その【陰謀】大成功につき。
屋敷へと戻り、男三人、ノア、パルテオン、アメトはと言うと――
彼らはスライムの体液を落とす為、颯爽と足早に浴室へと向かっていた。
彼らが浴室に向かうのを見届けた女性陣。ルルがふと、聖女へと疑問を投げる。
「なー、思うたんじゃけどさ。 ノアちゃんとパルちゃんって――
替えの装備あるんじゃろうか? いっつも同じ服じゃない?」
「そうですね…? いつも同じ見た目な気がします…。
どうしてらっしゃるのかしら……?」
セラとルルは互いに顔を見合わせ、疑問符を浮かべる。
男たちはそんな女性陣の疑問を背に、湯殿へそそくさと赴いていた。
ニヴェイシア邸の広い浴場にて、ノアは身体を洗った後湯に沈む。
温かな薬湯に身を鎮め、側で同じように湯に浸かっている騎士へと話しを振った。
「ねぇどーしよパル…。 あの服、国から支給された物だったのに…。
替えの装備、ちゃんと用意しておくんだったね…困ったねぇ……。」
指先で湿った髪をかきあげ、やたらと色っぽい仕草で心配そうに呟く。
湯船にどっしり浸かった騎士は、ずるりと背を沈め溜息混じりの言葉を吐いた。
「俺もだ。 俺のは騎士時代からの愛用品だったんだがな……
まさかあんな呆気ない終わり方するなんてよ…。 ッハァ~……。」
騎士の横顔はどこか哀愁が漂っており、長年愛用した軽鎧――
それが無惨に汚され、呆気なく無駄にされてしまった怒りと悲しみ。
彼の憤りや複雑な感情は、計り知れない。
「そういえばアメトさーん。 ヴァルメリアの近郊の迷宮――
例のあの、真っ黒の泥の石! あれがあったんだ。 何か知らない?」
唐突に話題を振られ、アメトはぴしゃりと固まった。
彼はこれでもかと、丁寧に自分磨きをしていたのだがその手を止める。
しかしすぐに手を動かし、濃密な泡を手に、ノアの問いに答えた。
「?? アビサルエロー迷宮にあの石? ボクここ数年立ち入ってないケド。
ボクが居るのに? なんで? 置く理由が分からないのだケド。」
彼の態度からは、とても嘘を言っているような雰囲気ではない。
ノアとパルテオンは互いに顔を見合わせ、怪訝そうに眉を寄せた。
「もしかしたら、ボクは既に同族に見限られているのかもしれないネー。」
アメトは淡々と、スライムの体液の残滓を拭う為、入念に洗っていた。
どうやら相当、スライム体液の“ぬめり”が不快だったらしい。
きめ細かな泡で、指先から髪の毛の一本に至るまで、丁寧に洗い込んでいた。
さながら、高級スパの極上サービスを自身へ施しているかのような、丁寧さ。
「アメトさんにも分からないんじゃ、僕たちに分かるはずもないよね……。
困ったけれど、地道に調べるしか無いね。」
「そういえばさ、パルっ! パルのもすっごく立派だけど――
アメトさんのも、すっっごく、立派なんだよっ!」
ノアの落とした言葉に、一瞬凍りつくアメト。眉を跳ねさせるパルテオン。
「ガッハッハ!!そりゃ良いことだな! 男なら立派じゃねえとなッ!」
弾む彼らの声にアメトはというと、ゆっくりと彼らに視線を投げる。
湯船に浸かる彼らに怪訝な視線を送るのだが、彼らは笑い合っていた。
「……ネェ、何のコト? キミら、何の話してるの?」
泡だらけの身体を抱え、彼らの言葉を待つ半魔は、どうにも腑に落ちない様子。
しかしアメトの問いに、豪快に笑い声を上げながらも騎士が答える。
「ガッハッハ! 子爵が何の想像してるか分からんが、筋肉の話だろ?
筋肉が立派なのは良いことだ! 男であれば尚の事! ハハッハ!」
アメトは湯気の中沈黙を貫き(筋肉?)と真剣に思考し、そっと目を伏せた。
身体を隈無く丁寧に洗い上げ、ぬめりが無いかを真剣に確認した後――
アメトは湯船に浸かることなく、彼らを無視し、大浴場を後にした。
脱衣場には、無表情の使用人が目を瞑ったまま控えており、手にはバスローブ。
「旦那様、お疲れ様でございます。 お召し物は本日もこちらで?」
「ンー、それで構わない。」
無表情のメイドは黙々とアメトの身体を拭き、バスローブを着せる。
何事も無かったように軽く一礼した後、そのまま何処かへ姿を消した。
(筋肉? なぜ筋肉の話しをあの場所で? 意味がわからない。)
バスローブを身に纏い、タオルを頭に被せ、脱衣所から立ち去るが――
彼の頭の中は、先程のノアとパルテオンの“筋肉”の話題で一杯だった。
◇ ◇ ◇
同じ屋敷内の別室、ルルはというと――
彼女は笑顔が印象的な使用人に、ホットミルクを用意させていた。
持ってこられたティーカップと、ホットミルク入りのポットを見つめる。
彼女は小瓶を片手に、紅い瞳には好奇の色を宿し「ふんす」と鼻を鳴らす。
カップは全部で五つ……怪しまれないように、全員分のを用意させていた。
この屋敷の主であるアメト用のカップにだけ、小瓶の中身を注ぎ込む。
手早く小瓶を懐に仕舞い、スプーンで緩やかに撹拌し、その時に備える。
彼女の好奇心は限界突破しており、これを飲んだらどうなるか?
という想像が忙しなく働き、彼女の脳内では軽いお祭り騒ぎ。
(ひゃーっひゃっひゃ! これであのニヤけ面がどうなるんか、見ものじゃ!)
悲惨な事に、彼女の思惑など、誰一人として、つゆ程にも知らない。
そんな中、広間へのこのこ姿を現してしまったアメト。
刻一刻と、惨事へのカウントダウンが始まっていた。
「お疲れ様チビっ子チャン。 浴室だけれど、まだ勇者サマたちがいるヨ。
入るなら、もう少し時間を開けたほうがいい。 それで、それは?」
ルルは一見すると完全にいつもの無表情。その感情を読み取ることは困難。
また、アメトは彼女が“呪い”により、表情が出せない事を知らない。
その事が功を奏してしまい、内心ホックホクの小人族だったが――
この半魔が気がつくことは、残念ながら……無い。
(最&高のタイミングで戻ってきやがったな! ひゃひゃ!)
(子爵ちゃん、あたしの実験体になってもらうぜ! じゃあの。)
「これハニーミルク。 あたし特製の甘みばっちりのやつ。
疲れとる身体には甘味っしょ? はい。 これ子爵ちゃんの分。
甘味だけに甘くみとったら……痛い目あうぜー?」
アメトは先程の浴室での一件があり、筋肉の話が未だに脳を支配。
故に、彼女の思惑を見抜けない――普段の彼であれば、警戒するところだった。
しかし、天運はルルに味方し、彼は何も考えずにカップを手に取る。
「ン、ドーモネ。」と、感謝の言葉を伝え、カップの中身を一気に煽った。
溜息一つ、疲れた微笑を浮かべ、アメトは屈み込みルルの頭を撫でる。
そのまま立ち上がり、盛大な溜息のおかわりをした後、広間から消えた。
ルルは完全に大勝利を噛み締め、したり顔のような瞳で彼を見送る。
勝利を宣言し、彼女の脳内では勝ち鬨を上げ、祝杯の祭りが催される始末。
複数の小さなルルが脳内で踊り、ガッツポーズを決め、カーニバル真っ最中。
(あーー!! あたしに表情筋が死んどる呪いあってよかった!!!)
(精霊神様ー!!ありがと!!精霊神様のせいじゃないけど!!!)
(この“呪い”の名前、付けてくれた人に感謝感激雨霰ーーッ!!)
彼女は自身の作成した“秘薬”の効果以上の興奮状態にあった。
人知れず、不思議な小躍りを披露する程のテンションの上がり具合。
その後はパタパタと小さな足音を響かせ、セラの元へ駆け出すルル。
何も知らない【聖女】は、お腹に抱きついてきたルルを抱きしめ返す。
「セラちゃん! あたしと一緒にお風呂はいろ! 洗いっこしよ!」
「はいっ! 分かりましたぁっ! ノアたちが戻ってきたら、ぜひに!」
セラは何事かとルルの頭を撫で、元気に返答を返すが――
ルルはというと、セラの腹部で無表情ではあったが、瞳には悪い輝き。
完全にクソガキのソレで、この時、この瞬間だけは――
この悪戯小僧のような小人族・ルルリカの為に世界が回っていた。
あまりにタイミング良く、残りの男性陣が、浴室から上がってくる。
彼らはバスローブ姿で広間へと現れ、項垂れながら、セラたちに声を掛けた。
「これ、メイドさんに貸してもらったやつなんだけどねぇ……
本当はアメトさん用のだから、僕が着るとこんな有様で……えへへ。」
ノアのバスローブ姿は、裾が床につきそうな程で、また胸元が開けていた。
故に色気が凄まじく、セラはドン引きでルルは平然。
「ノアの今の姿……。ちょいやべーよな。 女子には見せられん……」
パルテオンはやや呆れた調子で語り、そのまま彼らは交代。
「んじゃ、次あたしら風呂入ってくるけー。 セラちゃんおるけーって……
覗いちゃダメだぜー? あ、それと――」
「机の上にホットミルク用意しとるけぇ、飲んでねー!デュワーッ!」
彼女はそれだけ言い残すと、セラの腕を引き、何故か急ぎ足で広間から離れた。
パルテオンはルルの様子に若干の違和感を覚えていたが――
きっと触らぬ神に祟りなしと、そう判断し、机に並べられたカップへ目を向ける。
どかりとソファに腰掛け、ノアもまた腰を落ち着かせ、二人で溜息を吐き出す。
「なんだかルル、すっごく楽しそうだったねぇ!
そんなにお風呂入りたかったのかな? 気持ちがいいもんねぇ…!」
「なんか俺ァ…すっげえ悪寒がしてる。 嫌な予感がするぜ…!」
その後、男性陣は今後の服をどうするかの話し合いをするのだった。
◇ ◇ ◇
場面は再び大浴場へと移るが――
今度は男性陣と違い、むさ苦しくない実に華やかな空気。
だが、どういう理由なのか、セラはルルに身体の隅々まで洗われていた。
「ど、どうしちゃったのです? ルルちゃんっ…!!! ちょ……っ!
脇腹は擽ったいですよ? 前は自分で洗いますからっ…!」
普段は無表情一辺倒の彼女の表情が、何故か今はどこか――
楽しそうな瞳の輝きで、気持ち口角も上がっているように見える。
どこか得意げに、セラの身体を丁寧に撫で回し、いけしゃあしゃあと声を上げた。
「日頃のお礼ーあとスライム液がついとらんか心配じゃったけぇさー?
んじゃけ、こうやって丁寧に洗っとんよー。」
「なんかの拍子であのスライム液、付着しとったらさ、嫌じゃん?
じゃけぇこうして、ねぇ…? ぐへへ……」
「わ、笑い方が怖いですよ…? ともかく有難うございますっ…!
んっ……わ、脇腹は、脇腹はやめてくださいっ……!」
セラは顔を赤らめさせ、されるがままにルルに丸洗いされていた。
洗い終わると、二人でゆっくり湯船に浸かり、程よく身体が温まっていく。
しっかりと身を清めた後、濡れた身体のまま脱衣所へ。
セラの艶のある髪を、ルルが魔法で温風を送り、梳きながら乾かす。
「セラちゃんの御髪すっごいきれーだな…! この辺じゃあんま――
見かけん色な気がする。 めっちゃ目立ちそう。」
「そうですね…。確かに煌陽国では珍しい髪色かもしれませんねぇ…?
ふぅーー……。 その温かい風、すっごく気持ちいい……」
髪の毛を乾かし終えると、セラの髪を梳かしながら、ルルが口を開いた。
「きもちえがったー? ならよかった! あたし超万能!
そいやさ、子爵ちゃんがなんかセラちゃんを自室に呼んどったよ?」
「え?閣下が私を? 私、何か変なことをしてしまったのかしら…。
それとも魔族に関する大事なお話でしょうか……分かりました。」
セラは全くといっていいほど、ルルを疑う様子は無く、完全に信じ切っていた。
小首を傾げ、真剣に頭を捻る様子にルルは若干、良心の呵責に苛まれる。
しかし後の祭り。ルルはセラの髪を整え、眠そうに欠伸を噛んでいた。
「ふいー! ばっちし髪型もきまっとるぜ! んじゃあたしは――
身体温まったら、眠なったけぇ寝るわー。 じゃあのー。」
ルルはそのまま、脱衣所を後にし、姿を消し、セラは一人残される。
先程ルルから伝えられた「子爵が呼んでいる」という言葉に多少の疑念を覚えた。
(閣下から私を呼びつける用事……何かしら…? 粗相したのかしら、私…。)
小首を傾げ、セラはルルに唆され、屋敷の主の自室へと、向かっていった。
――それがルルの罠だと、つゆ知らず。




