頁:44 その【乙女】葛藤につき。◆挿絵有り
場面は宿へ一人で戻っている最中のセラだが――彼女の足取りは重い。
内面がすぐに顔に出てしまう自身に嫌気が差し、反芻しては項垂れた。
――どうして、自身はこんなにも人様の迷惑になることばかり。
頭にあるのは、勇者たちと別行動をしている間に起こった件。
あの青年はいったい……何を考え、どういった意図があり――
自身を拐かしたりしたのか?疑念は膨らむばかりで。
自身の手首に絡められた腕輪に目をやり、小さく息を吐き出す。
短い時間ではあったが、確かに事実として自身の身体に刻まれた恐怖。
脳裏に浮かんでは消えるあの青年の微笑。
想起するほどに体調に現れるようで――それでも、だ。
ひとまずは勇者たちに心配をこれ以上かけさせてはいけないと。
足を動かすが、宿へと向かう足取りは尚も重い。
(ノアさんたちに……いつ言い出したらいいのかしら……。でも――)
◇ ◇ ◇
空腹を満たし、大図書館へと向かうセラ以外の三人。
賢者と別れた時は、陽光が燦々と輝いていたのだが、現在はというと――
陽光は落ちてきており、茜色の空が時刻を雄弁と語っていた。
大図書館へと足を運び、賢者がいるであろう部屋へと向かう一行。
彼は、いつまでそうしていたのか分からないが――
宙に浮かせた紙や羽ペンを忙しなく動かし、必死の形相で目を走らせていた。
凄まじい光景――よもや【賢者】というよりも“険者”と言ったほうが正しい。
「おやッ!皆様ッ!お待ちしておりましたが――時刻がッ!!」
もう夕刻……傾陽刻の終わり頃に差し掛かっておりますゆえッ……。」
「大図書館の閉館の時刻もありますッ……ですのでその――ッ長居は……」
「そうなんだぁ……僕たちも『時間が微妙だね』って話し合いしてて。
それで――バルタザールは何か伝えたい?できれば共有してくれないかな?」
賢者の彼は『良くぞ聞いてくれた』と言わんばかりに鼻を鳴らした。
眼鏡を押し上げ、口を大きく開け、盛大に空気を吸い込み……。
「――ゴッホ!!ゴホゴッホッ!!!」
どうやら肺に空気を取り込みすぎたようだ。
が――そっと着席する騎士と小人族。なかなかに現金な態度の彼ら。
「では簡潔にッ!」
「ニヴェイシア子爵についてですが公式記録では王都・セレスティオンにて――
居を構えているとの記載があり慈善活動や教会への寄付等模範的な貴族であり
またこれといって黒い情報などは見受けられず貴族学生複数人にお尋ねし――
家名を知っているものも知らぬ存ぜぬとのことでワタクシにはこれ以上の……」
「ゴッホッ!!!ということでございます――ッ!」
話を締めくくってくれたのは良かったが、結局彼が何を伝えたかったのか――
一同はあまりの早口に頭がついていかなかった。
賢者の周りを浮遊していた書物や紙束も――ボトボトと床に落ちる有様。
「賢者ちゃんよ……結局話をまとめると、ニヴェイシアちゃんってのは……。
端折らせてもらうけど、王都に住んどる普通の貴族ってこと……よね?」
小人族の言葉にブンブンと首を振って頷く賢者だったが、結局――
情報を探るほどに、靄がかかったように何も得られない。
まるで雲を掴むような感覚に全員が項垂れた。
「だああ――ッッ!!まどろっこしいなチクショウ!」
「結局アイツはなんなんだ!クッソ……!
あのゼクスっちゅー嬢ちゃんにもっと詳しく聞けばよかったぜ……。」
「とりま、もう時間も時間じゃろ?セラちゃんおらんし。
今日は切り上げて、明日また話し合うかなんかしよー?」
椅子から立ち上がった騎士と小人族。彼らは颯爽と戸口へと向かった。
「そうだねぇ。また明日かな?調べなきゃいけないことが、沢山だねぇ……。
例のあの『石』のことだって、未だに何も分かってないのに……。」
勇者もまた騎士たちを追うように扉に向かい――
三人が別れの挨拶を告げようとした、その時だった。
「ア゛ッ!!!!!!!!」
賢者の叫び声。彼は何かを思い出したらしい。
片腕を動かし、机の上に置かれていた鞄を念動で手繰り寄せ――
鞄に「ずぶり」と腕を突っ込み、何か道具のような物を取り出した。
それは、銀色に輝く耳飾りが四つほど――それと片眼鏡が一つ。
「なんたることかッ!ワタクシとしたことがッ!!
完全に忘却の彼方へと――ああッ!!どうして失念していたのかッ!」
机に転がる耳飾りと片眼鏡――頭を抱え、くねくねと動く賢者。
当たり前ではあるが、勇者たちは理解できない。
ただただ、目の前で蠢く賢者に軽蔑の眼差しを向けていた。
「これさえあれば――なななななんとッ!遠距離にいてもワタクシと――」
「「はよださんかい!」」
賢者の言葉が最後まで紡がれることはなく、二人の怒声――
騎士と小人族の叫びに掻き消されてしまった。
◆第三章 了




