頁:36 その【光景】異様につき。
ルルの魔力切れ、セラの調子を鑑みて――
一同は休息のために一旦、場所を移すこととなった。
重い足取りで散策し、見つけ出した空間。そこはどうやら休息場所。
周囲には焚き火の跡もあり、一同は安堵し腰を落ち着けた。
「いい場所が見つかってよかった……とりあえずは休もうね……。」
「ごめんじゃけど……もうちょい魔力が回復するまで待ってくれ……。」
「わ、私も……お時間をいただきたく……ご、ごめんなさいっ……。」
壁際に身体を預けて項垂れるルル。セラは瞳を閉じ、深呼吸を繰り返していた。
「そういえば、言いそびれていたのですが――どうにも下層には……。
もっと悍ましい、あの石と同じ瘴気の気配を感じてまして……。」
聖女が言いかけたところで――彼女の言葉を遮るように聞こえる音。
形容し難い「ゴギュルルルッ」という轟音が空間に響き、全員の肩が跳ねる。
やがて一同は音の主と思しき人物へと視線を投げ――
「わッ……悪ィ……!ちょい、小腹が空いちまってよ……。」
「今の音が――小腹?嘘じゃろ?今の音、絶対に大腹じゃったじゃろ。」
「仕方がありませんね……!私も調子が戻ってきました!折角の休息場所――
一旦軽食と致しましょうかっ!私が何か軽く作らせていただきますね。」
そうして騎士の空腹を満たすため――荷物を広げ準備に取り掛かった。
――『火はあまり使わないほうがいい』とのルルの提案。
切り分けた黒パンに、野菜と干し肉を挟んだサンドイッチ。
それとノアが淹れてくれたお茶という簡素な食事と相成った。
どうにも足りないのか……とても不服そうな騎士の表情。
「パル……そんな顔しないで……?ルルも言ってたでしょ?えーっと……。
――『狭い空間で火を使うと、死んじゃう』って。」
「せやー。こういう密室空間で火を使いすぎるとよくないって――
あたしのオヤジがいっとった。じゃけぇ堪忍してー」
簡易的な食事を終え――セラとルルも回復した様子。
まだ若干の恐怖はあったが、一同は下層へと下る決意を固めた。
休息場所を後に――最下層目指して奥へと進むのだった。
◇ ◇ ◇
最下層――階段を下りてすぐに待ち受けていたのは、石造りの巨大な門。
左右には蛇の装飾。その眼球部分には宝玉が埋め込まれている。
まるで鼓動のような一定の間隔で怪しく明滅する赤い宝玉。
装飾の蛇に睨まれつつも――扉に手をかける勇者。
「それじゃ、開けてもいいかな?この先……きっと戦闘は避けられない。」
「でしたら念のため、《防御の祈り》を祈らせてくださいませ。」
錫杖を胸に《防御の祈り》の言葉を紡ぎ、聖光が皆を包んだのを確認し――
ノアは聖剣をいつでも抜けるように構え、扉を押し開けた。
石の扉は擦るような音を響かせ――やがて見えてきた内部の空間。
扉の先に広がっていた光景に、一同は固唾を呑み、武器を構え直した。
部屋の奥に確認できるのは、仄かに闇を纏った、汚泥を滴らせる石――
だが……見るからに異様なのは、その大きさと、佇む姿。
宙に浮いた巨石から滴り落ちる汚泥。ぼたぼたと落ちた先には泥溜まり。
ぶくぶくと泡立ちながら、不快な臭気を放ち、無数の触手が這い回る。
それらはまるで、獲物を追い求めるようにうねうねと、揺れ蠢いていた。
汚泥の付近には、巨石を守るように全身が黒色で塗りつぶされた虫の軍勢。
魔物たちを従えるように佇むのは――先ほどの魔族の童女。
嬉しそうにドレスを揺らし、じっと――扉の先にいる彼らを見据えていた。
身を翻し、膨らんだスカートから汚泥を滴らせ、鮮烈な猫なで声を響かせる。
「ぃひひっ!さっきぶりぃ!おにいちゃんに、おねぇちゃんっ!
またぁ……ぼくの子たちと遊びに来てくれたぁ……そうだよねぇ?」
「リンお姉ちゃんうれしぃっ!ぃひひっ!」
白金色の長髪を地面に垂らし、妖艶な手つきで巨石に手を添える童女。
愛おしそうに巨石を撫で、小さな舌でちろりと泥を掬い舐め取り――嗤った。
「いひっ……!こわくてぇ……声も出ないのぉ?」
「この子のことぉ、気になってるんでしょぉ?この子ねぇ……?
リンのぉ、魔力と血液ぃ?吸ってぇ……それでねそれでぇ――」
「だからぁ、こうなってるんだってぇ?なんかぁ、実験?したいってぇ。
誰かが言ってたのぉ!それでぇ、ここに置いてってぇ?そういうことぉ♪」
くすくすと薄ら笑いを浮かべ、心底楽しそうに泥を散らし歩く童女。
異様な童女の姿に身体が硬直し、微動だに出来ない勇者一行。
なにか行動に移せば、彼女の気を損ねてしまうのでは?と、動けないでいた。
「えらいえらぁいっ!ぼくと遊ぶのはぁ、やめておいて正解よぉ?」
「リンねぇ――とぉーってもつよいからぁ!遊びたいならぁ……。
まずこの子たちをぉ相手にしてぇ……それでぇ――ちゃぁんと……証明?」
「そのあとにぃ、お姉ちゃんがたぁっぷり、相手したげるぅ!ぃひひっ!」
両手で自身の顔を掴み、恍惚の笑みのまま童女の身体は泥へと変わった。
気味の悪い高笑いを残して、童女の姿はその場から消え去るが――
童女を象っていたソレは、石から滴る泥と混ざった。
その瞬間だった。
まるで堰を切ったように、黒色のそれらが一斉に勇者たちへと襲いかかる。
「クッソ……なんなんだよアイツはよォ……ッ!」
大盾を突き出し、メイスで地を鳴らし敵の注目を浴びる騎士。
勇者もまた、聖剣を抜き放ち騎士から逸れた魔物たちを両断していった。
空間を埋め尽くさんとする勢いの黒一色の虫と触手――
その魔物たちは滴り落ちる汚泥から無限に生み出されていた。
切っても切ってもキリがなく、聖剣を振るっていたノアは焦燥に眉を寄せる。
『聖剣さんッ――!【勇者特権】を――』
『――勇者特権……――承認は否。』
無慈悲な宣告に、短く嘆息を零す勇者。真剣な眼差しで聖剣を握り直した。
こうなればもう――ジリ貧でもなんでも剣を振るい続ける他ない。
「わ……私が支援をッ!」
「星の導きよ、昏きを照らす御力を与え給う……――
《聖光付与の祈り》ッ!」
聖女の掲げた錫杖の宝珠から聖光が奔り、皆の武器へ粒子が注がれ――
全員の構えていた武器に、聖女の《祈り》の効果が発現した。
「なんこれ?属性付与ちゅーことなんか……?これ魔法にも乗るんか?
ものは試し――とりま広ぇとこじゃし……一発デカイのやっちゃる!」
「それじゃ、あたしは詠唱入るッ!あとは頼んだ勇者ちゃん!」
「万象を覆う白き静寂……終焉の吐息は生命の楔――」
詠唱の言葉が紡がれるたび、周囲には冷たい風が吹きすさぶ。
小人族めがけ――魔物の軍勢が殺到するが、騎士が大盾で弾き返した。
「天上天下、森羅万象を凍てつかせんとす、果てなき悲哀の渦……。
我が御敵に冷酷無情の裁きを与えん――」
勇者や騎士を信じ詠唱を続ける小人族。
短杖を天高く掲げるようにして、回し――周囲の空気を操る。
次第に空気が凍りつき――皆の肌を撫でるのは凍てつくような感覚。
「《肉体強化の祈り》ッ!」
咄嗟に《祈り》の言葉を吐き出し、前衛二人を援護する聖女。
言葉が落ちると共に、二人の身体が淡く発光し――
聖女の《祈り》を受けた彼らの動きは、目に見えて鋭くなり前線を押し上げた。
「そろそろ詠唱終わるッ!! 二人とも離れて――ッ!!」
小人族の紅い瞳には冷たい光が宿り、空間の温度は極寒と化した。
「これがあたしの全身全霊――ッ!くーらえーっ!」
「絶対不可避の冰獄を今此処に――《アブソリュート・ゼロ・ジャッジメント》」
短杖を魔物の軍勢へと向けた小人族。まるで空間が“落とされた”ように――
一瞬で魔物たちは成すすべなく凍りつき、時間を切り取ったかのように静止。
やがて寸瞬の間を置き、魔物たちは崩れ落ち――
周囲は白銀の極寒地獄と化した。
あれほどの軍勢は灰となり消滅していたが、それでも尚も健在の巨石。
泥こそ滴ってはいないが、異様で異質な空気は変わらない。
不穏な気配を纏ったまま、その場に佇んでいた。




