頁:30 その【賢者】変人につき。
言われた通りの場所へと進むが――
禁書庫が近づくにつれ、どこか重くなる空気。
その場所へと通じる扉は、荘厳さを感じる重厚な鉄製の扉。
扉を押し「ギギッ……」と軋む音を立てて開かれ、次いで感じるのは――
僅かに鼻腔を擽るカビのような、古臭さを感じられるような匂い。
管理はたしかに行き届いているのだろうが、不思議と圧力を感じる空間。
誰も口を開くことができず、石造りの螺旋階段を下っていく。
「あんさ……賢者って人。どこに居るんか、聞いとったほうがよくなかった?
もっと狭い場所じゃって思うとったんじゃけど……クッソ広くね……?」
「んだなぁ……螺旋階段だけかと思ってたらよ……ちょこちょこ部屋?
みてぇなモンもありやがんな……?どうなってんだここ……。」
そうして螺旋階段を下り切ると――その先には開けた空間が広がっていた。
中央には丸いテーブル。その周りを囲う小さな椅子。
複数の区画に分かれており、目に見える範囲だけでも広さが伝わった。
それでも先ほどの大図書館の外観と比べると、規模はやや小さめ。
しかしながら並べられた書物の数は、やはり“書庫”と呼ぶに相応しい。
「それで……この区画全部を調べないといけないのかなぁ……?」
「結構広いが……まぁ四人で手分けしたら問題ないんじゃねぇか?」
皆がどうするかと相談している最中――背後から聞こえてくる足音。
それは先ほど下ってきたばかりの螺旋階段から聞こえてくるようで――
全員が視線を螺旋階段へと移せば、一人の青年の姿。
宙に浮く無数の書物とともに、階段を下る黒いローブ姿の男。
書物はひとりでに頁をばらばらと翻し――男の足取りと共に漂う書物たち。
分厚い眼鏡の奥――知性を感じる鼈甲色の瞳。
目には深い隈が刻まれ、不健康そうな印象だが、鋭さがあった。
深緑色の毛髪をきっちりと中央に分け、頭には黒の博士帽。
見た目からして理解することができる『学者』然りとした堂々たる姿。
誰が言うまでもなく、その人が【賢者】であることは一目瞭然だ。
コツ……コツ……と、ゆるやかな足取りで階段を下る【賢者】――
「お噂はッ!!!かねがねッ!!!」
――が……賢者と思しき人物が放った第一声は、コレだった。
「選定の剣に見初められた【勇者】殿ッッ!! そしてェッッ!!!」
「神々の寵愛を受けし――『奇跡を呼ぶ聖女』……【聖女】殿ッ!!!
ワタクシはァッ!!そうッ!!お待ちしておりましたッ!!」
禁書庫内に響き渡るのはまるで演説のような空気を震わせる声量。
両手をわざとらしく広げ――彼の周りを踊るように飛ぶ複数の書物。
「――よくぞッ!よくぞ参られました、勇者殿ッ!!聖女殿――ッ!!!」
軽やかに、優雅に階段を下っていた賢者の彼だったのだが――
彼はふいに足を踏み外し、浮いている書物たちと共に彼の身体は宙へ。
しかしそこは勇者であるノア――彼の行動は迅速だった。
賢者が足を踏み外す前から勇者は踏み込んでいた。
彼の身体が地へ投げ出される前に――すでに彼の身体を抱きかかえる勇者。
「――ッ!……あ、危なかったぁ!間に合ってよか――」
「し……ッ!!しッつれい、いッたしましたァァ――ッッ!!」
「ワタクシ、僭越ながら国から【賢者】を任命されておりますッ!!
名を『バルタザール』と申しますゥッ!! 家名はございませぇんッ!!」
とてつもなく元気よく宣言……もとい自己紹介をしてくれた賢者。
しかし――彼は勇者の腕に抱かれたままだ。
凄まじい勢い。凄まじい事態――駆け出していた聖女の足は、止まっていた。
小人族の彼女ですら、恐怖からかキューを抱きしめ後退し、戦慄いていた。
騎士はといえば――彼は頭を抱え、納得と苦悶が混ざった表情に。
賢者は勇者の腕からそっと脱出を図り――何事もなかったように立ち上がった。
「助かりましたぞッ!!勇者ノア殿ッ!!さて――本題と参りましょうッ!
皆様のご興味はこの土地に広がる異変……それと魔族に関することですなッ?」
賢者から放たれた核心を突く言葉。
全員が顔を見合わせたのだが――立ち上がったばかりのはずだった彼。
彼は再び膝を折り――よろめく身体。
すんでのところで抱きとめた勇者だったが、全員――困惑する他ない。
「ね、ねぇ……もしかして賢者さんって――」
「やっぱり、そういうこったな……酒場で聞いた“気難しい”――
恐らくだがよ、こういうこったよ……なぁ、勇者さんよ――」
目の前に広がる混沌の光景を静かに見守るセラ。
キューを変形するほどまでに抱きしめ、無表情で睨むルル。
(なんということなのでしょうか……この方、本当に――)
「なぁ……コイツ、ほんまに大丈夫なん……?」
◆第二章 了
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