その【爆音】耳破壊につき。
迷宮を後にし、リュシアンを含めた一同は、重い空気の中、馬車に乗っていた。
車輪の軋む音や、馬の蹄が地面を蹴る音。荷物が揺れる僅かな音が妙に耳に残る。
誰も言葉を発せず、ルルは俯き、依頼主も気まずそうに肩を丸め、無言。
ノアは外の景色に視線を移し、目線の先には先程の迷宮を映していた。
やがて今回の迷宮調査の依頼主が、息を吐き出した後、言葉を発する。
「まさか、このような事態に陥るとは、思いもよらず……
勇者様方には、多大なるご迷惑を…。 誠に申し訳ないです…」
声音からも、後悔が伝わるようなリュシアンの言葉。
そんな彼に対し、ノアは困ったように眉を下げ、柔らかい微笑みを返す。
「けれど、もしあのまま放置して、気が付かない間に別の方が沢山犠牲に……
そう考えたら、もっと怖いです…。 リュシアンさんの勘のおかげで――
大事は免れたって……。 だから、謝罪はしないで頂けると助かります、あはは…。」
「それに、今回の事は――僕の力不足が招いた結果なので……」
ノアは決して、慢心していたつもりも、油断していたつもりも無い。
彼にとって、想定外の出来事が起きただけ。それがかえってノアの心を深く抉った。
リュシアンは小さく頭を下げ、額の汗を拭い一言「恐れ入ります…」と返す。
その後は、再び誰も口を開けず、馬車の軋む音を響かせ交易都市へと帰還した。
パルテオンの怪我は、セラの懸命な治癒のおかげで、完全に塞がってはいた。
しかし失った血液までは戻らず、彼は気絶したまま目を覚まさない。
大事を取って、リュシアンの手配した宿へと、一同は一時的に身を置くことに。
パルテオンとセラを寝台へと運ぶと、ルルは二人の様子を見るために宿で待機。
ノア一人だけで、冒険者ギルドへと、報告の為街へ出る運びとなった。
ギルドへ赴くと、早速カウンターまで足を運び、依頼達成の報酬を貰う。
「お仕事中に失礼します。 少々お尋ねしたいのですが、黒い靄を放つ――
泥を発生させる石のような物の報告は、ありませんでしょうか?」
報告ついでに受付嬢に尋ねてみるが、受付嬢は首を傾げ考える様子を見せる。
近場に居た他の受付嬢に尋ねているが、その場にいる全員が、首を横に振るだけ。
「ごめんなさいね…。 そのような石の報告は、あがってらっしゃらないみたいです。
もしかしたら、ギルドマスターなら何かご存知かもしれません。」
「私から聞いてみておきます。 また改めてお越しになって下さいませ、勇者様。」
ノアはお礼を述べると、静かにギルドを後にし、その帰り道で空を眺め、胸中で唱える。
『ねぇ、今回の――あの魔族の女の子。 何がしたかったんだろ……?
僕の姿を一切見てなくって、ずっとセラばかり、見ていた気がしてさ。』
『我には判断できかねる。 されど、恐らくあの魔族は――
【聖女】を恐れている。我から伝えられるのは、現状その程度だ。』
『どうして怖がっているのか、わかるかい? セラの力がそれだけ強いってこと?
僕にも分かるように説明してくれると助かるんだけど…』
しかし、ノアのその問いかけには返答されず、聖剣は沈黙していた。
聖剣は、気まぐれではなく、こうして時折沈黙し、そして勝手に語りだす。
(聖剣さんにも都合があるのかな。 仕方ないか……。)
一旦、リュシアンの手配した宿へ戻ることに決め、ノアは歩みだす。
宿へ戻ると、リュシアンは穏やかな微笑みと共に硬貨袋をノアに差し出した。
「こちらは、私のほんの気持ちです、どうか受け取って下さい…!」
中には、先程貰った報酬の倍近い額の硬貨が収められておりノアは驚愕――
押し返すように慌てふためき、リュシアンへと言葉を返す。
「ちょっ……!待って下さい! ギルドでもう報酬は頂いてます!
こんなに沢山は、貰いすぎになっちゃうよっ…!」
しかしリュシアンは袋をノアに押し返すと、顔を赤らめ言葉を落とした。
「勇者様方の為になるのであれば、本望というものですよ…
それに、巻き込んでしまったのは、私の方ですから…」
申し訳なさそうに、首を傾げ困り眉で微笑むリュシアン。
ノアは頭を下げ「ありがとう、リュシアンさん…」と感謝を伝え、袋を受け取った。
感謝の言葉ついでに、ノアは思い出したように言葉を続ける。
「あの、リュシアンさん。 ついでにお聞きしたいことが…
ニヴェイシアという名前の貴族の方について、何か存じ上げませんか?」
リュシアンは少しだけ驚いた表情を浮かべ、後に微笑み頷いた。
「ああ、かの幽玄の白雪子爵でございますか? そうですね――先代の当主。
二代目のニヴェイシア子爵から、薬学について、伺った事がありまして。
現当主とも交流があります故……何をお訊ねしたいかにもよりますが――」
リュシアンが言葉を続ける前に、耳飾り越しに賢者の声が響いてきた。
『詳しくお伺い頂いてッッ!!!くださいましッッ!!!』
やたらと興奮した調子のバルタザールの声音に、ノアの肩が跳ねる。
リュシアンはくすりと笑みを浮かべると、ふとノアに提案。
「もしよろしければ、私からニヴェイシア現当主にお話をつけておきましょう。
かの方は博識で聡明……故に、今回の事も何かご存知かもしれません。」
耳飾り越しに溜息が聞え、ノアは深く頭を下げて、感謝の言葉を重ねる。
「ありがとうございますっ!!是非、お願い致します!」
◇ ◇ ◇
リュシアンと別れた後、ノアは皆の待つ部屋の扉の前に立っていた。
セラの治癒で、パルテオンは無事であろうことは、頭では分かっていた。
しかしその目に収めるまで信じ切ることが出来ない。
目を瞑り、呼吸を整え、扉の前に立つ。
軽く拳を握り、心臓の鼓動を感じながらも、扉を二回ほど叩きノックする。
「んあ? 誰だぁっ……? ルル、頼む、開けてやってくれ。」
聞き覚えのある、低く頼りになる声――十年来の仲間の、友人の声。
パタパタと駆け出すような足音が聞え、鍵が開くと、キューを抱えたルルが飛び出した。
奥に見えるのは、上半身を起こしたパルテオン。
それと、目が覚めたのか、椅子の上に座り、そんな彼を見守るセラ。
「おお、ノア…? わりぃな…。 ドジっちまってよ…。 カッコ悪ぃよな…へへっ…」
扉の隙間から伺える友人の顔は、どこか照れくさそうにしており、笑みを浮かべていた。
何事も無かったかのように頬を掻きつつ、ノアに笑顔を見せる彼。
その姿を見た瞬間、ノアの胸には込み上げてくるものがあり、衝動を抑えきれなかった。
「パルっ……!!! 君がっ……君が無事で本当に、ほんとうにっ…
セラっありがとう、パルっ…!! ありがとう……」
抑えきれない喜びと安堵が声に滲み、思わずパルテオンの身体を抱きしめる。
パルテオンは宥めつつも、元気いっぱいの声を荒げさせていた。
「うおおおっ!!! いででででっ! まってくれノア!!
おまえただでさえ、昔っから力強えんだから、抱きつくんじゃねぇ!!」
セラは慌て、ノアを止めようと仲裁に入ろうとするが――
とても幸せそうな二人の姿に、足を止め、伸ばしていた手を下ろす。
ノアの目尻には涙が滲んでおり、縋り付くようにパルテオンへと身を寄せる。
ノアにくっつかれている騎士もまた、そんな彼を受け入れるように、頭を撫でていた。
「セラのお陰様で、俺は一命を取り留めたって言っても過言じゃねえ。
今回はドジ踏んじまったけどよ。 これからはもっと、気ぃ抜かねえようにすっから。」
心配そうに眺めていたルルは、無言で無表情ながらも、口角を上げていた。
部屋には静かに、安堵の空気が広がり、ノアは涙を拭いながらも皆に報告をする。
「本当に、良かったよ…。 パルもセラも、有難う。
それでね、皆…リュシアンさんが、ニヴェイシア子爵さんに会わせてくれるって!」
「色々と取り持ってくれるみたいだよっ! お話を付けてくれるんだって!」
「おおッ! 本当かッ? そりゃ、俺のお陰様だな! ガッハッハ!」
パルテオンは寝台の上で胸を張り上げ、豪快に笑う。
彼の笑い声にルルがふっと息をつき、小さく呟くように言葉を吐き出す。
「パルちゃんの笑い声、なんかすげー落ち着く。ほんと、無事で良かった…
あたし、もっと周り見るようにするけぇ…。 ごめんな…」
ルルの声は震えており、心底の胸の苦しみを吐露するような言葉。
セラは皆に視線を移し、胸に手を当て、決意を込めて言葉を紡いだ。
「私もっ……もっと冷静でいられるように、務めますっ……!
また気絶をしちゃったみたいで、ご迷惑ばかりおかけしてしまって…」
セラの言葉に同意するように、鼻をすするような音が耳飾り越しに響く。
『ワッ……ワタクシなんて…ッッ 何のお役にも立てずッ……
誠に不甲斐ないッ…! なんたる体たらくッ…!』
禁書庫にいる賢者は、泣いているのか、鼻をかむような音を響かせる。
ノアは朗らかに微笑むと、全員に行き渡るように声を掛けた。
「みんな卑屈にならないで欲しい。 セラが居なかったら…考えたくもないよ…。
それに、ルルが声を上げてくれたおかげで、パルはトドメを刺されずに済んだ。」
「パルテオンの〈技能〉がなければ、セラやルルが危うかった。
それとね、バルタザール。 君だけだったんだ、蛇のことに気がついたの。」
皆が静まり返り、ノアの言葉に小さく頷き合う。
「バルタザール、君の目は恐らく…僕の目を上回ってる。
だからさ、これからも…力を貸してくれない、かな…?」
しんみりとした空気が流れ、一同が微笑みを返し合う中、突如――
『…ヴォォォ……。 ォォーッ…ッ!!!!』
爆発音のような轟音返答が耳飾り越しに響き「うるさっ!」とルルが叫ぶ。
皆は耳飾りを外し、ほぼ同時にぽんと其々の鞄へと押し入れた。
それを機に、部屋には笑い声が溢れ、緊張も痛みも、全て笑いで溶かすように語り合う。
その後、四人は笑い、語らい、無事の喜びを噛み締め分かち合った。
夜が更け、一時の安堵の中、皆は眠りにつくが、そう――
禁書庫に控えている、賢者は、全員の頭から忘れ去られ、忘却の彼方。
一人さみしく、皆からの返答を待っていたが、無意味だったのは、言うまでもない。




