頁:37 その【真意】不明につき。
「セラ、わりぃが浄化を頼めるか? 浄化でどうにかなるって話らしいからよ。」
「わかり、ました……では《浄化の祈り》を……。」
騎士の言葉を受け、石へ寄ろうと足を運ぶ聖女だったが――
「あー……待って、駄目だヨ。ソレ、近づいたらイケないヨー?」
姿なき声が彷徨い――全員が再び警戒の態勢を取った。
場を割くような軽薄な声音。黒紫の霧を纏い、こつ然と現した姿。
銀白金の長髪。白亜の石像のような、血色を感じさせない肌色。
夜空を切り取ったかのような黒紫色の瞳――片側の瞳は覆われ確認できない。
黒色の外套を身に纏った……長身の青年。
青年は勇者たちを親しげに優しい微笑で見据えていた。
だがどうしてだろう。瞳からも、上げられた口角からも――
感情というものが一切見られず、まるで凪いだ水面のように一定の温度。
「ヒヒッ……!瘴気を吸ってご覧ヨ?あっという間に心が壊れ――」
まだ何か言葉を語っていた最中だったが――止められた。
凄まじい速度で青年へと聖剣を振るう勇者。が、青年の姿はそこにはない。
彼は“いつの間にか”聖女と小人族の背後を取っていた。
(い――いつから背後にッ……!?)
強張って動けずにいる聖女と小人族。青年は特に何もしてこない。
「ヤダネェ……?実に血気盛んだコトー。ボク、戦う意思なんてナイのにサ。」
何が愉快なのか、彼は肩をすくめ『ヒヒッ』と喉を震わせて嗤った。
今にも斬りかかりそうな勇者を制止し、武器を仕舞った騎士が声を響かせる。
「お前ェさんも魔族だな?――さっきの魔族の女とはどういう関係だ?
お前らは『仲間』か?……回答次第じゃ――」
武器こそ仕舞っているが、それでも騎士は警戒を解かず、僅かに睨む。
「……『仲間?』キミの言う“仲間”の定義がボクには分からないネー?」
「で……概ねせいかーい。ボクは魔族……ンデ――気になってるだろうケド。
この場所に石を持ち込んだの、ボク。……ああもう。止めてよネェ……?」
「人族は蛮族を『勇者』と呼称するのカナ?全くサァ……。
そこの騎士サマを見習ったらどおなのサ……勇者サマぁ……?」
彼から紡がれる言葉に信用ならなかった勇者は、殺気を隠せないでいた。
(どうする……ッ!?セラたちの背後を取られてる……僕が武器を下ろせば……)
「ハァ……あのサァ――すこーし考えたら分からなぁい?」
「こうやって理知的に会話が出来てるってコトはサァ、ボクには敵意がナイ。
そんなコトも分からないワケ?短絡的なのはよくないヨォー?」
飄々とした態度を崩すことなく、言葉を落としていく青年。
それどころか――彼は降参と言いたげに、掌を頭部付近でひらひらと振った。
「相手の力量も分からないのに、考えナシに飛び込むのは自殺と同義、デショ?
あの童女には向かわなかったのにネェー?ボクなら簡単にヤれるって思った?」
「さぁて。ボク……お話を続けてもいーい?」
「ノア、さん……聖剣をお収めになってくださいませ。まずは対話から……。
でなければ――折角のお話の機会を失ってしまうやも……ね……?」
聖女の言葉を受け、渋々といった様子だったが聖剣を鞘へと戻した勇者。
震える指先を誤魔化すように拳を握り、険しい顔つきで口を開いた。
「いきなりっ……聖剣を向けて、斬りかかってしまってごめんなさいっ……。
よければ……お話を……続けてください……ッ!」
青年は瞳を細め――再び霧を纏い姿を消し、勇者たちの前へ。
「イイ子イイ子……ヒヒッ! 石を持ち込んだと言ったケド――
でも、ボクも不本意だったんだよネー。」
「頼まれて仕方なく……運んだって感じナノ。」
「この石、ボクじゃ破壊も出来ないし……こちとら困ってたトコでサー。
だからキミたちに協力してほしくて。だからボク――」
「“善意”――で声をかけた……つもりだったんだよネー。」
腕を後ろに回し、軽い調子で全員の様子を伺っている魔族の青年。
鼻で『ハッ……。』と笑い、魔族の青年を一瞥した小人族。
「呆れたわ……んな軽い調子で、こんな場所で、無理あるじゃろ。
それで信じろっていう方が、どうかしとるよ?そこんとこ、どうなんよ。」
「ヒヒッ!それもそうだネ?ま……確かに簡単に信用とかー?
こぉんな魔族の言葉、信じろってのが無理あるよネ?とりあえずサ……。」
微笑を崩さず、泥を滴らせ始めた石へと歩み寄る青年。
青年が指を鳴らすと――石の周囲には薄紫色の靄が広がり、泥を抑え込んだ。
「はーい、これで近づいても安心安全ー。コレで浄化できるヨー?」
わざとらしく手を鳴らし、彼の姿は再び黒紫の霧を残して消えた。
セラにはまだ迷いはあったが――首を横に振り《祈り》の言葉を口にする。
(ひとまずは、石をなんとかしませんと……私が……なんとかしないと。)
「天にあらす我らが主よ。不浄、穢れ、あらゆる醜穢を星の巡りの元――
慈愛を以て還し給う――《浄化の祈り》」
祈りの言葉とともに聖光が石を包み、淀んだ瘴気を焼き尽くすように溶かし――
じわりと聖光が泥と靄を抑え、やがて瘴気の残滓すらも霧散した。
その光景を静観していた魔族の青年は、再び一同に語りかけた。
「魔族の皆サマは、戦争を仕掛けようとしているみたいだヨ。」
「ボクはそれを止めたくっておハナシしたの。 ま……信じなくてもいいケド。
それじゃあネェ……?またどこかでお逢いしまショ?みなサマ……ヒヒッ!」
彼は霧だけ残し――姿を消してしまった。最後まで軽薄だった青年。
彼の言葉が、どこからどこまで真実なのか、まるで分からない。
瘴気の石は聖女の力により、確かに浄化された。
だが、一同に重くのしかかるのは『魔族との戦争』という言葉だった。




