その【仮面】完璧につき。
なんだかんだ過ごし、数日が経過。
皆が甲斐甲斐しくも、聖女の看病をしていた事が功を奏した結果――
セラの体調はすっかり本調子になり、元気な姿を見せていた。
恐らく先日の秘密の“指圧マッサージ”の効果も相まって、体温は正常。
頬もいつもの血色が戻っており、呼吸も穏やかで、健康そのもの。
しかし何故か全員、セラの回復を信じきれていなかった。
ノアは眉を寄せセラの顔を覗き込み、顔色をこれでもかと確認。
そんな二人の周辺を、キューを抱えたルルが、ウロウロと忙しなく動き回る。
パルテオンもパルテオンで、険しい目つきをセラへ送り、不安そうに見つめる。
「ご、ご迷惑をおかけしちゃって…ごめんなさい…。
本当に大丈夫ですのでっ…!それであの、気になったのですが……」
「その後、バルタザール様からのご連絡は…?」
困った微笑みを浮かべ、心配する全員を安心させるように言葉を選ぶ。
セラの賢者を心配する声と言葉は、確かに全員に届いていた。
しかし一同は顔を見合わせ「ウーン」と唸り、ノアが懐をまさぐる。
きらりと銀色に光る、耳飾り型の魔道具を取り出し、掌に転がす。
眉を寄せ、途方に暮れ、頭を掻きながらも声を落とした。
「実はね、あれからずっと、禁書庫側からの音は聞こえてこないんだ。
この耳飾りなんだけど、僕たちには使い方も仕組みも分からなくて…。
色々触ったりもしたんだけどね? でも触りすぎて壊したらって――」
肩を落とし、落胆したような瞳で、掌に転がるそれを見つめるノア。
ノアの言葉に続けるように、パルテオンが鼻息を立て、声を上げる。
「ちなみにだが、子爵にも見せようと思ったんだが――
セラも知ってるとは思うが、アイツ、あんなナリしてんのによ。
大真面目に貴族やってるみたいでな…その、なんだ…あんとき――」
「“施術”の一件以降……屋敷内でも、外でも、全然出会わねぇんだ。」
パルテオンは何故か悔しそうな表情で、拳を握りしめ、声を振り絞っている。
セラには理由が分かっており、彼女もまた、苦い顔をしていた。
「ちなみに、使用人メイドの、嬢ちゃんら二人にも訊いてみたんだが……
魔道具の事なんざ、しらねぇって話だった。」
動き回っていたルルは静止し、キューを抱え、どうやら不安が無い訳ではない。
彼女の抱き締める力が強いのか、キューの形は楕円形に変形していた。
「こゆのってさ。 魔道具作っとる職人さんとか、錬金術師さん?
そういう専門の人に見てもらうんが良いんじゃね?ってのはわかんだよ。
でも、そういう人ってどこおるん? あたし検討もつかんくてさ。」
「ちなみにセラちゃんが風邪引いとる間さ。
皆で外出たりして情報探したんよ? でも、住民もしらんでさー…。」
セラが「ふぅむ」と頷き、少しだけ考え込む。
ノアはそんな空気を変えるように、全員の顔を確認。
「ところでっ! 今日はヴェルカナ行きの定期船が来る日なんだっ!
セラが風邪の間に、皆と一緒に調べに行ったんだけど――
今からだと、数時間後には船が出るみたいだよっ!!」
「セラの調子も戻った事だし、行こうかなって思うんだっ!」
ノアの言葉に、パルテオンが「んだな」と頷き、大盾を背負い込む。
抱えていた謎毛玉生物を放し飼いにしたルル。
道化師服を整え、彼女も準備万端と言った様子で力こぶを作る。
セラも小さく首を縦に振り、全員が出発に向けて、軽く準備をする事に。
だがそんな最中――
音もなく、なんの前触れもなく、唐突に黒紫の霧と共に広間に現れる姿。
屋敷の当主がいつの間にやら、黒紫の霧を纏わせ、皆の前に姿を現した。
突拍子もなく、彼は一同の事など気にすることなく、軽薄な声を響かせる。
「ヤッホー。 皆元気してるー? ボクのお屋敷はどーお?
そろそろ慣れてくれたカナ? ヴェルカナって聞こえたからサー
ボクも連れて行ってほしくって。 ダメー?」
黒紫の霧を纏わせたまま、彼は軽やかな足取りで、騎士の背後へ忍び寄る。
軽鎧を纏っていない、無防備な騎士の背すじを指先でなぞった。
「――ヒヒッ! ンデー。 ボク、ヴェルカナの視察行かないとナノ。」
アメトに背すじをなぞられた騎士は「ヒョッ!」と声を上げ、背を反らす。
そんな反応に満足したのか、犯人である彼は瞳を細め、小さく嗤っていた。
この間僅か数秒の出来事で、あまりにも唐突に現れた屋敷の主に、皆驚愕。
唐突に現れた姿、騎士の声に驚いたルルが「モ゜」と悲鳴を洩らす。
ルルに驚いたキューが、慌ててノアのマントに隠れ、ノアは驚天動地。
彼は何かを巻き添えにしながら、床へとすっ転がり、広間は騒然。
セラだけは、アメトという男の“能力”を理解していた為、冷静だった。
「あの、ニヴェイシア閣下。 いえ……アメトリクス様。
唐突に姿をお見せするのは、お辞め下さいませ。 ビックリします。
私たちが小動物なら、とっくに心停止して、生命活動を止めてます。」
パルテオンは背後を取られた事に、まず驚いていたのだが――
聖女の発言にドン引きし、彼はなんとも言えない眼差しをセラへと向ける。
手にしていた荷物をどさりと床に落とし「おう…?」と小さく零す。
セラの発言に驚いていたのは、パルテオンだけではなくノアもだった。
彼は聖剣の柄を握りしめ、セラへと視線を移し「やっぱり、まだ…」と呟く。
「あー。 ゴメンゴメーン。 ボクの固有能力の話、してなかったカナ?
ボクは“転移系”の能力を使うことができるんだよネ。 失敬ー。
急に姿を見せて、キミたちの腰を抜かせて悪かったネー。」
「既に伝えたモノかと思ってサー? ヒヒッ!
悪気は無いつもりだしー? 許してネェ…? ィヒヒッ!」
あまりにも胡散臭く、あまりにも軽薄な語り口と足取り。
皆の周囲を転々としながらも、ウロウロと歩き回る屋敷の主。
銀白金の長髪を揺らし、一人ひとり、いやらしい微笑で顔を覗き込んだ。
怪訝な目で彼を見つめ、誰一人として声を発さない、見事な“沈黙”――
「さっきも言ったケド、お仕事で魔物の動きの調査しないとナノ。
冒険者組合からの頼みで、最近変だってコトだからサ。」
「ヴェルカナ岩礁の調査に、行かないといけないのサー。
本当はあんまり動きたくは無いのだケド。
ノブレス・オブリージュってヤツー? んでー?」
「ボク、ついて行っても良い? 拒否するならそれでも構わない。」
腰を手に当て、悠然とした態度で、全員の言葉を待つアメト。
無表情のまま、ルルはアメトの側まで駆け寄った。
そのままおもむろに、彼の尻をぽんぽんと全力で叩くルル。
「うん。 いざってなったら、このヒョロ長いの盾にすりゃええ。
いい感じの硬さしとるし、ええ盾になる。 しらんけど。」
尻を叩かれている事など、気にする素振りも見せないアメト。
笑顔で叩かれっぱなしだが、その笑顔の裏では何を考えているか、分からない。
ノア、セラ、パルテオンは、ルルの胆力に驚き、互いに目線を交わし合う。
「あの、アメトさん…失礼を承知でお尋ねするのですが――
確かにあなたの筋肉は、素晴らしいとは思います。 ですが……
あんな華奢な身体で、本当に僕たちに付いて来られるんです?」
ノアの斜め上過ぎる疑念の言葉に、アメトは眉をひそめる。
彼は肩を上げ、片手を口に当てて「ヒヒッ」と喉を鳴らし言葉を返した。
「あのサ。 勇者サマってもしかして、ちょっとアレ? やばいヒト?
こないだ見せたと思うケド、ボクって怖い魔族なワケだケド……。」
「そんなやわい身体じゃないし、キミたちには迷惑を掛けない。
それは約束するヨ。 きっと役に立つヨー? ヒヒッ!」
飄々としてはいるが、視線は後ろへと向けられ、アメトは瞳を細める。
「それと――ピエロのチビっ子チャン。
そろそろボクの臀部を叩くの、辞めなぁい…?」
ノアはウンウンと頷き「じゃあよろしくね!」と明るく声を落とし――
ルルはというと、叩くのは辞めたのだが……今度は何故か、優しく撫でていた。
そんな彼女に対し、アメトは困惑と恐怖の瞳を向けるのだった。
◇ ◇ ◇
その後……アメトは、小人族の彼女から、かなり距離を取っていた。
騎士の後ろにどうにかして身を隠し、皆に一つ、提案を落とす。
「港までは、ボクの転送で送るヨ。 転送先は港の裏路地。 いいカナ?」
皆、その方が移動距離も短縮できると判断し、頷き合う。
アメトが確認した後、魔法を行使し、一同の身体は黒紫の霧へと包まれた。
交易都市の港付近――人気の無い路地裏へと一瞬で移動した一同。
ノア、ルルは感動したようで、その魔法の便利さに、感嘆の声を上げていた。
「ちょっと、これずるくない…? あの時攻撃が当たらないわけだよ…」
「あたしも使いたい!! 転送つかいたいぜ!! ちきしょー!」
しかし騎士の彼は、転送した際に不快感に襲われたようだった。
アメトの転送は、確かに便利ではあったが、三半規管に刺激を与える。
故に騎士は口を手で覆い、顔を青ざめさせ呻き声を上げる。
やがて、更に人気の無い場所へと、猛ダッシュをキメた。
人知れず嘔吐し、セラに心配されながらも《浄化の祈り》を祈られる。
無事、事なきを得たのだが、騎士の顔は浮かばれず、悔しそうに汗を流した。
「便利ですが、万能ではないのですね…。 パルテオンさん、平気ですか?」
「俺の今日食った肉が……! 肉……!! クッソォ……!!!」
皆は港まで移動し、吹き抜ける潮風に清々しい早朝の日差しも相まり――
どこかで緊張していた心を、そっと解していくように、顔を綻ばせる。
ノアがアメトの姿を見つめ、とある疑念が湧き、質問を彼へと投げた。
「アメトさん。 今日は白い服じゃないんだね? どうして黒なの?」
「視察時のボクの正装デスので…
白色デスと、汚れが目立ってしまいマス。 故に、デス。」
一同は何気ない会話をし、定期船の到着まで、時間を潰した。
やがて、遠くの沖合から、船が波をかき分けてくるような音が響く。
ヴェルカナ行きの定期船が、桟橋へと滑り込み、港の一角に停泊。
船から乗組員が出てくると、声を張り上げた。
「ヴェルカナ行きの船はこっちだぞー!」
その声に従い、一同は船の付近へと歩みを寄せる。
船はそれほど大きくなく、定員はおそらく二十名程の木造船。
甲板には数人の乗客が既に居るようだった。
乗組員に賃金を支払い、勇者一同が船へと乗り込むが――
その際、乗組員の一人が、アメトの顔を見つめ「おや?」と一言。
「アンタ、高台の薬貴族の人じゃねぇか! 珍しいなぁ!
今日は何しにヴェルカナいくんだ?」
アメトに対し疑問を投げる乗組員。質問に答えるべく、彼は微笑みを浮かべる。
普段見せている胡散臭い微笑みとは違う、繕われた完璧な微笑。
「冒険者の組合からのご依頼故、勇者御一行と共に視察へ……。
ボクもこちらの船を利用させて頂きたいと……構いませんネ?」
「構うも構わんもねぇ! こんな船で良けりゃどんどん乗ってってくれ!
さ、勇者様と聖女様も乗ってってくれ!」
乗組員に促され、一同は颯爽と船に乗り込むが、船体はどうにも揺れる。
そして、定員になるまで、しばし待機しろとの事だった。
セラ、ノアの二人は船に心を踊らせ、和気あいあいと楽しそうに語り合う。
ルルはアメトに対し、なにか物申したかったのか、彼の手を引く。
ちょいちょいと袖を引き、語りたそうにウズウズする様子を見せていた。
小さな身体の彼女に対し、アメトは視線を合わせるために膝を折る。
屈み込むと、ルルがアメトの耳に口を寄せ、コソコソと耳打ち。
『いっつものうさんくせー口調はどしたんよ。
あたし、雨が降るかー思うて怖かったんじゃけど。』
『外じゃボク、いつもあんなだヨ。 切り替えって大事デショ?
流石にいつもあの調子だったらヤバくない? ボク仮にも貴族だし。』
やり取りをしていると、定員になったらしく、船が静かに動き出した。
港を離れ、最初のうちは、とても穏やかな波だった――がしかし。
沖に出た途端に風が唸り、波が荒れ始めた。
ルルは、立ててしまったフラグを見事に回収。身体を叩きつけるのは大粒の雨粒。
船体を叩きつける冷たい波しぶき。更には風も凄まじく、船が揺れまくる。
乗客や乗組員が船内に逃げ込むが、揺れはどうにもならない。
揺れる船体にダウンしたパルテオンとルルは――彼らは、死んでいた。
嘔吐用の樽に顔を預け、二人して情けない程に、ぶら下がる。
重力に身体を持っていかれ、身体は左右に揺れ、大変な有り様を見せた。
ノアとセラは、揺れを気にすること無く、何故か二人とも平然。
アメトは船内の隅で堂々と腕を組み、揺れていないような直線的な姿を晒す。
揺れはそう長くは続かず、数十分程度で収まったのだが――
樽から動けない騎士と小人族は、無惨にも身体を投げ、まるで死体だった。
見かねたアメトが、聖女の肩を叩き、彼女に提案混じりの耳打ち。
『聖女サマ。 彼らに《浄化の祈り》祈ってあげたほうが良くなぁい?
――これじゃ視察どころじゃないデショ?』
アメトに促され、セラは「そうですね…!」と頷く。
二人の死体に《浄化の祈り》を祈り、その後は難なく船は目的地へ。
眼前に広がるのは、荒々しく切り立った灰色の岩と、青白い波のしぶき。
岩の間には、小さな入江が点在しており、自然の威厳さを感じさせる景色。
潮風は磯の香りを濃く帯び、岩礁を打つ波の音は、遠くまで響き渡っていた。
船がゆっくりと停泊すると、勇者一同と半魔の子爵は、資源豊富な孤島――
ヴェルカナ岩礁へと、ようやく足を踏み入れるのだった。




