頁:33 その【魔法】効率的につき。
学術都市を抜け、街道を早馬で駆けていく二頭の馬――
数十分後、無事に迷宮付近へと到着した勇者一行。
遠巻きからでは、ただの闇にしか見えなかった。
が……眼前に来ると圧巻の光景。
洞窟のような見た目。内部は淡く光る鉱石の灯りが闇を照らし出す。
洞窟の奥から感じる、不気味な冷たい風が頬を撫で――息を飲む一同。
「僕……迷宮に来るのは初めてだから少しだけ緊張してる。
無理しない程度に――それじゃ行こうか……みんなっ!」
◇ ◇ ◇
迷宮の内部は見た目通り、洞窟のような空間が広がっていた。
湿気を帯びた空気が漂い、外観からは伝わらなかったが、冷たい空気。
壁面には不気味な光を放つ苔、天井からは水が滴り落ち――
時折「ポチャッ」と、石床を叩く音が響き、完全に洞窟といった雰囲気。
思っていたよりも迷宮内部は静かで、魔物の気配はみられない。
「静かだねぇ……?入ったばかりだから魔物さんもいないのかな?」
それほど大きな声を上げたわけではないが、周りの静寂との対比からか。
勇者の声はやたら大きく残響していた。
異様な静けさが漂う中――勇者たちは警戒を怠らず周囲を散策。
そうして奥へ奥へと誘われるように進んでいくが、さすがは迷宮。
一本道ではあったが、妙に曲がりくねっており――
また水分を含んだ苔が足を取り、非常に歩きづらい。
魔物の姿こそはないが、ぬかるんだ足元がそれ以上の恐怖を生み出していた。
やがて――何もないまま、まるで人工物のような下りの階段。
一同は階段を下り、彼らは二層目へと足を運んでいった。
「迷宮ってどういう仕組なん?今までめちゃ自然物みたいな感じじゃったんに。
なのに急にこんな――人の手が加えられたみてーな階段出てくるって。」
「迷宮とは――魔物の延長線上と、元来からそう伝えられてるみたいです。
私はそう聞き及びました。こうして人工物に見える階段も――」
「私たちをより奥へと誘い、養分とするためだとか……?」
階段を一段一段、丁寧に下っていき――会話を交わすセラとルル。
「入り組んでいるのもそうでして――侵入者を逃さないためだと。
諸説あってまだ研究途中らしいのですが――未だに全貌は不明だそうです。」
そうして長い階段を下り、二層目へと降り立った瞬間だった。
殺意をもった眼差しが勇者たちへと向けられていた。
全員がすぐに戦闘態勢へと移行し、聖女もまた胸元の首飾りを握り――
錫杖へと形態を変化させ《祈り》を行使するための姿勢を取る。
「ギギッ……ギィギ、グチ、グチチッ!チチッ!」
舌を打ち付けるような耳障りな音。暗闇の奥からぞろぞろと現れる小さな影。
飢えた瞳、濁った緑色の肌――口から滴り落ちる涎。
勇者たちに、にじり寄るのは……ゴブリンたちの群れ。
牙を剥き出しにし、群れは棍棒を構え、後衛の二人目掛けて襲いかかった。
騎士が前へ躍り出て、ゴブリンたちを押し留める。
「狙いはセラとルルだッ!明らかにそっちに行こうとしてるッ!」
ゴブリンの生態を理解しているがゆえ、セラは身震い。
錫杖を構え――騎士の作った時間を有効活用するため、集中。
「天にあらす我らが主よ、星の導きの元、その御慈愛で守護を与え給う――」
「……《防御の祈り》」
聖女の身体から聖光が溢れ――全員の身体を包みこんだ。
聖剣を抜いた勇者が騎士の前へと躍り出ると、ゴブリンたちを圧倒。
野生の魔物と違い、迷宮内の魔物は知能が高い。小賢しい連携で騎士を翻弄。
じわりじわりと、女性陣へと汚い視線を向け――牙を打ち鳴らす。
短杖を構えた小人族――余裕綽々の様子で口を開き短く詠唱。
「――〈麻痺〉ッ!」
短杖から小さな稲妻が奔り――ゴブリンたちへと放たれ、侵攻を止めた。
その隙を突き、ノアがゴブリンたちを切り捨てるが、数は減らない。
しかし勇者の彼は臆することなく、次から次へと斬り伏せ――
後に残ったのは討伐の証である牙や棍棒。はたまた汚い布。
「ふう!ひとまずは子鬼たちはやっつけたかな?」
「子鬼って、僕の村でもよく現れてたからねぇ……放っておくとその――
うん……。だから子鬼には多少の心得があるっていうか、なんというか……。」
「セラ、ルル、それにパルも。 怪我はない?大丈夫だった?」
心配そうに視線を配るノアだったが、女性陣もパルテオンも無傷。
床に散らばったゴブリンの討伐品をかき集め、大き目の鞄に放り投げるルル。
彼女曰く――『こんなでも路銀の足しになるだろう』とのこと。
そうして再び二層目の散策を開始するのだが、先ほどの勇者の活躍のせいか。
彼の人外じみた動きに恐れをなしたためなのか――ゴブリンは姿を消した。
そうして三層目へと下る階段を見つけ、下っていく勇者たち。
がらりと変わる空気に驚きを隠せず、絶句する一同。
「なんこれ……?氷の洞窟?寒そう……てか寒いんじゃけど!!」
そう――三層目は透き通る氷が一面に広がった、凍てついた世界。
天井や壁、床ですら氷に覆われ、幻想的な光景だが……とてつもなく寒かった。
歩けば床はツルツルと滑り、こんな場所で魔物との戦闘は――考えたくもない。
「ちょ、ちょっとまって……これは……進めないよ……!どうしようか。」
「俺も……無理だ!こんなことになってるだなんて、聞いてなかったからよ……。
わりぃが、対策もなんもしてねぇから歩けねぇッ!!――ウオッ!!!」
じっと彼らの滑る様を見つめていたルル。彼女はなにか閃いたようだ。
「ちょい、二人とも下がっとってー。あたしがなんとかする。」
「生命の祖たる母なる水よ……変遷の焔を抱き、瞋恚の熱を顕現せしめよ。
我が御敵を覆い、逃れ得ぬ奔流の抱擁を――《アクア・エブルリオ》」
詠唱を終えると――宙にぶくぶくと泡立つ熱湯が生成されていった。
魔法で造られた巨大な熱湯の塊が洞窟の氷を押し流す。
あっという間に――氷は無惨にも溶け消え、露出する岩肌。
小人族の彼女は短杖を片手に持ち、得意げに『ふふん』と鼻を鳴らしていた。
「す、すげぇな……魔法って便利すぎんだろ……。」
「さっすがはルルだねぇっ!これなら……うん!歩けそう!」
「ただ――多分しばらくしたらまた凍るけ、進むなら今のうちじゃね。」
小人族の魔法により、岩肌が露出した三層目。
歩きやすくはなったが、そもそもが入り組んだ構造の階層。
しばらく進んでいると――岩陰に隠れていたのか、突如として飛び出した影。
甲高い鳴き声。歯をガチガチと鳴らし、現れたのは鼠の頭部をした魔物。
群れをなしたその魔物は、なぜか怒りの様子で騎士の元へと殺到。
大盾を構え、メイスで応戦するパルテオン。
「クッソ……なんでコイツら俺ばっか狙いやがるッ……!?」
足元をちょこまかと彷徨き、前歯で齧りつこうとする魔物を弾き返す。
体勢を崩していった魔物たちを、勇者が処理。
二人は見事な連携で、魔物たちをあっという間に蹴散らした。
「ふう……最初はびっくりしたけどなんだか拍子抜けだったねぇ!
僕たちってもしかして……強いのかなっ!」
「そりゃノア……お前もう農夫じゃねぇからなぁ……お前――
勇者だろうよ……それにノアには頼りになる俺たちがいんだろ?」
その後――
しばらく散策していた一行だったが、以降魔物の姿はパタリと消えた。
結局何事もなく、四層目も難なく進んでいく勇者一行。
「さすがに何もなさすぎじゃね……?あたしちょい怖いんじゃけど。
嵐の前の静けさてきな?それかすでに別の人らが潜っとるとかかね?」
「ひとまず……五層目に下る前に、一旦休憩しておこっか……!
ここまでずっと歩いてきたし……どうかな?」
「んだな、小休憩挟んでから攻略しても、問題ないだろう。」
全員満場一致。四層目で見つけた適度に寛げそうな小部屋――
疲労を回復するため、一同は一旦休憩を取ることにした。
「ふぅーっ……皆お疲れ様っ!ルル、魔法で火起こしって出来たりするかな?」
小人族が魔法で火を起こし、勇者が茶を淹れ……ほんの少しの休息。
彼らは迷宮の不気味な静けさをしばし忘れ――
つかの間の憩いの時間を過ごすのだった。




