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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:誘われるままに。
35/64

その【屋敷】怪しい邸宅につき。



パルテオンが大怪我を負ってから、数日が経過。

セラが付きっきりで、彼の体調を見ていたこともあり、彼は完全に調子が戻っていた。


そんな日々を過ごしていると、宿の従業員から、一同に声がかかる。


「本日、クロイツ伯爵様がお見えになりますので、ご準備をお願いたしますねっ!」


従業員の言葉を受けた一同は、忙しなく準備を進め、そわそわと部屋で待機。

そんな穏やかな昼下がりに、宿の前へと横付けにされる一台の馬車。


見るからに高級そうな、漆黒に磨き上げられた、豪奢な佇まい。


御者台には紋章旗が掲げられており、四頭の黒馬は、陽光を照り返し輝く。

そんな馬車から降りてきたのは、以前迷宮を共にした貴族、リュシアン。


彼は扉の前で恭しく一礼の後、にこりと微笑みを浮かべた。

その後、ゆったりした足取りで一同の前に歩みを寄せると、言葉を落とす。


「皆様、大変長らくお待たせして、すみません。

 勇者殿から既にお話は、聞き及びのこととは存じますが――」


「本日は、ニヴェイシア卿より、直々に“お招きしてよい”――

 とのお返事を頂戴しております。 つきましては……」


「こちらの手配した馬車にて、子爵のお屋敷までご案内申し上げます。」


彼の落ち着いた声音からは、さすがは貴族としか言えない品格が漂う。

一同はリュシアンに案内され、馬車へと恐る恐る歩みを寄せる。


馬車に乗り込むその前に、ルルが小さく、情けない声を上げた。


「ひえっ…貴族さまの馬車とか、あたし初めてじゃけぇ…ちょいこえーよ…。

 だってやべーよ…内装の匂いがちげーもん。 もう、なんかさ……?

 高級な…ちゃうな。 金で殴っとるような、暴力性を感じるぜ……!」


「――匂いで判断するのか…。というか暴力ってよ…。」


パルテオンが仏頂面で呆れ声を漏らす。

しかしながら、彼も若干緊張からか、身を竦め、筋肉を収縮させていた。


パルテオンが先に乗り込み、その次に彼がルルの手を引き馬車に乗せる。


ノアはセラをさり気なくエスコート。四人で乗り込み、全員が座席に腰を下ろす。

ルルは馬車の中で落ち着き無く顔を動かし、鼻を引く付かせ、目を細める。


リュシアン含めた全員を乗せると、御者の合図で馬車が音を立て動き出した。


軋み一つない空間に、皆は歓心するように腰を落ち着ける。

しかし、今まで乗合馬車にしか乗ったことのないルル。


彼女は緊張からかなのか、座席で大人しく身を縮め、動かない。


全員なんとなく、口を開くことが出来ず、背すじを伸ばし“スンッ”と着席。

そんな一同の空気感を察し、リュシアンが柔らかな声を落とした。


「そんなに緊張されなくても大丈夫ですよ? ははは…。

 ニヴェイシア子爵は、博識で物腰柔らかな御仁ゆえ…。

 まぁ…世間では“陰鬱で不気味”や“底が知れない”と噂もありますが――」


「も、物腰柔らかい?」


セラは誰にも聞えないような小声で、リュシアンの言葉を繰り返す。

初対面の時に見せられた、あの凍りつくような、貼り付いた胡散臭い微笑。


二度目の邂逅は助けてはくれたが、理由が分からず、三度目に至っては――

セラにとって思い出したくない、不愉快且つ、不快極まる記憶。


ノアは何気なく、リュシアンに問いを投げかけた。


「ちなみに、先代の子爵さんって、どんなお方だったのですか?」


リュシアンは目を細め、ふと笑うと、記憶を辿るように言葉を紡いだ。


「先代は、実に冷静沈着で、いつも落ち着いてらっしゃるお方でしたよ。

 表情をあまり変えること無く…殊に、薬学の造詣が深くいらっしゃっておりまして。


「先日ヴァルクレスト殿にお使いした、あの回復薬なのですが…」


ふうと一呼吸置くと、手元にある小さなカバンを漁り、小瓶を取り出す。

皆がその小瓶を凝視し、顔を見合わせると、リュシアンが言葉を続けた。


「こちら、ヴァルクレスト殿にお使いした回復薬と、同じ物にございます。

 先代ニヴェイシア子爵直伝の製法に基づき、我が屋敷にて調合させたものです。」


「――と、まぁ…このように、知識の独占をせず、温厚なお人柄ですよ。」


パルテオンが小瓶を見つめ、鼻を鳴らしながら声を漏らした。


「お、おう…そりゃ、助かったぜ…ありがとうございますッ…」


更にノアが詳しく話を聞きたいと、リュシアンに問いを投げる。

すると、リュシアンはにこりと微笑み、言葉を続けてくれた。


曰く、先代子爵は、その知識や知恵を無駄に振りまくことはなかったと。

研究結果を、世に広めた賢人のような方でもあったらしい――


現当主は、まだ世代交代したばかりで、大きな功績こそは無いが――

研究に心血を注ぐような熱心な人物であり、彼もまた先代と同じ優秀な人物であると。


慈善活動や、薬草や霊草の管理方法の確立をし、人々の為に尽くしているらしい。

聞けば聞くほどに、怪しい点など何もなく、寧ろ疑念は深まるばかりだった。


セラはその話を聞いても、いまいちピンと来ず、胸中は違和感でいっぱいに。

本当に、あの胡散臭い――冷徹な微笑みの青年と同一人物なのか?と。


疑念と警戒が織り混ざり、誰も言葉を発さず、馬車の車輪が石畳を叩く音のみが響く。

馬車は緩やかな坂道を上り、小高い丘の上にそびえる屋敷が姿を現した。


陽光に照らされ、白亜の石造りの屋敷は、美しく輝いて見える。


磨き抜かれた壁面に、精緻な彫刻の施された美しい窓枠。

歴史こそあまり感じることは出来ないが、それでも堂々たる佇まい。


――そこが、ニヴェイシア子爵邸。


初めて目にする者でも、その建物に住まうものが、只者ではないと――

そう感じられるほどの、威厳を放っていた。


重厚な鉄の門は、来訪者を拒む壁ではなく、格式を感じさせるよう。


通りを行き交う人々が、ちらりと視線を向けるが、そこには尊敬と畏怖が混ざる。

“貴族のお屋敷”として、街に根付いているであろう、威風堂々たる様相。


表向きは確かに荘厳で美しく、完璧に整えられた舞台装置。

しかしその幕が上がった先に、一体何が待ち受けているのか、誰にも想像がつかない。


一同は馬車の中で、ニヴェイシアの屋敷を目に入れ、互いに視線を交わす。

静かに開かれていく鉄門の軋む音に導かれ、馬車は屋敷前へと進んでいくのだった。


◇ ◇ ◇


屋敷の庭園の途中まで馬車を進ませ、やがてギシリと軋む音を響かせる。

馬の蹄の音が聞こえなくなると、停車した合図が鳴り響く。


馬車から降りると、すでに一人の老執事が、ピンと背すじを伸ばし待ち構えていた。

どうやら、こちらの訪問を、待っていたかのような様子の佇まいだ。


その姿は、まさに長年屋敷に仕えてきたのであろう、従者そのもの。

黒の燕尾服に、白い手袋を整然と着用し、控えめに垂れた白髪が柔らかさを醸し出す。


「勇者様方、ご来訪…心よりお待ちしておりました。

 クロイツ伯爵閣下より、旦那様へのお目通りの件は承っております、が――」


老執事の声は落ち着いてはいるが、わずかに口籠り、視線を逸らす。

が、直ぐに視線を勇者一行に向け直すと、柔らかな声音と共に、言葉を続けた。


「――ただ、旦那様は現在……薬草園の管理の為、お留守にございます。

 直にお戻りになられます故に、それまでは応接間へご案内せよとのことです。

 ――どうぞこちらへ。」


老執事の言葉を受け、一同は顔を見合わせ、付いて歩こうと一歩目を踏み出すが――

リュシアンが紺色の外套を翻し、数歩下がると、一同に対し一礼。


彼は馬車の付近まで戻ると、名残惜しそううに眉を下げ、言葉を落とした。


「大変お心苦しいですが……。私は先日の件で、立て込んでおります…故に。

 これにて、失礼させて頂きますね。 では、勇者様方。」


一同が改めて、感謝の言葉を述べると、彼を乗せた馬車は、颯爽と去っていった。

ノアが全員の顔を見渡し、小声で「いよいよだねぇ」と身体を強張らせる。


老執事の後に続き、屋敷の中に足を踏み入れた一同。

外観からでは分からなかったが、内部は随分とひんやりとした空気。


外見もそうだったが、内装も貴族のお屋敷と言うには、やや簡素。


整然と磨かれた大理石の床は、鏡のように姿を映しだす。

冷たい石床のホールを歩く度、コツコツと足音が反響して聞こえた。


広間を通り抜け、天井の高い廊下が続くが、緊張故なのか。

一同に間に会話は無く、全員分の靴音が響くだけの時間。


壁には燭台が等間隔に並んでおり、なんら変な箇所が無い、一般的な屋敷。


やがて老執事が一室の前で止まると、静かに声を落とす。


「こちらが、応接間でございます、こちらで少々お待ちくださいませ。」


老執事が扉を開き一同を促し、部屋の中へと通す。

全員がソファや椅子に腰を掛け、待機していると、ほどなくして侍女が姿を見せる。


ふわりとした笑顔が印象的な、年若い侍女。その腕には銀色のトレイ。

茶菓子と、人数分のカップとティーポットを机に並べ「どうぞ!」と一言。


侍女は「ではごゆっくり!」と言い残し、足早に立ち去っていった。

淡い紅茶の香り、砂糖菓子の香ばしい香りが部屋中に漂い、空気を和らげる。


「どう思う皆ー? 今のところは、特に怪しいって感じはしないけど…

 メイドさんも普通だったし、執事さんも… でもなんだか落ち着かないよねぇ…」


ノアの問いかけに対し、耳飾り越しに賢者の声が響いてきた。


『こちらでも調べさせていただきましたッ…!

 薬の製造法など、確かに、ニヴェイシアの名前が散見されますッ…』


なにやら遠くで、パラパラと書物がめくれるような音の後に、再び声が響く。


『――ええッ!! ここから離れられないワタクシでは、駄目ですなッ!ハハッ!

 ワタクシの力では、皆様のお役に立てそうに有りませぬッ!!

 ワタクシ、少々お時間を頂きたいとッ! ではッ!』


バルタザールからの音声が『ブツッ』という雑音と共に聞こえなくなる。


皆が顔を見合わせ「うーむ」と唸るが、パルテオンが茶菓子に手を伸ばした。

茶菓子を手に取り、軽い音を立て咀嚼し、ティーポットから紅茶を取り出す。


彼は完全にくつろぎモードで「――毒見だッ!」と言いながら、紅茶を一気飲み。


彼の胆力たるや、この空気で毒見が出来るのは、恐らくパルテオンだけだろう。

一同は視線を、この豪胆な騎士を、刺すほどの眼力で睨みあげていた。


ルルはキョロキョロと、落ち着きがない様子で部屋を見渡す。

ノアは顎に拳を当て、思考の様子。パルテオンは相変わらず茶菓子を頬張る。


セラだけは、胸の奥に不安を抱え、ただ静かに、当主(ニヴェイシア)の到着を待っていた。


(怖い、けど…! でもちゃんとお会いして…お話を聞きませんと…!)





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