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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:誘われるままに
26/31

その【騎士】泥酔中につき。



そうして訪れた夜。

煌びやかな仮面舞踏会の会場は、様々な人で溢れかえっていた。


七色の光を放つシャンデリアが、幾重にも吊り下げられ、貴族の紳士淑女がひしめく。


主催を努める【聖女(セラフィーナ)】は、緊張の面持ちで会場に言葉を響かせた。


「【聖女】セラフィーナ・ヴァイオレットの名のもとに――

 日々を与えて下さる神々の御恵みに感謝を捧げ…」


「この国に生きる、すべての人々の平穏を祈り…

 今宵、夜会の開催をここに宣言いたします――」


言葉と共に、両手を胸の前に組み、祈りを捧げる体制を取るセラ。


彼女は目を瞑り静かに《祈り》の言葉を紡ぎ、たちまち彼女の身体は光りに包まれる。

聖女(セラ)】の祈りの言葉と共に、淡い金色の光が奔り、周囲に虹色の粒子が舞う。


周囲を優しく照らしていく、彼女の《祝福の祈り(ベネディクトゥス)》が包みこみ――

こうして、鮮やかな聖光と共に、セラ主導の夜会が、無事開幕したのだった。


開会宣言をした後、セラはすぐに下がり、控えていたノアと合流。


「セラ、とっても素敵だったよ! 思わず見惚れちゃった!えへへっ」


「どうにも人が集まる場所は落ち着きませんが… ありがとうございます…!」


ノアの姿は普段の服と違い、夜会用に急遽用意された、深紅の正装。

淡い金色の毛髪に、碧灰(シエルグレイ)の瞳と相まって、まさに御伽の国の王子様といった様相。


仮面で半分は顔が隠れているというのに、その仮面のせいで妙な色気を放つノア。


セラはというと、ノアとは対象的だった。

簡素に纏められた生成りのドレスに身を包み、一見すると地味に見える姿。


しかし、流石は勇者と聖女というだけあり、会場全体が熱気を帯びる。

セラはノアに断りを入れ、水分を補給する為、ノアから一度離れた。


しかし、セラという防波堤を失ったノアの周辺には、次から次へと貴族子女が押し寄せる。

ノアはたじたじになるが、それでも朗らかな笑顔は絶やさない。


「まあ…勇者様、お若いのに、なんて凛々しさなのでしょう…!」

「剣の鍛錬の秘訣を、ぜひわたくしにお教えくださいまし!」

「お好きなお花はありますのかしら? 贈り物の参考に是非に…!」


ノアに向けられた黄色い視線。貴族令嬢から押し寄せる質問の嵐。

彼は一歩も引くこと無く、怯むこともなく、朗らかな微笑と共に言葉を落とす。


「こんなにも、多くのお嬢様方に、お声をかけていただけるなんて…

 勇者冥利に尽きますねぇ…?」


ノアの声色は澄み切っており、それでいて花の蜜のように甘ったるい。


(――勇者様…! なんて素晴らしい声音(こわね)なのでしょう……! 堪りませんわぁ…!)

(ああ……! 勇者様と目があってしまいましたわ。 わたくし、今日が命日ですのね……っ!)


息が一斉に詰まる令嬢たち。ふらつくものまで現れる始末。

ノアが困ったように微笑み、令嬢たちを見回した後に、言葉を続けた。


「それゆえに、ひとつだけお尋ねしてもよろしいでしょうか?

 ――ニヴェイシア、という名の貴族について、何かご存じではありませんか?」


場の空気が一瞬固まるが、返ってきたのは口々の否定の言葉。


「存じ上げませんわ」

「聞いたこともございませんわ…?」


貴族子女たちは互いに目を見合わせ、口元を扇で隠し、各々でヒソヒソと話す。

やがて一人の令嬢が控えめに手を挙げ、ノアを見つめながら声を届けた。


「ニヴェイシア――ですのよね? でしたら確か、薬学に長けた家系と……。

 そう聞いた覚えがございますわ。 研究家のお家柄でしたはずですわ。

 滅多に社交界へは、お出ましにならない家系でして…(わたくし)も詳細はわかりませんの。

 それでも、とても見目麗しい家系だと、お耳にしておりますわ。」


はっとした顔をした別の令嬢が、口元を隠しつつ声を重ねる。


「そういえば、交易都市・ヴァルメリアにて、お屋敷を構えているとか。

 昔、お父様からそうお聞きしましたわ。」


ノアは小さく頷くと、優雅に一礼――その仕草は洗練された美しい所作。

彼が少しでも何か行動をすると、周囲から抑えきれぬ吐息が漏れる。


「ご教示いただき、心よりの感謝を――

 僕がこれ以上ここに居ては、舞踏会の場を乱してしまいますね?

 ではお嬢様方、本当にありがとうございました、ふふっ」


ノアは無意識にとんでもない色気を振りまき、令嬢たちはふらり。

一斉に溜息をつき、頬を押さえるもの、胸を抑えるもので混沌を極める。


ノアは若干引きつつも、その場を後にし、舞台から去って行くのだった。


◇ ◇ ◇


一方で、ノアと離れた後のセラは――

喉の渇きを潤す為、グラスを片手に、溜息を漏らしていた。


グラスを給仕に手渡したその際、目の端に映る白金色(プラチナブロンド)の影を見かけた気がした。

心臓が跳ね、胸が締めつけられるような不快感に、思わず息を呑む。


(も、もしかしてっ! アメトリクス・ニヴェイシア!?)


しかし今のセラはドレス姿。パニエに足を取られつつも、なんとか影を追う。

人々に肩をぶつけ、軽く謝罪を流し、追いつこうと藻掻くが――


仮面を外したその人物は、まるで全くの別人。


(そりゃ、そうですよね……そう簡単に見つかるわけがありませんもの…。)


安堵の息を洩らすが、同時に冷たいなにかが這い上がる。

見間違えで済んだが、追いかけてどうするつもりだったのだろう、と密かに震えた。


溜息をつき、無理やり恐怖を押し込み、微笑を湛えながら気を強く持つ。

生成り色のドレスを翻し、ノアの元へ戻ると、会場の視線が二人に注がれた。


ノアが静かにセラに手を差し出すと、周りからは歓声が湧き上がる。


「――ぜひ、お相手をお願いできますでしょうか? 聖女さんっ!」


セラは思わず目を見開き、眼の前の青年を凝視。

確かノアは農民の出で、舞踏の心得など無いはずだが、と思案していた。


(…えっ、踊るの…? 私なんかで大丈夫かな……?)


だが思考する余裕も無く、周りの空気の圧と、視線の重さを感じ取ったセラ。

恐る恐る、ノアの手にふわりと手を乗せる。


「え、ええ。 ……はいっ! 宜しくお願いします、勇者さんっ!」


優雅な舞曲が流れる中、周りの貴族たちは二人に遠慮するかのように、空間がひらける。

そんな中を、舞踏の心得など持たなかったはずのノアが、淀み無くステップを刻む。


ノアの足取りは優雅でありながらも大胆で、軽やかで気品を感じられるもの。

セラに呼吸を合わせるような、完璧なリズム。


『ノアって、踊れたんですか? 舞踏の心得は無いと…』


『凄いよ…今ね、身体が――確かに置いてきたはずの、聖剣さんに…操られてる…っ』


小さく語り合う二人の姿――朗らかに笑うノアに、柔らかく微笑むセラ。

大衆の目に映る二人は、まるで絵画のように美しく映っていた。


『そんなこともできたのですね…!』


『ふふっ、僕も今、初めて知ったんだよ? ちょっと不思議な感覚だねぇー!』


自然と皆の視線は二人へと注がれ、舞曲ですら遠慮するような雰囲気。


なんとも言えない柔らかな空気が、知らず知らずのうちに、周りに癒やしを与え――

勇者(ノア)】と【聖女(セラ)】という存在が、光のように会場に刻まれていった。


◇ ◇ ◇


夜会を終え、ドレスや夜会服からいつもの服へ着替え、宿へ戻る二人。

道中セラは、コルセット疲れからか、ノアにエスコートをしてもらい、歩いていた。


「く、くるしい…苦しすぎます…。 どうして貴族の他の令嬢方は平気なのですか…うう。」


泣き言を零すセラに、ノアは心配そうに彼女の手を握り、優しく声を掛ける。


「そ、そんなに大変なの…? というかセラって伯爵家の令嬢さんだったよね?

 ドレス…着た事もっと沢山…何度もあるものかって、思ってたんだけど――」


「わ、私っ! 聖女の修行期間中どころか、物心付いたときから社交界なんて――」


他愛のない会話をし、ルルやパルテオンが待つであろう宿へ、歩みを寄せる。

セラはふらふらになりながらも、なんとか宿へ到着し、一室へと向かっていた。


のそのそと大部屋の扉を開け、足を踏み入れると既にルルの姿。


彼女は禁書庫から戻ってきており、ソファに毛玉生物(キュー)と共に寝っ転がり、リラックス。

その手に持たれているのは、赤い果実と、もう片方の手には書物。


「おかー。 どだった? きらびやーかな、夜会はよー」


いつも通りの無表情。淡々とした声音で、果実をかじり二人に尋ねるルル。


書物の(ページ)をめくる音、果物を齧る音が響くだけの、静かな空間。

ルルの紅い瞳は、興味津々といった色で、二人に向けられていた。


「わ、私…人が多いと、どうにも緊張しちゃいまして…

 思ったよりも人が多くって、圧倒されちゃいました、情けないっ」


セラは首を傾げ、苦しそうにお腹に手を当て、苦笑いで答える。

ノアは隣のセラに視線をやり、軽く肩を持ち上げると、眉を下げながら笑った。


「あはは、でも会場ではセラ、堂々としてたよ? 僕はちょっとだけ疲れちゃった!

 身体はどうともなくって、気持ち的に筋肉痛…みたいな…?

 畑で仕事してる方が随分と楽だよー… ともかくさっ!」


そう言うと、ノアは近くにあった椅子に腰を掛け、耳飾りの魔道具を懐から取り出した。


「僕たちが集めた情報を、一度整理してみよっか!」


果物を食べ終えたルルが、本を畳むと、しゃきりとソファに腰掛ける。

何故か、毛玉生物……キューも隣で、しゃきりと毛をふわつかせ――


ノアの提案を受けセラも椅子に腰掛け、頷き、視線を皆に向ける。


「んじゃ、まずはセラちゃんとノアちゃんの報告からよろー」


『では情報のまとめ役は不肖ワタクシめが――ッ』


禁書庫内にいる賢者(バルタザール)が言いかけると同時に、ドカッと勢いよく扉が開かれる。


酒臭い風が部屋全体にぶわりと流れ込み、全員が音の方向に目をやると――

ふらふらとした千鳥足で入室したのは、絶賛呑兵衛パルテオン。


「うぃ~~! 騎士様の帰還~~…だぜッ!」


顔は真っ赤、頭には謎の帯が巻かれており、そして香ってくる凄まじいアルコール臭。

鎧の紐も所々緩んでおり、まさに酔っ払い真っ最中といった情けない姿。


「俺も!! 俺もだぞぉッ!! 騎士の飲み仲間から、ちゃぁーーーんと!!

 情報を持ち帰ったッ……ぜッ!」


大声で宣言するも、足取りは覚束ない様子。壁に手をつき、ずるずると滑る騎士。

ルルがアルコール臭に、鼻をつまみ「しっしっ」という仕草をし、嫌悪を顕に声を上げる。


「おい……。 この酔っぱ、耳飾りはどこよ。」


「あーん…? えーと、確かここに…… あんれぇッ?」


あちこち鎧を弄るパルテオン。しかし、酔いのせいなのか、動きがとんでもなく鈍い。

ノアがため息混じりに手を伸ばし、器用にパルテオンの上着や懐を探り――


「っもう!何してるのパル! ちょっと僕にかしてっ!」


ノアがあちこちを確認し、しばらくして、袋に入れられたままの耳飾りが出てきた。

全員が「あーあ…」と顔を見合わせると、ノアは溜息をつきながら首を横に振る。


『――あの、ええとッ で、ではッ…僭越ながら情報の整理はワタクシがッ…!

 ええー……ええとッ……これッ……! 進行しても大丈夫なヤツでしてッ??』


耳飾り越しに、禁書庫から賢者の訝しむような声が響いてくる。

ルルは「お、おう……頼むぜ。」と言うと、皆が改めて顔を見合わせた。


パルテオンは千鳥足のまま椅子に――いや、床にドサリと座り込んだ。


「俺なぁッ! 聞いたんだぜ! え~~~っと……えっとなぁ…」


ルルが心配そうにパルテオンを見つめ、セラとノアは顔を見合わせる。

しばらく唸った酔っ払いだったが、やがてひらめいた顔を浮かべ、言葉を続けた。


「そうだッ! 王暦の六百六十四? 六百六十六年頃だっけか??」


「ひっく」と途中で言葉に詰まり、更に「うぇ…」と気持ち悪そうにする。

だが皆顔を見合わせ、怪訝な目を向けながらも、パルテオンの言葉を待った。


「俺らん国が~~…戦争??で物資不足に陥った時によぉ~~ッ?

 初代のアスモ……。 アメソリソコちゅーヤツがよぉッ……!

 独自に交易の路線を確保した?とかってぇッ…??」


「んで食いモンいっぱい持ち込んでよぉッ…煌陽国(セレスタリア)…を救ったんだとよぉッ!!

 すんげえよなあッ!! ガッハッハ!! ひぇっく…。」


『フムフム、アメソリソコではなくッ…… “アメトリクス”ですなッ……。』


耳飾り越しに響くバルタザールの声と、羽根ペンを走らせる音。


「んでそのあと~ッ? 六百七十年頃によぉ、叙爵したんだってよぉ~…!!

 そっから、七百二年から七百八年に~…デッケェ、流行り病があったらしくてぇ…

 その治療薬を作ったってのがよぉ~! 二代目のアスモレクス? ファ…フィ…。

 フォイ……。 ニヴェイシア子爵ってェッ……!」


騎士(パルテオン)の呂律は完全に終了しており、やや聞き取りにくい箇所もあった。

しかし語られた言葉には、確かな重みと情報があり、皆は困惑の表情を浮かべる。


「で、七百二十四年に三代目に継いで~…だからつまり…今は…今王歴何年だぁ…?

 あ~~~っっ! そうだっ! 今は七百二十七年だからよォッ!!

 現子爵当主は三代目ってこったな! ガッハッハ!!」


最後だけ、何故か妙にしっかりとした口調で言い切ると――

そのまま床に突っ伏し、着替えることもなく、轟音イビキを放ち、就寝。


「その状態で寝られるの、パルくらいだよ…。」


三人は、やれやれといった様子で、床に転がる騎士を見つめるしか出来なかった。





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