その【聖女】不慣れにつき。
先日同様、冒険者ギルドは、相変わらずの騒がしい様相。
依頼板に群がる人々。受付嬢に文句をタラタラと連ねる、年若い冒険者。
その喧騒の中にふと、似つかわしくない高貴な姿。以前迷宮を共にした貴族――
リュシアンの姿があり、ノア含めた一同が、彼の元へと歩みを寄せる。
「おや、勇者様方! これはこれは、先日はご同行頂き、有難う御座いました。
勇者様方は別のご依頼を受けに、来たご様子でしょうか?」
リュシアンは胸に手を当て、丁寧に一礼を交わした後、ノアたちへ尋ねる。
挨拶程々に、ノアが皆を代表して、事の経緯を簡単に説明。
ノアの言葉を聞いたリュシアンは目を見開き、やや困り顔を浮かべた。
「先日の騒動について報告をした後に、私も思う所があり――
また直ぐに探索の依頼を出したのです。 本日、つい数時間前ですが…」
「別の冒険者の方々が、探索の依頼を受注されまして…。」
リュシアンは困ったように眉を下げ、一同の顔色を伺うように伝える。
「他の冒険者の方が…? なんだろう、勇者の勘…なのかな?
すっごく嫌な予感がする。 僕たちも、行ったほうが良い気がする…!」
ノアは胸を抑え、聖剣の柄に触れながら、不安そうに顔を歪ませる。
勇者の勘を信じ、一同は頷きあい、リュシアンに断りを入れると、ギルドを後に。
一同は踵を返すと、その足で急ぎ、迷宮へと向かう事になった。
しかしセラの表情は曇り、前回の死線を想起し、人知れず恐怖を呑む。
また、同じような事が起きるのでは?と、気がかりでならなかった。
不安を隠すように、胸の前に手指を組み、深く息を吸い込む。
あの時の、自身の身体に奔った衝撃と恐怖が、鮮烈なまでに脳裏をよぎる。
自身の《祈り》と致命傷避けの護符を、呆気なく破壊した圧倒的な魔族の力――
忘れられるはずもなく、思考が嫌な方向に向き、足は竦むばかり。
(怖くて身体が…。 だめ…弱音を吐いていては、護れない、のにっ…!)
唇を固く結び、震える身体を落ち着かせるべく、深く空気を吸い込むセラ。
万全な準備をし、一同は再び、悍ましい記憶が残る迷宮へと、向かって行った。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドから早馬を借り、砂塵を巻き上げ、例の迷宮へと向かう一同。
ノアはルルを馬に乗せ、手綱を握ったまま声を張り上げた。
「ちょっと飛ばすよっ! しっかり捕まってね! 僕もなるべく支えるからッ!」
ノアの前にまたがっているルルは「わーってる!」と声を張り上げる。
一方、後ろで少し遅れつつ、パルテオンとセラの馬が付いて行くが――
「ごめんなさいっ!乗馬には慣れていなくってっ! 揺れが…怖いのですっ…!」
彼女は相変わらず、パルテオンの肩を強く握りしめていた。
揺れや落馬の恐怖が襲いかかる中、自分自身と戦っている最中といった様子。
パルテオンはぶっきらぼうに「お、おちんなよッ…?」と返すだけ。
迷宮の入口へと辿り着くと、馬を木柵へくくりつけ、颯爽と迷宮内へ進んでいく。
一層目。
魔物たちは勇者ノアの姿を見るなり、散り散りになり、逃げ出す。
まるで化物でも見るかのような瞳で、一目散に走り去り、ノアが若干悲しんだ。
「ノアちゃん、魔物からバケモン認定されてんじゃね…?」
「あはは…勇者だから…そのせいなのかな…?」
二層目。
恐らく先に来た冒険者たちの影響なのか、魔物の姿は確認できず、静寂が広がる。
壁面に貼り付く苔が、淡い光を放ち、不気味に周囲を照らし出していた。
特段変わった様子は無く、一同はそそくさと三層目の階段へ降りていく。
三層目。
三層目へと下ると、皆には聞こえていないが、ノアの耳にだけ届く音があった。
遠方から金属がぶつかるような、甲高い音を感じ、ノアは全員に話しかける。
「なにか…音が聞こえる。 皆には聞こえてるかな?」
ノアの問いに対し、皆一様に耳を澄ますが「何も聞こえない」と回答。
しかし万が一に備え、ノアの先導のもと、足早に音の方角へと急ぐ。
やがて、皆の耳にも届くほどの戦闘の音が聴こえ、顔を見合わせた。
神聖術の光が周囲を照らし出し、戦闘真っ只中。
慌てて駆け出し、音と光の方向へ向かう一同。辿り着いた先では――
今まさに戦闘中の冒険者たちが、悪戦苦闘を強いられている様子だった。
彼らの戦いの真っ只中、その頭上へと視線を向けると、宙に浮かぶ黒紫色の石。
表面からは、黒い霧状の何かが溢れ出し、泥のような液体が滴り落ち――
その汚泥が、岩肌すらをも腐食させるような嫌な音を立て、瘴気を散らす。
前回ほど巨大なものではないが、それでも無視できないほどの禍々しさ。
石の周囲には、数十体のオークのような魔物が暴れまわる地獄が広がる。
だが、そのオークの様な魔物の見た目は異様。その頭部は……虚空の闇。
悍ましい魔物と対峙していたのは、屈強そうな冒険者の一行だ。
盾役がなんとか攻撃を捌くが、防戦一方。
その直ぐ側では、倒れた仲間に対し、神官が必死に《祈り》を捧げる。
治癒に徹しているようだが、戦闘の只中と言う事もあり、聖光は弱々しい。
両手剣の戦士が果敢にも魔物に挑むが、押し返されており――
ギリギリの戦いといった様子だったが、それでも諦めない冒険者の一行。
「まだッ…! まだ終われないッ……! ここで逃げたら――」
誰が見ても絶望的な状況に、ノアが咄嗟に聖剣を抜くと、皆に宣言。
「――みんなッ! 加勢するよ!」
ルルは短杖を構え「まかせろーい!」と気合を入れ、すぐに詠唱を開始。
セラも錫杖を両手に握り《防御の祈り》を紡ぎ、全員を守護。
パルテオンは、ノアが聖剣を抜いた段階で、既に大盾を構えていた。
【勇者】と共に前へと躍り出ると、魔物の視線を集めるべく〈技能〉を使用。
瞬く間に戦況が塗り替えられ――ノアの聖剣が光の軌跡を描き、敵を両断。
ルルが《麻痺》で魔物を拘束、パルテオンが大盾で突進し、敵を突き飛ばす。
虚空顔のオークたちは、うめき声すら上げずに倒れ、討伐品すら落とさずに消滅。
戦いは、ノア達の加勢により、呆気ないほどに、終わってしまった。
残されたのは、あの黒紫の石と、肩で呼吸をする冒険者一行の視線だけ。
「――この間、僕があれだけ探し回っても、見つからなかったのに…」
ノアが聖剣を鞘に戻すと、唸るように黒紫の石へと視線を寄せる。
「なあ、あたしの見解なんだけどよ…あの石の泥に触れたらさ、魔物たち…
泥に呑まれて、ああなんじゃねーかなって。 ちょい魔物が気の毒だぜ…。」
「一応さ、セラちゃんに浄化してもらうのは当然なんだけどよ――
“近づいたらあぶねー”って話だしさ……。」
「遠距離から浄化したほうが良いんじゃね?って。」
ルルが真剣な眼差しでセラへと視線を向けると、セラは小さく頷く。
石の周囲には、未だに泥が滴り落ち、徐々にその泥溜まりの範囲を広げていた。
じゅくじゅくと音を立てて蠢き、瘴気を撒き散らし不快な音を立てる汚泥。
今にも魔物が湧き出し、襲いかかりそうな雰囲気に、冒険者たちは眉をひそめる。
「では《浄化の祈り》を、祈らせて頂きます。」
セラは少しだけ前へ出ると、錫杖を掲げ、静かに祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
彼女が《祈り》の言葉を捧げると、錫杖の先端から淡い金色の聖光が溢れ――
彼女自身からは、虹色の粒子が舞い踊り、幻想的な光景を生み出していた。
その光景を眺めていた冒険者一行の神官が、驚嘆と感激の声で語り始める。
「これほどまでの清らかな浄化の光を、私は見たことが有りません…!
これが慈愛の乙女たる【聖女】様の御力…!」
セラにその言葉は届いており、セラはなんとも言えない羞恥で萎縮。
彼女から放つ、淡い金色の聖光……浄化の光がほんの少し、弱まった。
しかしセラの《祈り》の力は確かなもので、聖光が石を包み込むと――
闇を押し流し瘴気を跳ね除け、ぴしゃりとヒビが入り、グズグズに崩れた。
崩れ落ちた石は粉々になると、光の粒となり廃すら残さず、消滅。
冒険者一行は、倒れていた仲間を起き上がらせると、揃って頭を下げ、一礼。
頭を掻き、謝罪混じりに勇者たちに感謝を伝え、代表者の盾持ちが語った。
「冒険者になって、俺たちは結構長いんですが……
あんな魔物も、あんな石も、これまでに見たことがありません。」
「この度は危うい所を助けて頂き、なんとお礼を言えばいいか…
勇者様、聖女様、騎士様……それに道化師のお嬢ちゃん。
改めて感謝を伝えさせてください。 では、我々はこれにて……。」
そう言い残すと、彼らはその足で、出口へと歩んでいった。
改めて場を確認するが、セラの浄化が行き渡り、清々しい空気が広がるだけ。
「とりあえず、戻ろっか…? どうしよっか…?アメトさんにこの事……
伝えたほうが良いんじゃないかなって思うんだけど……。」
「だな。 あんな物体、運ぶにしても、わざわざ拠点にしてる地域付近で――
馬鹿な真似をするようなタイプじゃ無さそうだしな。 とりあえず屋敷か?」
ノアの提案に乗る形で、パルテオンが同意し、セラとルルに顔を向けた。
ルルも「屋敷居心地いいし、もどろーぜ。」と二人に賛同の意を示す。
セラは顔を俯かせ、気になる事があったのか、控えめに全員に伝えた。
「あの、私……教会に寄らせてください。 少々気になることがあるので…」
そうして一同は一旦、迷宮を抜け、交易都市へ帰還する事となった。
◇ ◇ ◇
迷宮を出ると、既に夕暮れ。空を朱色に染め上げ、丘陵地帯を照らす。
長く伸びた影を落とす黄昏時――丘を抜け、一同は交易都市へと帰還。
そのまま早馬で冒険者ギルドへと無事帰還したノアたち一行。
ノア、パルテオン、ルルの三人は、セラとは別行動を取る事となった。
彼ら三人は、ニヴェイシア子爵邸へと戻っていき、セラは教会へと足を運ぶ。
教会へ顔を出すと、神官の一人が、聖女へ挨拶をするために、歩みを寄せた。
「おや、聖女様。 こんばんわ、どうなさいましたか?
このような時間に、教会に訪れるとは……。」
「勇者さま方と、旅をなされていると訊きましたが…
ヴァルメリアに滞在されていたのですね。」
「ええ、こんばんわ。 気になることが有りまして――
顔を出させていただきました。」
挨拶そこそこに、セラは神官に、疑問に思っていた事を控えめに尋ねる。
「ニヴェイシア…という家名の貴族について、ご存知ありませんでしょうか?
知っているのでしたら、その方の事を知りたくて……」
神官は「ここではなんですし」というと、小部屋へと案内。
小部屋には、教会の神父の姿があり、神父は穏やかな笑みと共に、セラに一礼。
神官も一礼をすると、神父へ事の経緯を軽く説明した後に、姿を消した。
神父はセラに椅子に座るように促すと、セラは断りを入れ、着席。
時間を置かずして、シスターが茶菓子を用意し、カップと共に机に並べた。
「ふむふむ。 ニヴェイシア子爵様について――ですが……。
そうですね、かの方は定期的に薬を寄付されておりましてね。」
「神官殿が遠征で不在の際には、とても助けられておりますよ。
また、当教会併設の孤児院に――子爵様が多額の寄付をして下さってます。」
神父はカップに茶を注ぐと「どうぞ」と言ってセラに渡し、息を付く。
「ニヴェイシア子爵様は、この孤児院……いえ、この町には欠かせない存在です。」
神父はカップを机に置くと、窓の外に広がる景色に視線を流す。
視線の先の窓の向こう側では、畑仕事をするシスターや、孤児の子どもたち。
その光景を微笑みながら見つめ、神父は再び、視線をセラに向き直した。
「病弱という噂もあり、子爵様本人は、あまり顔は出されません。
代わりに使用人の方々が来られますね。」
「して、聖女さま。 ……ニヴェイシア子爵様の事でなにか……
気になる点でも、ございましたかな?」
神父の話しを聞き終えたセラは、複雑な表情で視線をカップへと落とす。
今までの彼の行動や発言を断片で思い出し、やはり信用ならない、と。
「いえ。 気になる点があるといいますか――
今現在、私はニヴェイシア子爵様のお屋敷にお世話になってるのです。」
「それで、どんな方なのか、気になってしまいまして……
それだけです。 お話、有難うございました神父様。」
セラは神父にお礼を伝えると、小部屋から退室。
教会を尋ねてきた怪我人や、癒やしを求める人々を癒やして回る。
顔に疲れが出始めた所で、神官と神父に改めて感謝を伝えた。
教会の外へと出るのだが、しかし、外はもうすでに真っ暗。
セラは周囲の暗さに驚き、皆の待つニヴェイシアの屋敷へと足を運ぶ。
その道すがら――唐突に、後方から語りかけられ、ビクリと肩が跳ねるセラ。
「この時間に一人デス?」と、聞き覚えのある声色が、背後から響いた。
「聖女サマ。 アナタはもっと、しっかり危機感を持ったほうが良いかと。
たまたまお見かけしたので、お声を掛けさせてもらいまシタが――」
「アナタは聖女ではありますが……この様な時間帯に乙女が一人……。
治安が良いとはいえど、どうかお一人で出歩くのはお控え下さい。
聖女サマの身に何かあってからでは、遅いのデスから……」
屋敷で見せた軽薄さを感じない、恐らく外での姿なのであろう、幽玄の白雪。
尤もらしい彼の言葉に、セラは驚き、周囲に視線を泳がせる。
現在は周りに頼れる仲間も居らず、恐怖で身体が強張っていく。
「そ、そうですよね。 その、はい。 以後気をつけます。
ニヴェイシア閣下は、どうしてこちらに?」
アメトリクスはずかずかとセラに歩みを寄せ、屈み込み、囁きを落とす。
『ボクは孤児院に用事。 というかボクのコト、名前で呼ばないノ?
ボクの名前、長いデショ? 強制はしないケド。』
「さて、当屋敷までお送りいたしましょうか?聖女サマ。」
彼は身体を強張らせているセラの事など、まるで気にしてはいない。
わざとらしい貴族としての振る舞いで、セラへと手を差し伸べる彼。
セラは若干身を引き、苦笑いを浮かべながらも、質問への返答を返す。
差し出された手に、恐る恐る手を重ね、ぎこちない笑顔を浮かべた。
「そ、そうですね。心配してくださってその、ありがとうございます。
ではご一緒させて頂きます。 よ…よろしくお願いします…。」
「――ニヴェイ…。 ア、アメトリクス…さま……。」
セラの手を取ると、アメトは完璧なまでに、セラをエスコートしていく。
胡散臭い笑顔を湛えたまま、彼は何故か、人気のない場所へ。
セラは徐々に不安が積もり、周囲をキョロキョロと見渡し、顔を青ざめさせる。
「え…?あの…。」と小さく声を上げるが、彼は無言で歩み続けるだけ。
完全に人の気配が絶たれた路地裏で立ち止まり、セラは恐怖で肩を震わせる。
アメトは瞳を細め「やれやれ」と言った様子で、呆れたように溜息を吐き出した。
セラの耳元に軽く顔を寄せ、小声で囁くように、言葉を伝える。
『ボクの“能力”で、屋敷まで一気に送るからサ。 目を瞑って。』
言葉が落とされ、目を瞑るまでもなく、瞬きの間に眼の前の景色が変わった。
そこに広がるのは、ニヴェイシア子爵邸の庭園で、セラは言葉を失う。
驚愕で言葉を失っていると、隣に居るアメトから「大丈夫?」と声が掛けられる。
セラは以前にも、唐突に景色が変えられたことを思い出し、腑に落ちた。
「あの腕輪…無理やり渡してくださった時、訳が分かりませんでした。
これは…あなたの使用した魔法ですか? 恐らく、転移系の。」
「そゆコト。 だってコッチのほうが歩くより早いデショ。
あ、もしかしてキミ……路地裏でボクに“ナニカ”されるって――
勘違いしちゃった感じカナ? ゴメンゴメン。 安心してヨ。」
「ボク、キミみたいなお子サマには興味ないしサ。」
アメトは掌をひらひらと振りかざし、興味なさそうに、淡々とした調子で語る。
しかし「ヒヒッ!」と喉を鳴らし笑い声を上げたかと思うと、再び口を開けた。
「興味あったとしても、あーんな雰囲気のない場所で“する”趣味はないヨー?
ヒッヒ! それじゃー、ボクは執務あるから。 浴場使うならご勝手にネ。」
「チャオー」と言い残し、彼はあまりにも軽い調子のまま、姿を消した。
先程までアメトが居た場所には、黒紫の霧が残されるだけ。
何もされなかった事に安堵するが、それにしてもだ――
もっと、やり方は無かったのか?と、妙な苛立ちを覚えながらも、屋敷内へ。
つかつかと大股で歩き、全員が待つであろう広間へと、足を運ぶセラだった。




