その【真意】不明につき。
ルルの魔力切れの事もあり、休憩できそうな場所はないかという話に。
パルテオンが「俺は頑丈が取り柄だからなッ!」と言うと、一人で散策へ。
魔力不足のルルは、その場から動けず肩で呼吸し、苦しそうにしていた。
セラもまた錫杖を握りしめ、落ち着かない様子で肩を震えさせるばかり。
ノアは二人を宥めながらも、警戒を怠らず、彼女らが落ち着くまで、傍でじっと待機。
直ぐにパルテオンが戻ってくると、近くに休めそうな場所がある事を皆に伝えた。
パルテオンがルルを片手で抱きかかえ、ノアは未だに足が竦むセラを考慮し、肩を支える。
パルテオンが見つけた休憩所のような場所は、人の手が加えられたような空間。
小部屋になっており、ちらほらと焚き火痕も見え、一同は安堵しながら腰を落ち着ける。
「もうちょい魔力回復するまで待ってくれー…」
「私も、もう少しお時間を… ご、ごめんなさいっ…」
ルルは壁に体重を預け、項垂れながら小言を漏らし、セラはじっと目を瞑り、深呼吸。
落ち着きを取り戻したセラは、深く息を付き、全員に深刻そうに声を落とした。
「言いそびれていたのですが…どうにも下層から、もっと悍ましい…
あの石の気配を感じていて… 恐らくは、強い瘴気かと…っ!」
セラの言葉を受け、皆の頭の中には、先程の魔族の少女の姿が浮かんでいた。
しばらくして、ルルが動けるほどに回復をし、一同は下層へと降りる決意を固める。
◇ ◇ ◇
最下層・八層目へ降り立つと、そこに待ち構えていたのは、石造りの巨大な門。
左右には、蛇のような装飾が施さてており、その眼球部分には、怪しく明滅する宝玉。
赤い宝玉は、鼓動のような一定の感覚で、淡く怪しい光を放つ。
まるで、一同を値踏みするかのような視線で、見つめているよう。
扉を開ける前に、ノアが皆に確認を取るように、声を掛ける。
「開けてもいい、かな…? きっとこの先、戦闘は避けられない。」
「あの、一応《防御の祈り》を掛け直させてください。先程のこともあるので、念の為に…」
扉を開く前に、セラが錫杖を胸に《防御の祈り》を紡ぎ、静かに頷いた。
ノアは聖剣をいつでも抜けるように構えながら、扉を押し開け――
重い石の扉は、擦るような音を響かせ、開かれると、部屋の全貌が明らかになった。
一同は固唾を呑み、皆一様に武器を構え直す。
部屋の中は、先程の戦闘同様に、異様な光景が広がっていた。
奥からは、ほのかに闇を纏い、薄気味悪い靄を放つ、黒泥を零す巨石が座している。
巨石から滴り落ちた汚泥溜まりから、無数の触手が這い回り、獲物を求め蠢く。
その付近には大型の蟻のような、全身が黒に塗りつぶされた多数の虫。
そんな魔物達を従えるように、手前には先程の魔族の童女の姿。
嬉しそうに身体を揺らしながら、じっと勇者たちを見据え、待ち構えている。
童女は身を翻し、ドレスから黒泥を撒き散らし、鮮烈な猫撫声を響かせた。
「ぃひひぃっ! さっきぶりぃ? おにぃちゃん、おねぇちゃん!
また、ぼくの子達と、遊びに来てくれたんだよねぇ? お姉ちゃん、嬉しいぃっ!」
白金色の長髪を、地面に垂らし、無邪気に笑い、汚泥滴る巨石に手を添える。
彼女は愛おしそうに、巨石を撫で――ちろりと小さな舌で黒泥を舐め上げた。
「いひっ…! えぇっとねぇ? この子ぉ…リンのぉ、魔力と血液ぃ?
吸い上げてぇーそれでね。 それでぇ…こうなってるんだってぇ! なんかぁ…実験?
したいってぇ、誰かが言ってたのぉ! だからぁーここに置いてるんだってぇ!」
彼女はくすくすと薄ら笑いを浮かべ、心底楽しそうに巨石の周りを歩く。
全員がその異様な童女の姿に身体が硬直し、微動だにも出来ない。
「ぼくと遊ぶのは、やめておいた方がいいよぉ? リンはねぇ、つよぉいからぁ…いひひっ!
遊びたいなら、まずこの子達をぉ…相手にしてぇ、証明…? して、ねぇっ!」
童女は恍惚の表情に顔を歪め、両手で自身の顔を掴むと、高笑いと共にどろりと身体が泥に変化。
そのまま巨石から滴る泥と混ざりあい、瞬間――触手と虫が一斉に襲いかかってきた。
「クッソ…!なんなんだよアイツぁ…ッ!」
パルテオンは大盾を突き出し、メイスで地面を叩き、敵の注目を自身へと向ける。
すでに聖剣を抜き放ったノアは、パルテオンから逸れてしまった蟻を一刀両断。
彼らの、戦い――その第二幕の幕開けだった。
◇ ◇ ◇
部屋を埋め尽くさんとする勢いで、黒蟻と触手の群れが一同を襲う。
魔物たちは、黒泥から無限に生み出されており、切っても切ってもきりが無い。
ノアは聖剣を振り、眉を寄せながら、一瞬の思考――そして聖剣へ語りかける。
『聖剣さん、勇者特権は――駄目、かっ……!』
『――勇者特権… ――承認は否。』
冷たく澄んだ女声は無慈悲な現実を突きつけ、ノアは短く息を吐く。
真剣な眼差しで聖剣を握り直し、剣を振るい続ける。
「私が支援をしますッ!! 星の導きよ、昏きを照らす御力を与え給う……《サンクティア》」
セラが錫杖を掲げ祈りを紡ぐと、淡い金色の聖光が、皆の武器を包みこむ。
「属性付与っちゅうことか…? これ、魔法にものるん…?とりま――
広ぇとこじゃしーー 一発デケェのやっちゃるぜ!詠唱入るッ!あとは頼んだ!!
万象を覆いし白き静寂よ、その吐息は生命を凍らせ、その腕は――」
ルルの詠唱が紡がれる度に、彼女の周囲には、冷たい風が吹き抜ける。
彼女をめがけ、蟻の群れが殺到するが、パルテオンが大盾で押し返し、ノアが斬りつけた。
「――時を縛る…… 天を裂き、地を穿ち、群れなす悪しきを葬れ。
果てなき吹雪と氷刃の渦よ、怒涛となりて襲いかかれ――」
ルルは詠唱を続け、短杖を天へ掲げ、くるくると動かすと、空気が次第に凍り付く。
セラが咄嗟に「ヴァルトゥスッ!」と短く祈ると、前衛の二人の身体が輝いた。
彼女の唱えた祈りは、肉体を強化するもの。
聖女セラの支援を受け、彼らの動きは目に見えて鋭くなった。
「そろそろ詠唱終わる!! 二人とも離れてーーーッ!!」
パルテオン、ノアともに飛び退き、ルルの紅い瞳に冷たい光が宿る。
「――我が呼び声に応え、氷の暴嵐を解き放て!逃れ得ぬ冰獄の旋風――!
くーらえー! あたしの最強魔法っ! 《グレイシアル・テンペスト》!」
短杖を敵の群れに向けると、嵐のような風を巻き起こし、氷刃が全てを呑み込む。
黒蟻も触手も、成すすべ無く凍りつき、氷刃が容赦無く、魔物を粉砕――
嵐が止むと、周囲は瞬く間に白銀の極寒地獄と化し、あれほど居た群れは灰となり消滅。
しかしそれでもなお、あの汚泥滴る不浄の巨石は、健在だった。
「セラ、わりぃが、浄化を頼めるか? 浄化でどうにかなるらしいからよ――」
ノアが聖剣を鞘に戻し、パルテオンが盾を構えつつ、セラに言葉を投げる。
セラが小さく頷き、錫杖を掲げ、石の側に寄ろうとするが――
「あー待って。 駄目だヨ。 ソレ、近づいたらイケないヨー?」
場を裂くような、柔らかく軽薄な声が、どこからとも無く響き渡る。
黒紫の霧を纏い、こつ然と姿を表したのは、一人の青年。だがその姿は異質そのもの。
銀白金の長髪、白亜の石像のような、血色を感じさせない肌色。
夜空を切り取ったような黒紫色の瞳、片方の目は覆い隠されており、見えない。
黒い外套を身に纏った美麗な青年が、勇者たちを親しげに見据えていた。
青年の口角は三日月のように釣り上がり、瞳には感情というものが乗っていない。
「瘴気を吸ってごらんヨー。 あっという間に心が壊れちゃうからネ――」
青年が何か言う前に、ノアが聖剣を抜き放っており、青年へと刃が振るわれる――
が、青年の姿は既にそこにはなく、彼らの背後に“いつの間にか”居た。
「ヤダネー、血気盛んだコト。 ボク、戦う気なんて更々無いのにサー?」
何が愉快なのか、肩を軽く持ち上げながら、クスクスと笑う青年。
ノアが踏み出そうとするが、パルテオンが「まぁ待て。」と声を上げ、ノアを制止。
「お前も、魔族だな? さっきの魔族の少女とどういう関係だ? 回答次第じゃ――」
パルテオンが警戒を解かず、大盾を構え低く声を響かせる。
青年は小首をかしげ、嘲笑うように頷いた。
「そだヨー。 ボクは魔族――ンデ、この石をここに持ち込んだのも、ボク。
――ああ、やめてよネェー? 人族は蛮族を勇者と呼称するのカナ?
全くさー。 チョーットくらい、人の話訊いてヨー?」
青年の言葉に、ノアは殺気を纏い、一触即発の気配。
「あのサー…。 チョットでも考えてもみてヨー? 理知的に話してるってコトはサァ?
ボクには敵意が無い…そんな事もわからないワケ? 短絡的なのは良くないヨォ?」
「考えなしに飛び込むのは、自殺と同義じゃなぁい? あの童女には向かわなかったのにネェ?
ボクなら簡単にヤれるって思った? ボク、話し続けても良ーい? 聖剣納めてくんナァイ?」
青年は、降参と言いたげに掌を頭部へ持っていき、ひらひらと手を降る。
ノアは聖剣を収め「ふっ」と息をつき、険しい表情を浮かべ、口を開いた。
「いきなり斬り掛かってしまい、すみません。 言葉を続けてください…っ」
青年が口角を上げながら、こくりと頷くと、再び口を開く。
「石を持ち込んだのは確かにボクだケド。 でもネー、不本意だったのサ。
頼まれて仕方なく――ネ。 こちとら困ってるって感じだヨー、全く。
この石、破壊してほしくて、キミ達に“善意”で声かけたのにサー? 酷いネー。」
ルルが鼻を鳴らしながら、青年を一瞥し、捨てるように言葉を吐く。
「そんな軽い口調で、こんな状況で、信じろってのが無理あんだろ。」
「それもそだネー? ま、簡単に信用してもらっても困るケドさ…とりあえず――」
青年は、笑みを崩すこと無く、黒泥を滴らせる石へと歩み寄り、指先でなぞる。
石の周囲に、薄紫色の膜のような揺らぎが広がり、瘴気を抑え込んだ。
「はーい、これで近づいても大丈夫。 安心して浄化してネー?」
青年が軽く手を叩くと、彼の姿は黒紫の霧となり消え、そして彼の姿は、出口に。
セラには迷いがあったが、ここで迷っていても仕方がないと首を横に振る。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
セラの祈りの言葉が落とされると、聖なる光が石を包み込む。
淀んだ瘴気を灼き尽くし、靄を放つ黒泥も、周囲を漂う瘴気の残滓も霧散。
魔族の青年はその光景を静観し、静寂な空気に再び声を落とした。
「――魔族の皆サマは、戦争を仕掛けようとしてるみたいだヨ。
ボクはその戦争を止めたくて、ここにいるのサ。 信じなくても良いケド。」
「それじゃぁ、ネェー また逢おうネェ? 勇者一行の皆々サマ――」
最後まで軽薄で、どこからどこまで信じたら良いのか、わからない青年の言葉。
しかし、話された言葉が本当であれば、事態はよっぽど悪いわけで。
すでに青年の姿は何処にもなく、迷宮を支配するのは、澄み切った空気。
確かに巨石は浄化され、跡形もなく消え去りはした――が。
しかし、先程の魔族の青年の言葉が皆の思考をかき乱し、重くのしかかっていた。




