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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:誘われるままに。
37/63

その【貴族】苦労人につき。



ニヴェイシア家当主、アメトリクスが薄気味悪い笑みを残し、立ち去った後。

残された空気は、息をすることすら憚られる程、重く淀んでいた。


ノアが口を開こうとしたタイミングで「コンコン」と、静かなノック音が響く。

続けて老齢の男声が響き「――失礼致します」という言葉が、室内へ届けられた。


扉を開き、現れたのは、先程の老執事。ピンとした姿勢、乱れぬ所作で丁寧な一礼。

頭を下げたまま、柔らかく耳心地の良い声で、一同へと語りかける。


「旦那様より、お話は伺っております。 一先ずは、お屋敷の見学など――

 私でよろしければ、当屋敷のご案内をさせて頂きますゆえ。」


老執事からの提案に、ノアは後ろにいる全員へと、視線を落とす。

ルル、パルテオンの二人は視線をセラへと向け、二人は聖女(セラ)の言葉を待つ姿勢。


「わっ、私ですかっ!? ええっと、ではお言葉に甘えて、お屋敷の見学を…」


そうして老執事の案内のもと、屋敷を散策する事になった一同。


木の床を、コツコツという複数の靴音を周囲に響かせ、生活圏内を見て回る。


使用人が使っている部屋、来賓室、広間、複数の客間に寝室――

何ら変哲もない、おかしな所が一つもない、普通の屋敷に皆拍子抜け。


しかし一室だけ、案内されてない部屋があり、セラが老執事に質問を投げる。


「あの、あちらの扉の向こうのお部屋は…?」


「あちらでございますか? あちらは、旦那様の書斎兼私室となっております。

 ご入室はお控えくださいますよう。 では、次は一階をご案内致しましょうか?」


老執事に一階部分を案内してもらおうと、ノアが口を開くが――また止められた。


今度は耳に装着した魔道具。賢者との遠距離での会話が可能な耳飾り。

その魔道具から「プツッ」と音が聞こえたかと思うと、間の抜けた声が響く。


『――ス、スミマセヌッ!!! 大事な時に、眠っておりましたッ!!

 ええと、今はどちらにいらっしゃいますか皆さまッッ!!』


パルテオンの肩が、がくりと落ち、彼は「お前な…」と呆れたように呟く。


ルルがジト目で「寝とったんかよ…」と、ため息を落とし、さり気なく懐を弄る。

バルタザールから預けられた片眼鏡(モノクル)を、そっと鼻に掛けた。


「賢者ちゃんー、あたし、モノクル掛けてっから、なんかあったらよろー。」


禁書庫内で声を張り上げているのか、賢者の『お任せあれッ!』という言葉が響く。


続けて、ノアが困ったような引き攣った笑みを浮かべ、経緯を賢者へと説明。

すると耳飾り越しから、とても威勢のいい、元気いっぱいの声が返ってきた。


『でしたらッ!! 研究部屋、調剤部屋、薬品の保管庫等ッ!!!

 そちらをお調べになっては、如何でしょうかッ!!』


「ええっと、研究部屋、もしくは薬品の保管庫とかはあるんでしょうか?」


バルタザールに指示されるままに、老執事に伝えるノア。


老執事は「畏まりました」と一言だけ伝え、滑らかな動作で背を向ける。

長い廊下を抜け、階段を下り、しばらく歩き、裏庭に続く扉を開けた。


老執事に案内されるがままに、付いて歩く一同。

裏庭は、規模はそう大きくない。しかし、さすがは貴族の屋敷と言った様相。


そうして、案内され辿り着いたのは、全面ガラス張りの植物園。

薄暮の光が天井のガラスを透かし、整然に活けられた草花がゆるやかに揺れる。


「す、すごく綺麗な場所ですねっ…!」


セラが胸の前で手を合わせ、うっとりとした目で、周囲を見渡す。

瞳に映るのは複数の緑の陰、様々な色の美しい花々――


「ホホホ。こちらは薬草園を兼ねました、旦那様ご自身の調剤室にございます。

 育てられております草花は、いずれも貴重な品にございますゆえ。

 どうか、お手は触れられませぬよう。」


「旦那様自ら、日々管理なさっておいでです。

 ここまで育て上げられた品々にございますれば、我ら使用人ですら――」


「育成には深く携わっておりません。」


老執事は一同に気を遣い、なるべく全貌が把握できるように、一歩ニ歩と下がる。

周囲を見渡し、安心させるような穏やかな声色で、言葉を繋げた。


「ご質問を頂きましても、私では答え兼ねますゆえ……。

 何か御用がお有りでしたら、旦那様へ直接お尋ね頂ければと、存じます。」


使用人ですら、育成と管理には携わっていない。

その老執事の言葉に、思わずノアの眉が僅かに動く。


不審に思ったのは、ノアだけではなく、パルテオンも同じ思いだった。

彼らは途端に怪訝な表情を浮かべ、視線を交わし、目線だけで思いを伝え合う。


ガラス張りの植物園の奥へ通されると、そこは小さな空間。どうやら調剤室らしい。

机の上にはビーカーや天秤、乾燥棚や蒸留器など、様々な道具が並ぶ。


彼が薬学の造詣に深いというのは、本当だったのかと、染み染み感じさせる空間。


「ちょっ…これ! ヒーリアじゃないですかっ! 霊草なのですよ……?

 この国では、すごく貴重なのですっ! こんなに葉がついてるなんて……!

 ありえませんっ……! ここ、どうなっているのですかっ……?」


「おーー! これ、うちの集落にアホほど咲いとるやつ! なつかしーぜ。」


セラとルルは、二人して嬉しそうに草花を眺め「きゃっきゃ」と楽しそうにはしゃぐ。

ルルは集落にあるという、大輪の深紅の薔薇を指差し、懐かしそうに見つめていた。


「ああー! あの、狂い咲きしてた薔薇だねぇ?

 でも、どうしてこんな所にあるんだろう…? 薬の材料…?」


「この薔薇なー。 ブラディアローズちゅーんだぜ。

 花の蜜がめっっっちゃ甘くって。 ちょー美味(うめ)ーの。

 でも、一つ難点があってよー…あたしらは平気なんだけど――」


ルルは少しだけ言い淀み、どうにか言葉を探している様子で、しばらく思案。

唸った後に出した言葉は、かなり濁した言葉で、なんとか一同に伝えた。


「これ舐めたら、血が元気になっちまうんだよな。

 すげー色んな意味で活力漲るんだぜー。 まぁ、とにかく、元気になる。」


ルルの説明を受けても、ノアは意味が理解が出来なかったらしい。

「元気になるなら良いのでは?」という空気で、その薔薇をじっくりと観察。


しかし、パルテオン、セラの二人は、完全にその“意味”を理解してしまった。


ノアは感心し、ルルの言うブラディアローズなるものを見つめ、顔を近づける。

どうやら匂いを嗅いでいる様子で、その様子を二人は、不安そうに見つめていた。


「――なぁ、これ。」


というルルの声と共に彼女が机の下から、箱をずるずると皆の前へ引きずり出した。

箱の中身は、びっしりと並んだ小瓶の列。どうやら薬の保管場所らしい。


瓶一つ一つに、丁寧にラベルが貼られており、ひと目見て分かるようになっていた。


[傷薬(低品質)]

[傷薬(高品質)]

[氣力回復薬]

[氣力活性剤]

[魔力回復薬]

[魔力活性剤]


そして、ひときわ異彩を放つ小瓶――[不浄の黒泥(見本)]


ルルがその小瓶を机に出すと、一瞬で空気が凍り付くような、冷え込むような錯覚。

セラは小さく肩を震わせ、パルテオンが低く唸り、ノアが視線を落とす。


「こいつぁ、あの石の泥ちゅーことか…? なんでんなもんこんな所に…ッ!」


「あのさ、あの魔族の女の子、えっと子爵さんのお姉さんだっけ?

 彼女が言っていなかったかな? ほらさ…?」


「確か…“リンの魔力と血液を吸って”……って。」


ノアはそう言うと、小瓶を手に取り、中身をじっと観察。

黒の中に紫がかった靄が、まるで生き物のように、瓶の中で蠢いていた。


『ふむッ、そちらが例の黒泥ですなッ…? ウゥム、少々をお時間を頂きますッ』


どうやら、ルルの掛けていたモノクル越しに、その光景を見ていたであろう賢者。

耳飾り越しに彼の声が聞えてきたが、すぐに「プツリ」と音を立て――


禁書庫からの音声は、音を拾わなくなったのか、何も聞こえなくなった。


しばらく眺めていたノアだったが、特に何か判明するわけでもない。

すると腰に下げていた聖剣から、澄んだ冷たい女声がノアの脳内に響き渡る。


『この黒泥事態が、魔族の少女が生み出した魔力であろうな。 瘴気は――

 そうさな、魔族特有の血液が由来……と見て間違いないであろう。』


「これは、直接子爵さんにお話を聞いたほうが、良さそうだね。」


ノアのその言葉に、全員の視線が交わされ、気がつけばいつの間にやら――

外は橙色から群青へ、夜の帳が静かに彼らの背に落とされていた。


◇ ◇ ◇


老執事に案内され、一先ずは一旦、屋敷の広間へと集まった一同。

豪華な絨毯に重厚なカーテン、淡く揺れるランプの光が部屋を優しく照らす。


ノアが老執事に一言断り、控えめに口を開きつつ、質問を投げた。


「あの、お尋ねしたいのですが……。子爵さんは今、どちらに……?」


「旦那様は現在、交易都市(ヴァルメリア)近郊にて、魔物の調査へ赴かれている頃かと存じます。

 ですが、急ぎの御用がございました際には――

 こちらを燃やすようにと、仰せつかっております。」


老執事は落ち着いた様子でノアの質問へ回答し、彼に一枚の羊皮紙を手渡す。

差し出された羊皮紙を見つめると、なにやら複雑怪奇な魔法陣が描かれていた。


「あの、これは、一体――」


ノアが羊皮紙を不思議そうに見つめ、再び老執事へと質問を投げる。

老執事は「おっと、失礼」と一言落とし、質問に応えるように、言葉を続けた。


「こちらは、“魔導スクロール”と呼ばれる代物にございます。

 燃やすことで発動し、魔術が行使される……と、旦那様より伺っております。」


「不安に思われるようでしたら、無理にお使い頂かずとも結構にございます。」


老執事の言葉に、ノアが「どうする?」と皆に顔を向け、判断を仰ぐ。


「流石に勝手に燃やしちまうのはなぁ… しかも効果分からねぇんだろ?

 困ったら燃やせって…何が起こるか分かったもんじゃねぇってのがなぁ…」


「そうですね…。 とりあえず、ニヴェイシア閣下がお戻りになるまで……

 こちらで、お屋敷の様子を探りながら、お待ちしたほうが――」


セラが皆に待ったをかけ、パルテオンがノアの手元を見る。


確かに、ノアの手に握られていたはずの羊皮紙……だったが。

まるで暗殺者が如く、素早い手つきで、ルルの手に羊皮紙が握られており――


「ソイヤー!」


謎の掛け声と共に、彼女はあまりにもあっさり、自身の特技である魔法を行使。

手にした羊皮紙を、とても呆気なく、燃やしてしまったのだった。


「「ちょおおおおおおおおっ!?」」


ノアとパルテオンは、二人同時に絶叫し倒し、あたふたと暴れる。


そんな仲間の様子に、セラは一歩後退(あとずさ)り、情報量の多さに硬直。

流れるような混沌の光景を、ただ見つめることしか、出来ないでいた。


「考えてもみんさい。 急ぎの用があれば、燃やせって話じゃろ?

 つまりってーとあの紙は、子爵ちゃんを呼びつけるって事だぜー?」


ルルの考察は完全に正解を引いていたのたが、皆は慌てふためくばかり。

彼女の言葉など聞こえていない様子で、部屋の内部をバタバタと暴れ周る。


老執事はというと、穏やかな眼差しで「ホッホッホ」と静かに見守る。

アメトリクスの最初のお願い“屋敷は壊さないで”が、早速反故にされかけていた。





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