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その【聖女】転生者につき。  作者: お餅憑き
二章:学術都市と賢者。

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22/127

頁:20 その【青年】胡乱の微笑につき。



 おかしいと言われていた場所まで、急ぎ足で向かっていた僕たち。

 森に向かうでもなく――道中から感じる嫌な空気。


 周りの空気が淀んでいるみたいに重くって……嫌な予感がする。


 原因はすぐに分かった。


 足元の草が黒く濁って変色していて、腐っているみたいな……。

 熟れた大地から、黒くて紫色の靄がじわじわ溢れてて。


 その原因となっているのは、目の前で蠢いて群れている虫のような――


(あの虫たちから泥が落ちてて、地を汚してる……ッ!)



 ――細々とした八足を器用に操り、鉤爪のような爪で大地を抉る。

 さながら、獲物を求め彷徨い歩く、飢えた怪異そのものの『蜘蛛』


 頭部は穿たれたように虚空が広がり、闇からは涎のように垂れる何か。

 何かが滴ると同時、大地が腐食し、この悍ましい地獄を作り上げていた。



「デケェ蜘蛛型の魔物の群れだな。んでもって昨日のヤツと同じだ。」


「顔が無いけ、騎士ちゃんが持っとる石と関連性があるじゃろうね。」


 パルたちは戦闘態勢に入っているみたいだけど……。

 聖女さん……様子がおかしい?顔色が――どうして?何が原因……?


 何かブツブツと呟いているみたいだけど……僕には音が届かない……ッ!


「セラッ!!どうしたのっ!しっかりし――」



「――ッ……!こっちに、来ないでッッ!」



 瞬間――僕の目に映ったのは、彼女から放たれた強烈な閃光。

 僕には一体、何が起こったのか理解できなかった。


 ◆ ◆ ◆


 皆さんが……戦いに移ろうとしてらっしゃる、それなのに――

 聖女である私が、動かずにどうするというのですか……ッ!


 胸の中では硬く決意しているはずですのに、どうして、身体が……!

 息が苦しい。空気を取り込もうとしているはずですのに、足りません。


 ひどい動悸。胸の奥では疼くみたいに痛みが奔っていて。


 それでも、癒し手である【聖女】の私が、わたしがやらないでどうするの?

 私を送り出してくれた司祭や神官の皆様に、顔向けができません。


 たかが、蜘蛛――それだけですのに。どうして、どうして?


 なんで……なんで私は、あれを克服できませんの――


 視界は霞んでいて、目を背けてはいけないと、目を開くのに。

 でも――現実はそう甘くありませんでした。


 全身からは血の気が引いていって、意識が後ろへ引っ張られるみたいな。

 理性では今は恐れている場合ではないと、分かっておりますのに。


 ですが……このときの私は、思考が恐怖で染まっていて。

 冷静な判断が下せなかったのです。


『セラッ!!どうしたのっ!しっかりし――』


 誰かが叫んでいるお声が聞こえてますが……私を呼びかけてらっしゃるの?

 今すぐ、この場を、どうにか――どうにか、いたしませんと。


「……て、天にあら、すッ……わ、我らが、しゅよ……ほ、ほしッ……!」


 呼吸が乱れて、まともに《祈り》すら紡げない私には、無謀な試みでした。

 嘲笑うように八足を動かす蜘蛛――じわりじわりとにじり寄る『恐怖』



「――ッ……!こっちに、来ないでッッ!」



 刹那――彼女の身体からは虹色の粒子が爆ぜ、聖光が視界を奪った。

 漂白されていくような、鮮烈な金色の衝撃が世界に奔る。


 しかしその聖光は一瞬だけの儚い光。


 やがて「どさり」という音とともに、力なく倒れる聖女の姿。

 意識を手放してしまった彼女の付近には、無惨にも錫杖が転がっていた。


 彼女の放った《浄化》の力は――


 黒い靄を纏い、腐食していた土地や、蜘蛛型の魔物たち。

 それら全てを無に還すほどの凄まじい力。


 彼女の発した力によって、空気は清浄と化し、虹色の粒子を漂う空間。

 清々しい空気が広がる中――聖女の力に戦慄する勇者たち。


 呆然と立ち尽くしていた彼らの耳に届けられる音――


『――ぱち……ぱち……』


 と、一定の間隔で鳴らされる音に、全員が振り返った。


 振り返った先に居たのは、銀白金(アルゲント・アルビナ)の長髪を後ろで束ねた青年。

 陽光を受け、毛髪は金色に揺らめき、まるで幽玄を体現したかのような姿。


 微笑を湛えているはずだが、温度を感じない凍りついた笑み。


「イヤァ……すっごいネー?此度のヴィオラの【聖女】サマ。」


 軽薄な調子のはず――それなのに、だ。

 感情が乗っているようで乗っていない不気味な声音。


「面倒な魔物と不浄の黒石――処分してくれてどーもアリガトー。

 処理したのはそちらの【聖女】サマだネ?」


「助かったケド、同時にざんねぇん。」


「だってコレじゃぁ、石のコト、なぁんも分からないよネェー? ヒヒッ!」


 銀白金色の青年は親しげに軽く語りかけるのだが――

 軽い声とは裏腹に、言葉はどこか、一同の精神に重くのしかかる。


 誰しもが異質な青年に対し、言葉を出すことが出来ずに黙していた。


「おめェは……あんときの胡散臭ェ貴族の――ア、アモ……ッ」


「ニヴェイシアだなッ!何しにここまで来やがった……ッ!

 一体おめぇは何を知ってやがる……ッ! どうして石の存在を――」


「大盾の騎士サマぁ……?」


「吠えるのもイイケド。 キミの持ってる石、ソッチも――

 綺麗さっぱり、浄化されてるみたいだヨ?気づいてたぁ?」


「ヒヒッ……!安心安心一安心……だネ? イヒヒッ……!」


 異質な青年の存在に、一同は動くことすら許されない。

 青年から放たれる静謐と言う名の『圧力』の前では、何も出来なかった。


 全員が青年へと視線を流すが、彼は気にすることなく草原を歩く。

 やがて――ふと立ち止まり『そうそう。』と切り出した青年。


「言いそびれていたケド、あの黒い泥の石。 被害を抑えるなら浄化だヨ。

 そこの倒れてる彼女が起き上がったら、伝えておいてネ?それじゃ。」


「ボクは――これにて……ヒヒッ!」


 その言葉を最後に、彼の姿はまるで蜃気楼のように黒紫の霧を残し――


 跡形もなく消え失せた。


『ボクのコトさぁ……気になるのなら直接訪ねておいでヨ?ヒヒッ……!』


 明るい仕草、明るい声色、明るい表情のはずだった。

 しかし彼の得体のしれない独特の空気。


 彼が消えてもなお――皆の心には凍るような温度を残していた。





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