その【指圧】一行陥落につき。
※微注意喚起。
とても健全な、ただの指圧マッサージを行っているお話です。
交易都市の町外れ。高台に位置する、ニヴェイシア子爵邸の屋敷。
そんな屋敷の一角の廊下を歩く勇者ノア。時刻は早朝と呼ぶに相応しい時間帯。
渡り廊下の小窓から、朝日が射し込み、埃がキラキラと舞い踊る。
そんな清々しい早朝、ノアは広間へと向かう。
最近、仲間たちが集まっている広間へと軽やかな足取りで向かっていた。
広間の扉を開け、周囲を見渡すが、広間には静けさが漂い人っ子ひとり居ない。
この時間であれば、聖女は起きていそうなものだったが……居ない。
彼女は先日まで、風邪で伏せっていた事もあり、その影響だろう。
そう心に落とし込むのだが、それでも人っ子一人いないのは、寂しさを覚える。
道化師服の亜人族のルルの姿も見えず、友人であり、旅仲間の騎士の姿も、無い。
騎士は早朝に弱く、いつも寝起きは皆より遅い為、理解は出来る。
しかしそれでも、やはり淋しいものは淋しい。
ノアは広間からそっと出ていき、誰か起きてこないだろうか?
と、淡い期待を抱き、屋敷内を探索する事にしたのだった。
(最初にあの老執事さんに案内して貰ったけど、改めて歩くと広いなぁ…?)
(ルルもパルも、居ないだなんて…みんなまだ寝ているのかなぁ…?)
脳内であれこれ考え、様々な部屋を尋ねてみるが、使用人とすれ違う程度。
見知った顔に出会うことはなく、寂しさを募らせながらも歩いていく。
部屋を転々としていると、やがて、なにやら人の声が聞こえ、立ち止まる。
耳を澄ませてみると、それは澄んだ声音の女声――恐らく聖女の声だろう。
しかし、何をしているのか、どうにも怪しい雰囲気を感じ、ノアは眉を寄せる。
(セラ…?独り言…? セラの声しか聞こえないけど…どうしたのかな?)
何事だろうか?と気になり、声のする方向へと歩みを寄せ、部屋へと近づく。
部屋に近づくにつれ、徐々に明瞭になっていく会話の内容。
しかし、会話の内容が内容で、ノアはぴくりと眉を動かす。
「あっ…なんてこと…! っく……! この程度で、私はッ…でも…!
んぅ…だめぇっ…! 負けてしまいそうです…! んっ……!」
「旦那様っ…! 聖女様は乙女なんですよっ! なりませんっ!
乙女にはもっと、優しくご奉仕致しませんとっ…! 」
「ンー? この位でどおカナー? ほら…ココ、気持ちよくなぁい…?
ほらぁ…。 ココとか、この辺りをほぐしたら…ネ? 良くなってきたぁ?」
一つは【聖女】の声。もう一つは屋敷の主の声であることは判断がつく。
しかしもう一人の女性の声が分からず、また会話内容が内容で、ノアは大混乱。
一体、部屋の内部で、どんな不埒な事をしているのか。
この国の聖女で、乙女であるセラに、手を出すとは何事かと。
顔を真赤に染め上げ、音のする方へ、ずかずかと歩みを寄せていくノア。
寝台の「ぎしり」という音まで響き、また、甘い吐息まで聞こえてくる始末。
扉前に立ち、一言何か、物申してやろうと決心し、扉に手をかけるが――
ドアノブに手を置いた瞬間に、部屋の内部から声が響いてきた。
「誰? 言っておくケド、やましいコトはナニもシて無いヨ。
まぁ、良いからサ。とりあえず入ってきなヨ。
どうせ、勇者サマか騎士サマ辺りデショ?」
いつも通りの飄々とした軽薄な声色。言われるがままに、扉を開け放つノア。
すると――そこに広がっていたのは、寝台に腰掛け、赤面するセラの姿。
そんな彼女の背後には、彼女の小さな肩に手を掛けるアメトの姿。
直ぐ側には驚いた表情のメイドが控えている。
ノアにとって、全く以て、意味不明な状況だった。
「ノアっ! 丁度良かったです! ニヴェイシア閣下が凄くって!
もう、指遣いがとっても気持ちよくって…! ノアもほらっ!」
ほんのりと頬には紅が差し、妙すぎる色気を纏わせ、言葉を紡ぐセラ。
彼女の言葉の意味が理解できずに、返答を返す余裕を失ったノア。
彼はただ立ち尽くし、意味不明な状況に困惑し「ええ」と小さく零す。
セラの背後に控えるアメトは、彼女から呆気なく退いていた。
「ふう」と一息つき、寝台から立ち上がり、ノアへと視線を移す。
セラは体をひねり、法衣を叩くと、立ち上がりノアの元へ。
メイドとセラがノアの手を引き「さぁ!」と声を掛ける。
だが、なにが「さぁ」なのかと、ノアにはやはり理解不能でたじろぐばかり。
「旦那様は凄いんですっ! 体験してみてくださいっ!
虜になります!絶対虜になること間違いなしですっ! さぁさ勇者様!」
「ノアも施術を受けてみたら分かりますっ!
ほら! さっさと横になって下さいませ!」
女性二人に腕を引かれ、引きつった笑みを浮かべるノア。
しかし、女性の力とは到底思えない程の力で、腕を引かれ、寝台へ導かれる。
「えっとぉ…これはぁ…?」と疑問を投げる事で精一杯。
だが、二人からの返答は、怖いほどに、ない。
状況を理解するなど、ノアに出来るはずもなく、彼は腕を引かれ――
促されるままに、抵抗虚しく寝台に横にされてしまっていた。
ほぼ強制的にうつ伏せにされ、身を竦ませ、何事かと身構えるノア。
やがて「ギシ…」と音を立て、腰付近で体重を掛けられるような感覚。
細長い指が肩に触れられる感覚がしたかと思うと――
ノアの思考は、途端に……蕩けていった。
じわりと、肩から伝わる指圧。程よく、だが的確に“弱い部分”を突くアメトの指。
彼は一瞬で極楽へと導かれ、瞳を細め、口を半開きにさせ、一瞬で陥落。
ノアは蕩けた表情を浮かべ、凄まじい色気を振りまいた。
「あっ…! なに、これっ…! すごく、気持ちいい…! あ、そこっ…!
もっと、してくださいっ…! アメトさん…! んっ…!」
最初こそ怪訝な目を向けていた勇者ノア。しかし結局のところ、彼もまた――
この屋敷の当主であるアメトの“指圧マッサージ”の虜となってしまった。
勇者ノアは、あられもない表情を浮かべ、懇願するような声を落としていく。
「アメトさん…? な、なんでそんなっ……! 的確に気持ちいい所っ…!
すごい…! 僕ってこんなに身体が凝っていたの…? あっ…! もっと…!」
「キミたち、やたらとスッゴイ声出すネ-? 流石のボクもちょっと…ヒヒッ!
声だけ聴いてると、何事かって思われちゃうヨ? 自覚あるー?
勇者サマだけじゃなくて、聖女サマも、リリアもだヨー。」
アメトに名指しされた聖女セラと、メイドのリリアは、顔を赤くさせ俯く。
しかし、現在のノアはそれどころでは無く、彼は完全に快楽に飲まれていた。
小さな呻き声を上げ、アメトからもたらされる“指圧”の快感に、身を委ねる。
「気持ちがいいですよね…! 私も最初、リリアさんの声を聞いて何事かと…。
それで部屋まで入ったら、リリアさんに勧められるままに、あんな事に…。
言われるがままに施術を受けてみたら、凝りがほぐれてびっくりで…!」
柔らかい声音で語る聖女。
しかしその目線はどこかギラついており、瞳からは愉悦が滲む。
くすりと優しい微笑みを浮かべる聖女。だが視線はノアとアメトに釘付け。
彼女の笑顔のその裏側――その脳内では、大変な映像が流れていた。
見せることの出来ない、規制するしか無い程の、無秩序が繰り広げられる。
「ンー、勇者サマは脊柱起立筋と腹直筋辺りが凝ってる。 キミ勇者デショ?
それとココ…肩甲下筋と広背筋もエグいネー? どーお? 気持ちイイ…?
というか、剣を振るってきた身体つきとは到底思えないんだケド。」
「これじゃまるで勇者ってより、土いじりの専門家の体躯――」
「あっ……! アメトさんっ…! そこ、もっと…
もっと、強く、突いて下さいっ…!」
アメトの声はノアに届いておらず、勇者の碧灰の瞳は、濁りに濁りきっていた。
完全に半魔の手中へと堕ちた勇者ノア。聖女もこの場では役に立たない。
聖女の瞳からは腐臭が漂い、勇者の瞳は濁り――ちょっとした終焉だった。
この場を鎮められる者は誰も居らず、場の空気は完全に混沌の様子。
「こんな経験、僕、初めて…! どうしよう…んっ…すごいっ…!」
「や……だから聞いてる? キミ今スッゴイ声出してるヨ。 自覚ある?」
アメトのツッコミは至極真っ当な物。どうしてだろう、彼の言葉は届かない。
それどころか、彼が刺激を与える度、ノアの声はどんどんと危ない方向へ。
そんな、ノアが悶絶懇願している最中。
廊下に響き渡るドタドタという騒がしい音。
足音が部屋の前で止まり、荒い息遣いが聞こえてきたと思うと――
「…こんのッ不埒者めがッ!!
ついに正体を顕しやがったなッ!! アメトリクスッ!」
「俺の友人にナニしてやが…ん……だぁ……?」
豪快に扉が蹴破られ、大盾こそ構えては無いが、軽鎧越しにも伝わる緊張。
鋭い眼光で、周囲の状況を呆然と見守るパルテオン。
彼の視界に飛び込んできた光景は――上気した頬。瞳を細める勇者ノア。
ノアの腰に跨り、胡散臭い微笑みを湛え、肩を揉む屋敷の主。
その周囲には、うっとりとした表情のメイド。
腐った目で立ち尽くし、勇者と半魔族を凝視する聖女セラ。
場の空気は、まさに阿鼻叫喚の地獄さながらの光景。
あまりにもな淫猥な空気感に、パルテオンは生唾を飲み込む。
やがて、間を置き、パルテオンから出てきた言葉は
「――は?」という短い言葉だった。
「あっ…パルー…。 アメトさんの手つきが、すっごく…すごくってぇ…っ!
僕っ…もう、戻れそうに…ない、よ……。 んっ…!」
口を開き、吐息を溢しながらも語るノアの姿に、パルテオンは硬直。
「見ての通り、勇者サマはボクの“指圧マッサージ”に骨抜きだヨー?
ほらぁ…騎士サマも遠慮しないでぇ……? ヒヒッ…!
そぉんな…こわーい顔しないでサァ…?」
「キミのコトも、ボクがしっかり…極楽へ連れてってあげるヨォ…?」
これは、とんでもない場面に出くわしてしまった――と、身を固まらせる騎士。
ノア、セラ、メイドのリリアの三人が、恐ろしい笑みを携える。
じわりと、後ろに退こうとするパルテオンだったが――無駄だった。
屋敷の主は、どんな手品を使ったのか、どんな手段を用いたのだろうか。
いつの間にか、騎士の背後に佇んでおり、軽鎧越しに、彼の指が肩へ掛けられる。
「ヒヒッ」と怪しく喉で嗤うアメトに、喉からは「ひゅっ」という音が鳴った。
――そうして、ものの数分後。
そこには、軽鎧を無惨にも散らされ、寝台で苦悶の表情を浮かべる騎士の姿。
彼は「くッ…!殺せ…ッ!」と、うつ伏せになり、アメトの“指遣い”に陥落。
「キミたちは旅疲れがあったのカナ? 聖女サマも勇者サマも――
ひっどい有様だったヨー。 騎士サマはそうだネ。」
「三角筋後部と…あと腕…上腕三頭筋付近が凝り固まってる。
キミはきっと、この辺りが気持ちいいんじゃなぁい…?」
「ほら、ほらほらぁ…」というアメトの艶っぽい言葉。
何も言い返せず、されるがままの騎士の表情、その姿は――
先程のセラや、ノアの時と同じ……やたら上気した表情へと変貌していった。
かくして、ニヴェイシア邸の一室に広がるのは、世紀末のような景色。
聖女、勇者、騎士までもが半魔の手腕に堕ち――
“極楽浄土の伏魔殿”と化し、ひっそりと密な関係を深めていたのであった。




