その【一行】金欠につき。
ひやりとした空気が漂う街道を、馬車が音を立て、のどかな街道を進んでいく。
馬車に乗る一同は揺れにも慣れ、ぽつぽつと会話をしつつ、時間を過ごした。
その穏やかな揺れの中、耳元にバルタザールの声が響き渡る。
『ワタクシッ…恥ずかしながら、この土地から離れた事がなくッ…!』
「あーね、景色見てみたいってことっしょ? わかるぜー?
あたしも最初はめっちゃワックワクしたかんなー懐かしいぜ。」
ルルが退屈そうに軽く身体を伸ばし、バルタザールへの言葉に返事を返す。
ノアがその言葉を聞き、ふと気になったように片目を開き、全員に対し顔を向けた。
「そういえばさ、このモノクル… 誰がつけるの?」
ノアが懐を弄り、金属の縁がきらりと輝くモノクルを取り出した。
一同が全員で顔を見合わせるが、騎士は首を横に振り「俺はパスで…」と一言。
どうやら彼は、未だに頭痛を引きずっているらしく、情けなく声を洩らす。
セラが控えめに手を上げ、自分は大丈夫だと伝えるが、ルルがツッコミを入れた。
「んや、だーめ。 セラちゃんのその清楚な格好には合わんけ却下。
あたしの美的センスがそう言っとる。 ノアちゃんも却下。」
と……何故か自信満々に宣言。セラとノアは顔を見合わせ、くすりと笑う。
ルルがその光景を見つめ、二人に対して親指を立て、少しだけ口角を上げ宣言。
「あたしが掛ける。 絶対あたしが一番似合っとる。 しらんけど。
視線がちょーっち低いかもしんねーけど、あたしが賢者ちゃんに景色を届ける!」
パルテオンは頭を押さえ、揺れによる酔いと戦いながらも了承。
ノアとセラも「ルル(ちゃん)がそれでいいなら」と了承を得た所で――
ルルがノアからモノクルを受け取ると、ひょいっと鼻筋にモノクルを掛ける。
光が奔り、映像が伝えられたのか、賢者から「おおッ!」と歓声が上がった。
「おー? なんか片目だけメガネかけんの、変な感じすんなー。」
しかし、少しの間を置いて、耳飾りから聞えてくるのは、バルタザールの不穏な声。
『…おうぇっぷッ……!』
「おいおい嘘だろ…?まじかよ賢者ちゃん。 酔っとん…? これ大丈夫なん…?」
バルタザールの不穏な雰囲気。ルルの無表情でのツッコミ。
馬車内は、そんな和やかな雰囲気に「ふっ」と笑いに包まれていた。
禁書庫内ではなにやら、ドタドタと暴れるような音が聞え、忙しい様子を見せる。
更に追加で暴れる音が返ってきたと思えば、バルタザールの声が耳飾り越しに残響。
『す、すみませんッ…! ゆ、揺れがッ……ッ! ェップォエ……。』
その後は、モノクルを一旦外したであろうバルタザールのうんちく。
パルテオンの武勇伝や、ノアの農民時代からの知識、畑の管理方法。
ルルの集落で飼っている、樹木型の魔物の話や共存している雪だるまの話。
そんな会話を、馬車の中で賑やかに弾ませながら、穏やかな時間が流れていく。
窓の外の景色が移ろうが、御者が「遅れていてすみません」と一同に声を掛けた。
ノア含む一同は、特に気にする様子もなく「お構いなくっ!」とノアが元気に返答。
そうして三日目の夜も野営となり、特に何事もなく、馬車の旅は過ぎ去っていった。
◇ ◇ ◇
馬車の旅も四日目となり、全員の顔に旅疲れがほんのりと滲み始めた頃。
遠くに石造りの高い城壁と、活気のある街並み――蒼く輝く海が見えてきた。
徐々にその城壁が近づくと、大小さまざまな屋根が連なる、賑やかな市場が望める。
馬車がようやく止まり、勇者と聖女が国から発行された身分証を提示。
全員、あまりにもあっさりと門内へ入ることができたのだった。
門を潜る前に、門番に気さくに声を掛けられる一同。
「ようこそ勇者様、聖女様!交易都市は港もあって、交易も盛んですっ!
外国の品とかも沢山ありますよっ! 魔物はあまり居ないので平和です!
是非是非、交易都市ヴァルメリアを楽しんで行ってください!」
「ありがとうございますっ! 楽しんでいきますねぇっ!」
ノアが朗らかに微笑み、門番に挨拶を交わすと、皆で街へと足へ踏み入れる。
街に入ってすぐ、喧騒と共に、賑やかな商店街と市場が広がっていた。
行き交う人々の、ざわざわとした熱気が視界の端で煌めき、ほのかに香る磯の香り。
「おー! ひさびさに来たけどよぉ、ここは変わんねぇなぁっ!」
パルテオンが声をあげ、辺りを見渡し、鼻を鳴らした。
どうやら過去に任務で訪れたことがあったらしく、その事を自慢げに語る。
しばらく歩いた後に、騎士の腹部から、胃袋を空だと示す音が一同の耳に届いた。
ルルが目を剥き驚き、セラが何事?とパルテオンを見つめる。
ノアが「あははっ!」と声を上げ、朗らかに微笑み、皆の方に向き直った。
「とりあえず、ご飯食べに行こっか! パルのお腹が大変みたいだしっ?」
「わ、わりぃ…。 ついでだしよ、飯屋で情報収拾でもすっか!」
お腹を押さえ、バツが悪そうに、ぶっきらぼうに笑うパルテオン。
ルルもセラも空腹だったようで、満場一致で、まず先にご飯ということに。
時刻は昼頃と言う事もあり、人々は市場にごった返しだった。
適当な街道沿いの食堂に入り、木の扉を押し開ける。
燻製肉と香草の香りが、空の胃袋を刺激し、店内では、喧騒や笑い声がひしめく。
そのどれもが、空腹感をより高め、食事への期待値が上がっていった。
何を食べるか簡単に話し合い、時間を置いて、頼んだものが届く。
雑談を交わし食事を進め、ノアが口いっぱいにパンを詰めたまま、声を出した。
「ふぁふぇ、ふぁらふぉいふぁいふぁ、ふぅんふぁふぁ――」
『さて、腹ごしらえが済んだら――』
パルテオンがやれやれといった様子で、溜息を一つ。
「食ってから話せ。」とツッコむが、そんな彼も食べながら喋っていた。
ノアはにこりと微笑み、手にしていたパンくずを、ぱんぱんと叩き落とす。
軽く咳払いをし、飲み物を飲み「ふう!」と気合を入れると、皆に顔を向けた。
「えっと、お腹がいっぱいになったら、ニヴェイシア子爵さんのお屋敷!
だったよね? 探さないと! どこにあるんだろうねぇ?」
ノアの様子にセラとルルは視線を彼に移し、くすりと笑う。
パルテオンは豪快に肉を頬張りながら、ノアの言葉に頷き返していた。
「情報収集なら、あたしにまかせーいっ!」
ルルが椅子を引き、ゆるりと立ち上がると、無表情ながらもドヤ顔を披露。
妙に元気に弾む声で、すぐ側の給仕に歩み寄ると、首を小さく傾げた。
「ねーねぇー、おねぇちゃぁん! ちょっと聞いてもいーい?
ニヴェイシア子爵さまのお屋敷って、どこにあるのぉ?」
表情は相変わらずの“無”であるはずだが、声色だけ妙に甘ったるい。
ノア、セラ、パルテオンは、まるで氷の魔法でも放たれたかのように、固まった。
ノアとパルテオンに至っては、口を半開き。同時に脳裏によぎる考え。
(ルルって、そんな甘えた声出せたんだ…。)
ルルに話しかけられた給仕は、あっさりと返答を返してくれた。
「ニヴェ…? ああー、薬学貴族の方ね。 白金子爵様のお屋敷?
その屋敷なら、中心街から離れた丘の上にあるよー。」
「空気の通りがいいとかって? その土地にした~て話らしいわよー?」
ルルが口角を上げ、感謝を伝えると、ノアが「ふむふむ」と頷く。
セラがなにか書き留めるものはないかと、荷物をがさごそと漁るが――
『――皆様ッ! 思い出しましたぞッ!! ニヴェイシア家の本邸は王都ッ!!!
ですがッ! 交易都市・ヴァルメリアに居を構えるとなると――ッ!!』
耳飾りの魔道具越しに、響いてきたバルタザールの大音量。
息継ぎもそこそこに、徐々に熱意を増し、勢いづいていく彼の口。
『薬の研究ッ! 交易の便宜を優先している可能性が高くッ!!
仮に高台に建っているともなればッ! 空気の流れや地脈の影響を考慮しッ!!』
『ゼェ、ハァ。 魔石や薬草の保管ッ――薬学の研究施設としても最も適切な――』
激しい吸い込み音、頁をめくりまくる音、早口でまくしたてる賢者。
ノアとパルテオンは早々に魔道具を手放し、机に置いていた。
「――はいはい。 わーったわーった。 すげーよすげー。
んでもって、みんなの耳くたばって、あたしらの旅もおわっちまうぜー?」
ルルが耳飾りを離し、無表情で諭すように、バルタザールへと声を落とした。
バルタザールから送られてくる音が、小さくなるのを確認したノア、パルテオン。
互いに視線を交わすと、再び耳飾りを耳に戻す――なかなかに現金な勇者たちだった。
『すッ……しゅみません……。』
耳飾り越しからでもわかる、とても落ち込んだ、賢者のしょんぼりした声。
セラが皆の様子に笑い、小声で「高台、高台のお屋敷…」と呟き、記憶に刻み込む。
セラの胸の奥では、あの“異様な魔族の少女”の姿が、ふとよぎる。
何故、自身を狙うのか――理由がまるでわからず、胸の奥に不安が疼いていた。
皆が腹ごしらえを終え食堂を出ると、ノアが全員の顔を見渡す。
「それじゃ、お屋敷の確認、しないとねぇっ!」
◇ ◇ ◇
商店街の喧騒を抜け、一同は丘が見える場所へと歩き出す。
遠くに見える白亜の屋敷は、静謐な空気を纏い、冷たい気配を帯びていた。
皆が目視で屋敷の位置を確認し、ノアがぶつぶつと独り言のように呟く。
「――あれがニヴェイシア子爵さんのお屋敷…かなぁ…?
他に周りにお屋敷ってないよね? うん、無いね。 ってことは――」
ノアが呟き、その後ろでパルテオンとルルは、先程のご飯についての談義中。
セラは皆の背中を見つつ、屋敷をちらりと見つめ、無意識に胸元で指を組んでいた。
確認を終え、とりあえずは宿を探さなければ、という事になったのだが。
……が、宿を探して数件目――どこも「本日は満室です。」と言われ、門前払い。
どの宿も解答は同じで、理由は「お祭りが近いから」という理由。
門前払いをされるたびに、ノアの肩がどんどん下がっていった。
「うーん、お祭りなら仕方ないんだけど…どこも満室ってのは困ったね…」
歩いて探し回って、夕日が街を赤く染める頃。十数件目の宿。
大部屋で立地もよく、外観も素晴らしい宿で、空室を見つけることが出来たが――
「――た、た… たっかいよー…?」
ノアは声を裏返し嘆くように、泣きそうな表情で皆の顔を見つめる。
宿の従業員に提示された料金は、一泊一人当たり白銀貨一枚と、銀貨二枚。
ノアが財布をひっくり返し、残金を確認しながら嘆いた。
「一泊、一人当たり……つまりえーと…?? この間まで居た街での一泊が――
銀貨一枚と、銅貨数枚…だからえーっと…??」
ノアが指折りで計算するが、頭がこんがらがっているのか、疑問符を浮かべている。
困り果てているノアに、セラがそっとノアの側まで行き、耳打ち。
「つまり、一泊一人で銀貨七枚分です。 全員分で金貨一枚、銀貨三枚です…。
前のお宿で、少なくとも四日、五日は滞在できますね…」
パルテオンががっくりと項垂れ「そりゃ一流宿だな…」と呟き、困り果てていた。
ルルはいまいち貨幣価値が分かっておらず、ノアと共に疑問符を浮かべる。
パルテオンは指折りで数え、セラと目を見合わせ互いに絶望の顔。
「全員分ってなるとよぉ…ッ 連泊できたとして、精々二日分が限界――」
「その前に多分、パルテオンさんの食費で底を尽きますね…?」
セラはパルテオンに視線を移したまま、じとりとした目で付け加えていた。
パルテオンはジト目を向けられ、視線を逸らして口笛を吹いて誤魔化す。
「ど、どうしよ…! 僕たちの旅が終わっちゃう…。 金欠だねぇ…」
ノアが今にも泣きそうな顔で項垂れ、財布の中を必死に覗き込む。
哀愁すら漂うその姿は【勇者】というより“憂者”の佇まい。
パルテオンが閃いたように顔を明るくさせ、全員に笑顔を向けた。
「だったらよぉ! 冒険者ギルドに顔出してみねぇか?
依頼受けて、成功すれば報酬貰えて金にもなる。 それに情報も拾える!」
「どうだ! 俺にしては、なかなかいい案じゃねぇか?それによ……!
あの賢者の居た都市近郊の、迷宮での戦利品を売ればだ!
更に多少の路銀は確保出来ると思うぜっ!」
パルテオンは、軽鎧をドンと叩き、誇らしげに告げた。
ルルとノアは嬉しそうに瞳を輝かせ、セラは「ぼ、冒険者ギルド…」と呆然。
「なるほどね……! 冒険者ギルド! 僕は行ったことがないよ!
少し…ううん。 とってもワクワクするねぇ! えへへっ!」
「あの、冒険者ギルドって…。 私、冒険者登録してないのですがっ…!」
セラが不安そうに尋ねるが、騎士は「現場で登録すりゃいい!」と一言で切り捨てる。
ルルも楽しみなのか、腕を腰辺りで振り回し、袖を翻し、全身で喜びを伝えた。
「それじゃ、冒険者ギルドに行ってみようっ!」
「――おう!決まりだなっ!」
パルテオンとノアが視線を合わせ、拳を合わせ、にこりと微笑む。
セラとルルは二人の様子を、ふわりと微笑み見守っていた。
宿探しという戦いに敗れた勇者一同。結局彼らは冒険者ギルドへと向かうことに。
西の空が茜色から、群青色に溶けかけ、街角の街燈が灯り始める。
辿り着いた冒険者ギルドの外観は、逃げ場のない彼らにとっては――
看板がやたら眩しく見え、まるで“ようこそ!”と誘われるように、引き寄せられた。
貨幣価値 ◆ 貨幣レート
貨幣価値換算(最も価値が低い順番)
青銅貨(基本単位)
銅貨 青銅貨 5枚分
銀貨 銅貨 10枚分(=青銅貨 50枚)
白銀貨 銀貨 5枚分(=青銅貨 250枚)
金貨 白銀貨 5枚分(=青銅貨 1,250枚分)
白金貨 金貨 10枚分(=青銅貨 12,500枚分)
聖金貨 白金貨 10枚分(=青銅貨 125,000枚分)
※聖金貨は国家・宗教レベルの超高額貨幣であり、市場では流通しない。




