頁:46 その【主催】聖女につき。
――早朝の学術都市。
都市は起きたばかりの朝露の香りが漂うような時間帯。
薄い霧が立ち昇り、静けさを纏い人影もまばら――
石畳の上を「コツコツ」と、乾いた靴音を響かせ、会話を交わす二人。
勇者と聖女はとある目的の為、彼らで行動を共にしていた。
道中――ふと立ち止まり、勇者は腰に佩いた聖剣の鞘を軽く叩く。
胸中で唱える言葉は『今日もよろしくね。』という、短い言葉。
返ってくる言葉もまた短く『承知した。』と、一言それだけ。
二人の目的地は、聖女の希望で、昨日彼女が訪れたという教会。
教会へとたどり着き、白亜の門をくぐり――周囲をぐるりと見回す勇者。
どうやら間が良かったようで、ちょうど礼拝が終わった頃合いらしい。
信徒たちは三々五々と、散っていくところだったようだ。
じっとその様子を観察していた二人。
(なんだか話しかけづらい空気ですね……神官様はどちらでしょうか?)
キョロキョロと視線を巡らせていたところに、一つの影が近づく。
二人を歓迎するように、ぴしゃりと背すじを伸ばした老齢の姿。
白を基調とした司祭服を身に纏った、恰幅の良い男性が二人へと近づいた。
「おやおや、これは勇者殿――それに昨日に引き続き、聖女セラフィーナ様。
朝のご挨拶を申し上げます……お二方。」
老体の割に伸びた背すじ。その歩みには迷いというものが見られない。
司祭は深く一礼した後、穏やかな声音で言葉を続けた。
「実に丁度いい間でこられました、お二方。 ――神々に感謝を。」
「さて――実はですね聖女様。昨日の癒しの数々、その功績を称え――
星律教導としても、お力添えをしたくですね……。」
「是非――聖女様ご自身主導での夜会を催したいと、考えておりまして……。」
「――えっ!?わ、私が主導ですかっ!?星律教導ではなくっ!?」
ビクリと肩を震わせ「あわあわ」と辺りに視線を彷徨わせるセラ。
どうやら寝耳に水だったらしく、本気で焦っている様子だ。
「ええ……聖女様の清らかな御心と、慈愛の心を人々に広く示すべきと――
どうかご安心を……神殿や教会が全面的に協力をさせていただきますゆえ。」
返答に困り、言葉を失ったまま逡巡。隣に控える勇者へと視線を向ける。
胸の奥にはどうにもそわそわとした不安に駆られ、落ち着かないのだ。
(私のような未熟者が夜会の主催だなんて……これまで私社交界は――)
だが、これは絶好の機会であることはさすがに分かってはいた。
昨晩の話し合い、勇者が語っていた言葉――
『貴族のことを探るなら――』
頭では理解していても、脳裏によぎるあの末端冷え性の貴族――
彼の冷たい温度を思い出して尻込みしてしまうのは、どうしようもないこと。
隣に視線を移せば、勇者が瞳を細め、朗らかに微笑んでいる。
「大丈夫!セラが主催だったらきっと沢山の人を安心させられるよ!
僕もいるんだし!セラの安全は僕にまかせて!それに――」
聖女の耳元に口を寄せ、付け加えるように囁く勇者。
『セラは“ニヴェイシアさん”を追ってるんでしょ?なら――
なおさらでしょ?セラが主導なら、色んな貴族さんが集まるかもだし……!』
茶目っ気を感じる微笑に『ねっ?』と片目を瞑ってウィンク。
彼の言葉に、感じていた不安が多少は和らぎ――瞳を伏せ呼吸を整える。
「わかり、ました――っ!不安はありますが、私に出来うる限りのことを!
と言っても――私主催の夜会だなんて初めてで、大丈夫かしら……?」
老齢の司祭は頭を深く垂れさせ――力強く言葉を落とした。
「おまかせくださいませ、聖女セラフィーナ様……。」
顔を上げ――夜会の概要や必要なもの、注意事項を二人へ伝えた。
司祭の話に、真剣に耳を傾けるセラの姿――
彼女の姿は、ノアの瞳には凛とした女性に映っていた。
――かくして、聖女主導の夜会の開催が、急遽決まったのだった。
◇ ◇ ◇
しかしその後――二人は結局宿へ逆戻りする羽目に。
必要なものや準備のため、とんぼ返りすることとなってしまった。
その道すがら――耳飾りの魔道具を装着し、口を開いた勇者。
セラ主導での夜会が催されるのだと、簡潔に語った。
「――ってことだから、僕は夜会に参加することになったんだぁ!
かめんぶとーかいだって!たのしみだねぇ!あれ……でも――」
「僕……踊れないよ……??」
『成る程――夜会ッ!承知いたしましたッ!ではワタクシとルル嬢は――
勇者殿と聖女殿がご活躍の間、資料と情報の整理を引き続きッ……』
禁書庫という空間のせいなのか、彼の声はやたら残響して聞こえた。
そして――どうやら禁書庫内にいるのは賢者だけではないようだ。
『えー……あたしもドレス着て踊りたかった。それか曲芸でもいいぜ?
賢者ちゃーん、あたしと踊ろうやー?』
『道化師としてあたしも招いてーやー!ぶーこら。』
『残念ですがッ!ワタクシ舞踏の心得はありますが――なんせ持久力がッ!
立って三分、歩いて一分!舞踏開始五秒で崩れ落ちる自信がありますッ!』
『ですので、心得があっても無用の長物ですなッ!! ハハッ!!』
『……まるで武闘の舞踏ってな……っぷ、くく。』
何やら聞こえてきているのだが――やはり、誰も何も言えない。
ただただ、冷えていく空気に身を委ねるしかない。
「えっと――パルのは自慢できることなのかな……?あはは……。」
ノアの隣に控えていた聖女は、どうやら脳内で妄想を繰り広げていたようだ。
彼女の脳内では、文字通り五秒で崩れ落ちる賢者が再生。
必死に笑いを堪え、肩を震わせて声に出さないように腹部を抑える。
「あれれ?そういえばパルは? パルー?お返事してー?」
騎士の声を待つが――耳を澄ませても騎士の声は届かない。
笑っている場合ではないと、不安に駆られてしまう聖女。
彼もまた――ニヴェイシアの被害にあってしまったのでは――?
聖女の不安をよそに、隣にいるノアは特段気にする素振りはない。
「ま、パルのことだから大丈夫だよっ!騎士仲間を当たるって言ってたし!」
『セラちゃんの声も聞こえんけどでーじょぶなん?』
「セラは僕の隣だよ――」
軽く受け流している全員。自身の杞憂で終わればよいが――
しかし考えすぎも確かにあまり良くない。それに彼は騎士だ。
そう判断し、聖女は勇者とともに行動開始するのだった。
【設定メモ:煌陽国の宗教の名前】
本文に出てきた『星律の教導』という名前ですが
煌陽国セレスタリア、聖女の所属する宗教の名称です。




