その【聖剣】面食いにつき。
それからというもの、一同は賢者へ報告をするべく迷宮を離れ、外へと繰り出すが――
いつの間にやら、外は夜の帳が降ろされており、一旦は宿へ戻ることに。
宿へ辿り着いた一同は疲労もあり、すぐに就寝。
そうして迎えた翌朝。まだ涼やかで、冷たい風が街を吹き抜ける時間帯。
ノアたち四人は、賢者の居る禁書庫を目指し、中央の建物へと足を運ぶ。
賢者へ会いに行く前に、大図書館の司書へと、賢者に会うことを念の為に報告。
禁書庫の重い鉄の扉を開き、地下へ続く螺旋階段を降りた先で、賢者は待っていた。
黒いローブを身に纏い、深緑の髪を真ん中で分け、分厚い眼鏡を掛けた青年。
彼はテーブルに着席し、あらゆる書物や書類を並べ、宙へ浮かせた羽ペンを走らせている。
「おおッ!!! 皆様ッ!! よくぞ、ご無事でッッ!賢者バルタザールッ!心配で徹夜を――ッ!」
彼は一同に気がつくと、椅子から立ち上がり、嬉々として両手を広げ――
メガネを押し上げるという、お決まりの仕草をドヤ顔で披露してくれた。
勇者ノアが中心となり、賢者バルタザールへと、迷宮内で起こった出来事を伝える。
彼は真剣に皆の話しを聞き、時折宙に浮いた紙にメモを取るように、羽ペンを走らせる。
一通り聞き終えると、彼は机を指で「トントン」と叩きながら思考する様子。
「ふぅむッ…なるほどッ。そのようなスットコドッコイな巨石が、迷宮にッ!
して、実験したいが故に、魔族が持ち込んだもの……とッ…?
理由は不明だが、魔族の青年が語るに、戦争を仕掛けに…ッ!」
彼は視線を禁書庫の一角に向けると、腕を動かし、机の上に複数の本を落とす。
数冊の本を宙に浮かせ、本人の手でも何やら書き殴るように羽ペンを動かす。
「巨石は、勇者一行が遭遇したッ…魔族の童女が制作に携わっている――ッ!
そう仰っているのですねッ? となるとッ、かの黒泥の石は…ッ!」
彼は何やら集中した様子で、勇者たちには目もくれず、情報纏めに必死な様子だった。
そんなバルタザールの様子を見ていたルルが、小声でツッコみを入れる。
「スットコドッコイってよ、きょうび聞かねえ死語じゃねーか?」
勿論、全員に聞えているし、伝わっているが、誰も何も言わない。
賢者バルタザールはというと、誰に落とすでもなく、ブツブツと独り言を唱える。
「禁書…王国の歴史書……学術論文。違いますな、コレは魔族に関する――
となると、あちらの禁書を確認したほうがッ? いや、まずはこちらが先決ッ。」
賢者の凄まじい様相に、誰しもが声を掛けるのを躊躇っていた。
が、セラが控えめに手を上げ、彼に向けて小さな質問を投げる。
「あの、賢者バルタザール様。 つかぬことをお伺いしたいのですが…。
その…。 ニヴェイシアという家名の、貴族の情報は、何かありませんでしょうか…?」
バルタザールはセラの言葉を聞くや否や、ギラリとメガネを光らせ――
一冊の歴史書を宙へ浮かし、バラバラと頁を読み進め、声を響かせた。
「ニヴェイシア――ですねッ? かの子爵は、約六十年程前――
海を挟んだ隣国との国境紛争が激化した際、かの子爵は独自の交易路を築きッ!
大量の武具や糧食を国に提供ッ! その際に国王から子爵位を賜ったッ……!」
彼は息継ぎも無しに、矢継ぎ早に喋り続け、若干咳き込みながら呼吸をする。
身体を盛大に使い、深すぎる程に息を吸い込み、声を上げた。
「国から与えられた爵位ッ!そしてその後も商才と知識で地盤を固め――
その時代に名を轟かす程の功績をあげるがッ!!」
「現在は、その家名を知るものも少ないとッ! だがしかぁしッ!
その容姿に準え、人々は“白金子爵”とそう呼ぶのだそうですぞッ!」
彼の狂気すら感じる熱を帯びた声量に、皆数歩程後ろに下がる。
ルルは「声デッッッカ」とつぶやき、両手で耳を塞ぐ始末。
「一先ずはッ、ワタクシッ! 皆さまから頂いた情報、そして噂話ッ!
これまでに確定している情報を、纏める時間を頂きたくッ! 現在のままですとその――
不確定要素が多数あり、ワタクシとしては情報の照らし合わせをッ!」
バルタザールの提案を受け、一同は情報の整理を彼に任せ、大図書館を後にする。
「ニヴェイシアさんって、あの草原で会った貴族さん…なんだよねパル?
僕もうちょっとさ、忘れかけてて…あの時なんて言われたか覚えてないんだけど…」
「――確か“気になるなら直接訊ねてこい”とか抜かしてやがったぞ。
スゲー舐められてる気がするぜ、ったく。」
会話をしつつ、これからどうするかという相談を軽くする一同。
パルテオンの腹の虫が鳴ったことで、一同は一旦、食堂へ向かった。
軽食屋で腹ごしらえをし、大図書館へ向かう道中、パルテオンが全員に声を掛ける。
「わりぃが、俺はちょい、大盾の修理と、それと冒険者ギルドに寄ってくる。」
彼はそれだけ伝えると、スタスタと街中へ姿を消した。
「あたしは賢者ちゃんの手伝い、しようと思う。 ノアちゃんとセラちゃんは?」
「私は、教会と神殿に何か情報がないか…。 それと定期的に顔を出さねばなりませんので…。」
二人の視線はノアへと注がれ、ノアは朗らかな表情を浮かべ口を開く。
「じゃあ、一旦はお別れで、用事が済んだら禁書庫に集合、だねっ?」
こうして四人は其々で情報集めや武具の修理、自身の見つめ直し――
別々に行動することとなった。
◇ ◇ ◇
勇者ノアは久方ぶりに一人になり、自然と足が街の外れへと向けられた。
石畳の道を背に、彼が訪れたのは街の外れにある農耕地帯。
豊かな土の香りが一帯に漂い、この時だけ、彼は農民へ戻ったような気分になっていた。
畑を眺め、物思いに耽るように静かに視線を落とし、大きなため息を付く。
(勇者、勇者……勇者…? どうして、僕なんかが【勇者】なんだろ。)
他にもっと自分以外に、相応しい人物がいたのでは、ないのだろうか?
自身にそんな、重くのしかかる称号など、似合わないのではないか?とあれこれ思考する。
胸中に溢れる自身と、聖剣に対しての疑問や疑念、様々な感情が織り混ざる。
朗らかさは息を潜め、曇りが射し込む空のような、陰りのある浮かばない表情。
そうしていると腰に携えた聖剣から、冷たくも澄んだ女声が響く。
『顔が曇っているぞ、ノア――また何か、心配事か?』
『ねえ、どうして、僕なんかを選んだの? 僕なんてさ、何も持ってない、ただの農民だよ?
自分に与えられた【加護】ですら、分からないのにさ。』
彼は俯きつつ腰の聖剣へ、誰にも聞かれない本音を吐露する。
僅かな沈黙の間、爽やかな風が吹き抜け、畑とノアを通り抜ける。
『顔が、実に顔が良か――ゴホン。 我は魂を見る。 そなたの魂は、清く穢れがなかった。
故に――我はそなた…ノアに導かれたのだ。 無論、顔が良かったのもある、ウム。』
『清らか、かぁー…頭が悪いの間違いじゃなあい? それに、僕ってさ――
大勢の人とか世界とか、救うような… そんな器じゃ、ないよ……』
彼は自嘲気味な笑顔を浮かべ、聖剣を握りしめながら歩みを止めた。
『だってさ、皆の前でいつでも笑って、僕が皆を引っ張っていく――みたいなさ…
僕だって、頑張ってはいるよ? でも、やっぱり…僕には荷が重たいよ。』
ノアの弱音を受け止めるように、聖剣が静かに優しく告げる。
『そなたは、そなたの思う以上に、強い心を持っている。 無謀な傲慢より――
迷いと臆病の中にこそ、人は誠実さを宿す。 己を疑い続ける、そなたの魂。
それは、誠清廉さを示す証明となろう。』
『それにだ、真なる悪とは――自らを正義と信じ、それを振りかざす――
悪を自覚出来ぬほどの愚者を指す。 そういう輩ほど、実に始末が悪い。
イケメンであれば、我も多少は目を瞑ろう――そう、イケメンであれば。』
ノアは足を止めたままだったが、そっと、視線を空へと投げ、空を瞳に映す。
彼の碧灰の瞳に、同じ色の空を宿し、先程の陰りは薄く、その色は透き通る。
「な、なんだか、やたらと顔の事が多かったね…?
僕にはね、聖剣さんの言っていることが…だいぶ、難しいな? 僕は頭が悪いからねっ」
『――勇者とは、ただ剣を振るう者ではない。 魂で、人を導く者だ。
我は、そなたと共に歩もう。 この先、どれほどの困難が待ち受けていようとも。』
聖剣の言葉に、ノアは短く「そうだね。」とだけ答え、再び足を動かす。
胸の奥にしまいこみ、仲間には決して見せなかった彼の“弱さ”――
その“弱さ”という重荷が、少しだけ、軽くなるような気持ちで、彼は街の方へ踵を返した。
◇ ◇ ◇
大図書館、その一角に山のように積み上げられた新聞資料、歴史書。
歴史を感じる、くすんだ色の書物や書類に囲まれ、賢者バルタザールはメガネを光らせる。
幾冊もの浮遊する本や資料に囲まれながら、椅子に腰を鎮め、活字を貪るように見つめる。
その姿はまるで、土地に縛られた亡霊のようにも、狂った研究者にも見えるような有り様。
彼の活字を追う速度は、尋常ならざる速さで、次から次へと本や資料を読み漁る。
「フゥム… これは、当時の時事録を纏めた資料、こちらは――なんなのですッ?
稲作を喰らい尽くす小さな悪魔の群れ…? 何故こんなものが紛れ込んでッ?
おおっと!こちらは王歴六百五十年頃の記事ではありませぬかッ!」
「ニヴェイシア子爵は現在三代目――初代の生きていた頃の年代の記事なら――
何か分かるやもッ! ウウム……フゥムッ――!」
ブツブツと独り言は多い。皆に語る時より断然煩くはないが、とにかく喋る喋る。
興奮しながら椅子を軋ませ、めくられていく紙束は、風を切る刃のような速度。
すぐ側ではルルは自身の荷物を漁り、木のカップを取り出していた。
無表情で落ち着いた様子。露店で買ってきた新鮮な瓶入りのミルクを、器用に魔法で温める。
何処からともなく、黄金色に輝く液体が入った別の小瓶を取り出し、木のカップへ小瓶の中身を注ぐ。
その中に、温めたミルクを注ぎ込み――そう、彼女が作っていたのは、ハニーミルク。
温めたばかりの湯気の香り立つそれを、そっとバルタザールの元へと持ってくる。
「賢者ちゃーん、ちーっす。 皆は今出っ張らってるからよ。 今日はあたしが助手だぜ。
んでもってこれ、ハニーミルクだぜ、ついでに軽食ももってきた。」
彼女は無愛想に、木のカップに注がれた暖かいハニーミルクを、バルタザールに渡す。
バルタザールは驚愕の眼差しをルルへ注ぎ「ぬ…?」と疑問の表情。
「ええと、皆様が不在は理解しました、がッ、その、失礼ですが、アナタのような幼子がッ……!?
ワタクシの助手を務めるのは……ッ! おままごとでは、無いのですがッ――」
賢者バルタザールの言葉は、ルルにとって、良くないものだったらしい。
彼女は頬をぷくりと膨らませ、バルタザールの腕へ弱すぎる拳を立て、不服そうに言葉を落とす。
「ホントーに失礼極まるぜ。 あたしこうみえて、二十三歳なんだぜ? それとあたしの名前――
ルルリカ・ルリカ。 名乗りが遅れてすまねーな。 よろしくな、バルタザールちゃんよ」
ルルの言葉に驚愕し、バルタザールは大図書館中に響く声量で「エエッ!!?!?」と叫ぶ。
周りの学生や教員、一般客の視線が、一斉に彼らへと向けられ、痛いほどの視線が刺さる。
「バカたれ。 こういう場所で、大声出すんはご法度じゃろ。 賢者がなにやっとんよ。
良いから、大人しくミルク飲んで、ご飯食べて資料一緒にまとめようぜ? な?」
バルタザールはブンブンと首を縦に振り上げ、ルルから手渡されたミルクに、口をつける。
「す、すみませぬッ……! てっきりワタクシ、人族の子かと勘違いをッ!
となると、ルル嬢は、亜人種――小人族ということですなッ、失礼をッ…!」
ルルは口角を少しだけ上げ「せやで。」と小さく呟くと、机に並べられた資料に目を通す。
さらに一言。彼にとっては衝撃的すぎる言葉を、ぽつりと落とした――
「わりー、全部、読めん。」
項垂れる賢者、何も気にしない様子のルル。
小さな賢人と、人間の賢者の不思議なやり取りは、始まったばかりだった。




