その【童女】魔族につき。
ノアとセラはというと――
彼らの進んだ道は、かなり道が狭くなっており、ノアは若干進みにくそうに歩んでいた。
セラは錫杖が所々引っかかりそうになり、仕方なく首飾り状態へ。
「狭いねぇ…僕にはちょっと、窮屈だしこれじゃあ聖剣さんが振るえないねぇ…
いざとなったら拳でも戦うけどさぁ…」
「ここ、本当に道なのでしょうか… なんというか、嫌な予感が…」
二人で会話しつつ進むが、特に何事もなく、やがて道は突き当り。
帰る道すがら、通路が狭く足元を取られ――セラがノアのマントを巻き込み転倒。
「きゃっ!」と小さく悲鳴を上げ、すっ転んでしまうが、ノアが庇い下敷きに。
思いっきりノアの身体へ、全体重を乗せる形となってしまったセラ。
彼女は申し訳なさに、青ざめつつも、下にいるノアから離れる。
「まっ……真に申し訳ありませんっっ!!! 重いですよね!!ほんとにっ…!」
顔を覆い隠し、必死に《治癒の祈り》を祈るセラだったが、ノアがそれを制止。
「ちょっとまって、セラ!! 大丈夫!!大丈夫だから!! ねっ!
力使いすぎちゃったら、セラ、また倒れちゃうよ……!」
セラを落ち着かせた後、結局は、来た道を戻るしかない二人だった。
◇ ◇ ◇
一方、パルテオンとルルはというと――
「なんとなくこっちが正解な予感しとんよ。 あたしの勘がそういっとる。
根拠は全くねーけどよ…でも、これみりゃ――」
「大した自信だなオイ…。 だが俺も同意見だ。 明らかに、スライム――
いや!いくらなんでも多すぎんだろ!! おいルル!コイツらどうすんだ??
どんだけ増殖したら、ここまで増えるんだ畜生…!」
そう。彼らは正解の道を引いていたのだが、彼らの行く手を阻むのは、多数のスライム。
多数と言うには少々言葉が足りず、壁や天井を埋め尽くす程のスライムで溢れていた。
パルテオンは大盾を構えつつ、じわりじわりと滲み寄るが――
スライムが「ピョン」と、威嚇するように跳ねるたびに、彼は一歩下がる。
ルルは一見無表情だが非常に困っており、どうすればいいかを逡巡――
やがて一つの解を導き出し、短杖を掲げ、そっと詠唱を始めた。
「万象を覆う白き静寂よ、その吐息は時を止め、 その腕は生命を縛る――
我が呼び声に応え、氷の棺を築きしめよ。 逃れる術なき絶対零度の冰獄――《ヒオルム》!」
ルルの周囲に風が吹きすさび、小さな氷の粒が集まっていく。
ルルが短杖を軽やかに動かすと、氷の礫を纏う嵐がスライムの軍勢を襲う。
天井や壁にびっしりこびりついたスライムは凍り、自重に耐えきれず、ぼとぼとと落ち――
物理法則に基づき、スライムの身体はバラバラに砕け散った。
「やったぜ。 あたしらの勝ちだな。 へへーん!
でも魔力の消費がちょいきついかも…ふぅ…。 打てて後二、三回が限界だぜー…」
「魔法ってこの国じゃ忌避されてっからなぁー、あんまお目にかかれねえからよぉー…
ここまで凄まじいと、魔族って一体どんなバケモンなんだって思っちまうな…
そういや、魔族について、賢者に聞くの忘れてたな…」
二人はスライムとの戦闘の戦利品である、ガラス玉の様な透き通る玉を集める。
スライムの核は割れやすい為、扱いは丁寧にしたほうが良いと、パルテオンがルルへと指示。
ルルが持ってきていた手巾に、丁寧にスライム核を包み、パルテオンの鞄へと入れる。
そうして“掃除”をしていると、ノア、セラと合流を果たした。
「あっちは何もなかったし、狭かっただけだったよ…行き損だったねぇ…」
「はい…狭いだけで何も無いのは…ちょっと悲しかったです…そちらは?」
ルルが先程までスライムの大群に襲われ、危なかったと大げさに説明。
ノアの顔が青ざめ、二人に申し訳なさそうに謝罪。
スライム地帯を越えた先に、六層から七層へと降りる階段が現れ、皆安堵の息を漏らした。
ノアが先頭に立ち、階段を下っていくが……。
妙な気配を感じていたノアは、いつでも聖剣が抜けるようにと、柄に手を触れていた。
「なんだか、嫌な気配がする…。 みんな、いつでも戦えるように構えておいて…っ!」
ノアの言葉に一同が頷き、戦闘態勢を取りながら、長い階段を下る。
七層に降り立った瞬間から、景色が異様だということが見て明らかだった。
そこに蠢いていたのは――顔が虚空に呑まれてしまった魔物たち。
ゴブリンや、先程戦った二足歩行の鼠頭の魔物――その奥には黒い泥。
黒い汚泥が泡立ちながら変形していき、触手のような形を取り、蠢く。
「また、だな。 賢者が聞いたっつー、噂通りってわけだな。」
「これで、三度目――だね。 近くに石は…無いみたいだけど…」
パルテオンが大盾を構え、前へとじわりと迫り、ノアが聖剣を抜き放ち――
彼は強く踏み込むとゴブリンと鼠型の魔物を圧倒していく。
だが彼は、触手の脅威を知らなかった。
ぬらぬらと、光を反射し、機を伺うように蠢く触手――
ノアをするりとすり抜け、後衛二人めがけ、勢いよく伸び、手足に絡みつく。
セラは《祈り》を紡ごうとしていた最中で、止められてしまったようだった。
錫杖を持つ腕を、がしりと拘束されてしまい祈れないセラ。
「ちょっ……! 嘘っ…… ま、まって! きっ気持ちわるっ…!
へ、変な所…触らないでくださいっ…! くっ、このっ!」
がむしゃらに抵抗するセラは、手足を拘束され――身体を持ち上げられつつあった。
一方でルルはというと、触手に絡まれているにも関わらず無表情。
「わー、しんど。 まじだる。 パラライズっ」
彼女は麻痺の魔法を放つと触手は動きを止め、彼女の拘束は解けた。
しかし拘束が解けたのはルルの周りの触手だけで、セラは未だにされるがまま。
「わりぃ、セラちゃん。 あたしのパラライズ、そっちにつかえん。
使ってもいいけど、セラちゃんが麻痺っちまうから、無理。」
セラの身体は触手に持ち上げられており、彼女の顔色は悪くなる一方。
神官服でわからないが、足元を見れば、這い上がってきているのは見て取れる。
(まずい、ですねっ…ふくらはぎ辺りまで登ってきてるっ…!)
(錫杖、は……掴まれてしまって、とても祈れないっ…! ああもう!)
セラは抵抗を諦め、顔をノアへと向け、彼に向かって声を上げた。
「ノアッ! お願いですっ…助けてくださいっ…! 錫杖がなければ――
祈りの力が弱まる上、集中しなければそもそも祈れないのですっ!
【聖女】とて、万能ではありませんっ……! どうかっ…おねがいっ…!」
助けを請われたノアだったが、彼は切り込もうにも決断出来ずに居た。
触手だけ切れば良いことは、ノアでも流石に理解はしているのだが――
彼女の身体は持ち上げられ、このままでは色々と危ないことは想像に容易い。
切り込もうにも、何処から切り込めば良いのか分からず、尻込みしていた。
(どっ、どうしたらっ!? 聖剣は長剣なんだ…仮にセラを怪我させてしまったら…!)
パルテオンが見兼ね、舌打ちをしつつノアに怒声を浴びせる。
「おいノアッ! 戦闘中だぞッ! 冷静になれ!
錫杖を持つ腕の触手だけ、切ればいいッ! それさえやりゃ、恐らく聖女は祈れるッ!」
ノアは一瞬、驚いたような顔を浮かべ、即座に言われた通り触手を切り離す。
セラの身体は持ち上げられたままだったが、彼女は錫杖を胸に抱え、祈りを紡ぐ。
「天にあらす我らが主よ、不浄、穢れ……
あらゆる醜穢を星の巡りの元、慈愛を以て還し給う――《ピュリタス》」
彼女の身体から、ぶわりと淡い金色の光が迸り、セラの身体を包み込むと――
拘束が解け、彼女はようやく地に足を付くことができ、息を付く。
「パルテオンさん、ノア、ありがとうございますっ!」
セラは錫杖を掲げ直し、力強く祈る。
触手を成した黒い汚泥はぶくぶくと泡立ち、浄化の影響で、体積を小さくしていった。
周りの魔物たちはノアがあらかた殲滅をしていた事もあり、後は楽なものだった。
パルテオンが大盾で今度こそ後衛を守り、ノアが両断していく。
セラは両手に錫杖を握りしめ《防御の祈り》を紡ぎ、皆を守護。
しかしジリ貧で、黒い汚泥からは、無限に触手が湧き出ており、皆を邪魔していた。
ルルがためらいつつ、ため息と共に短く唱える。
「あーもうッ! パラライズっ!
だめじゃーあたし… もうっ…打てて、一発が限界だぜ…」
短杖を軽やかに動かし、敵の動きを封じると同時に、ルルはその場にへたり込む。
ルルの作った隙を逃す訳にはいかないと決意し、ノアは心の中で聖剣へと語りかける――
『【勇者特権】使わせていただくよっ!』
碧灰の瞳が、いっそう強く輝きを増し、彼の手に持つ聖剣に光が収束していく。
収束した光が最高潮に達した時、彼の脳内にのみ響く、冷たく澄んだ女声。
『勇者特権・起動……使用を承認』
「――聖光一穿ッ!!」
聖剣を大きく引き、強く突き出すと、剣先から穿たれた光――
その光は大砲のような轟音と共に一直線に敵を貫き、全てを蒸発させた。
七層を覆っていた不気味な気配が、一斉に霧散し、後には何も残らない。
大技を放った後の聖剣は、透明な刀身が変化し、色味を帯び実態感のある物質へと変化。
迷宮・七層を覆っていた不気味な気配は、何事もなかったように晴れた。
ノアは聖剣を納め身を翻し、全員の無事を確認しようと顔を向けた――その時だった。
乾いた空気を裂き、銀色の光を纏った短刀が何処からか飛来し――
一直線へセラの胸元へと放たれたが《防御の祈り》が胸に到達するのを阻止。
しかし、甲高い音を立てながら、ガラス片のような聖光が砕け散った。
「カラン」と音を立て、短刀は彼女の足元へ、鈍い金属音を立て転がる。
「えっ……なっ―― な、に……?」
ノアはすぐさまに聖剣を構え直し、パルテオンがセラの側へと駆けつける。
短刀が飛んできた方向から、軽い足音が聞え、闇の中からふわりと現れる姿。
浮遊するように揺れ蠢く、白金色の波打つ、床に届くほどの長い毛髪。
黒を基調としたドレスに、血のような赤いフリルが彩られた派手な衣装。
半束ねにした双髪が、幼い印象を与えるが、額――こめかみ部分から覗く鋭利な二本の黒角。
血色をまるで感じられない蒼白な肌に、柔らかだが、どこか嘲笑的な笑顔。
灰黄色と紫水晶色に輝く、左右非対称の無垢な瞳が、僅かな狂気を孕み、聖女を見据える。
誰の目にも明らかな、その異様な童女の姿は“魔族”であることを雄弁と語っていた。
「あっれれぇー? ぼくのぉナイフ、当たってないのぉ?
ちょっとぉ、ざんねぇん…… でもでもぉ――」
舌足らずで拙い猫撫声が、石壁に不気味なほどに反響する。
恍惚とした、嘲笑の笑みを浮かべた童女は両手を広げ、全員に優しく語りかけた。
「さっきぃ、うちの子達とぉ…遊んでくれたー? からぁ…いーのぉ!
――またあとでぇ、あそぼうねぇっ! ぃひひっ!」
その幼い声と共に、彼女の身体は揺らぎ「びちゃっ」と音を立て――
その姿はもう既に無く、彼女の居た場所に残されたのは、黒泥。
後に残ったのは不気味な余韻と、セラの足元に転がる短刀。
彼女は肩を震えさせ錫杖を握りしめ、自身を落ち着かせるように胸元を押さえた。
(《防御の祈り》が一瞬で――もし、祈りがなければ…私はっ…!?)
震えるセラの元にノアが駆けつけるが、その表情に朗らかさはない。
「セラっ!!! ごめん……!! 僕が油断したばっかりに……!怪我はっ…?」
ノアがセラの身体に傷がないかを確認しようとするが、彼女の様子を見て、辞めた。
セラは恐怖からか、震えたまま動けず、足を竦ませるばかり。
一同は皆、恐怖で固まり、全員がその場で立ち尽くすしか出来ないでいた。




