恥と怒りで枕をぽんとルルに投げる。
「もうっ……!」と目を瞑り、可愛いほどに顔を赤くさせていた。
「えっちって……もう……! それどころじゃなかったのですよ!?
ルルちゃんに振り回されて、閣下も私もクタクタです!!」
ぷいとそっぽを向いた、余りにも可愛らしい怒りの聖女。
しかし、セラの言葉は良くなかった――ルルの表情は、完全に理解した表情。
そんなセラに、ルルはそっと枕を持ち主へと返し、したり顔で寝台の側へ。
「それに一肌脱いだって!!それ比喩ですからっ!! 確かに――
《祈り》の調整はとーっても頑張りましたよ!!ええ!!それと、その……」
どうやらセラはそれ以上は言えないらしく、視線を逸らし、口籠る。
「やー!あたしの作った“秘薬”が、こーんな効果てきめんって!
思いも寄らんかったわ! あたしもセラちゃんとすけべするーー!
ひゃっほーーい!」
そう言い放った彼女は、セラの布団めがけ、身を放り投げる。
そのまま布団の中にもぞもぞと侵入し、セラの温かな膨らみに顔を寄せた。
猫のように彼女の身体で丸くなり落ち着き「ふにゃぁ」と声をあげる。
「こういう時だけ子どものフリするんですか! もーーっっ!
このこの!!えいっ! 私だって負けませんからっ!」
セラは怒ったような声でルルと布団の中でじゃれ合う。
なんとも可愛らしい事態に発展したが、それもすぐに止められた。
扉からノックの音が響くと、ぴしゃりと背すじを伸ばし、固まるセラ。
咳払いをし、軽く体裁を整え「はい。」と返答を返した。
「失礼致します。」と、部屋へ入ってきたのは、冷徹仮面の使用人。
食事を持ち込んでくれたようで、腕には銀色の盆が抱えられていた。
盆の上は、こんがりと焼かれたサンドイッチに、ティーポットとカップ。
ことりと音を立て、机に並べると、颯爽と扉口まで歩く。
「こちらは旦那様からです。 聖女様にお渡しするようにと。
では私はこれで。 お体、お大事になさってくださいませ。」
深々と一礼をし、退出していく使用人を尻目にルルがぼそりと呟く。
「なんか……子爵ちゃんのお屋敷の使用人のひとらって、すっごい普通じゃね。
なんかもっとこー……やべーの想像しとったんじゃけど。」
セラは布団から出ると、椅子に腰掛け、サンドイッチを頬張る。
咀嚼をし、しっかりと嚥下した後に笑みを浮かべ言葉を返した。
「そうですね…。 たしかに、すごく…普通です。
子爵閣下も、この街では無くてはならない存在で――」
「私たちは特別警戒してますが、本当に普通の貴族さんで……
もしかしたら、裏とか…無いのかもしれないですね、ふふっ!」
二人の間に流れる空気は、どこか甘酸っぱく、華やかだった。
取り留めのない会話が暫く続いていたが、食事を終えたセラが立ち上がる。
食事を下げる為ルルに言い残すと、部屋を後にし広間を抜ける。
食事場へと移動した後、使用人に食器を下げて貰い――
その足で真っ直ぐに歩みを寄せるのは、屋敷の主の書斎兼自室。
彼は昨晩、大変な目に遭ってしまっていた事は確かだった。
体調面もやや心配で、調子は大丈夫だろうか?と気がかりでもあったのだ。
足取りはやや重たかった。それでも歩みを寄せ、彼の元へと向かうセラだった。




