頁:27 その【二人】危機につき。
一方その頃……買い出しのため、市場へと赴いたセラとルルの女性陣。
石畳に広がる市場や露店に、胸が高鳴るのを感じてしまうのは――
あまりこういった賑やかな場所には来ることが叶わなかったため?
それとも、単純に私が『おのぼりさん』なだけなのでしょうか?
立ち並ぶ露店たちはどれも私の目には輝いて見えてしまって。
高ぶる気持ちを抑えて、ルルさんと共に必要な物資を見極めますが……。
「日持ちするお野菜はまだ沢山ありますし……干し肉とあとは……お塩?
――うん、これで十分でしょうか?あとは香辛料と香草があれば……。」
これだけ真剣に見ているのにも、ちゃんとした理由があるのです。
お財布事情とかももちろんございます。しかし、しかしです。
「料理を美味しくするためにも欲しいのですが……やはりどれも高額……。
うーん……でもほしいです。よい料理はよい健康を生むのですから……!
旅をより良いものにしたいですし……捨てきれない……どうしましょう。」
そう――旅には食事が不可欠です。
まともな食が摂れなければきっと旅の苦しさが倍増します。
ですので私はこうも必死に血眼で香草や香辛料に目を向けていたのですが――
「お菓子も買っとこ?――『旅は当分、糖分必要』……ってな。」
ふと、となりから聞こえてきたのは……小人族のルルさんのお言葉。
無表情ながらも繰り出されたその中年のおじさまのようなギャグ。
無鉄砲で、無慈悲で――あまりにも唐突に放たれましたお言葉。
あまりの急激な空気の冷え込みに、私は恐怖で固まる他ありませんでした。
(なぜ……このようなタイミングで?笑ってらっしゃらないのが余計に……)
そうして無事に買い物を終えて、紙袋を抱えて更なる物資を求め――
適当に市場を歩いていったのですが、私たちは会話に夢中でして。
結果としては、いつの間にやらたどり着いたのは、暗く冷たい路地裏。
怪しい空気を感じ、踵を返して元の路地へと帰ろうとしたのですが……。
ですが、どうにも逃げられない空気です。
いつのまにか私たちは少々……粗野な雰囲気の男性方に囲まれていて。
自身一人であればどうにか……ですが、路地裏とはいえ町中です。
〈神聖術〉の行使は……特に【聖女】の光の力は人の身では――
「へっへっへ!お嬢ちゃんたち迷子ですかぁ~?」
「大人しく俺たちんトコ、ついてきてくれたら手荒な真似はしないぜ~?」
「白髪のガキは癖じゃねぇけど黒髪は上玉じゃんよ~おれらツイてんな~!」
暴漢さんがお一人でしたら、私の棒術で立ち向かえましたが、なりません。
複数人が相手ともなると、どうにも……完全に四面楚歌です。
恐怖をじわりと感じますが、ここで尻込みしていては……しかし距離が。
紙袋を抱えたままでは、どうやって状況を切り抜ければよいか分かりません。
恐らく叫んでしまえば、相手方を刺激するやもしれない。
かといって神様方の御力を人間の方に行使することはできない。
《祈り》の神聖な力を、暴力のために使用するなどご法度……側にはルルさん。
彼女に魔法を使わせないためにも、私でどうにかせねば――
◇ ◇ ◇
思考は纏まるはずもなく――じわじわと距離を縮める暴漢たち。
聖女の隣に控える小人族は、キューを抱えたまま無表情で状況を見据える。
距離が詰められ、今にも手が触れそうになった――その時だった。
「――おやおやぁ?」
軽薄な調子の声色が路地裏へ響き、全員が音の方向へと振り返った。
「お兄さん方……そちらの方がどなたか、ご存知ないのデショウか?
それに嫌がっているご令嬢に対して乱暴を働かれるのは如何なモノかと。」
「婦女暴行は不法行為であるコト……知ってるー?」
どこから姿を現したのか――薄暗い路地の闇に似つかわしくない姿。
銀白金色の長髪を、後ろに一つに束ねた長身の青年。
白と金に彩られた簡素な衣装。見るからに貴族然りといった出で立ち。
「さーて……と。」
「今ならボクも見逃してあげるケド、どうするー?頭の弱そうなお兄さん方。」
――アメトリクス・フォン・ニヴェイシア。
彼の微笑はまるで場の空気を支配し、凍りつかせるような温度。
あのとき――始まりの夜会で出会った貴族の青年。
彼の姿を目に収めた瞬間――理由もなく心臓が跳ね上がる聖女。
(あのときの末端冷え性の貴族の方……アメトリクス・ニヴェイシア――ッ!)
「ああッ!?頭が悪そうだァ!?舐めた口聞きやがってッ!」
「この人数を前にしてどっちがアホだバーカッ!」
「言葉遣いの悪さ――それ、頭の弱さの証明になってなぁい?ヒヒッ!」
屈強そうな暴漢が拳を振りかぶるが、青年は軽く身を捻り難なく拳を躱し――
人差し指の指先一つで暴漢の一人の体制を崩し、足を絡め地面に転がす。
しかし後ろから別の男がナイフ片手に突撃。
ナイフが青年に届くことはなく、ひょいとつまみ上げられた。
ナイフの持ち手部分を男の腹部へと当て、無力化。
「コレ、安物だネェ。お返ししておくネ。」
次々と暴漢たちを地に伏せさせ、あっという間に決着がついてしまった。
「別に何人でかかってきてもいいケド。キミたち大丈夫?」
「こうみえてボク貴族だし、ボクがキミたちを治安官に突き出したら――
ネェ?困るのはキミたちデショ?逃げるのが賢明だって思うケド。」
「もちろん、キミらに考える頭があるなら――の、お話だケドぉ。」
微笑を湛え淡々と言葉を紡ぐ青年の姿に、暴漢たちは戦意喪失。
離れ際に『覚えてろッ!』と捨て台詞を吐き出し、全員消え失せてしまった。
路地裏には静寂が戻り――残されたのは僅かに漂う砂埃のみ。
緊張が抜け、同時に力も抜けてしまった聖女。
彼女はその場にへたり込んでしまい、慌てて立ち上がろうとするが――
「あ、あれ……っ?う、うそ……わ、わたし……ッ!」
「セラちゃん……?ちょ、おいっ……!嘘じゃろ……ッ!」
彼女を立ち上がらせようとルルが必死に引っ張るが、体格差があり叶わない。
ため息をひとつ零し、胡散臭い微笑を浮かべて二人の側へと身を寄せる青年。
「キミ――大丈夫?立てそうにナイのなら、ボクが手を貸すケド。」
腰を落として手を差し伸べてくれるが、セラは手を取るべきか分からなかった。
彼の微笑を見ていると、威圧感を覚え、どうにも思考がぼやけてしまう。
「ハァ……自力で立てるのならそれが一番だケド。この辺り治安悪いし。
早めに立ち去ってお仲間サンたちのトコ、戻ったほうが安全デショ?
「ほら――いいから掴まって。」
聖女の様相を見かねたルル。彼女の耳元で『従っとけ。』と呟いた。
はっと我に返ったように目を見開き、青年の手を取る聖女。
すっと聖女を立ち上がらせると、青年はなんでもないように手を離した。
「すみません……その、ありがとう存じます。ニ、ニヴェイシア様……。」
「それじゃ――またどこかでお逢いしヨ? そこのチビっ子ちゃんも、ネ。」
軽薄な『ヒヒッ』という笑い声と共に、全身白い青年は去ってしまった。
闇に溶けていく姿を見届けた後に、二人の側へひらりと一枚の紙が足元へ。
「ん……?なんぞこれ。」
紙に気が付いたルルが拾い上げ確認すると、なんと街の詳細な地図。
先ほどの青年が落としていったであろうことは明確ではあった。
しかし、彼が落としていった理由が分からず、二人で顔を見合わせる。
ただ共通して感じたのは――青年への恐怖と不信感だった。




