頁:41 その【令嬢】吟遊詩人につき。◆挿絵有り
その後――
令嬢に誘われるまま、備え付けの個室酒場へと場所を移した二人。
「念のためになのだ。貴族の話をかたるゆえの配慮というヤツなのだ。」
「人の耳があっては困ろうて?貴様も貴族の端くれであればこそ――
理解してくれるであろう?なぁ……煌陽国が元・騎士……。」
「『パルテオン・バルムンク・ヴァルクレスト』卿よ――ククッ!」
「――マジでおめぇさん、どこまで知ってやがんだ?
単なる噂好きのお遊び吟遊詩人令嬢――ってわけじゃねぇだろ?」
ジョッキに注がれている酒を一気に飲み干し、くすりと笑う令嬢。
小さな鞄を漁り、鞄の大きさにそぐわない紙と羽ペンを差し出した。
「書き置きを残しておいたほうが良いと、我はそう睨んだが。
いらぬならそれでもよいが――必要であれば我に感謝せよ!ククッ!」
「して我はただ――記憶力が優れているだけのか弱い吟遊詩人なのだッ!」
「早速本題だの……ニヴェイシアに関する事柄――心して聴くがよいッ!」
吟遊詩人を謳うだけあり――彼女の言葉はまるで詩がごとく紡がれた。
曰く、子爵はその名を轟かせた頃から奇跡のような美貌であった。
曰く、時が経っても皺一つ増えない様は、まるで人ならざる不気味な姿。
曰く、黒い噂一つ無い賢人のような存在で、人々から慕われていた。
曰く、神出鬼没で、彼の者がどこで何をしているのか、誰にも分からない。
曰く、ニヴェイシアの名を継ぐものは、皆瓜二つの容姿であった。
一呼吸を置いて――『クククッ……!』と、怪しい微笑を浮かべた令嬢。
「白金子爵……かの幽玄の白雪は先祖代々同じような顔つきだったと――」
「そう、風の噂が流れているようだが……我は直接この目で見ておるからな?
――ククッ!あれは『エルフ』か『ナニカ』長命の種族であろうて……。
我と同じ長命特有の香りを――っと……これ以上は有料なのだっ!」
羽ペンを走らせていた騎士だったが、その手が止まった。
今、彼女はなんと言った?……『長命特有』彼女も、同じなのか――?
「なぁに……そう、むつかしい顔をするでないのだー。簡単な話なのだ!
我は半分の血がドワーフというだけのこと。」
「あれだけ酒を呑んで、示唆してやったというに……ヴァルクレスト。」
「貴様さては……鈍感であるのか?」
酒を片手に『クーッカッカ!』と――豪胆に笑う令嬢。
「まぁよい……次は我が記憶している国の公式記録を紡ぐとしようっ!
しかと――我の美声を!その耳に!その心にッ!刻むとよいのだ――ッ!」
――王歴、六百六十八年にて叙爵。王国の勅命として子爵位を賜る。
――王歴、六百九十七年に功績を残し初代没。以降二代目に継承。
――王歴、七百二十四年に功績を残し二代目没。以降三代目に継承。
「ふう――……。さて……かの子爵の情報はこの辺りかの……っと。」
「そうであった。これも記録として残っておるが、かの『幽玄の白雪』――
子爵当主は代々『アメトリクス』という名を継承しているそうだぞ?」
ため息を吐き出し、雑な書き置きを見直した後に令嬢の瞳を見つめる。
懐疑的な色を孕んだ強い眼差しを彼女へと向ける騎士。
令嬢は頬杖をつき、瞳を細めて酒をちまちまと煽っていた。
「んでもってよ――おめぇさんは結局何者なんだ?」
「半ドワーフってのは分かったが……貴族令嬢のお遊びで吟遊詩人やってる……。
ってわけじゃねぇんだろ?どうしてそんな貴族情報に詳しい?」
「はぁ……最初に言ったではないか。我は噂話と酒が好物なだけだと。
酒の場では様々な話が聞けるでな?吟遊詩人はただのおまけにすぎぬ。
して訂正だ……我はもう――『貴族令嬢ではない』のだ。」
「今の我は……『ゼクス』そう――家名など疾うの昔に捨て去った。」
彼女の名乗った『ゼクス』――偽名であることは理解できる。
しかしそれ以上、彼女の領域に踏み込むことは野暮だと判断した。
令嬢に感謝を伝え、彼女が注文した酒の十杯分の硬貨を机に並べ――
酒を一気に煽り、冒険者ギルドを後に、大図書館へと身を寄せるのだった。




