頁:34 その【閑話】休題:とあるお祭り。◆挿絵有り
交易都市の一角――リュシアンから手配された宿の一室にて。
セラの《治癒の祈り》の効果で、パルテオンは動けるほどに回復していた。
しかし、どうにも小腹が空いて仕方が無かった彼。
彼は暇と空腹を持て余してしまい、宿の従業員に何か食べ物は無いかと催促。
すると宿の従業員から、なんとも唆られる提案を受けたのだった。
早速パルテオンはその事を皆に知らせるべく、一同の元へと急ぐ。
皆が待っているであろう部屋の扉を、乱暴に打ち鳴らし、部屋へと入室する。
皆は部屋の中で落ち着かず、昨日の死闘の余韻が抜けきらない様子。
そんな一同に明るい笑顔を向け、彼は豪快な声を部屋に響かせた。
「なぁ皆ッ! こんな時に、俺から提案するのはちょいと――
どうかと思ったんだが……だが、どうか聞いてやってくれ。」
やや真面目なトーンで放たれたパルテオンの声。
そんな彼の言葉に、皆は何事かと「ゴクリ」と唾液を呑み込む。
互いに顔を見合わせて騎士の言葉を待つと、彼は笑顔で言葉を続けた
「明日、祭りが開催されるってよ、宿の従業員が言ってたんだ……ッ!
そのよぉ……折角だからよ、皆で行ってみねぇか……?」
鼻を親指でこすり、やや照れを隠している様子のパルテオン。
「こういう時こそよ、馬鹿みたいに騒いだ方が気が紛れんだろ? なッ!!」
豪快な笑顔で放たれた言葉に、真っ先に反応を示したのは、小人族。
彼女は瞳を輝かせ、磨いていたモノクルを放り投げ、パタパタと駆け出した。
軽い足取りで、彼の腰元に抱きつき「パルちゃん天才かよ!」と喜びを顕に。
話し合いをするまでもなく、満場一致で騎士の提案を受ける事となった。
◇ ◇ ◇
翌日、祭りの当日の交易都市の様子は、賑わいの雰囲気で溢れかえる。
まだ早朝にも関わらず、往来の人々は酒の匂いを漂わせ、へべれけで笑い合う。
屋台も盛況の様子で、潮風に乗せられて、海産物を焼いた匂いが鼻を擽る。
商人の呼び込む声や、吟遊詩人の奏でる弦楽器の調べに高らかな声音。
視界を移せば、様々な情報が流れ込み、祭りの様相に一同は心を踊らせる。
が、そんな雰囲気も、勇者一行が現れたとなると、様子はガラリと変わった。
町民が「アレ勇者と聖女じゃね?」と言ったことを皮切りに――
人々が押し寄せる事態となり、場は混沌とした騒然を産んでしまったのだ。
それでも、とても賑やかで楽しい空気感――故に一同は顔を綻ばせた。
「勇者様方! 勇者は反則だからよ、参加は出来ねえと思うが……。
そこの騎士様っ! 是非“小舟漕ぎ対決”に参加してみねぇか?
優勝賞品は――金と食いもんだっ! どうだ?」
屈強そうな漁師に話しかけられた騎士は「面白そうだな!」と二つ返事で了承。
残り三人は、彼の勇姿を見届けるべく、会場へと足を運ぶ。
「ところで……“小舟漕ぎ対決”って一体何をされるんでしょうか……?
参加の可否だけ聞かれて、説明も何もなかったですが……。」
セラの質問に、ノアもルルも考え込む様子で「うーむ」と唸る。
そんな三人に対し、人をかき分け、先頭を進む彼が豪快な笑い声を上げた。
「んなもんよッ! 着いてからのお楽しみだろッ! ガッハッハ!!」
先程の屈強そうな漁師から会場は聞いており、無事にたどり着けた。
しかし、現場は予想以上に人々の熱気で溢れかえり、妙な臭気を放つ。
参加者であろう人々は、皆同様に筋骨隆々の姿。
ルルは人知れずジト目を強め、その瞳には嫌悪のようなものが滲んでいた。
熱気と言うよりは、男性特有の脂汗の香りが、周辺には漂っていたのだ。
それにより、名状しがたい……男気のような臭気を放っており――
つまるところ、ただただ、臭い。
騎士は何も気にする様子は見せず「行ってくるなッ!」と言い残し受付へ。
残された三人は、観客が集まっている箇所へと向かうのだが……。
観客も多く、周囲は騒々しい上に人でごった返し。
人混みに紛れると、ルルの身長では何も見えないと判断したノア。
彼はそんな彼女を肩に乗せ、肩車で移動する運びとなった。
ルルの表情は相変わらずだったが、それでも愉しげな瞳で周囲を見渡す。
「わー、すげーー! めっちゃ視線が高ぇーーっ。 なんじゃろ、ほらアレ。
なんか、こまい木に登ったような気分を味わえるぜっ!」
「ノアとルルちゃん……兄妹みたいで、とっても可愛い……。」
「私……【加護】を授かる前から、あまり外出はしたこと無くって。
【加護】を授かってからは、ずっと修行の日々でしたので、ですので――
こうして、皆様と祭りを楽しむ日が来るだなんて、嬉しいですっ……!」
セラの言葉は、ざわざわとした人々の喧騒により、かき消されてしまっていた。
そんなざわつきの中、どこからともなく反響してくる、活気づいた男声。
どうやら、小舟漕ぎ対決の開催を告げる合図だそうだ。
やたらと間延びした声が、周囲に広がり残響する。
「交易都市名物の“小舟漕ぎ対決”の時間だぜーーッ!
今年もようやっとこの季節がやってきたッ!」
「筋肉自慢共が今年も熱いねぇッ! 腕っぷしと、櫂二本だけッ!!
決められた水路を渡りぬけッ!!」
「一番先に終点の紐をくぐったヤツが勝利ッ! 転覆上等ォ単純明快ッ!」
その声に周囲の人々は沸き立ち、怒号にも似たやじが飛ぶ。
観客席は普段は桟橋として利用されている場所だが、しかし今日は祭り当日。
本来であれば複数の漁業の船が並ぶが、現在は大きな船は一隻も見当たらない。
あるのは小舟のみで、どうやら競争は複数回に分けられるそう。
勝ち残った者が、勝者と対戦していく――要するにトーナメント形式。
周囲の観客が懇切丁寧に、やたら説明口調で語ってくれていた。
「今年はやべえぞ!! 去年優勝した例のヤツも参加してるらしいぞ!」
「それとアレだろ? 勇者一行の騎士も参加してるってよ! 熱ちぃなぁ!」
「勇者が参加してるとこも見てみたかったなぁ~ッ!
ぜってぇ勇者が優勝するだろうけどよ~~ッ!」
どうやら、近場でノアたちの事を、噂している人たちがいるようだ。
噂の渦中にある彼は微妙な笑顔で「あはは……。」と頬を掻いていた。
ガヤガヤとした喧騒の中、一人の漁師が大砲の空砲を鳴らし……競技が始まった。
狭い水路のコースを駆けるのは、四隻の小舟――
船体をぶつけ、水しぶきをあげ、猛烈に互いを蹴落とし合う姿が確認できる。
よもやそれは競争などではなく、完全に『蹴落としあい』と言ったほうが適切。
船体同士を激しくぶつけ、怒号と海水を浴びせながら、大暴れする筋肉男たち。
船が転覆しそうになる度、観客は沸き立ち、大いに盛況する様を見せていた。
一回戦目に騎士の姿は見えなかったが、記念すべき一回戦目は――
なんと全隻転覆という残念な結果で終わり、人々は怒りの声を上げていた。
「シケてんなぁおい!!! テメェらの筋肉は飾りか、オラーーッ!!!」
「クッソ! 俺アイツに賭けてたんだぞッ!すっちまったじゃねぇか!!」
観客たちのあまりある熱気に思わず気圧されたセラ。
恐怖すら感じており、ぽつりと「すごい、ですねぇ……」と呟く。
彼女の声は小さく、誰の耳にも届けられることはなく、虚しく消えていった。
迎えた二回戦目――
視線を巡らせると、パルテオンの姿があり、勇者一同が注目する。
騎士はいつもの軽鎧ではなく、転覆しても困らないような服装だ。
現在の彼の姿は、簡素なシャツに、動きやすそうなパンツスタイル。
彼の筋肉に衣類が張り付いており、これでもかと筋肉を見せつけていた。
彼が出場したことで、周囲は大いに賑わいを見せており、歓声が上がる。
「パルちゃんキターーーッ!! あたしらのパルちゃーーーんッ!
あたしが実況しちゃるけぇ! まかせろーーーいッ!!」
「まだ競技は始まってすらねーッ! なのに早速危ういぞパルちゃーんッ!
そいつは馬じゃねぇぞーーッ! もう回転しそうな勢いーーッ!」
ノアの頭の上だったが、彼女はやたら激しく動き回っていた。
が、さすがは勇者の彼――なんのそので「あははっ!」と笑うだけ。
やがて開始の合図である空砲の『ボンッ』と音とともに、船が一斉に動き出した。
だったのだが――周囲の参加者は、騎士目掛け集中攻撃でひどい有様。
遠目からでも、彼が何か文句を言っているのであろうことが確認できる。
しかし、ノアたちには小舟を操作する彼らの声は届かない。
それを好機と見たのか、ノアの髪の毛をぐしゃぐしゃにし――
声を張り上げ、謎に実況を開始してしまったルル。
「『テメェらそれでも漁師かチクショウ!』って言っとるぞーッ!
おおーーーっと! 早速パルちゃん大ピーーーンチッ!」
「周りの漁師どもに決死覚悟の突撃かまされて転覆ギリギリーーッ!」
「じゃけどもさすがは騎士ッ! つよつよの体幹と筋肉が転覆を阻ーー止っ!
周りを無視しゃーげて、ぐんぐんすすむぞーーーっ!」
無表情から紡がれる声とは思えないほどの、熱気を帯びた声色。
なんなら周囲で一番煩いまであるルルの声。
そんな普段は見せないであろう彼女の様相に、セラは若干引いていた。
「おおーーーッッ!! なんとここでェッ……! 最後尾のヤツが追いつき……!
――追い抜いたァーーーーッ!! パルちゃんどうなるッ!!
しっかし我らが騎士パルテオォーーーンッ!!」
「周囲を蹴飛ばし追い越し追い抜きぐんぐんすすむーーーッ!!
おぉっと! しかぁし、ところがどっこい! 大事故はっせーーい!」
「なんということじゃろうかッ! 小舟をめがけ魚の大群しゅうらーーいッ!
おぉっとッ!! 魚だけに“ぎょーさん”襲いかかっとるぞーーーッ!!」
(ルルちゃんの声が……うるさい……。)
ルルのとんでもない実況が響き、彼女の熱気に毒された周囲まで沸き立つ。
激しい船体のぶつけ合いの末、騎士は無事に終着点へとたどり着いたが――
彼は生憎の二番手と相成った。
遠くからでもガックリと肩を落とす姿が確認でき、三人で笑い合う。
「残念じゃったけど、めっちゃ頑張っとった! あれで病み上がりじゃろ?
万全の状態じゃったら、絶対パルちゃん勝ちんさったよ! さすが!
あたしらのパルちゃんは世界いちーーっ! ふっふーーんっ!」
ノアの頭の上で散々暴れまわり、彼女はなぜか、したり顔のような無表情。
「あははーっ! さすがはパルだったね! 見てるこっちまで楽しくなったね!
僕も参加してみたかったなぁー……でも僕だとズルになっちゃうみたい!」
そうしてしばらくして――
海水を浴び、謎に背中に海藻を付着させた騎士が皆の元へと帰還した。
彼が戻ってきた頃には、陽光は天を指し示しており、街並みを眩しく照らす。
祭りの熱気も最高潮を迎え、人々の喧騒は絶えず響き渡っていた。
「悪ィー……負けちまったぜ! でもすげぇいい運動になったなッ! ハハッ!」
その後――誰も彼の背中に付着した“ソレ”を取ることは無かった。
全員で市場を練り歩き、食べ歩き、過ごしていく。
悲しいことに全員……騎士の彼が『勲章』として――
その海藻を付けている物とばかり、思い込んでいたのだった……。
勇者一行のもとには、騎士の健闘を称えた人々が押し寄せる事態に。
振る舞われる様々な海産物や酒……勇者も便乗する形で分けてもらう。
時間の経過と共に、あれだけはしゃいでいたルルだったが――
彼女は眠気が来たのか、ノアの髪を掴み、すっかり眠りこけてしまった。
その姿はまるで、年の離れた兄に甘える妹のような、ほっこりするような光景。
彼女のためにと、一同は踵を返し祭りの喧騒を後に宿へと向かっていく。
「こうしてると、ルルちゃんって本当に子どもにしか見えませんね……。
ああ……なんて可愛らしいのかしら……。 とっても、ナデナデしたい……。」
「だめだよーセラっ! でも僕の頭で寝ちゃうだなんて、びっくりだねぇー?
そんなに僕の肩の乗り心地が良かったのかな? うーん……。」
本気で考え込む様子の勇者――きっと、答えなど出ないだろうにと笑う騎士。
「ハハッ しっかし、来てみて良かったなッ! この祭りの前日は――
金欠で大変な目に合わされちまったけどよ……。」
「さてッ! 宿に着いたらまずは飯だなッ! 筋肉が栄養を求めてやがるッ!
やっぱり夜は、豪勢に肉だなッ! ハッハー!」
彼の言葉に、思わず眉をしかめるセラ――彼女は驚愕し、視線をパルテオンへ。
信じられないものを見たような表情で、パルテオンを見つめるのだが……。
(先ほど、アレだけの料理たちを食べてらっしゃってたのに……。)
彼はセラの視線には気が付くことはなく、ただ笑っていた。
四人で和気あいあいと楽しんでいるそんな一方――
禁書庫の賢者はというとだ……この場の誰も、耳飾りは装着していない。
全員、懐にしまい込んだまま忘れ去っており、故に彼の耳には――
ただ、楽しげな音声が届けられるという一種の地獄。
自身の渡した耳飾り型魔導具から伝わるのは、楽しそうな祭りの熱気。
彼は、禁書庫の中でひとりぼっち……人知れず涙を浮かべていたのだった。
8/5 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




