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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:誘われるままに
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その【悪寒】確かなモノにつき。



皆がぼちぼち目を覚まし、身支度をし、整えていく。

高級宿ということもあり、全員スッキリした面持ちで、起床することが出来ていた。


宿を後にし、朝の霧が薄っすらとかかる街路を抜け、ギルドへと足を運ぶ。

石畳は夜露でまだしっとりと濡れており、早朝独特の香りの中、歩んでいた。


「高級なだけあって、とっても気持ちいい眠りが取れたねぇ!

 皆はどうだった? 僕はばっちり寝られたよっ!」


「あたしもめちゃよー眠れたぜ。 また泊まりてーなー!」


交易都市は既に活気づいており、あちらこちらで様々な情報が流れ込む。

町の人々の話し声や馬車の音。仕入れ物を運搬するような音声が響き渡っていた。


これから訪れる不穏な雰囲気など、微塵も感じさせることは無く――


穏やかな日常の一項を切り取ったかのような、そんな光景だった。


冒険者ギルドへ到着した一同は、受付嬢に促され、廊下を進んでいく。

案内された小会議室の扉を受付嬢が開けると、既に一人の男性が座り待っていた。


男性は一同が入室すると同時に立ち上がり、恭しく頭を下げ一礼。

妙齢にも見える男性。深い藍色の上着を身に纏い、柔らかな微笑が印象的な人物。


その姿は、一目見れば貴族であることが伺える程の、立ち居振る舞い。


「お待ちしておりました、勇者一行の皆様。 先ずはお礼申し上げます――

 依頼を受けて下さいまして、感謝を。」


男性は静かに一礼を重ね、言葉を続けた。


「私は、リュシアン・クロイツと申します。 以降、お見知りおきを。

 ヴァルメリアの議会と縁のある者です。」


「今回の依頼は、あくまで学術的な調査の一環、武勇には及びません。

 ――ですが万一に備え、護衛を募集した…といった経緯です。」


礼儀正しく、落ち着いた声色ではあったが、どこか切迫したような影も帯びる。

リュシアンと名乗った男性は、一息付くと、再び声を落とした。


「ご存知でらっしゃるかと思いますが、この近辺の魔物は大変大人しいです。

 街の者たちは、今は平和を謳歌しておりますが…どうにも妙に感じてしまい……。」


「胸の奥に拭えぬ不快感があり…迷宮に何か潜んでいるのでは……と。

 私の杞憂であれば、それ以上の幸いはありませんが……。」


依頼主(リュシアン)は重く言葉を落とし、そして視線は、自然に不安そうに下へと向けられる。

場の空気は重くなりかけていたが、ノアが真剣な表情で頷いた。


「わかりました。 リュシアンさんの不安を見過ごすわけには行きません。

 僕たちが、調査を全力でお手伝いさせていただきますっ!」


ノアの言葉と声には、人を安心させるような、不思議な力があった。

その一言を聞いたリュシアンは、肩の力を抜き、安堵した笑みを浮かべる。


その後は、簡単な打ち合わせをし、迷宮へは馬車で行くことが決まった。

近隣とは言え、ヴァルメリアから迷宮までは距離があるらしい。


一、二時間ほどの距離である事と説明を受けた一同。

話し合いを終えた一同はギルドを後にし、すぐに荷の整理をし準備を整えた。


「調査だけなんだよね? 荷物は、このくらいで大丈夫かな?」


ノアが不安そうに小言を洩らすが、ルルが「いーんでね?」と軽く受け流す。

セラはこくりと頷き、パルテオンが仏頂面で皆の姿を眺め声を掛ける。


「迷宮の規模にもよるけどよ、たしかそんな大規模な迷宮じゃねぇって

 そう言ってなかったか? 俺の記憶が正しけりゃ、小規模だったはずだけどよ…」


パルテオンの言葉を受け、全員は「いこう!」と活を入れる。

リュシアンに導かれるままに、待たせていると言う馬車へと向かった。


リュシアンが手配した馬車に全員が乗り込み、御者の合図で車輪が動き出す。

石畳を車輪が叩く音を響かせ、やがて街の門を抜け、迷宮へ向けて郊外へと進む。


背後には活気にあふれる街の喧騒、前方には、まだ見ぬ昏き迷宮。

全員の胸には、期待と、多少の不安。色々な感情が混ざっていた。


◇ ◇ ◇


依頼主(リュシアン)が用意した馬車に乗り、四人は馬車に揺さぶられていた。


迷宮との距離を、徐々に縮めていくのだが――

街道の舗装は甘く、馬車内はガタガタと不快に揺れる。


揺れる度に小さな体のルルが跳ね「うぉーっ!」と妙に大げさな声を上げていた。

見かねたセラが、ルルを膝の上に乗せ、微笑みを向け、そんな道中を共にする。


「セラちゃんのお膝、柔らかくてめっちゃきもちええー!」


「そうですか? いつでも乗ってきてくださいっ!」


ほっこりするような会話をしながら、のどかな丘陵地帯を抜けると――

遠くに、森と岩山が連なる光景が目の前に広がった。


やがて、切り立った岩壁に、ぽっかりと空いた裂け目のような闇が確認できる。

その闇の奥が、今回の目的地である迷宮・アビサルエローだ。


「おー、あこかー」と、ルルが肩を回し、目を細め場所を確認。

懐を漁り、その手に握られたのは、バルタザールから渡された魔道具のモノクル。


「よっし。 んじゃ賢者ちゃん。 モノクル掛けるからよ。

 ちゃんと分析と解析よろー。 違和感あったらすぐ伝えてなー。」


『お任せ下さいッ……!』


賢者の声はいつもの芝居掛かった調子ではなく、どこか抑えた響き。

真剣に挑むような張り詰めた声音に、皆の意識も引き締まる。


やがて目的地付近へ到着した馬車が停まるが、迷宮の周辺は静まり返る。

岩壁から風が吹き付けてくるような、不思議な感覚にぞわりと総毛立つ。


石造りのアーチを覆う苔は、長い年月を悠然と物語っていた。

その奥に広がる、黒々とした穴は、まるで訪れた者を飲み込むようで――


迷宮へ足へ踏み入れる前に、一旦立ち止まり、ノアが依頼主へと、問いを投げる。


「ここが、その迷宮なんですよね…? どんな構造なのでしょうか?」


「三層構造で、小規模の部類ですね。 数年に渡り調査をしてきましたが――

 これまでに魔物の数も種類も、大きく変わっておりませんね。

 ただ、最近になって、妙な個体が混ざるようになりまして……。」


「顔に穴が空いたような、異様な姿の魔物がちらほらと……。

 私とて……様々な魔物を見てきましたが、あれには背すじが凍りました……」


ノアの眉が寄せられ、パルテオンの眉が跳ね、表情を変えないルルが視線を依頼主へ。

セラは首飾りを握りしめ、荒くなる呼吸を押さえる為に、深呼吸。


「ひとつ伺わせて下さい。 黒い靄を纏った、黒色の、石のようなモノ…

 すごく不穏な空気を感じる…そんな石を見たことはありませんか?」


ノアは真剣な面持ちでリュシアンに問いかけたが、彼は首を横に振った。

短く「いいえ。」と答えると、少しだけ思考した表情を見せ、言葉を続ける。


「少なくとも、私の記録や報告書などには、そのような石の情報はありませんでしたね…」


「そう、ですか…わかりました。 変なことをお聞きしてすみません。」


ノアは眉間に皺を寄せ、顎に手をあて、その瞳には不安が宿っていた。

ルルがノアの瞳をじっと見据え、腰に手を当てると「まーさ。」と息を大げさに吐く。


「とりま、入ってみんと分からんっしょ? 百聞は一見に如かずーってやつだぜ。」


全員がルルの言葉に頷き、ノアが一歩踏み出し、迷宮へと足を運ぶ。

続いて全員が、ノアの後に続き歩みを寄せ、不安と緊張を抱えながらも進んでいった。


◇ ◇ ◇


迷宮攻略、一層目――


入ってすぐの一層目の通路は、じめじめと湿り気を帯びる洞窟のような場所。

天井からはぽたりと水滴が落ちるだけの、静謐な空間が広がっていた。


現れる魔物も大人しいスライムや、キングラットといった、ごく平凡な魔物ばかり。

依頼主の貴族、リュシアンは眉を寄せ、首を傾げながらも記録を記す。


「うーむ…やはり、特段変わった様子は見られませんねぇ……。

 さて、ではこの先の下層へと降りましょうか。」


『アビサルエロー迷宮……ッ! 念の為に説明させていただきますと――

 スライム、キングラットの他に、二階層からですとッ……そうですなッ…

 蝙蝠型のプテロプソスや、蛇型のマグセルペンスといった魔物が出現致しますッ』


耳飾りの魔道具越しに、バルタザールの静かめの声が響く。

皆が顔を合わせ頷くと、リュシアンと共に下層へ続く階段を降りていく。



迷宮攻略、二層目――


二層目に足を踏み入れると、まるで廃坑のような見た目に様変わり。

一同は目を見張り、その光景に釘付けで、視線をあちらこちらへと移す。


天井には蝙蝠型の魔物がびっしりと貼り付いている。

しかし、蝙蝠たちは大人しく、襲ってくる様子は見られない。


数匹のスライムが襲ってきた程度で、皆が出るまでもなく、ノアが容易く討伐。


「二層目も、特別変わった様子は見られない、ですね…? ふーむ…

 すみませんが、もう少々探索をしても構いませんか?」


リュシアンの頼みを受け、ノアは全員の顔を横目で見ながら「勿論ですっ!」と返答。

しばらくリュシアンの指示のもと道を進み、探索するが、驚くほどに何も起きない。


パルテオンは万が一に備え、大盾を構えつつ、リュシアンを守りながら進む。

ルルは警戒を解かず、後方にも気を張り、セラは不安からか錫杖を握りしめる。


二層目の探索はあらかた終わり、溜息を付くリュシアン。


「では三層目に参りましょうか。 皆様驚かれることかと思います。

 三層は最下層なのですが、なかなかの絶景なんですよ?」


リュシアンの案内を受け、一同は三層へと足を進め、階段を降りた先――

降りた直後から、空気ががらりと変わった。



迷宮攻略、最下層――


最下層に降り立った瞬間、洞窟であったはずの迷宮は、途端に様変わり。


そこに広がるのは、地面は岩肌だというのに、鬱蒼と生い茂る木々。

風は吹いていないはずなのに、葉擦れの音がひしめき、不気味な音を立てる。


天上には巨大な輝く鉱石が散りばめられ、煌々と木々を照らし出す。

所々に青々とした草も生えており、絶景と言うに相応しい光景を作り出していた。


耳飾りの魔道具越しに、なにやら羽ペンを滑らせる音が響くが――

禁書庫の賢者は空気を読んでいるのか、大人しくメモを取るだけで黙している様子。


ノア、セラ、ルルは絶句しながら、迷宮の様をキョロキョロと見渡す。

パルテオンはどうやら知っていたらしく、緊張の面持ちで身構えていた。


「ここは普段でしたら、二足歩行のコボルトの他に――

 少々見た目が…女性には好まれない、キトレプスといった魔物が出ます。」


「どちらも群れをなす魔物でして、ここ数年は大人しく、あまり人を襲いません。

 それが、かえって怖いのです…。 ですがとりあえず……そうですね。」


「ひとまず、(ボス)部屋へ行きましょう。 何かあるやもしれません。」


リュシアンに指示を受けつつ、ボス部屋へと向かう一同。


ボス部屋前まで辿り着くと、扉などは無く、代わりに道が一つだけあった。

その狭い通路の先が目的地だということで、一同は先へと進む。


辿り着いた先の光景に、一同の表情が一斉に引き締まる。

そこにいたのは“魔物”の形をしていながら、明らかに異質な存在たちだった。


首から上を失い、胴体だけでずるずるとうねる白色のヘビ。


体長が大凡、人の顔ほどはあろうかという大きさの蜂。

だが、その顔は虚空に抉られ――


その虚空からは、黒い泥がぼたぼたと滴り落ち、瘴気を散らしていた。


そして尾が四つに避け、その尾の先が、刃のように鋭い猫のような形状の魔物。

もはや、獣という形式を取っておらず、その見た目は“異形”そのもの。


どの魔物も共通して言えるのは、顔の虚空から黒泥を撒き散らしている事。

ぽっかりと開いた穴から、泥がじわりと溢れ滴り、耳障りな音を立て地面を汚していく。


リュシアンは悍ましい光景に思わず息を呑み、一歩下がり、目を見開いた。


「ひっ……!? おかしいです! こんな魔物、ここにいるはずがないっ!」


「来るよ――!」


ノアは瞬時に聖剣を抜き放ち、依頼主、リュシアンを庇うように前へ躍り出る。

勇者一同と“異形”の戦いが、いま幕を開けた――





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