その【聖女】修行につき。
王都にある、ヴィオラ伯爵本家へ向かうため、自分ことセラフィーナは――
現在絶賛馬車に乗車中で、馬の蹄が地面を叩く音と、車輪の音、それと揺れに身を委ねているところ。
舗装はされているけど、ガタガタと揺れる馬車の揺れに、若干気持ち悪さを覚え、視線はずっと遠くの景色。
唯一の救いは、ヴィオラ伯爵家所有の馬車ということで、内装は割としっかりしている。
既に生家のヴァイオレット家は遠く、自分には此処がどこなのか、まるで分からない。
カタカタ…と、無機質な音が鳴り響き、特にやることもなく、呆然と窓の外を眺めながら時間を潰す。
窓の外では、ゆるりと景色を変えていき、また付近には護衛の騎馬隊数人が確認できた。
本家に向かう理由は一つしか無く【聖女】としての修行の為。神殿と共同で、自分を鍛え上げるらしい。
一体この先、修行という名の拷問が、どれ程のものなのかと、憂鬱な気分にさせられる。
しかし【聖女】の【加護】を授かってしまったからには、後戻りなどできないわけでして。
粛々と、運命を――この聖なる呪いの力を持ってしまった事を受け入れる他ないのだ。
(……前の身体では叶わなかった事。 この力があれば、もっと人々を救えるかもしれないんだ。)
(それに、セラフィーナちゃんに身体を返す時に、安定した職があれば、嬉しい…かもしれないし。)
【加護】の儀式で得た【聖女】の力――まだほんの片鱗だとしても、信じるしかない。
これからは、ただ守られるだけのか弱い少女ではなく――
人々や、世界を護る【聖女】として、毅然とした態度で、やり遂げるしかないのだから。
そう自分を奮い立たせ、言い聞かせ、重くのしかかるプレッシャーになんとか耐える。
そうでもしなければ、責任の重さに、押しつぶされてしまいそうだったから。
そんな事をぼんやり考えながら、馬車の中で過ごしている道中。
唐突に御者や騎馬護衛たちが大きな声を上げ、森の影から盗賊が現れた事を言い放った。
窓がすぐに閉められ、外からは騎士たちの怒号、盗賊たちの下卑た声が聞こえてくる。
従者の女性は、必死に震えを抑えながらも、幼い自分の身体を護るように、強く抱きしめていた。
「金品と女子供をよこせ! 男共は要らねぇ! 殺せ!!」
「この馬車のどっかに【聖女】がいるはずだ!【聖女】を狙え!」
「依頼は聖女だ! なんとしてでも探し出せッ!!!」
馬車の窓は閉められ、自分は侍女に口元を抑えられ、必死に息を殺していた。
馬車の外から聞えてくるのは、金属がぶつかり合う不快な高音。
刃物と刃物がこすれるような音が響き、外では戦闘が行われていることは、痛いほど分かる。
盗賊の言葉を拾うと、狙いはあからさまに【聖女】――つまり自分。
しかし、自分の身体は恐怖心からか強張ってて、侍女に抱かれながら、動けないでいた。
当たり前だった。だって、ずっと平和を謳歌してきたただの一般人なのに、怖くないはずがない。
護衛の騎士たちが、今も馬車の外で必死に戦っており、その音がいやでも耳に入る。
自分こと【聖女】セラフィーナを守ろうと、奮闘しているのが痛いほど、伝わる。
侍女に抱きしめられているのもあったけれど、それ以上の恐怖で心臓はばくばくと鳴り響き、身体は動かない。
騎士たちが、自分のせいで傷ついていたら…と考えると気が気でないのに…!
馬車の中で動けずにじっとしていると、唐突に扉が乱暴に開けられて、侍女はじっと【聖女】の身を、身を挺して守ってくれていた。
一人の盗賊が押し入ると、そんな侍女を簡単に引き剥がし、まだ幼い自分の腕を乱暴に引っ張った。
抵抗はしたが、現在の幼い自分の身体では、力不足にも程があるわけで。
あっけなく外へ放り出され、そのまま身体を地面に投げられる。
「いやッッ!!!やだッ! …やめてっ!…やめてよ! いたいですっ!!」
どさりと地面に転がる身体、頬に当たる冷たい土の感覚に、頭上からどんどん影が迫ってきて――
口の中には、苦い土と、血のような味が広がっていって、口内に入った砂利が不快感を生んだ。
身体を乱暴に打ちつけられ、痛いという感覚より、先に恐怖心が勝った。
「いや!!やだッ!!こないで!……こないでぇーーッ!!」
自分が必死に叫び声を上げながら、手をかざすと、幼い手から淡い光が放たれ――
刹那、その淡い光は、世界を覆うほどの、眩しい輝きを放った。
まるで、突き抜けるような輝く聖光に、盗賊は勿論のこと、騎士たちですら目を覆う事態に。
「――きゃっ!」
小さく悲鳴を洩らすと、その悲鳴に被さるように、雄叫びや、絶叫、混乱の声が飛び交った。
一瞬なにが起こったのか、全く理解できずに、ただ呆然と光景を目に入れる。
盗賊、護衛の騎士、そして御者すらも強く目を瞑り、場は混乱を極めた。
「ま、前が見えんっ…今どうなっている!」
「神官は、神官はどうしたっ!!」
声をあげる護衛の騎士たちは、混乱の中、辺りをうろうろと彷徨う有り様で。
気がつけば、場は混沌としており、周囲は金色の光で満ち、輝いていた。
(いまの、自分がやったの? うそ、だよね……?)
恐怖を、さらなる恐怖で上書きされ、呼吸が荒くなり、息が苦しくなって、視界が霞む。
幼い自身の掌をそっと見つめ、小さな身体を抱きしめる。
金色の光と、虹色の粒子は周囲に漂い続け、先程あった光を強く物語っていた。
一体あの一瞬で何が起きたのか、自分には理解する事ができなかった。
否、自分が招いたことだと、拒否したい気持ちが大きくて、理解することを拒んだのだ。
これが、こんな――悍ましい力が、本当に【聖女】の力なのか?
その後、騎士たちの目は、まだ幼いながらも治癒の力は確かなもので――
自分が祈ると、騎士たちの光を失うこと無く、視力をもとに戻すことはできた。
盗賊を拘束した後に、重症者のみ、同行していた神官が治療を行ったらしい。
治癒は簡単ではなかったらしく、その話を聞いて、胸が張り裂けそうになり、息が詰まる思いで。
「――ねぇ…いったい、自分って、なんなのですか…?」
自分の力は、確かに人を救うものなのだろう、だが同時に――人を傷つける可能性もあることを、痛感した。
こんなワケの分からない【聖女】の強すぎる力…幼い身体でどう受け止めれば良いのだろう?
小さな身体に重くのしかかる不安、それでも歩みを止めるわけにはいかないわけで。
【聖女】に救いを求める、まだ見ぬ誰かの為、自分自身を信じてあげなくてどうするのだろう。
力を制御できるその日まで、前進するしかなくって、振り返る余裕もなくって。
結局は、もっと――もっと。心も鍛えてあげねばと、強く決心するしかなかった。
◇ ◇ ◇
そうして、一悶着あったけれど、自分は無事ヴィオラ伯爵家へと引き取られた。
王都にある伯爵本家に引き取られてからの生活は、想像以上に冷たいものだったけど、想定内。
自分は先の一件以降、万が一に備えて、社交界に出ることを禁じられた。
ほぼ幽閉という形での修行と相成ったが、仕方ない――当然と言えば、当然なわけで。
どちらにせよ、自分は社交界には興味がなくて、ヴァイオレット家でも、社交界に出た事はない。
都合が良いのか悪いのか、本家の夫妻は、自分には驚くほど感心を示さない。
形式張った挨拶こそ交わすけど、その目が自分に向けられることはなくて――
仮に向いたとしても、氷のように冷たく澄んでいて、温度はない。
伯爵家の侍女たちも、口では「【聖女】さま」と呼んでくれてはいる…けど。
でも、その声音の端に混ざるの色は、尊敬ではなく、明らかな距離感。
あからさまに礼儀正しくて、同時に一線を引いて、壁を作らているような、そんな距離感。
最初から分かってはいたけど、こうも態度に出されると、幼い身体では多少なり心に来るものがある。
(――まぁ、そりゃ…そうだよね、だって…自分は分家筋なわけで。)
(本家の期待を一身に背負っちゃったわけだものね…可愛がられるなんて、あるわけない。)
修行と称し与えられた日々は、徹底したスケジュールで埋め尽くされ、管理されていた。
まずは淑女教育――姿勢・言葉遣い・食事のマナー等々。
すべてにおいて“間違いを許さない”規律の連続で心が参った。
淑女教育なんて、必要あるのだろうか…?前の身体の記憶では、平穏な日本の一般家庭育ち。
現在の身体では田舎の男爵令嬢――そんな自分が、こんな高等な教育を受けて、なんになるというのだろう?
まだ幼いはずなのに“婚約者”だとか“将来”とかそんなこと言われても、ね。
でも、やらないわけにはいかないから、この拷問じみた教育も、甘んじて受け入れるしか無くって。
フォークの角度ひとつで、教師役の視線が、痛いほど突き刺さる。
そんな、いきなり慣れろだなんて言われても……無理があるに決まってるのに。
何度も何度も、注意を受けるたびに、後ろ向きになった。
【聖女】としての鍛錬は、さらに苛烈を極め、心も体もボロボロになった。
まだ日も昇らぬ早朝に起こされ、冷水で強制的に身を清められる。
夜明けとともに、聖堂へ赴いて、ひたすらに瞑想させられる。
――自分、まだ十歳だよ?こんなことしてたら、体調を崩すに決まってるのに、必要なの?
食前食後には、必ず神へ祈りを捧げ、そして体力を鍛える為なのか、なんなのか。
錫杖を使った、棒術の防衛術を実戦形式で、何度も叩き込まれる。
幾度と失敗を繰り返し、そのたびに傷ついて、癒やされて――棒術なんて、何の役に立つの?
自衛の為?自分は戦う気なんて、ないのに。まるで、本気でわからない。
それでも頑張るのは――この身体の持ち主、セラフィーナに申し訳が立たないから。
だから、自分を奮い立たせて、前を向いて、必死に耐え、堪える。
「光神聖術の訓練をします」と術の指導者に言われて、手が震える。
あの時の街道で、騎士や盗賊たちの目を焼いた、あの感覚が――まだ掌に残っている。
――案の定というべきか、わかりきっていたのだが。
掌から放つ光が強すぎて、壁や床を度々焦がし、そのたびに指導者は眉をひそめた。
「こんな出来損ないが…本当に【聖女】様なのかね――」
小さく呟かれた言葉は、自分の心に深く刺さり、棘を残す。
冷ややかな眼差しを向けられ、淡々と落とされるお叱りの声に、嫌気が差す。
「…ごめんなさい、申し訳有りません。(だから、光をつかうのは、嫌だったのに。)」
謝罪はもう“いつからか分からない”習慣になりつつあった。
反射的に、自然に口をついて出るほどにまで、叱られた際の習慣になっていた。
(失敗するたびに、元のセラまで責められている気がする。)
(自分が不甲斐ないせいで、彼女自身が責められているようで、心が苦しいよ。)
だからこそ、ふと考えてしまうのは、元のセラなら、きっと上手くやっていたのだろう。
そんなことばかりが、脳裏を過り、余計に自分自身が嫌になっていった。
だけれど、自分がこの身体を引き受けてしまったからには、なんとしてでもやり遂げる。
彼女のため、自分自身のためにも【聖女】として今は頑張るしかないのだ。
とても重いプレッシャーだったが、こうなってしまえば進む他道がない。
孤独で、厳しいが、それでも頑張ってこれるのは、まだ見ぬ誰かの期待に答えたかったから。
力がこの先安定することがあれば、もっと大勢の命が救えるはずなのだから。
そうやって誤魔化しに誤魔化して、自分をどうにか奮い立たせ、決意の火を胸に……頑張るのだ。
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