その【街宿】超一流につき。
交易都市の冒険者ギルド。
夕暮れ時という時間帯も相まって、ギルド内部は混乱を極めていた。
カウンター前には報酬を求め、列をなす冒険者でごった返し。
それを受付嬢が冷静ながらも、慌ただしく応対をし、混雑の様相。
提示版にはびっしりと、依頼の札が張り出されていて、まさに――
“金と危険の楽園”といった光景を生み出している。
国が発行した【勇者】の証である身分証を見せ、あっさりと通されるノア。
セラもまた【聖女】という事もあり、手続きは軽いもので済んでいた。
しかしパルテオンとルルは、登録からせねばならず、ルルは項垂れる。
「うげー…魔力持ちのあたしって、冒険者なれるんか…?」
不安そうに受付嬢に対し、たらたらと文句を言うが、受付嬢は笑顔で対応。
「ご安心下さい! こちらに情報記入して頂いて、あとは――
こちらの魔道具に人差し指を置いて頂ければ、登録完了ですっ!
勇者様のお仲間様ですので、他の手続きは無しで、これだけで結構ですよっ!」
言われた通りに情報を記載しようとするが――ルルが視線をセラへと移す。
困った様子のルルに、セラは何事かと、ルルの視線に合わせて屈み込む。
ルルがセラの耳元に口を寄せ、二人でコソコソと耳打ちしながらやり取りを開始。
『なーなー、あたしの名前、字がわからん。 呪術文字だからよー……。
ルルリカ・ルリカってどう書くん? わりーけど、セラちゃんが書いてくれん?』
『偽名でも良いならさー?“アメソリソコ”とかにすんだけどなー?
それとあと、ここの項目と……あとここが――』
『アメソリソコって…この間のパルテオンさんの言い間違いですよね…?
ふむふむ…解りましたっ! では私が代筆させていただきますね!』
セラがルルの代わりに筆を執り、ルルはその間にカウンターへ戻る。
魔道具に人差し指を置き、謎の作業をしている様子。
パルテオンは手早く手続きを済ませ、冒険者登録を早々に終わらせていた。
発行された証を受け取った三人は、期待を胸に、提示版を眺めるノアへ合流。
――だが、ノアがワクワクするだけあり、提示版は圧巻だった。
「みてみてっ! こんなに沢山依頼がある! すごいねぇ!
困りごとだけじゃなくて、お手伝いとかもあるんだねぇっ…!」
「だなぁ、すげえ量で、俺ァ目ェ回りそうだぜ…。 てか大半が手伝いっぽいな…?」
好奇心旺盛な勇者と騎士は、提示版に釘付けになり、二人して声を弾ませていた。
二人の姿は、まるでケーキ屋のショーケースを眺める子供のように見えるほど。
提示版に目を向け、肝心な依頼を見てみると……。
――迷子のペットの捜索。
――希少な霊草の採取。
――貴族のお供での迷宮探索の同行。
――行方不明者の捜索。
――畑の管理の手伝い。
皆でまじまじと提示版を見つめるが、皆は違和感に眉を寄せる。
そう、冒険者ギルドといえば“討伐依頼”なのだが……しかし、討伐依頼の札は少ない。
「ねぇ、あのーこれって…」
近くで提示版を眺めていた、中年の男性の冒険者に声を掛けるノア。
ノアはまだ、何も発言はしていないが、冒険者は察したらしい。
「あー、それか!」と豪快に笑い、一同の疑問に答えてくれた。
「この辺りの魔物は大人しいヤツばっかりでよぉー。
生態系の均衡を保つ為ってのもあって――乱獲禁止って訳なんさぁー
見た目がちょっと変なやつもいるけどよぉ! 人を襲ったりしねぇしっ」
「だから、放置してるって訳なんだぜー」
鼻を親指でこすり「へへっ」と笑う中年の男性冒険者。すると別の冒険者も口を挟む。
「この辺りじゃ、凶暴なんがおらんからなー? 勿論偶に凶暴なんも出るぜ?
まーでも、討伐依頼なんざ出るほうが珍しいちゅうかよー。 そんなんだよな?
もうちょい討伐あってもいいとは思うけど、それだけ平和ってこったしな!」
――平和、言葉だけであれば、確かにどれだけ良いことだろうか。
だが、胸の奥に妙なひっかかりが残るのもまた事実。
四人は顔を見合わせ小さく頷きあい、ノアが冒険者へお礼を述べ、再び視線は提示版へ。
勇者待遇でどの依頼でも受注可能と、お墨付きを貰っていた。
その為、皆は食い入るように、提示版へと視線を注がせ、唸り、思考する。
最も高額な報酬が提示されているのは――
[調査・迷宮〈アビサルエロー〉への同行依頼]
依頼主は由緒正しき貴族で、調査も兼ね、探索をしたいとの事だった。
その調査の護衛役を募集する為の、依頼らしい。
「ど、どうしましょうか? 一番高額なのはこれですね…」
セラが依頼札を手に持ち、不安そうに仲間たちを見渡す。
パルテオンが腕を組み、仏頂面且つ、渋い声でまるで決定事項のように言う。
「決まってんだろ! 一番稼げるこれだッ! これしか…ねぇ…ッ!
宿…いや、俺の飯のためにも……!」
「そーだそーだ! 宿代も回収できるし、なにより…な?
いやー、世知辛れぇー! 世の中やっぱ金だぜ金ー!」
ルルは腕を振り回し、あまりにも現実的な事実を淡々と告げていた。
意見はあっという間に纏まり――
というより、騎士と小人族のゴリ押しで決まった。
ノアは二人の勢いと圧……報酬の多さに根負けし、札を持ちカウンターへ。
「この依頼を受けたいのですが…」
受付嬢は、慣れた手つきと笑顔でノアから札を受け取る。
受領手続きの為、後日また来いとの事で、一同は一旦ギルドの外へ。
――その帰り道、冒険者ギルドへ来る前に、予約をした宿へと向かう道中。
ルルが道端にある小石を蹴り飛ばし、無表情でぽつりと愚痴を零した。
「――勇者って、便利じゃねーんだな……」
「……あはは」
ノアは困り笑いを浮かべ、財布を胸に抱え、小さく溜息を漏らした。
勇者とて、財布事情からは逃れられない、それは厳しくも悲しい、ただの現実――
悲壮感を漂わせ、一流の宿へと向かう一同の足取りは、少しだけ、重かった。
◇ ◇ ◇
一同は予約していた宿へ到着すると、従業員に案内されるがままに廊下を進む。
外観からしてもう、既に高そうな雰囲気を感じていたが、内装もなかなかのもの。
そうして案内された部屋はなんと、一室丸ごと貸し切りの大部屋。
真っ先に声を上げたのは、パルテオンで「おおーっ!」という感嘆の声だった。
庶民の泊まる宿とはまるで違う別世界、別空間――
壁には緋色や深緑の布が整然と垂らされ、異国めいた紋様が光に映える。
四台のベッドは、それぞれが王侯貴族の寝床を思わせるほどの大ぶり。
羽毛布団がふかふかと鎮座しており、香が焚かれているのか、匂いまで良いときた。
「すげーぞ! 布団ふっかふかだぜ! あたしここ気に入った!」
奥行きもあり、奥の間には扉があり、扉の先はなんと浴場。
蒼白の魔道具が煌めきを放ち、高級そうなバスタブに石鹸まで。
至れり尽くせりな空間に、セラの瞳に光が宿っていく。
「すんげーなココ…高ぇだけはあるぜ…」
騎士が部屋全体を確認し、感心の唸りを洩らすと、ドスンとソファに腰掛ける。
セラはパタパタと皆の元に駆け寄ると、瞳を輝かせて皆に宣言。
「わ、私っ! お風呂!!!! お風呂に入りたいです!!!!」
「おー!いいな! あたしもはいりたい! 一緒にはいろーぜ!」
女子二人がお風呂に浮かれ、セラとルルは互いに手を叩きあい、実に楽しそう。
ルルが悪戯ぽく口角を上げ、ひらひらと手を振りながら答える。
「あたしさー、魔法で水の温度変えられんだわー! まかせろーい!」
男性陣の意見などまるで聞く様子もなく、女子二人は浴場へ歩みを寄せる。
足取りはとても軽く、まるでお祭りに向かうかのような軽やかさ。
残されたノアは、二人の心配をし、耳を赤くさせ、口を開いた。
「あ、あのっ……入ってくるのはいいんだけどさ、その……
出てくる前に、一言声を掛けてくれると…助かるかなっ?? その、ねっっ??」
セラは軽く「はいっ!」と頷き、ルルも「がってんしょーちー」と軽快に返事。
二人の足取り軽い様子は、可愛らしくもあったが、同時に危険でもあった。
扉がぱたりと閉ざされると、大部屋には一転して静寂が訪れる。
残されたノアとパルテオンは、二人で顔を見合い、苦い笑いを浮かべあった。
ノアは服を脱ぎ、備え付けの部屋着に身を包むと、羽毛布団へ腰を掛ける。
耳飾りの魔道具を装着し、ぽつりとバルタザールへと問いかけた。
「ねぇ、バルタザール、聞えてるかな? 聞えているなら訊きたくって。
――魔族って、一体なんなのかな? 実は僕、よくわからないんだ。」
『はいッ!聞えておりますッ! ええと…勇者であればご存知かとッ』
耳飾りから聞えてくる、どこか役者めいたような声。
咳払いの音の後に、例の芝居がかった調子の声音が戻ってくる。
『古来より伝承や神話において、魔族とは“力ある長命の異形種”――
として語られておりッ! 童話では、かつて人族を滅ぼそうとした存在とッ!』
何やらパラパラと頁を捲る音の後、再びバルタザールの声が響く。
『今は不可侵協定により、交流は絶えておりますが……
交易は途絶えておりませんなッ! 魔石等の流通もありますッ!』
『……そして遥か昔には、幾度も小競り合いがあったとされているらしくッ!
確か…天地創史記の記述には……ええとッ――』
延々と講義が始まりかけたところで、ノアは苦笑まじりに言葉を差し込む。
「最後に、人と魔族が戦争をしたのはいつか、分かるかな?」
『ワ、ワタクシには…その情報は知り得ませんッ!
天地創史記の成立時期すら定かではなくッ!つまり――』
「うん、もう大丈夫。 ちょっと考える時間が欲しいかも、ありがとっ!」
ノアはまだ何か音声が聞えてくる耳飾りを外し、そして思考する。
賢者には穏やかに声を落としたものの、胸中は疑念がじわりと広がった。
(魔族って、一体どんな存在なの…? どうして僕は何も知らないの…?)
(前に遭った少女の魔族からは、嫌な気配を……確かに感じた。)
(あの青年の魔族からは、何も感じなかった。 だから僕は怖くて――)
自身も恐怖を感じることがあるのかと、ノアは自分自身に驚いていた。
騎士が心配そうにノアを見つめ、見つめられたまま、ノアは額に手を当て思案。
(聖剣さんは、肝心な事は教えてくれない…結局僕たちだけで調べないといけない。)
あれこれと思考が浮かんでは消え、消えては浮かんでいく。
しかし考えている暇など無く、浴室の方から弾むような声が響いた。
「そろそろ出るぜー! セラちゃんいんだしよ、配慮しろよー!」
「すみませんっ! お待たせいたしましたぁっ!」
ルルの明るくて軽薄な淡々とした声と、セラの恥ずかしそうな声が扉越しに響く。
パルテオンはどこから取り出したのか、タオルを手に取り、ノアに渡す。
「よし、目隠しだなッ!」
「そうだね、パル――!」
慣れた手つきで、真剣な面持ちで、タオルを顔に巻き付けるパルテオン。
ノアも真面目な顔でタオルを手に取り、決心したかのように、同じように目を覆う。
――なぜか、決闘に臨む騎士のような張りつめた空気で。
そんな男性陣をよそに、浴場から戻ってきた女子二人は、頬を桜色に染め笑い合う。
そうして、羞恥を声に滲ませ、やたらと艶っぽく言葉を落とすセラ。
「ルルちゃんのおかげで……とっても…その。 気持ちのいい体験ができて――」
続けて自信たっぷりに、堂々としたルルの声が続く。
「だろー? あたしのテク…すげーだろ…? 惚れちゃったかー?」
あまりに耳に響きすぎる言葉。脳に届いた瞬間に男性陣の思考は停止。
ノアは暗い視界の中、必死に視線を泳がせ、パルテオンは額に青筋を浮かべる。
(待って、テク……テクって何……?? 手法ってこと…? どういう、ことぉ…?)
パルテオンの耳にだけ届けられる賢者の『……(ゴクリ)』
という、生々しい唾液を飲む音声まで響いてしまい、余計に状況は悪化した。
「はいっ…! 本当に、もうっ……。 すっごく…お湯加減が良くって…!
あんなにちょうどいい温度で湯船に入れるなんて…もう戻れそうにないですっ…!」
「だろー! あたし、魔力で温度調節すんのちょー得意なんよー!」
そう、それは――湯加減。ただの“湯加減”の話だった。
男性陣はその場でガクリと崩れ落ちそうになるが、ここで崩れ落ちたら不味い――
そう奮い立たせ、強張る身体を必死に抑え、ただただ耐えた。
(クソッ!!湯加減ッ!!! テクとか誤解を招くような単語使いやがってッ!!)
(湯加減!!そっち…!! 最悪だ!僕の馬鹿! やらしい事想像しちゃった!)
男性陣の脳内は、完全に戦争真っ只中だったが、女性陣はその事を知らない。
ルルの明るい「着替えた!」という声を合図に、目隠しは外された。
パルテオンは落ち着いているが、ノアは深呼吸をする程の動揺を隠せない。
禁書庫の賢者はというと「ドゴドカンッ!」と何かが倒れる音が響き、若干の修羅場。
その後は何気ない会話をしていたが、馬車での長旅疲れもあった一同。
時間はまだ、夜に差し掛かる頃合いではあったが――
すぐに就寝となり「おやすみ」という就寝前の挨拶が交わされ、一同は眠りに付く。
かくして、長旅の後の夜。一流宿の大部屋に訪れた静寂。
と……見せかけて、男性陣の胸中では、もやもやした気持ちが蔓延り――
悶々としたモノと戦いながらも、横になるのだった。




