その【孤島】不気味につき。
勇者と半魔族が、仲良く浴室で筋肉を褒め合っていた一方その頃――
屋敷の広間に集まっていたセラ、パルテオン、ルルはというと、談義中だった。
勿論、議題として持ち上げられたのは、浴室へと姿を消した、勇者と屋敷の主の話。
パルテオンはソファに深く腰掛け、若干ニヤつきながら、低い声を響かせる。
「ノアなら大丈夫だとは思うんだけどよ。 あの二人が風呂ってよぉ…。
なんかこう、嫌に絵になるとは思わねぇか…?」
「あの子爵も、ノアも見た目がアレだからよ…」
大層興味ありそうに、女性二人に同意を求める騎士・パルテオン。
セラは眉をひそめ、上がる口角をなんとか抑え、ルルの方向を見て誤魔化す。
(これはきっとあれです。 どこかで聞いた言葉…そう――)
(“ぼーいずなんたら”きっとそれです。)
(いけません、セラ! ノアは大事な仲間なんですよ!)
セラとパルテオンの顔をじっと見つめ、ルルもまた若干口角を上げ返答を返す。
「わかるぜー。 ノアちゃんって顔面超よきだし、あのうさんくせー子爵も、うん。
誰が見ても分かるくれー良い顔面しとるもんな。」
「きっと今の浴室の状態、誰かに見せたら、死人がでるじゃろ。」
ルルは悪戯っぽく「うへーへ……。」と、無表情で気味の悪い嗤い声を上げる。
やたらと跳ねた口調で面白そうに語るルルに対し、パルテオンが笑う。
あの顔面偏差値の良い二人が、浴室で一体どうなっているのだろうか?
――という、割とどうでもいい談義に、皆は薔薇を咲かせた。
そうしていると唐突に、耳飾りの魔道具から「ザザッ」という雑音が走り――
禁書庫に居るであろう賢者バルタザールから、声が送られてきた。
『皆さまッッ! 大変長らくおまたせ致しましたッ! あの黒泥ですがッ!
目撃情報や、証言を纏めさせて頂きましたがッ――』
言いかけた所で、相変わらず無表情のルルから、手痛いツッコミが入る。
「今ノアちゃん、風呂でおらんよー?
それにこの時間じゃ、多分話し合う時間が無いと思う。」
『むぅッ!? 現在の時刻はどのくらいで…? 禁書庫なのですがッ――
光が届かない故、時間の感覚が曖昧でしてッ……すみませぬッ!』
バルタザールの焦った様子が、耳飾り越しにも聴こえ、皆顔を見合わせた。
パルテオンが「やれやれ」と言いたげに肩を上げると、賢者に返答を返す。
「今は白星刻の終わり頃だな。 ついでに言うと子爵も居らんぞ。
あの二人は早速親睦深めに、風呂にいやがるからな! ガッハッハ!」
パルテオンの返答に驚いたのであろう賢者は「ええ…」とかなり引いた声。
咳払いの後『ではッ!』と元気の良い声を響かせ、言葉を伝える。
『勇者殿がお戻りになり、全員が揃い次第ッ!こちらからお伝えをッ!
また、ワタクシの方から、語らせてッ――』
恐らく言葉の途中だったのだろう、バルタザールの言葉。
彼の言葉は最後まで落とされること無く、音声は「ぷつり」と途切れてしまった。
パルテオン、セラが怪訝な表情を浮かべ、ルルは不思議そうに顔を傾ける。
結局、誰一人として、音が途切れてしまった理由が分からない。
全員で顔を見合わせ、耳飾りに手を掛け、首を傾げるしかなかった。
◇ ◇ ◇
それから暫く後――湯気を身体から放つ二人が、広間へと姿を見せた。
ノアは湯上がりの熱気からなのか、頬にほんのりと紅色が差している。
滴る水が首筋をつたい、また薄衣一枚の今の彼は、うっすら肌色が見える姿。
あまりに無防備且つ、大胆すぎる魅力を振りまく【勇者】ノア。
皆の呼吸が寸瞬止まり、一同は同じタイミングで、同じ考えが脳裏をよぎる。
――これは、世に出して良い代物ではない、自分たちの心にだけ留めておこう、と。
ノアのやたらと色気のある姿とは対象的に、アメトはというとバスローブ一枚の姿。
涼やか過ぎる、あまりに冷めた表情で、広間にいる一同を一瞥。
「すっごく気持ちよかった!
大きな湯船に浸かるのって、あんなに気持ちがいいんだねぇ!」
「というわけでサ、残ったキミたちはどうする?
大浴場に行くなら、使用人に案内させるケド。」
アメトの言葉を受け、セラの瞳が輝き、アメトへ駆け寄るが、彼はひらりと回避。
「大浴場に行きたいのは分かったからサ……?
ヒトを凄まじい勢いで揺さぶるのは辞めようネ…?」
そういうと彼は、棚に置かれていたベルを鳴らす。
そう時間を掛けず、扉のノック音と共に、一人のメイドが広間へとやってきた。
柔らかい笑顔のメイドが、セラとルルの前で一礼。
「ニヴェイシア家の使用人、リリアと申しますっ! よろしくおねがいしますっ!
では、大浴場への案内と、魔道具の使用方法は私がお教えいたしますのでっ!」
軽く自己紹介をした後、女性陣二人を連れ、三人は大浴場へと消えていった。
残ったのはノア、パルテオン――屋敷の主であるアメトリクス。
「はー、最悪に疲れた。 それじゃ、ボクは執務があるから失礼するヨ。」
軽い調子で、腕を振りながら、立ち去ろうとするのだが――
パルテオンが「まぁまて。」とアメトの腕を掴み、阻止。
腕を掴まれているが、アメトは特に気にする様子もない。
「何か?」と言いたげに、胡散臭い微笑のまま、パルテオンを見つめる。
「おめぇさんがまだ何か隠してるのは、勘でなんとなく分かる。
けどよ。 これだけ色々世話焼いてくれてんだ、その辺りは感謝してる。
んでよ…なんか困ったことがあるんなら言え、俺たちで良けりゃ手伝う。」
パルテオンは「それだけだッ」と言い放つと、つかつかとアメトから離れた。
アメトは無言で、返答を返すこと無く胡散臭い微笑を深める。
そのまま掌をひらひらと振りかざし、扉を閉めると、何処かへ立ち去った。
「魔族って聞いた時は、もっと恐ろしい存在…なのかなって思ってたんだけど…
今日のアメトさん(の筋肉)を見てたら、全然そんなことなかったよー!
なんというか、僕たちと変わんないな……って。 不思議だよねぇパル。」
「一体どんな会話してやがったんだ…?
というかよノア、お前の胆力ってすげーよなホント…。
なんか一瞬心の声が聞こえた気がすんだが…。 俺の気の所為かぁ……?」
ノアとパルテオンは、互いに顔を見合わせ、静かに笑い合うのだった。
◇ ◇ ◇
ニヴェイシア家の屋敷で一日を過ごした一同。
窓から射し込む朝日が、容赦なく皆平等に、起床の時間を伝える。
一同は今までの疲労がまるで嘘のように、身体の軽さを実感していた。
理由は明白。昨晩の大浴場で、身体を癒やしたからに他ならない。
広々とした湯船に、疲労軽減効果のある薬湯。
おまけに石鹸も良い香り且つ、泡立ちの良い、良質な物ときた。
結果として、全員がすっきりした面持ちで、朝を迎える事が出来たという訳だ。
一同は屋敷内の一角。昨晩集まっていた広間へと、なんとなく集合していた。
全員が集合したところで、老執事に声を掛けられ、食事場へと誘われる。
食事場へと向かい、食事場に着くが――目を見張る光景が広がっていた。
用意されていたのは、香ばしい匂いがふんわりと漂う、柔らかなパン。
じっくりと煮込まれたひよこ豆のスープ、新鮮なチーズに艷やかな色のジャム。
「なっ…!なんですかこれ…! とっても美味しそう…!
っは…! 分かりましたっ! 私たち、きっと試されてますね…!」
セラは、眼前に並べられた食事達に目を向け、小さく声を洩らす。
パルテオンはやや怪訝な目を向け、食卓を眺め回し、食事を精査。
しかし彼の怪訝な目とは裏腹に、腹の虫は小さく鳴き、胃袋は確かに意思を示す。
「こりゃまた…豪勢な朝食なこったな…圧巻だ…」
ルルは既に着席しており「すんすん」と匂いを嗅ぎ、食事へ手を伸ばす。
躊躇いなくパンをちぎり、スープに浸し、ゆっくりと咀嚼を開始。
頭の上には謎の毛玉生物が相変わらず乗っており、彼女の頭上で寝ている。
「すげー。 ちょうんめーー! これがお貴族様のご飯ってわけかー!
あの胡散臭いのもやるじゃんよ! 名前で呼んでやらんでもないな!」
彼女はとても満足げな調子で、だが無表情で、食事にありついていた。
和やかな雰囲気で、皆が食事を摂るが、しかし当主の姿はどこにも見えない。
不思議に思ったノアが、扉付近で待機していた老執事を呼び止め、疑問を投げる。
「あの、すみません。 アメトさんって、どちらにいらっしゃるのですか?」
「旦那様は本日、慈善活動の為にヴァルメリアの街へ赴いておられます。
おそらくは教会、もしくは併設された孤児院においでかと。」
「――それと、こちらを勇者様方へお渡しするよう、仰せつかっております。」
そう言うと、老執事はノアの付近のテーブルへと、包みをそっと置いた。
ノアは慎重に包みを開くと、中には二枚の羊皮紙、小瓶が複数本。
疑問符を浮かべながら、小瓶をじっと見つめるノアに、執事が答える。
「そちらは転送用の魔導スクロールにございます。
二枚ございまして、転送先は当屋敷裏庭の庭園に設定されております。」
「また、小瓶の緑色の物は回復薬、琥珀色の物は疲労回復薬にございます。
いずれも、おひとり分ずつご用意しております。」
「ご質問等ございましたら、私がお答え致します。」
老執事が穏やかに冷静に皆に伝えるが、皆訝しむ様子で小瓶をジロリと睨む。
ルルは椅子から降りると、小瓶の側までパタパタと足音を立て近づく。
彼女は小瓶を手に持ち「チャポチャポ」と中の液体を揺らしながら、確認作業。
「んー…? 気ぃ利かせとんじゃろーけどよー…。
ちょい、怪しいんよな……。でもこんだけ美味しいご飯……
用意してくれとるのも確かじゃしねぇー……んー…。 複雑だぜー…。」
「俺の傷に使われたのと同じヤツだったら、普通に安全だろう?
確かに怪しいヤツかもしらん。だがよ、露骨な真似はしねぇんじゃねぇか?」
「用心するに越したことはねぇけどよ。 厚意を無駄にはできん。」
パルテオンは食事にがっつきながら、ルルに対して語りかける。
ルルは「それもせやな」と納得した表情を浮かべ、再び食事の席へ戻っていった。
「ご不安でしたら、廃棄して頂いても構わないと、そのように仰せでした。
ですので、お受け取り後は、どうぞご随意に……。」
老執事は淡々と告げると、業務の為か席を外し、何処かへと立ち去ってしまった。
一同は若干の不安を感じながらも、朝食の時間を過ごすのだった。
◇ ◇ ◇
食事を終えた皆は、ちょっとした会議の後屋敷を離れ、港へと足を運んでいた。
港へ赴けば、何か情報が掴めるかもしれないと、そう踏んだからだ。
潮風が頬を撫で、海鳥の鳴き声が頭上を飛び交う。
近くでは新鮮な魚の市場が開かれているのか、肺を満たす磯の香り。
港は活気に溢れ、波と人の喧騒が混ざる空気は、どこか清々しくもあった。
一同が港をうろついていると、漁師の一人がふいに、ノアたちに声を掛ける。
「っよ! あんちゃんら、この辺りじゃ見かけねえ顔だけど、どっから来たんだ?
身なりがスゲー良いし、道化師連れてるつーことは、王都のモンか?」
「おはようございますっ! はい、王都から来ましたっ!」
気さくに話しかけてきた漁師の質問に答えた後、ノアは再び口を開く。
「実は僕たち、今は旅の途中で…ちょっとした異変を追っているんです。
お兄さんは、泥が溢れ出る真っ黒の石を見たことって無いですか?」
「ちょうどこんな感じで――」
ノアは漁師に対し、身振り手振りを交え、石の特徴を言い伝える。
しかし、漁師から返ってきた答えは「知らねえな」という残念なもの――
だが、思い出したかのように顔をはっとさせると、思わぬ返答が返ってきた。
「その黒い石ってのはしらんがなー、最近沖合の孤島がおかしいんだわなー。」
すると、話を聞いていた別の漁師が、付け加えるように皆に話しかける。
「孤島は資源が豊富でさぁー! 魔物の様子を見に行くこともあるんさぁー!
だがなー、近頃はその孤島事態もオカシイって話なんさぁー
ったく、気味悪ィったりゃあ、ありゃしねぇさぁー!」
その言葉に一同が顔を見合わせ、視線を交わし合い、セラが漁師に問う。
「あの、その孤島へは、どうやって向かえば良いか、分かりますか?」
側に居た更に別の漁師が手に腰をやりながら、豪快に笑った。
「ヴェルカナ行きだったら、定期船の船を待たなきゃなぁ!
ちなみにだが、定期船は不定期運行! 次は七日後まで船は出んぞー。
漁師の船なら明日にでも出せる! ――が、だ……ありゃー揺れるぞ?」
「船酔い覚悟なら、今からでも出してやるぜ!」
ルルがその言葉を聞いた瞬間に、ビクリと身体を跳ねさせ、ボソリと呟いた。
「ゆ、揺れるんは…あたし……。 ちょっと…ごめん。 むりじゃ……。」
彼女の顔は相変わらず無表情だが、その瞳からは完全に嫌悪が滲んでいた。
パルテオンは微動だにせず、落ち着いた声で「俺は構わんが」とぽつり。
セラとノアは、漁師たちに「ありがとうございます」と言うと、港から離れた。
結局、ルルの反対意見を飲み、ノアたち勇者一同は港の市場を離れ――
不穏な空気は拭いきれなかったが、だが――孤島行きの船は七日後。
仕方なく一同は港を離れ、冒険者ギルドへと足を運ぶのだった。
【設定メモ:煌陽国の時間を示す言葉】
本文に出てきた単語《白星刻》ですが
煌陽国セレスタリアでの18:00~21:00頃を指す言葉です。




