その【真意】不明につき。
ルルの魔力切れということもあり――
一同は休息の為に一旦、場所を移すこととなった。
重い足を引きずり、散策して見つけ出した空間――その場所はどうやら休息場所。
周囲には焚き火の跡もあり、一同は安堵し、腰を落ち着ける。
「いい場所が見つかって良かったね……とりあえずは身体を休ませよう。」
ノアがセラやルルに語りかけ、二人とも白い顔で頷く。
「ごめんじゃけど……もうちょい魔力が回復するまで待ってくれ……」
「わ、私も時間をいただきたく……ごめんなさいっ……。」
壁際に体重を預け、項垂れるルル――セラは目を瞑り、深呼吸を繰り返していた。
やがて呼吸も落ち着き、セラは深刻そうに全員に声を落とす。
「言いそびれていたのですが、どうにも下層から……もっと悍ましい……。
あの石の……瘴気の気配を感じて――」
言いかけたところで、彼女の言葉を遮るように聞こえてくる音。
『ゴギュルルッ』と、形容し難い音が空間に響き、全員の肩が跳ねた。
やがて全員は音の主へと視線を投げ、視線の先の騎士の頭が垂れる。
「わっ……悪ィッ……! ちょい小腹が空いちまってよ……」
「今の音が……小腹……? 嘘じゃろ……?大腹じゃろ今のは……。」
「仕方ないですね、調子も戻ってきましたし、一旦は食事にしましょうっ!
私で良ければ、また何か軽く作りますね。」
パルテオンの空腹を満たすため、荷物を広げ食事の準備に取り掛かるセラ。
「火はあまり使わないほうが良い」とのルルの提案を受け――
食事は簡易的な、切り分けた黒パンに野菜と干し肉を挟んだサンドイッチ。
どうにも足りないのか、とても不服そうなパルテオン。
簡易的な食事を終え、若干の恐怖はあったが、ルルもセラも回復。
一同は下層へと下る決意を固め、休息場所を後にするのだった。
◇ ◇ ◇
そうして訪れた最下層――
下りてすぐに待ち構えていたのは、石造りの巨大な門。
左右には蛇のような装飾、その眼球部分には宝玉が埋め込まれている。
怪しく明滅する赤い宝玉は、まるで鼓動のような一定の間隔。
その瞳は、一同を値踏みするかのような、粟立つような視線。
扉を開ける前に、ノアが確認を取るように皆に語りかける。
「開けてもいいかな? この先、きっと戦闘は避けられないから。」
「それでしたら一応《防御の祈り》を祈らせてください。
先ほどの件もありますので、一応、念のために――」
錫杖を胸に《防御の祈り》の言葉を紡ぎ、聖光が皆を包んだのを確認し――
ノアは聖剣をいつでも抜けるように構え、扉を押し開ける。
重い石の扉は擦るような音を響かせ、やがて見えてきた空間の内部。
扉の先に広がっていた光景に、一同は固唾を呑み込み、武器を構え直す。
先ほどの戦闘同様、異様な景色に、全員の表情は強張る。
部屋の奥に確認出来るのは、ほのかに闇を纏い、靄を放つ汚泥滴る巨石。
巨石から滴る汚泥溜まりからは、無数の触手が這い回る。
まるで獲物を求めるように、うねうねと左右に揺れ蠢いていた。
そして、付近には全身が黒色で塗り潰された、蟻のような虫の軍勢。
そんな魔物たちを従えるように、佇んでいるのは、先程の魔族の童女。
嬉しそうにドレスを揺らし、じっと、扉の先にいる勇者たちを見据えていた。
童女は身を翻し、ドレスから汚泥を散らし、鮮烈な猫なで声を響かせる。
「ぃひひっ!さっきぶりぃ! おにいちゃんに、おねぇちゃんっ!
またぁ……ぼくの子たちと遊びに来てくれたぁ……そうだよねぇ?
リンお姉ちゃんうれしぃっ! ぃひひっ!」
白金色の長髪を地面に垂らし、無邪気な手つきで巨石に手を添え笑う童女。
愛おしそうに巨石を撫でつけ、小さな舌でちろりと泥を舐め取る。
「いひっ……! えぇっとー? この子ぉ、リンのぉ、魔力と血液ぃ……?
吸ってぇ、それでねそれでぇ……だからぁ、こうなってるっんだってぇ!
なんかぁ……じっけん? したいってぇ、誰かが言ってたのぉっ!
それでぇー、ここに置いてってぇ、ぼくがお願いしたのぉ!」
童女は『くすくす』と薄ら笑いを浮かべ、心底楽しそうに巨石の周辺を歩く。
異様な童女の姿に身体が硬直し、微動だに出来ない勇者一行。
なにか行動に移せば、童女の気を損ねるのではないかと、動けないでいた。
「えらいえらぁいっ! ぼくと遊ぶのはぁ、やめておいて正解よぉ?
リンねぇ……とぉーってもつよいからぁ……! ぃひひぃっ……!
遊びたいならぁ、まずこの子たちをぉ……相手にしてぇそれでぇ――
ちゃぁんとぉ……証明? してぇ? ねぇっ……! ひひっ!」
恍惚に顔を歪め、両手で自身の顔を掴み、童女の身体は泥へと変わり――
気味の悪い高笑いを残し、童女の姿はその場から消えた。
巨石から滴る泥と混ざり、瞬間――触手と虫が一斉に勇者たちへと襲いかかる。
「クッソ……!なんなんだよアイツぁッ……!!」
大盾を突き出し、メイスで地面を叩き、敵の注目を一斉に自身へと向ける騎士。
聖剣を抜き放ったノアが、パルテオンから逸れた魔物たちを両断。
部屋を埋め尽くさんとする勢いの、黒一色の蟻のような虫と触手。
魔物たちは、巨石から滴る黒泥から、無限に生み出されていた。
その為、切っても切ってもキリが無く、聖剣を振るっていたノアは眉を寄せる。
『聖剣さんッ……!【勇者特権】を――』
『――勇者特権……――承認は否。』
澄んだ女声が無慈悲にもそう告げ、短く息を零すノア。
真剣な眼差しで聖剣を握り直し、剣を振るい続ける他無い。
「私が支援をっ! 星の導きよ、昏きを照らす御力を与え給う――
《サンクティア》ッ!」
彼女の掲げた錫杖――宝珠から聖光が奔り、皆の武器へ粒子が注がれる。
全員の武器が淡い虹色の粒子を纏い、幻想的な光景を生み出した。
「なんこれ? 属性付与ちゅーこと? これって魔法にも乗るん?
物は試し――とりま、広ぇとこじゃし、一発デカイのやっちゃるけぇ!
それじゃ、あたしは詠唱入るッ! あとは頼んだ!
万象を覆う白き静寂……終焉の吐息は生命の楔――」
彼女が詠唱の言葉を紡ぐ度、周囲は冷たい風が吹き、小さな氷の粒が渦巻く。
そんな小人族めがけ、魔物の軍勢が殺到するが騎士が大盾で押し返す。
「天上天下、森羅万象を凍てつかせんとす、果てなき悲哀の渦……。
我が御敵に冷酷無情の裁きを与えん――」
詠唱を続け、短杖を天高く掲げくるくる回すように動かし、周囲の空気を操る。
次第に空気が凍りつき、皆の肌を撫でるのは、凍てつくような感覚。
「《肉体強化の祈り》ッ!」
咄嗟に《祈り》の言葉を吐き出し、前衛二人へ援護するセラ。
彼女の言葉が落ちると共に、二人の身体が淡く発光し――
聖女の支援を受けた彼らの動きは、目に見えて鋭くなり前線を押し上げる。
「そろそろ詠唱終わるッ!! 二人とも離れてーーーッ!!」
ルルの言葉を受け、前衛の二人は飛んで退き、魔物たちから距離を離す。
小人族の紅い瞳には冷たい光が宿り、空間の温度は極寒と化した。
「これがあたしの全身全霊――ッ! くーらえーっ!
絶対不可避の冰獄を今此処に――《アブソリュート・ゼロ・ジャッジメント》」
短杖を魔物の軍勢へと向けると、まるで空間が“落とされた”ように――
一瞬で魔物たちは成すすべ無く凍りつき、時間を切り取ったかのように静止。
やがて寸瞬の間を置き、魔物たちは崩れ落ち――周囲は白銀の極寒地獄と化した。
あれほどの大群は、灰となり消滅していたが、それでも尚も健在の巨石。
泥こそ滴ってはいないが、異様で異質な空気は変わらない。
不穏な気配を纏ったまま、その場に佇んでいた。
「セラ、わりぃが浄化を頼めるか? 浄化でどうにかなるって話らしいからよ。」
ノアが聖剣を鞘へと戻し、パルテオンは盾を構えながらもセラに言葉を投げた。
小さく頷き、錫杖を掲げ巨石の側に寄ろうと足を運ぶセラだったが――
「あー、待ってー。」
と、姿無き声が彷徨い、全員が再び警戒の態勢を取った。
「駄目だヨ。 ソレ、近づいたらイケないヨー?」
場を割くような軽薄な声音、黒紫の霧を纏い、こつ然と姿を現したのは――
銀白金の長髪に、白亜の石像のような血色を感じさせない肌色。
まるで夜空のような黒紫色の瞳――片側の目は髪で覆われ、確認できない。
黒色の外套を身に纏った美麗な青年が、勇者一行を親しげに見据えていた。
親しげな微笑のはずなのに、瞳からも、上げられた口角からも――
感情というものが一切見られず、凪いだ水面のように一定。
「ヒヒッ! 瘴気を吸ってご覧ヨ? あっという間に心が壊れ――」
青年がまだ何かを言葉を語っている最中、聖剣を抜き放ったノア。
凄まじい速度で青年へと刃を振るうが、青年の姿は既にそこには無い。
青年の姿は“いつの間にか”聖女や小人族の背後に居た。
(いっ……いつの間に背後に……!)
強張るセラやルル――しかし青年は特に何もせず、淡々と言葉を紡ぐ。
「ヤダネェ?血気盛んだコト。 ボク、戦う気なんて更々無いのにサァ……?」
何が愉快なのか、軽く肩を持ち上げ「ヒヒッ」と、喉を震わせ笑う青年。
ノアが踏み出そうとするが、パルテオンが「まぁ待て。」とノアを制止。
「お前も魔族だな? ……さっきの魔族の女とは、どういう関係だ?
お前らは“仲間”か? ……回答次第じゃ――」
警戒を解くこと無く、大盾を構え低い声を響かせるパルテオン。
「そだヨー。 ボクは魔族。 ンデ、この場所に石を持ち込んだのもボク。
――ああ、やめてよネェー? 人族は蛮族を勇者と呼称するのカナー?
全くサァ……。 チョーットくらいボクのお話聴いてヨー。」
青年の言葉にノアは殺気を纏っており、一触即発の気配が漂う。
「あのサァ……。 すこーし考えたら分からなぁい? こうやって――
理知的に会話が出来てるってコトはサァ、ボクには敵意が無い……。
そんなコトも分からないワケ? 短絡的なのは良くないヨォー?」
青年は言葉を落としながらも、飄々とした態度を崩さない。
それどころか降参と言いたげに、手のひらを頭部付近でひらひらと振る。
「考えなしに飛び込むのは自殺と同義じゃなぁい? はぁ……。
あの童女には向かわなかったのにネ? ボクなら簡単にヤれるって思った?
ボク、お話続けても良ーい? 勇者サマー……聖剣収めてくれなぁい?」
聖剣を鞘へと戻し、ため息を吐き出し、険しい顔つきで口を開くノア。
「いきなり、剣を向けて……斬り掛かってしまい、ごめんなさいっ……。
よければ、お話を続けて、下さいっ……。」
青年は瞳を細めると「お話、続けるヨ。」と、腕を後ろに回し語りだした。
「石を持ち込んだのは確かにボク。 だケド、不本意でサ。
頼まれて仕方なく運んだのネ。 こちとら困ってるって感じナノ。
この石、ボクじゃ破壊出来なくてネ、だからキミたちに協力して欲しくて。」
「ボクはキミたちに“善意”で声をかけたつもりだったのだケドー。」
軽い調子で「ひどいネー」と呟き、一同の様子を窺う青年。
『ハッ……。』と鼻で笑うように、青年を一瞥したルルが言葉を吐き捨てる。
「呆れたわ……んな軽い調子でさー。
こんな場所……こんな状況なわけじゃけど?それで信じろって?
そりゃ無理あるじゃろうて。 そこん所どうなんよ。」
「ヒヒッ! それもそだネー? ま、確かに簡単に信用とかー?
こぉんな魔族の言葉、信じろってのが無理あるよネー。 とりあえず……。」
青年は微笑を崩すことなく、黒泥を滴らせ始めた巨石へと歩み寄った。
巨石の周囲には薄紫色の膜のような靄が広がり、瘴気を抑え込む。
「はーい。 これで近づいても安心安全ー。 浄化できるヨー。」
わざとらしく手を鳴らすと、彼の姿は黒紫の霧を残し消えた。
彼の姿は出口にあり、パルテオンが青年を睨みつける。
迷いのあったセラだったが、首を横に振り《祈り》の言葉を口にする。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
祈りの言葉と共に聖光が巨石を包み、淀んだ瘴気を焼き尽くすように溶かしていく。
じわじわと光が泥と靄を抑え込み――やがて瘴気の残滓すら霧散。
その光景を静観していた魔族の青年は、再び一同に語りかける。
「――魔族の皆サマは戦争を仕掛けようとしてるみたいだヨ。
ボクはそれを止めたくてここに来たのネ。 ま、信じなくても良いケド。
それじゃあネー? またどこかでお逢いしましょ。 みなサマ……ヒヒッ!」
黒紫の霧だけ残し、青年の姿はもうどこにもない。
最後まで軽薄で、どこからどこまで真実なのか、まるで分からない青年の言葉。
迷宮内を支配するのは、澄み切った空気と、先ほどの言葉の余韻。
巨石は確かに浄化された――が、魔族の出現という事態。
その事実が皆の思考をかき乱し、重くのしかかっていた。
7/21 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




