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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
三章:誘われるままに。

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頁:36 その【光景】異様につき。



 ルルの魔力切れ、セラの調子を鑑みて――

 一同は休息のために一旦、場所を移すこととなった。


 重い足取りで散策し、見つけ出した空間。そこはどうやら休息場所(セーフティエリア)。

 周囲には焚き火の跡もあり、一同は安堵し腰を落ち着けた。


「いい場所が見つかってよかった……とりあえずは休もうね……。」


「ごめんじゃけど……もうちょい魔力が回復するまで待ってくれ……。」


「わ、私も……お時間をいただきたく……ご、ごめんなさいっ……。」


 壁際に身体を預けて項垂れるルル。セラは瞳を閉じ、深呼吸を繰り返していた。


「そういえば、言いそびれていたのですが――どうにも下層には……。

 もっと悍ましい、あの石と同じ瘴気の気配を感じてまして……。」


 聖女が言いかけたところで――彼女の言葉を遮るように聞こえる音。

 形容し難い「ゴギュルルルッ」という轟音が空間に響き、全員の肩が跳ねる。


 やがて一同は音の主と思しき人物へと視線を投げ――


「わッ……悪ィ……!ちょい、小腹が空いちまってよ……。」


「今の音が――小腹?嘘じゃろ?今の音、絶対に大腹じゃったじゃろ。」


「仕方がありませんね……!私も調子が戻ってきました!折角の休息場所――

 一旦軽食と致しましょうかっ!私が何か軽く作らせていただきますね。」


 そうして騎士の空腹を満たすため――荷物を広げ準備に取り掛かった。

 ――『火はあまり使わないほうがいい』とのルルの提案。


 切り分けた黒パンに、野菜と干し肉を挟んだサンドイッチ。

 それとノアが淹れてくれたお茶という簡素な食事と相成った。


 どうにも足りないのか……とても不服そうな騎士の表情。


「パル……そんな顔しないで……?ルルも言ってたでしょ?えーっと……。

 ――『狭い空間で火を使うと、死んじゃう』って。」


「せやー。こういう密室空間で火を使いすぎるとよくないって――

 あたしのオヤジがいっとった。じゃけぇ堪忍してー」


 簡易的な食事を終え――セラとルルも回復した様子。

 まだ若干の恐怖はあったが、一同は下層へと下る決意を固めた。


 休息場所を後に――最下層目指して奥へと進むのだった。


 ◇ ◇ ◇


 最下層――階段を下りてすぐに待ち受けていたのは、石造りの巨大な門。


 左右には蛇の装飾。その眼球部分には宝玉が埋め込まれている。

 まるで鼓動のような一定の間隔で怪しく明滅する赤い宝玉。


 装飾の蛇に睨まれつつも――扉に手をかける勇者。


「それじゃ、開けてもいいかな?この先……きっと戦闘は避けられない。」


「でしたら念のため、《防御の祈り(グラティア)》を祈らせてくださいませ。」


 錫杖を胸に《防御の祈り(グラティア)》の言葉を紡ぎ、聖光が皆を包んだのを確認し――

 ノアは聖剣をいつでも抜けるように構え、扉を押し開けた。


 石の扉は擦るような音を響かせ――やがて見えてきた内部の空間。


 扉の先に広がっていた光景に、一同は固唾を呑み、武器を構え直した。


 部屋の奥に確認できるのは、仄かに闇を纏った、汚泥を滴らせる石――

 だが……見るからに異様なのは、その大きさと、佇む姿。


 宙に浮いた巨石から滴り落ちる汚泥。ぼたぼたと落ちた先には泥溜まり。 


 ぶくぶくと泡立ちながら、不快な臭気を放ち、無数の触手が這い回る。

 それらはまるで、獲物を追い求めるようにうねうねと、揺れ蠢いていた。


 汚泥の付近には、巨石を守るように全身が黒色で塗りつぶされた虫の軍勢。


 魔物たちを従えるように佇むのは――先ほどの魔族の童女。


 嬉しそうにドレスを揺らし、じっと――扉の先にいる彼らを見据えていた。

 身を翻し、膨らんだスカートから汚泥を滴らせ、鮮烈な猫なで声を響かせる。


「ぃひひっ!さっきぶりぃ!おにいちゃんに、おねぇちゃんっ!

 またぁ……ぼくの子たちと遊びに来てくれたぁ……そうだよねぇ?」


「リンお姉ちゃんうれしぃっ!ぃひひっ!」


 白金色(プラチナブロンド)の長髪を地面に垂らし、妖艶な手つきで巨石に手を添える童女。

 愛おしそうに巨石を撫で、小さな舌でちろりと泥を掬い舐め取り――嗤った。


「いひっ……!こわくてぇ……声も出ないのぉ?」


「この子のことぉ、気になってるんでしょぉ?この子ねぇ……?

 リンのぉ、魔力と血液ぃ?吸ってぇ……それでねそれでぇ――」


「だからぁ、こうなってるんだってぇ?なんかぁ、実験?したいってぇ。

 誰かが言ってたのぉ!それでぇ、ここに置いてってぇ?そういうことぉ♪」


 くすくすと薄ら笑いを浮かべ、心底楽しそうに泥を散らし歩く童女。

 異様な童女の姿に身体が硬直し、微動だに出来ない勇者一行。


 なにか行動に移せば、彼女の気を損ねてしまうのでは?と、動けないでいた。


「えらいえらぁいっ!ぼくと遊ぶのはぁ、やめておいて正解よぉ?」


「リンねぇ――とぉーってもつよいからぁ!遊びたいならぁ……。

 まずこの子たちをぉ相手にしてぇ……それでぇ――ちゃぁんと……証明?」


「そのあとにぃ、お姉ちゃんがたぁっぷり、相手したげるぅ!ぃひひっ!」


 両手で自身の顔を掴み、恍惚の笑みのまま童女の身体は泥へと変わった。

 気味の悪い高笑いを残して、童女の姿はその場から消え去るが―― 


 童女を象っていたソレは、石から滴る泥と混ざった。


 その瞬間だった。


 まるで堰を切ったように、黒色のそれらが一斉に勇者たちへと襲いかかる。


「クッソ……なんなんだよアイツはよォ……ッ!」


 大盾を突き出し、メイスで地を鳴らし敵の注目を浴びる騎士。

 勇者もまた、聖剣を抜き放ち騎士から逸れた魔物たちを両断していった。 


 空間を埋め尽くさんとする勢いの黒一色の虫と触手――

 その魔物たちは滴り落ちる汚泥から無限に生み出されていた。


 切っても切ってもキリがなく、聖剣を振るっていたノアは焦燥に眉を寄せる。


『聖剣さんッ――!【勇者特権(ブレイブ・オーダー)】を――』


『――勇者特権(ブレイブ・オーダー)……――承認は否(デナイド)。』


 無慈悲な宣告に、短く嘆息を零す勇者。真剣な眼差しで聖剣を握り直した。

 こうなればもう――ジリ貧でもなんでも剣を振るい続ける他ない。


「わ……私が支援をッ!」


「星の導きよ、昏きを照らす御力を与え給(たも)う……――

《聖光付与の祈り(サンクティア)》ッ!」


 聖女の掲げた錫杖の宝珠から聖光が奔り、皆の武器へ粒子が注がれ――

 全員の構えていた武器に、聖女の《祈り》の効果が発現した。


「なんこれ?属性付与ちゅーことなんか……?これ魔法にも乗るんか?

 ものは試し――とりま広ぇとこじゃし……一発デカイのやっちゃる!」


「それじゃ、あたしは詠唱入るッ!あとは頼んだ勇者ちゃん!」


「万象を覆う白き静寂(しじま)……終焉の吐息は生命(いのち)の楔――」


 詠唱の言葉が紡がれるたび、周囲には冷たい風が吹きすさぶ。

 小人族めがけ――魔物の軍勢が殺到するが、騎士が大盾で弾き返した。


「天上天下、森羅万象を凍てつかせんとす、果てなき悲哀の渦……。

 我が御敵(おんてき)に冷酷無情の裁きを与えん――」


 勇者や騎士を信じ詠唱を続ける小人族。

 短杖(ワンド)を天高く掲げるようにして、回し――周囲の空気を操る。


 次第に空気が凍りつき――皆の肌を撫でるのは凍てつくような感覚。


「《肉体強化の祈り(ヴァルトゥス)》ッ!」


 咄嗟に《祈り》の言葉を吐き出し、前衛二人を援護する聖女。


 言葉が落ちると共に、二人の身体が淡く発光し――

 聖女の《祈り》を受けた彼らの動きは、目に見えて鋭くなり前線を押し上げた。


「そろそろ詠唱終わるッ!! 二人とも離れて――ッ!!」


 小人族の紅い瞳には冷たい光が宿り、空間の温度は極寒と化した。


「これがあたしの全身全霊――ッ!くーらえーっ!」


「絶対不可避の冰獄(ひょうごく)を今此処に――《アブソリュート・ゼロ・ジャッジメント》」


 短杖を魔物の軍勢へと向けた小人族。まるで空間が“落とされた”ように――

 一瞬で魔物たちは成すすべなく凍りつき、時間を切り取ったかのように静止。


 やがて寸瞬の間を置き、魔物たちは崩れ落ち――

 周囲は白銀の極寒地獄と化した。


 あれほどの軍勢は灰となり消滅していたが、それでも尚も健在の巨石。

 泥こそ滴ってはいないが、異様で異質な空気は変わらない。


 不穏な気配を纏ったまま、その場に佇んでいた。





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