頁:23 その【事故】不可避につき。
その後――宿の主人に大部屋へと通された勇者一同。
泊まる分には申し分ない。だが――寝台は三台しか置いておらず、困惑。
勇者の『なんとかしますっ!』の一言で宿の主人は立ち去ったが――
「あの……お部屋について早々申し訳ないのですが、私……湯浴みを――
その、身体がベタついておりまして、お宿の方が仰っていたのです。」
「湯浴みが可能な箇所が一階の一角にあると……!」
セラの言葉を聞き終えた勇者は唐突に顔を赤へ染め上げた。
大げさに身を乗り出し、やや大きめの声で反論。
「だ、だめだよっ!外ももうこんなに真っ暗なのに!
そんな時間に湯浴みだなんて!ほら……暴漢とか怖い人とか!!」
「危険すぎるよっ!!」
勇者のやたらと真剣な瞳を理解できない聖女。
困惑の眼差しで『ええっと……?』と見つめるしか出来なかった。
「あの、湯場は屋内ですし、勇者さんが不安になることはないと……。
それに汗を拭いたいだけです……ので。それでもいけませんでしょうか?」
「だったらよ……俺かノアのどっちかがセラが出てくるまで見張る。
これで解決じゃねぇか?セラがイヤなら強制はしねぇ。」
「それならあたしもついてく。あたしも身体拭きたいんじゃけーさ。
あたしも一緒なら心配ないじゃろー?」
パルテオンの言葉に概ね賛成のルル。彼女もまた湯浴みをしたかったのだ。
結局短い話し合いの結果――湯場までノアが同行することとなった。
勇者の彼は、出入り口で待機ということで話は決着。
「それじゃ……僕はここで見張っているから――その……ッ!
なにか困ったこととかあったら、すぐに呼んでねっ……!」
◇ ◇ ◇
(セラとルルが湯浴みの場所まで行ったのは……いいんだけど……)
(なんでだろう……僕すごくモヤモヤするよ……。)
彼女たちが扉を一枚隔てた先で――などと考えてしまい……。
勇者の思考は駄目な方向に転がりかけてしまっていた。
彼女たちが汗で身体がベタつき、身体をスッキリさせたいことは理解できる。
女の子であればなおのことだし、気にするのは仕方のないこと。
しかし、勇者とはいえど、健康優良児の『男』なのだ。
なるべく信頼をおける仲間にたいし、そういった情を抱いてはいけないと――
理解はしていても、そう簡単に割り切れるものではない。
さらに言えば――湯浴み場は、お湯を捨てられるように外気と繋がっている。
それが勇者の知っている知識で、そんな外気の触れるような場所。
そんな危険な場所に、彼女たち二人だけで行かせるなど――言語道断。
(うう~~~ッ……セラさんもルルも、もうちょっと危機感を持ってよ~……。)
自身の顔に湧き上がってくる熱を自覚するが、どうしようにもならない。
恐らく今現在の勇者は、とてつもないほどに頼りがないだろう。
彼女たちは『早めに出るから』とは言っていたが――それどころではない。
邪念を振り払うため、脳内では必死に畑のことや、騎士の筋肉を思い浮かべた。
が、しかし――中に入って間がなかったはずなのに、聞こえてきた悲鳴。
頭によぎるのは……彼女たちを狙った暴漢の可能性。
咄嗟に扉を開け放って『大丈夫ッ!?』と声をかけたが、完全に悪手だった。
セラやルル。彼女たちはすでに衣類を剥ぎ取り、薄い肌着姿。
そんな彼女たちの足元には、大きめの黒い虫が一匹、蠢いていた。
虫は空気を察し『失礼します。』と言いたげに外へと颯爽と脱走。
ノアは慌てて飛び出して扉を勢いよく閉めて逃走。
「ごごごめんあさああああいッッ!!セラの悲鳴が聞こえたからッッ!」
飛び出し、少し離れた箇所で膝を抱え――申し訳なさに顔を覆う。
なんということか……。これは信頼関係を崩してしまいかねない。
悔いても仕方のないことだったが、勇者の彼は後悔の念に苛まれ――
見られていた聖女たち以上の羞恥を抱え、邪念との戦いに耐えるのだった。
◆ ◆ ◆
一体何が起こったのか、時間は少しだけ遡りましょう……。
「しっかしよー……勇者ちゃんはいったい、なんの心配しよったん?
たかが湯浴みじゃろー……?わけわからんわ。」
ルルさん、彼女は恐らく本気で分かっていらっしゃらないみたいです。
怪訝な瞳をこちらへと向けて語りかけますが、微笑ましいですね。
「ノアさんもお年頃ですから、それであんなにも必死に――
私たちを止めてくださったのだと思います。」
「でもさすがに……今日は沢山汗をかいてしまって……ベタついてまして。
身体が大変……不快なのです。さすがの私でもこればかりは……。」
「ノアさんやパルテオンさんには悪いとは思いましたが――
こればかりは譲ることができませんでした……!わがままですね……。」
談笑を交わして纏っていた衣類を剥ぎ取り、ようやっと脱ぎ終えました。
そうしていざ、湯浴み場へと脚を踏み入れましたところ――
「きゃあああああッッ!!」
そう――扉を開け放った瞬間、手のひらサイズほどの黒い虫さん。
どこかで……どこかで見た記憶がある形状なのです。
御器を喰む……素早く動き、こちらを翻弄する虫さん――
かの御姿を拝見し、瞬時に私が悲鳴をあげてしまったのです。
――それが、今回の惨劇の顛末になります。
そうして現在なのですが、私は一瞬何が起こったのか、理解できませんでした。
ですがさすがに、段々と状況が分かっていって……羞恥で顔の熱が……。
(わたしがっ……私なんかが悲鳴をあげてしまったせいで……!!)
「ご、ごめんなさい……ノアさん、ルルさん――ッ!」
「虫……どっか行きん去ったね。無視する虫は、無視ってなー。」
私たちの間に流れる空気はどこか冷たくて、絶妙なものでした。
ルルさんのお言葉に、私はなんて返せばよいのか分からなかったのです。
その後は普通に身体を拭い、項垂れているノアさんに合流しましたが――
私たちの間に会話はありませんでした。どうにもお互いに気まずくて。
部屋へと戻りますが――ここでもまた緊急事態が発生。
お部屋ではすでに、騎士さまとキューさんが惰眠を貪ってらっしゃいます。
残りの寝台は二台なのですが……。
「えー……あたし一人じゃないと寝れんのじゃけど……。」
「隣に人がおると寝れん!あたしは一人で寝るー!!!」
なんとまぁ……とんでもないワガママさんでらっしゃるのかしら……。
ノアさんに視線を移しますが、彼は目を合わせてくれようとしません。
恐らくは自責の念なのでしょうが……先の一件は私が悪かったのに。
「大丈夫、だよ……僕は外にいる……からさ。」
お部屋の外へととぼとぼと出ていってしまうのですが――
私は彼の背中を追いかけることは出来ませんでした。
わだかまりを抱えたままでしたが、寝台に身を沈める他、ありません。
(本当に、何をしてるのかしら……私は――ッ!)




