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その【聖女】転生者につき。  作者: すんころ餅
聖女と勇者と加護
5/14

その【旅立】に祝福あらんことを。



いよいよ修行も大詰めとなり、ヴィオラ伯爵家と神殿を往復する日々。

冷たくて暖かい、そんな日常を繰り返していたが、しかし――


その日々にも、終止符を打つ日がついにやってきた。


――やってきてしまったのだった。


「――勇者様が参られました!」


扉を開け放った侍女の声に、室内の空気は一瞬で張り詰め、思わず息が詰まる。


数日前から勇者来訪の報せは届いていたし、ちゃんと覚悟はしていたと思っていた。

しかし、実際にその瞬間が訪れると、まるで夢の中にいるみたいに、現実味がない。


勇者がヴィオラ伯爵家に訪れてくる理由は、私だという事は、分かっていはいた。

それ程までに、自身の知らないところで【聖女】セラフィーナの名は、知れ渡っていたのだ。


曰く“奇跡を呼ぶ聖女(ミラストラフロース)”だとか“慈愛の乙女(シャティアメイデン)”だとか、そんな耳が痛くなるような声。

修行中、がむしゃらに頑張ってきたのは事実だが、名が知れ渡るほどに、心苦しくなる。


屋敷の中で落ち着かず、椅子に腰掛け、そわそわと膝の上で指を組む。

血液の巡りが悪いのか、指先は冷えており、心臓が嫌な高鳴るのを感じ、鼓動の音が響く。


今日のためにと、ヴィオラ夫妻、三姉妹、使用人たち総出でのお出迎え。


分家の私(ヴァイオレット家)は、胃が痛くなるような思いで、その瞬間を、ただ静かに待つのみ。


レイアーレは、苛立ちを抑えきれていない様子で、しかめっ面で椅子に腰掛けている。

マリアーナ、ドロシーは、大人しく落ち着き払った様子で、じっと待機していた。


ヴィオラ家のいつもの客間のはずなのに、緊張と、家の人たち総出という状況に、視界が歪む。

周りの景色全てが、揺れているような幻覚を覚えるほど、私は緊張していた。


そうしてノックの音と共に、侍女に連れ出されて姿を現した、青年と騎士――

青年は淡い金色の短髪、青空を切り取ったかのような碧灰(シエルグレイ)の瞳、陽光のような微笑。


朗らかな笑みを湛える青年は、一見すると、御伽の国から飛び出してきた王子様そのもの。


(す、すっごい、朗らかな笑顔。 見た目が完璧な王子様ですねぇ…)

(一般的な貴族の子女なら、イチコロでしょう。 とっても、笑顔が眩しいです…)


白色の清潔で清楚なマントを纏う姿は、見た目の良さと相まって、気品すら感じる。

朱色に、金糸の刺繍が美しい、仕立ての良い衣服を上品に着こなして――


白と朱色のコントラストが、目を眩ませるほどに映えており、まさに【勇者】の青年。


腰には、薄い虹色に輝く鞘に収まった勇者の証である、聖剣。


勇者の背後には、巨大な盾を背負い、メイスを腰に携えた、軽鎧の騎士。

焦げ茶色の短髪で、髪の毛と同じ色の瞳、筋骨隆々なのが、鎧越しにも伝わる。


寡黙そうな見た目で、ややぶっきらぼうな表情で、青年の後ろに控えていた。


【勇者】の青年は、ヴィオラ伯爵夫妻に軽く頭を下げ、丁寧に挨拶を交わす。

彼は私の姿を見ると、真っ直ぐに、迷いなく向かってきた。


柔らかく、朗らかで、それでいて、確信めいた微笑を浮かべ距離を縮める。


「――君が、聖女さんかな? お噂はかねがね! うわさどおりの…

 うん、とってもふんわりしてて、可愛らしいねっ!」


声音(こわね)はとても優しくて穏やかで、まるで花の蜜みたいな甘さを感じる。


(こ、これは… 俗に言う人誑しという属性の方ですね…?)


青空の瞳で、真っ直ぐに見据える視線は鋭くて、まるで内側を見透かすような。

そんな、見通されたような錯覚を覚え、思わず視線を逸らしたじろぐ。


「傷や病を、たちどころに癒やして、奇跡を呼ぶ聖女さん!

 そんなすごい人が、今、僕の眼の前に本当にいるんだねぇ!」


凄いのは、いったいどちらなのかと、ツッコミを入れたくなるが……。


そんな野暮なこと、勿論出来るはずなど無く、ヴィオラ伯爵夫妻の目。

姉妹たち、使用人の視線もあって、私は最低限の動きしかできない。


椅子から思わず立ち上がり、何か声を出そうとするが、息が詰まる。

喉から「ひゅ」という音が立っていて、もう緊張で一杯一杯だった。


確かに私は【聖女】であることは間違いない、間違いないのだが……!


自分自身、それほど有名である自覚が無く、【勇者】と対峙するという――

そんなあまりに現実感がなさすぎる重責に、胃への負担をキリキリと感じる。


「は、はい。 はじめまして、勇者様。 セラフィーナ・ヴァイオレットと申します。

 長い名前で恐れ入りますが、どうぞ――差し支えなければ“セラ”と……

 そう、お呼び下さいませ。」


礼儀正しく、挨拶するので精一杯で、笑顔も多分ぎこちなかったと思う。

それ程までに、私はこの勇者と対峙するという場面で、緊張を隠せないでいた。


「そんなに畏まらないで? 僕はノア、ただのノアだよ!

 家名なんて立派なものもないんだぁ! でねぇ、こっちの大きいのが――」


「騎士、パルテオン・ヴァルクレストだ! ヨロシクな、聖女の嬢ちゃん!」


勇者誕生の話は、王都中を駆け巡っていて、勿論私だって耳にしていた。

けれども、選定の剣に選ばれた“その人”が、こうして眼の前にいるだなんて。


元々、こういう責任が重くのしかかるような、そんな出来事に強くない。

寧ろ、期待されればされるほどに、精神を摩耗していってしまうほど、弱いのだ。


改めて、もの凄いことに巻き込まれているのだな、と認識すると頭がふわりと軽くなる。

態度に出したつもりはなかったのだが、勇者ノアは、軽やかな足取りで近づく。


「もしかして緊張…してるのかなぁ…? 固くならないで欲しいな…えへへ。」


勇者は目を細めてふわりと朗らかに微笑み、気を遣っているのか、頬を掻く。


「ええっとね、僕たちは今、旅の途中なんだ。 きっと争いごとは避けられない。

 ――でも、君の力があれば、誰も傷つかずに、誰も死なずに、済むかもしれない。」


純粋無垢な碧灰(シエルグレイ)の瞳に射抜かれ、緊張や不安が、不思議とほどけていった。


そうだ、そうだった――私自身、目まぐるしい日々に流され、忘れかけていた。

私は、大勢を救う為に、これまでの辛い修行も耐えて、耐え抜いてきた。


眼の前の青年に顔を向け、呆然としていると、大男、軽鎧の騎士が一歩前へと出る。


背負っているのは盾だけではなく、恐らくは“責任”もあるのだろう。

地に足がついたような、頼もしくも低い声を部屋に響かせる。


「ノアはちょい、抜けてるようにみえるかもしれん、だが言ってる意味は分かんだろ?

 戦いには癒や手が必須、んで嬢ちゃんは【聖女】なわけだ! 理由はそれだけじゃ、不足か?」


三姉妹の視線が、私へと注がれ、長女マリアーナが、優しい眼差しで、声を掛けてくれた。


「まぁ、貴女なら当然でしょう。」


冷たく感じるけど、だけれども、どこか、私を誇らしげに思うような声色。

レイアーレは椅子を倒しながら勢いよく立ち上がり、声を荒らげた。


「ふざけないでよ…! なんでアンタなのよ… アンタなんかが…!」


ドロシーは、レイアーレの姿に動じること無く、真っ直ぐに勇者と私を見つめていた。

ふわりと微笑み、私たちの側によると、二人の手を握りしめて話しかける。


「やっぱり、セラは神様に遊ばれてるんだねっ? 勇者なんて、まさにその証拠っ!

 大丈夫だよ、セラ… セラはずっと…光ってるからっ!」


彼女の不思議な言葉に、ノアは微笑みを返し、私は拳を握りしめ、早打ちする鼓動を抑え込む。

目を瞑り、深く深く息を吸い込み――しっかりと勇者たち二人の姿を見据える。


「――まだ至らぬ点もありますが、それでも、私なんかの力が、お役に立てるのなら。

 どんな微力なことでも、勇者様の…しいては皆様のお役にたたせていただきたいと存じます。」


言葉を選ぶ余裕などあるわけもなく、それだけ言うと、差し出された手を取る。

私には、大勢の人を救う力が備わっていて、その力を求める人が――こうして眼の前にいる。


とっくの昔に決めていたじゃない、人々を護るために、この【聖女】の力を振るうって。

加護(ギフト)】を得た、十歳のあの日に――きっとあの日から、こうなる運命にあったのだろう。


勇者ノアは、嬉しそうに目を細めると、そっと手を重ね、微笑む。


「ありがとう!聖女セラさん! 君がいてくれるなら、僕たちはきっと戦い抜けるよっ!」


胸の奥で、静かに燃えていた小さな決意の炎が、強く燃え上がる。

それが奇跡の力なのか、はたまた運命なのか、その答えを私はまだ、知らない。


◇ ◇ ◇


――そして、勇者と騎士の訪問から、数日が経過した。


勇者との旅立ちが正式に決まり、旅支度や、神殿や国への申請――

日々を慌ただしく過ごし、忙しなく旅立ちへと備えた。


しかし、なかなか実感は湧かずにいた。

ただ流されるままに、行動しているような、そんな気がして。


だけれど、時折責任が重くのしかかって、心臓が痛くなる。


勇者の仲間となり、勇者を助け、人々を――世界を救う。

それは恐らく【聖女】としての宿命なのだろう。


ヴィオラ伯爵家では、淡々とした見送りと、旅の準備が粛々と進められていた。

夫妻はというと、相変わらず不干渉で冷たいけれど、最後に言葉をかけられた。


「――お役目を果たしなさいな。」


冷たいようでいて、それが夫妻なりの餞別で、私はそれをしかと受け止める。

三姉妹はそれぞれ、三者三様の“お見送り”をしてくれた。


長女マリアーナは、人の目があると、相変わらず冷たい視線を投げる。

しかし、二人きりの廊下の陰で、私を呼び止めると、普段とは違う声で話しかける。


「ねぇっ、セラフィーナ…ちょっと、いいかしらっ… お伝えしたいのだけれどっ…

 そ、そのっ……体調には気をつけなさいな? 貴女すぐに体調を崩すんですものっ…」


視線は逸らしているが、頬が妙に赤く、心配と照れが同居しているような表情。

やはり彼女は、最初からツンデレだったのかな?と、口角が上がりそうになるのを堪える。


「それと、セラ、貴女は頑張りすぎる癖がありますわ、わたくし心配ですの。

 しっかりと周りの方々に頼って、自分をもっと、大事になさい? それだけよっ」


終始、その視線は私に向けられることはなく、ぶっきらぼうで、やや拙く感じる叱咤。

それでも声の震えを隠しきれていない、彼女の優しさが、胸にじわりと馴染む。


「マリアお姉様、ずっと気にかけてくださっていたこと、私、知ってます。

 陰で私のことを見守ってくださって…本当に感謝しておりますの…ふふっ!」


精一杯のほほ笑みを浮かべ、マリアーナの手を取ると、優しく握る。

彼女は驚いた顔をしつつ、優しく抱きしめてくれ、心が暖かくなるのを感じた。



三女のドロシーは、慌ただしく準備する中でも、一緒に手伝ってくれていた。

ほぼ、私の側から離れず、時折泣きそうな表情見せながらも、笑ってくれていた。


次女のレイアーレは、私の前に、最後まで姿を現すこと無く、部屋に籠もっていた。

これ見よがしに動く私のことを、ずっと疎ましく思っているのだろう。


でも、それも彼女なりの気持ちなのだ。


次期聖女だと、周りから期待され育ってきたのに、期待を裏切られた。

その上に、唐突に分家から【聖女】が生まれてしまったのだから。


そりゃ、簡単に切り離すなんて、きっとできない。

悔しさとか、嫉妬とか、負の感情は――割り切るのは、難しいのだから。


だから私は、そんな彼女の想いを、汲み取ることしか出来ない。

私は彼女の前にはなるべく行かず、結局の所、旅立ち直前まで距離を置いた。


いよいよ出立の日となり、大きな荷物と、神殿から預けられた神具――

聖女のみ扱うことが出来る、錫杖を手に、外へと繰り出す。


不思議なことに、普段は首飾りとして、大変持ち運びが便利な錫杖だ。


勇者が待つ、門の外へと歩みを寄せる途中、後ろからパタパタと足音が聞えた。


ドロシーが、泣きながら、駆け出してきて、つまづきつつも、私に抱きつく。


「やだ!やだよ……セラ! もっと、もっとセラとお祈りして…

 神様たちの笑顔に囲まれていたかったのに……うっ…」


彼女の小さな手が、私の服を、ぎゅっと握りしめていた。

ドロシーの必死な温もりに、思わず胸が締めつけられそうになる。


「ごめんね、ドロシー… でも安心して下さい…! また必ず、帰ってきますから。」


彼女に釣られて、涙が流れるが、袖で拭い微笑むと、彼女もしゃくりあげながら、笑った。


「セラは、きっとかえってくるよ? だってね、神様がそう言ってるのだものっ」


最後までドロシーの言葉は不思議だった。

いったい、彼女の見えている世界は、どんな世界なのだろうか?


――こうして、私は五年という修行期間を終え、ヴィオラ伯爵家を後にした。


過去を振り返れば、最初は不安が沢山付きまとい、冷たかった日々。

だけれど――いつの間にか暖かく感じられるほどに、成長したのかな?と。


視線を屋敷に向けると、五年間過ごした屋敷は、清々しい朝の光に包まれていた。

たとえ、辛くて冷たかった、そんな日々でも、此処は確かに私の居場所だった。


「ヴィオラ伯爵家夫妻、使用人の皆様、神官の方々。

 みな、私のために時間を割いてくださいまして、有難うございました。」


「それでは、セラフィーナ…行ってまいります。」


小さく、誰にも聞えていない声量で呟き、勇者と騎士の待つ場所へと歩き出す。

早朝の、冷たくて、それでいて優しい風が身体を抱きしめてくれた。


まるで、これからの旅路を祝福してるみたいに。

――どうか、この旅が誰かを……救うものになりますように。





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