頁:40 その【視線】重圧につき。
学術都市の教会へと向かった聖女。
彼女の向かった先では、聖女の噂を耳にした大勢の人が押しかけていた。
祈るように声を落とす信徒や、聖女に救いを求めてすすり泣く者。
彼女に癒しを求める、民衆のざわめき――
ああ……私が教会を訪ねることは、大々的に報せてはないはずですのに。
どうしてこうも、行く先々で――と考えるのは無粋でしょうか?
熱を孕んだ視線を感じてしまって、どうしても『プレッシャー』を感じます。
ですが――人々が癒しを求める限り、それに応えるのが私のお務めなのです。
深く空気を吸い込んで、自身に活を入れ直して――いざ壇上へ。
「天にあらす我らが主よ、星の巡りの元、深き慈愛の雫を今此処に――
我らに平穏の癒やしを分け与え給う……。」
「――《快癒の祈り》」
祈りの瞬間はいつも少しだけ緊張してしまいます。
というのも、私という聖女の力は、どうにも強いらしいのです。
私が瞳を閉じてお祈りに集中している間は――
とても心地よい光が降り注いでいるとか。そう、お耳にしました。
聖女家系御三家でそれぞれ、特徴があるみたいです。
私は『ヴィオラ家』の【聖女】ですが――その能力は“癒し”に特化したもの。
サルビア家は“戦い”に、デルフェニウム家は“護り”に……と。
そう――枢機卿の方は仰っておりますが、自覚はほとんどありません。
なんて言ったって……他の【聖女】にお会いしたことがありませんから。
しかし――本当に……静かな空間なはずですのに、周囲のすすり泣く声が。
(私のような小娘でも、人々のお役に立てるのでしたら本望ですわ。)
――【聖女】の祈りの言葉とその御業に、感激の歓声が上がる。
彼女の癒しの力は、たちまち古傷までをも癒していく奇跡の所業。
しかし――聖女本人は、複雑な面持ちだった。
自身の《祈り》はただの癒しの力。それだけのはずなのに、どうしてだろう?
なぜ、こんなにも人々は沸き立っているのか、不思議でならなかった。
「【聖女】様のお陰様で、また畑に立つことができる……!」
「長年痛めていた腰まで……まさに『奇跡を呼ぶ聖女』様……!」
「『慈愛の乙女』たる聖女セラフィーナ様の御力をこの目で……!」
口々に放たれる感謝の声だが――期待とは別のなにか。
様々な感情が混ざった視線は、まるで神そのものを相手にするような――
聖女に対し拝み始める信徒まで現れ、彼女は困り果てていた。
「どうか……どうか勘違いをなさらないでくださいませ、皆さま……。
この力は私だけの力ではないのです。神様方の尊き御心――
その御力が、あなた方を癒してくださったのです……。」
「私はただ、神様方からその御力の一端を……。
ほんの少し、分けていただいている……それだけに、過ぎないのですから。」
ステンドグラスから降り注ぐ色彩。その虹彩が聖女を照らし――
照らし出された彼女の姿は、まるで絵画に登場する聖女像そのもの。
そんな聖女の姿は、この場において火に油を注ぐが如く。
かえって人々を湧かせてしまい、たじろいでしまう聖女。
が――そんな最中、空気を裂くような鮮烈な音。
――ガコンッ!
唐突に教会の扉が乱暴に開かれ、場は静まり返り――人々の視線は音の方向へ。
音の先、扉の前にいたのは息を切らした子ども。
ひどく切羽詰まった様子。
足をもつれさせながらも聖女の側へ駆け寄る子ども。
「せいじょさま……っ!たすけて……!ママ……ママがっ……!」
子どもの顔は涙でぐしゃぐしゃ。必死に聖女の法衣を掴む小さな手。
聖女の心を動かすには十分すぎた。子どもの手を取り――
「案内してくださいませっ!すぐに向かいましょうっ!」
錫杖を首飾りへ変形させ、踵を返して教会から飛び出していった聖女。
残された人々は、聖女の残した奇跡の光に囲まれ――
ただ呆然と、その光景を見送ることしかできなかった。
◇ ◇ ◇
所変わって――大盾の修理を頼んだ後の騎士。
こちらはこちらで、また別の空気が流れていた。
それもそのはず、彼が足を運んだ場所は冒険者ギルドの、併設酒場。
建前は情報収集の為だが、騎士の本音は『酒を飲むため』――
「情報収集の定番つったら……ココっきゃねぇもんなッ!」
豪快な足取りで冒険者ギルドの酒場へと潜り込み、周囲の冒険者に溶け込む。
荒くれ者の冒険者に加え、黒いローブ姿の学生もちらほら。
常に喧騒が絶えない場所――それが冒険者ギルドという場所だ。
賑やかな笑い声……乱雑に並んだ木のテーブルに芳しい酒類の香り。
颯爽と席へとつき視線を投げると、すぐに給仕係が彼の側へ。
「あんたは……ビールって顔だね!」
そう気さくに話しかけられ、苦笑を交え短く『頼む!』と返答を投げる。
酒を待っていた彼だったが――品が来る前にアクションがあった。
彼の側へと歩み寄るドレスを纏った小柄な影。
金色の淡い毛髪。赤みを帯びた毛先、緩く巻いた二つ結び。
黒と白に彩られた豪奢な衣装を身にまとった貴族令嬢。
左右非対称の金色と赤色の瞳。
「おい貴様――どこぞの酒場でも相まみえた騎士ではないか!
我を覚えてはいるか?よもや忘れたとは言わせんぞ? クックック!」
唐突に話しかけられ、多少驚きはした。しかし令嬢には見覚えしかない。
彼女の姿を目にした瞬間、頭の中の記憶が合致し『ああ。』と零す。
「あんときの、酒場で相席した嬢ちゃ……ご令嬢さんだな?
勿論だ、ちゃんと覚えているぞッ!ガッハッハ!」
二人の妙に親しげな様子に、給仕係が『あん?』と驚きの眼差しを向けた。
「あんたら――知り合いなのかい?」
酒も運ばれてきたことだ、と……ジョッキに手を伸ばした騎士だったが――
「まぁ待つのだ。我も酒の席を共にしてやらんでもないのだ。」
令嬢はそれだけ言うと、騎士が何か言葉を返す前に、勝手に席についた。
その後――度数の高い酒を注文し、騎士へ軽い調子で語りかける。
「まさか酒場にて二度目の邂逅を果たそうとはの!感銘なのだ!
して騎士よ――賢者にはもう会えたのか?禁書庫とは厄介な場所であろう?」
「まぁ……勇者のお仲間ともあろうお方が会えなかったなどなかろうなぁ!」
やや尊大な態度で豪快に笑う令嬢。彼女はいったいどこまで知っているのか。
令嬢の言葉に、不信感しか抱くことが出来ない騎士。
「おうおう、ご令嬢さんよ、なんで俺らの事情知ってんだ?まぁいい。
丁度いいから聞くんだけどよ……『ニヴェイシア』ちゅー家名……」
「おまえさんは何か――知らねぇか?」
「――む……。アメトリクス・ニヴェイシア子爵のことだの?」
「情報は――高くつくぞ? クックック!」
眉を吊り上げ、いやらしく笑う令嬢。運ばれてきたジョッキを手に掲げ――
「とりあえずは乾杯なのだーっ! カーッカッカ!」
切り替えの早い令嬢の様子に呆れ顔で見つめる騎士。
彼女に促されるまま、ジョッキを打ち鳴らした。
「さて――どうする騎士よ。我は情報をくれてやらんでもないが。」
「しかし我とて、タダで貴族の情報を流すわけにはいかんでな?クククッ!
きっちり……その対価は要求させていただくのだッ!」
「我のことが信用足らぬなら、勿論それでも構わぬ、所詮はたかが――
噂話と酒が好物なか弱き乙女の吟遊詩人ゆえな!カッカッカ!」
「なんとなく分かっちゃいるが、どうせ酒か金だろうッ?
俺が奢ってやるからよ、その代わりちゃんと情報教えろよ?」




