その【令嬢】吟遊詩人につき。
聖女が向かった教会では、彼女の噂を耳にした、大勢の人々が押しかけていた。
祈るように声を落とす信徒や、聖女に救いを求めすすり泣く老人。感謝の囁き。
聖女に癒やしを求める大勢のざわめきと、熱を孕んだ視線が、セラに絡みつく。
彼女は一見、落ち着いて対応しているようにも見えるが、それは表面上の話。
彼女の心中はあまり穏やかでなく、プレッシャーを感じつつ、自身に活をいれる。
深呼吸をし、人々の視線が降り注ぐ中、壇上に上がり、錫杖を掲げ《祈り》の言葉を紡ぐ。
「天にあらす我らが主よ、星の巡りの元……
深き慈愛の雫を今此処に、我らに平穏の癒やしを分け与え給う――《ルメン・サナティオ》」
彼女の祈りが紡がれると、錫杖から淡い虹色の光が零れ落ち、周辺一帯を虹色の粒子が覆い尽くす。
その粒子は人々へと注がれ、たちまち古傷までをも癒やし――人々は沸き立った。
周りからの感謝の歓声が上がり、聖女は嬉しくもあり、怖くもあった。
「【聖女】様のお陰で、また畑に立つことができる……!」
「長年痛めていた腰、それに硬かった肩まで――まさに奇跡を呼ぶ聖女……!」
「さすがは、慈愛の乙女たる、聖女セラフィーナ様……!!」
口々に放たれる感謝の声。期待と別の何か、色々な感情が混ざった視線。
まるで神様そのものを相手にするように、拝み始める信徒まで現れ、セラは困り果てていた。
「いいえ――どうか勘違いをなさらないでくださいませ。 この力は私では無いのです。
神様方の尊き御心が、あなた方を癒やしてくださったのです…」
彼女の横顔は、ステンドグラスから落とされた、色とりどりな光に照らされ――
まるで絵画に登場しそうな、聖女そのもので、その姿はかえって人々を沸かしてしまった。
しかし、そんな空気を裂くように、唐突に教会の扉が乱暴に開かれる。
一気に静まり返り、人々は教会の扉――音の方向へと皆視線を向ける。
そこには息を切らし、切羽詰まった状態の一人の子供。
「たすけて!!せいじょさま!! ママが、ママがっ!!」
駆け込んできた小さな少年の顔は、涙でぐしゃぐしゃで、必死にセラの元へ駆け寄る。
セラの心を動かすには十分で、彼女は少年の元へと駆け出した。
「案内してください。 すぐに向かいましょう!」
握りしめていた錫杖を小さくし、首飾りへと変形させると、踵を返し少年の手を取る。
少年は必死に頷きながらも声を震えさせ、彼女を外へと連れ出す。
残された人々は、聖女の残した虹色の粒子に囲まれ、呆然と、その光景を見送るしか出来なかった。
◇ ◇ ◇
場面は、鍛冶屋に大盾の修理を頼んだ後の、パルテオンへと移る。
彼は修理を頼んだ後に、冒険者ギルドへと趣き、その目的は酒場。
「情報収集の定番つったら、ココっきゃねえよな!」
豪快な足取りで冒険者ギルドの扉を開け放ち、その足で酒場へと向かう。
周囲は荒くれ者の冒険者に加え、黒いローブ姿の学生もちらほら確認できる。
常に喧騒が絶えない場所。それが冒険者ギルドという場所だった。
賑やかな笑い声に、乱雑に並んだ木のテーブル……芳しいアルコールの香り。
給仕係の、爽やかな笑顔が眩しい女性が、パルテオンの側まで来ると――
「あんたはビールって顔だね!」と気さくに話しかけた。
パルテオンは苦笑いをしつつ「ああ!頼む!」と短く返答を投げる。
すると、アルコールが運ばれてくる前に、パルテオンの側に寄ってくる小柄な影。
金色に淡い赤色の毛先、ゆるく巻かれている髪を、双髪にした年若そうな女性。
左右非対称の、赤色と金色の目をした小柄な女性が、パルテオンに軽快に喋りかけた。
「おい貴様! どこぞの酒場でも出会った騎士なのだ! 我を覚えてはいるか?」
唐突に話しかけられたパルテオンは驚き、少しだけ考える素振りを見せる。
全身を眺めると、理解し「ああ~あんときの…」と小さく呟いた。
「酒場で相席した嬢……ご令嬢さんだな? ああ、覚えているぞッ!」
給仕係が「あん?あんたら知り合いかい?」と声をかけ、テーブルにジョッキを置く。
パルテオンがジョッキに手を付けようとするが、不思議な令嬢がそれを手で制止。
「まぁ待つのだ、我も酒の席を共にしてやらんでもないのだ。」
令嬢はそれだけ言うと、パルテオンがなにか言う前に、勝手に席につき――
度数の高いアルコールを注文し、パルテオンへと、問いかける。
「こんな都市で、二度の邂逅に逢おうとはの! 感銘なのだ!クックック!
して騎士よ! 賢者には会えたのか? 禁書庫とは厄介な場所であろうが――
まぁ、勇者のお仲間ともあろうものが、会えなかったワケなどなかろうな! ククッ!」
やや尊大な態度で豪快に笑いながら、何処まで彼らを知っているのか、不思議な言葉。
「おうおう、ご令嬢さんよぉ? なんで俺らの事情、知ってんのか分からんが…
ちょうどいい。 ニヴェイシアっつうー…貴族の情報探してんだ、なにか知らねぇか?」
「アメトリクス・フォン・ニヴェイシア子爵の事だの? 情報は高くつくぞ?ククッ!」
眉を吊り上げ、いやらしく笑う令嬢は、運ばれてきたジョッキを手に掲げる。
「とりあえずは乾杯なのだ!」というと、パルテオンは呆れた顔でジョッキを打ち鳴らした。
「さて、どうする、騎士よ? 我は情報を言ってやらんでもない。
しかし対価はきっちり要求させて頂くのだ!
我の事が信用ならぬなら、勿論それでも構わぬのだ。」
「――所詮は、たかが噂話と酒が好物な、吟遊詩人ゆえな! クックック!」
パルテオンは泡立つジョッキをぐいと煽ると、快諾。
「なんとなく解っちゃいるけどよ、どうせ、酒だろう!!
俺が奢ってやるから、その代わりちゃんと情報教えろよッ!」
令嬢が手を上げ、給仕係を呼びつけると、なにやらコソコソと耳打ち。
すると、パルテオンと不思議な令嬢の二人は、ギルド備え付けの個室酒場へと案内された。
「一応なのだ、貴族の話をするゆえな? 人の目や耳があっては困ろう?
貴様も貴族のはしくれなら、分かるであろう? なぁ――
元・騎士…パルテオン・バルムンク・ヴァルクレスト卿。 クックック!」
「マジでおめぇさん、何処まで知ってんだ? 単なる噂好きの令嬢って訳じゃねぇな。」
くすりと笑い、女性はジョッキに注がれている酒を一気に飲み干す。
彼女が小さな鞄を漁り、その鞄の大きさに合わない紙と羽ペンを差し出した。
「書き置きしておいたほうが良いと、我はそう睨んだのだ。 感謝するがよい!ククッ!
して我はただ、記憶力が優れているだけの、か弱いか弱い乙女なのだ!
ニヴェイシアに関する事であったな? では語る故に、心して聴くが良いッ!」
吟遊詩人を謳うだけあり、彼女の言葉はまるで詩のごとく紡がれた。
曰く、かの子爵は、その名を轟かせた頃から、奇跡のような美貌だった――
曰く、黒い噂一つない、賢人のような存在で、人々から慕われている――
曰く、時が経っても、皺一つ増えない様は、人ならざる不気味な姿――
曰く、神出鬼没で、何処で何をしているのか、誰にもわからない――
曰く、ニヴェイシアの名を継ぐものは、瓜二つの容姿――
「白金子爵――かの幽玄の白雪は、先祖代々同じような顔つきだったと噂に聞く。
我も直接この目で見たが、あれは“エルフ”か“ナニカ”であろうよ?
我と同じ、長命特有の香りを――おっと、これ以上は有料なのだ、ククッ!」
羽ペンを走らせていたパルテオンの手が止まり、怪訝な瞳を彼女へ向ける。
長命特有の香り――彼女も同じ?思考が渦巻くパルテオン。
「なぁに、難しい顔をするでないのだ! 我は、半分の血がドワーフというだけ。
あれだけ酒を飲んでいたのだ、示唆してやったというのに…
ヴァルクレスト。 貴様はさては、鈍感であるな? クックック!」
唸り上げ、何も言えないパルテオンに対し、令嬢は言葉を続けた。
「まぁ良いのだ、次は我が記憶している国の公式記録を紡ぐのだ!
しかと……我の美声を!その耳に!その心にッ! 刻み込むが良いのだ――ッ!」
――王歴、六百六十八年にて、叙爵、王国の勅命として、子爵位を賜る。
――王歴、六百九十七年に、功績を残し初代没、二代目に継承。
――王歴、七百二十四年に、二代目没、三代目に継承。
「これが国の公式記録なのだッ! それとだがな…。
これも記録に残っているのだが、かの幽玄の白雪当主は――
代々“アメトリクス”という名を継承しているそうなのだ。」
パルテオンがため息を付きつつ、雑な書き置きを見直し、眼の前の令嬢を見る。
懐疑的な色を孕んだ強い眼差しを、彼女へと向けるが、令嬢はなんのその。
「んでもってよ、おめぇさんは何者なんだ? 半分ドワーフってのは解ったがよ。
ただの貴族令嬢じゃねえだろうよ? どうしてそんな事情に詳しい?」
「最初に言ったのだ!我はただの噂話と酒が好物な、吟遊詩人で半ドワーフであると!
だがの、我は“もう”貴族の令嬢ではないのだ! 今の我は――
ゼクスなのだ! 家名は無い! 疾うの昔に、捨て去ったのだ。」
“ゼクス”という名は偽名であることは、すぐに理解できた。
しかしそれ以上踏み込むのは野暮だと判断し、パルテオンは感謝を述べ――
そして、彼女が注文した酒、その十杯分の代金を机に置き、その場を後にするのだった。




