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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:誘われるままに。
49/63

その【浄化】は乙女の祈り。

※注意喚起

本話は媚薬に関する描写や、キャラクター同士の距離が近いシーンを含みます。

苦手な方はご注意ください。



時間は少しだけ遡り、ルルとセラが浴室へ向かっていた同じ頃――


ニヴェイシア子爵邸の主、アメトリクスは、大変な目に遭っていた。

自室の書斎にて眉を潜め、自身の身体の変化と戦っている最中。


身体の芯から、熱が湧き出すような感覚。高鳴る鼓動に、ぼんやりする頭。


まるで血液が沸騰するような感覚と、熱が一点に集中するような感覚。

彼はこの症状が、何の薬でもたらされるモノかを、知っていた。


自身の身体で何度も実験した経験故、即座に状況を理解たらしめる。


「やたら甘いと思ったら、あのチビ、やりやがったネェ??

 最悪、これ……完全に媚薬の症状。 ……しかも、やたら効果が高い。」


「ったく……何してくれてんのサ、あのチビッ……。」


書類仕事を完全に放棄し、ソファに腰を掛け、大きなため息を吐き出す。


「屋敷を自由に使って良いとは言ったケド。 まさか――

 媚薬を作るとは思いも寄らなかったネェ? どうしようカナ、コレ。

 昼間はスライム、夜は媚薬って。 一日に起こる事故の限界超えてるヨー?」


普段、独り言を喋るようなタイプではないアメト。

しかし現在の彼は今、それどころでは無く、のっぴきならない状況。


表情はとても落ち着いているが、赤紫の瞳からは、焦燥が滲む。

彼の脳内では至って真面目に、冷静に、物事を判断しているつもりだ。



――この調子では、数十分程度で効果が確実に出てしまう。

そうともなれば、周囲に迷惑を被る事は明白。


使用人に処理を頼むか?否。


屋敷にいる女性の使用人は、リリアとアイリスの二名のみ。


現在の状態の自身を相手にするのは、彼女らにとって無理難題。

確定でメイドの姉妹の腰を痛めるであろう事は、目に見える。

それにだ、使用人に手を出すのは、言語道断。


自身の美徳に反する為……却下。


仮にでも、彼女らに手を出してしまった場合、後の事を考えると面倒極まる。

彼女らの今までの信頼も崩れ落ち、結果として、自身の仕事が増える。


新しく使用人を探し、雇わねばならないという面倒もある。


であれば――だ、屋敷を抜け出し、街の住人を攫う……考えるまでもなく否だ。


リスクが高すぎる故、即棄却。街の住人に手を出すくらいなら――

まだメイド達に処理を任せた方が幾分かマシというもの。


次なる案は――娼館になるが、これも即決で否である。


何故なら、清廉潔白で通してきた“幽玄の白雪(ニヴェイシア)”の名前が、終焉を迎えてしまう。

それにこの外見の良さは、何故か男女ともに惹き寄せてしまうのだ。


つまりどういうことかと言うと……そう。

色恋沙汰に巻き込まれ、面倒事が付き纏う……と言うことなのだ。


いっそ、勇者に相手をしてもらうか?これも圧倒的に即決で否だ。

性別は対して気にならない――が、気にならないのは別。


現在は男性という気分では無く、女性を相手にしたいので却下。


あれこれ手を考えるが、身体の内部から発せられる熱が、思考を大いに妨げる。

だがそんな時、ふと頭をかすめた天才的――いや、悪魔的発想。


「――《浄化の祈り(ピュリタス)》」


聖水の浄化の力。神官の使う神聖術(ディ・サンクトゥス)の《浄化の祈り(ピュリタス)》――

浄化の力であれば、身体を正常に戻す事が可能。


だが神職者に浄化を頼めば、自身に流れる魔族の血が露見する。

折角長年掛け、築いてきた地位を失いかねない故、これも難しい。


となると現在屋敷に控える【聖女(セラフィーナ)】に浄化を頼むか?

しかしながら、魔族の血が流れている自身にとっては、浄化とはすなわち痛み。


それも【聖女】の聖神力(サンクト)ともなれば、自身の身体がどうなるか見当もつかない。


小さくため息を吐き出し、頭を抱え髪の毛を掴み、ぐしゃぐしゃにする。


「ボクが聖女サマにお願いするとか、冗談でもイヤだネェー?

 でも……どうする? このままだとホント…どうしたら良い?

 ボク自身で処理できれば、そうしてる。 でも、恐らくは……。」


(無意味で無益――ヤルだけ無駄。 困ったネー……。)

(にしてもあのチビ、ボクが狼狽える姿でも見たかったんだろうネェー。)


いっその事あの小悪魔のチビに、責任の所在を追求したい所だった。

だが身長差の事を考えると絵面が犯罪的。それに彼は幼女趣味(ロリコン)では無い。



時間の経過と共に苦しくなる身体に、苦悶の表情を浮かべ――

ソファに横になり、身体から湧き上がる熱を抱きしめ、必死に耐える。


頭の中では悶々と試行錯誤するが、どれも良案とは言えず項垂れた。


彼はまだ、セラが部屋に訪れてくることを、知らない。


◇ ◇ ◇


そうして現在に至るが、そんな屋敷の主(アメトリクス)の状態など知らないセラ。

ルルに騙され、彼の自室の前へと着てしまっていたのだった。


部屋は完全に閉じられており、内部からは僅かな吐息が漏れ聞こえるだけ。

どうにも耳に入ってくる吐息は苦しそうに聞こえ、セラは小首を傾げた。


何事かと不安な気持ちを抱え、扉の前で立ち止まり、ノックを打つ。


「ニヴェイシア閣下。 セラフィーナです。 ルルリカさんから――

 私に用事だと言うことで、参りました。」


そういって扉に手をかけ、部屋の中の様子を伺う。

しかし部屋の中に彼は居らず、机には書類の束があるだけ。


周囲を見渡すと、アメトはソファに横たえ、苦しそうに胸を抑えていた。


片腕で顔を覆い、もう片方の腕で苦しそうに胸元のバスローブを掴む。

肩で呼吸を繰り返し、普段の軽薄な笑みや胡散臭い調子からは遠い姿。


あまりにも弱々しい姿を晒す彼に、何事かとセラは思わず駆け寄る。

咄嗟の行動で無意識に脈拍を測ろうと、彼の手首に触れ、声を掛ける。


「一体何事ですかっ!? 閣下! 大丈夫ですかっ!?

 アメトさんッ!! しっかりして下さいッ!! 何かの…毒!?」


毒か何かと判断したセラ。彼の手首に触れるが、しかし――

以前触れられた時に感じた、凍えるような冷たさでは無い。


体温が上昇しているのか、今はやけに温もりを感じ、鼓動が妙に早い。


「さっ…触んないでっ……! てか、誰……? え、うそ……。

 せ、聖女さま…? な、なんで……ッ??」


差し出された手を弾き、掠れた声で顔を覆い隠すアメト。

彼は苦しそうに肩で呼吸を繰り返し、腕の隙間からセラを見据える。


セラは状況を理解する事が出来ず、彼の額に触れようと手を伸ばした。


「触診せねば症状がわかりませんッ! 何があったのですかっ!?」


「あー、そゆ事ネ……。 最ッ悪。 ボク本能的なの苦手なのにサァ……。

 単刀直入に言うケド、今のボク……媚薬盛られてるのネー……」


「だから無闇にボクに近寄らないで欲しい。 冗談じゃなくてサ……?

 今のボク本気でナニするか、分かったもんじゃないから……。

 ボクがキミを害するのは、ボクも望む所じゃ、無い……。」


吐息混じりの声。いつも通りの軽い調子にも感じられる。

彼が一体、どこまで本気なのかは、セラには分からない。


アメトはセラから背を向け、身体を小さく丸め、相変わらず苦しそうな姿。

彼は再び口を開いたのか、くぐもったか細い声が響く。


「聖女サマ。 折角ボクの部屋に居るのなら、ボクのお願いを聞いて欲しい。

 ボクに《浄化の祈り(ピュリタス)》を祈ってほしい。 錫杖が手元に無いなら待つ。

 このままだと、ボクの尊厳が危ういからサ……おねがぁい……。」


「あの、それって……閣下が居なくなったりするってことは……?」


セラは震える声で呟くように、アメトの背中へと語りかける。

「ヒヒッ」と自嘲気味な嗤いを零し、続けざまに軽い声色で言葉を返した。


「そんなんで半魔のボクは消えないヨ。 ちょっと痛くて苦しいダケ。

 今の苦しさに比べたら、そっちの苦しみの方が断然マシってコト。」


彼のいつもの軽薄な調子は、セラを狂わすには十分だった。


その“いつもの軽さ”がセラの判断を鈍らせ、セラの出した答えは――

小さく囁かれた「嫌です」という拒絶の言葉。


アメトは彼女の言葉に反応を示し、身体をぴくりと跳ねさせる。


「イヤ……“嫌”ってサ。 状況わかって言ってる?

 ボク今事情が事情で苦しいの。 浄化しないならもう出て行って。」


「今のボク、集中出来ないから魔力もろくに練られない。

 だから転送も、瞬間移動も、どっちも使えない。」


「キミ、今どれだけ愚かなコトしてるか、分かってる?」


苛立ちを押さえきれないのか、言葉の端々がいつもより強い。


それでもセラは動くことが出来ず、どうしたら彼を助けられるか?と。

必死に考え、祈るように手指を組み、眉を下げて視線を床へ落とす。


「ボクの理性がある内にサ。 いい加減に離れてくれないカナァ?

 キミさぁ……ボクに襲われてもいいワケ? 違うデショ?」


セラはそれでも逃げず、アメトの側に寄る。

触れられる程の距離ではなかったが、近い距離で彼へと質問を投げた。


「他に、私に出来ることって、ありますか……?

 その、えっと……やらしい事以外、で……。」


セラの純粋な問いかけに対し、アメトは小さく舌打ちを鳴らす。

ソファから上半身を起こし、眉間に皺を寄せ、余裕のない微笑をセラへ向けた。


「本気で理解に苦しむヨ。 キミさ、媚薬ってどういうものか、知って言ってる?

 知っているなら、ボクはキミの(オツム)の心配をしちゃうネェ?」


「無垢なキミに分かりやすく言うケドさ。 媚薬ってネェ?

 性的興奮を増幅、増強させるお薬ナノ。 で、今ボクは性的に興奮してる。

 ボクはこれだけ分かり易く、伝えてる。 キミが今どれだけ危険か分かった?」


ソファに腰掛け、苛立ちからか膝を揺すり、頬杖をつき瞳を細めるアメト。

困ったように眉を下げ、ぎこちない微笑を浮かべ、懇願するように声を落とす。


「さっきも伝えたケド、浄化しないなら……もう出てって。 お願い……ネ?」


そんな彼の姿に、セラはしばし胸の前で指を組み目を瞑り思考。


(私たちを助けて下さる理由は、分かりません……ですが……。)


真意は不明ではあったが、これまでに手助けをしてくれ――

屋敷を快く貸し出してくれ、仲間の事も気をかけてくれる彼。


悪い人ではないと――何か、とても大きな事情があるのだと。

そんな人を助けないで、なにが【聖女】なのだと、思考が固まる。


(強い浄化が、痛みを伴うと仮定しましょう。 でしたら……です。)

(私自身の身体にかけ、浄化作用を緩和させて……うん、これなら――)


「ニヴェイシア閣下、目を瞑って下さいませ。 私に出来る事をします。

 ですが恐らく、多少は痛みを伴います。 痛かったら言って下さい。」


揺るぎない瞳で、彼の元へ歩み、真っ直ぐに彼を見据える。

最初こそ、訝しむ様子だったが、大人しく目を瞑るアメト。


セラは《浄化の祈り(ピュリタス)》を祈ると、優しくも淡い、虹色の粒子を身体に纏わせる。

決意を持って彼の身体に身を寄せ、凛とした声で語りかけた。


「私は決して逃げたりしません。 ですから、閣下もなるべく耐えて下さい。」


「ただの浄化デショ? ナニをそんな、耐えるって――」


ソファに腰掛けるアメトの膝の上に、セラはそっと自身の身体を乗せる。

アメトの肩に優しく手を置き、虹色の粒子を漂わせ《祈り》を深める。


唐突に自身の膝の上に感じる、柔らかな温もりに驚き、彼は身動ぎするが――

彼女の身体に触れることを躊躇し、手のやりどころに困るアメト。


小さく息を洩らし、困惑しながらもなんとか抗議の声を上げる。


「ちょ、ちょっと……ホントに待って。 ボク、どうすればイイのサ……?」


意識を集中させ、とても優しい《祈り》で浄化を施すセラ。

二人の周辺には淡い金色の聖光が包み込み、一帯には虹色の粒子が舞う。


彼女から溢れ出た慈愛の聖光は、アメトの身体に癒しをもたらした。


「抱きしめるくらいなら、構いません。 それで閣下が落ち着くのであれば。

 多少の羞恥心はありますが、今はそうも言ってられない事態ですので。」


溜息を洩らし、軽くセラの身体を抱き寄せ、身体を落ち着かせるように――

深呼吸を繰り返し、身体の熱がじわじわと、外に逃されるのを肌で感じるアメト。


セラも目を瞑り、彼の為に《祈り》を捧げ、やがて――


二人がどのくらいの時間、そうしていたのかは分からない。

肩で呼吸を繰り返していたアメトの様子も、落ち着きを取り戻していく。


抱きしめていた腕を離し、ソファに身を凭れさせ、大きな溜息を吐き出した。


「はぁーーッッ……。 まだちょっと効果は残ってるケド、マシになったヨ。

 んにしても、聖女サマ。 キミかなり頭イかれてるヨ。」


「ボクに襲われでもしたらどうしてたのサ? 国に訴えて……

 ボクを死罪にでもしてたー? ヒヒッ!」


未だに膝の上に座る聖女に軽口を叩き、手で「しっしっ」と――

まるで虫でも払うように、ジェスチャーをするアメト。


「その時はその時です。 それに、なんとなくですが……

 閣下ならきっと、耐えられるかと、そう思いましたので。」


「ふぅ……。 力を使いすぎないのも、とっても疲れるのですよ?

 これで、あなたからの借りは返しましたからっ!」


セラは言葉を零しながらも彼の膝から降り、小さく会釈。

「ではっ!」と言葉と共に、パタパタと足音を立て、部屋から居なくなった。


(少し勿体ないコトしたカナ? 彼女の優しさに漬け込むのはチョットネー)

(まーでも、アレ以上ヤっちゃったら、あの子、立ち直れないだろうし。)


「この残った熱は――自己処理でいっか。 ハァ……でも、怠いや。」





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