頁:16 その【悪寒】兆しにつき。
ルルリカさんの生家で、一晩お世話になることになりました。
というのも、この集落付近の森は大変物騒らしいのです。
集落で咲き誇っていた大輪の薔薇が赤色であった場合――
集落の外、つまり森は危険とのこと。
私たちはルルリカさんの家で、まったりと時間を過ごしておりました。
私の知らない、白兎小人という種族の話を始め――
この森はいったい何なのか?等、話題は尽きることがありません。
会話を交わしていくうちに分かったことですが……。
この森は、煌陽国から遠く離れた大地だということが分かりました。
時折こうして、原因は不明だそうですが、様々な人たちが迷い込むと。
“森”という場所を起点として“空間の歪”が発生するとかしないとか。
その結果、この西の大地に広がる大森林に、送り込まれるのだそうです。
曰く――『精霊様の気まぐれ』や『万物の通り道』と、言われているそう。
そして……森を抜けるには、木の上に住んでらっしゃるエルフ族……?
の方々に交渉をするしかないと、そういうお話らしいです。
勇者様や騎士様は大人しく聞いておりますが……。
他にも興味をそそられるお話を、ルルさんのご両親が語ってくださいました。
どうやら、西の大森林は三層構造となっているみたい……?
根を張る地下には、ドワーフ族ばかりが集まって暮らしているのだとか。
そして木の上には、エルフ族の皆様が暮らしているのだそうです。
地上には小人族を含めた、多種多様な種族がいらっしゃると!
和やかに料理を食し――ルルさんのご両親は寝室へ。
中規模なお部屋なのでしょうが、恐らくここは大部屋なのでしょうか?
窓から射し込んでくる不思議な植物の影が、部屋を幻想的な色に染めて――
揺れる光が、どこか緊張を解いてくれるようで……本当に不思議な空間です。
「おーい、皆。ちょいコッチに集まってもらってもいいか?
すこーしばかり見てほしいモンがあんだ。」
どこか、手狭そうにしてらっしゃる騎士様でしたが――
何事でしょう?と、勇者様やルルさん、私も彼の元へと赴きます。
全員が騎士様の元へと集まってきたのを確認し、革袋をまさぐり――
そうして、一粒の石を取り出して、床の上に「ころん」と転がしました。
床の上に転がった石からは、脈打つように靄のようなものが溢れ出して。
とてもじゃないですが、不穏そのものの空気を感じ、私は一歩後ろへ。
「今日の戦闘ん時によ、あの熊みてぇな顔が潰れた魔物、アイツから――
この石が出てきやがったんだ。見てくれ、俺ですら嫌な気配を感じてんだ。」
「ちょい、やべぇヤツなんじゃねぇかって思ってよ。」
まるで――存在を許されていないような、そんな気配すら感じる石。
勇者様は真剣な眼差しで眺めてらっしゃいますが――
(これは、私の知識では『瘴気』と呼ばれる物に近しいものでしょうか?)
「そうですね、気味の悪い石……ですね……? 恐らくではありますが――
瘴気を宿しているのやもしれません。失礼ですが……これが魔物から?
だとすれば、おかしいです。魔物が石を残して姿を消すのは……」
魔物という存在は、この世ではありふれたもの。
しかし、私の学んできた知識では魔物が姿を消滅させるという事象。
そんなことは文献はおろか、他の神官や司祭さまからも聞いたことが、ない。
「だよなぁ。俺も同じことを思って持ち帰ったんだ。」
「あの魔物は遺体すら残さず灰になってたろ?多分だけどよ――
俺が思うに、コレが原因なんじゃねぇかって踏んでんだ。」
騎士様とあれやこれやと意見交換をしておりますと、勇者様が挙手。
どうにも申し訳なさそうな表情で語ったお言葉。
勇者様は、魔物の知識に関して、ほぼ皆無らしいのです。
確かに――平和な領地には、強力な魔物は出ないと聞いたことがあります。
ですので、勇者様にそういった知識がないことは、不思議ではありません。
騎士様と共に、魔物の生態を語りますが――険しい顔の勇者様。
「――っと、おはなししよるとこ、申し訳ないんじゃけど。」
「あたしらの森でもこんなイミフな石……見たことも聞いたこともないんよね。
今日戦ったあの魔物なんじゃけど、本来は『アルドーン』って名前の魔物。
生息範囲が広い魔物なんじゃけど、めっちゃ凶暴な熊型の魔物なんよ。」
「ほんで――こっからはあたしの推測になるんじゃけど、とりま語るわ。」
そういって、彼女が語り聞かせてくださった考察は、このような感じ。
勇者が西の大森林に来る以前の話。
依頼を受けたであろう村付近の動物が、始めに石を取り込んだのがキッカケ。
その動物は森に逃げ込み、森の生態系に異変をもたらしたのではないか。
動物を追ってきた勇者もろとも、大森林まで連れてこられてしまい――
その後、動物はアルドーンに捕食され、結果として魔物が変質してしまった。
無表情ながらも、とても真剣な眼差しで語った彼女。
確かに……それならば辻褄が合いますし、納得もできます。
ただ――その『石』の正体は、なんなのでしょうか?
「……『万物の通り道』があーたらと、石を捕食した魔物を運んだ。
そう考えるのが、あたしとしては一番しっくりくるんよね。それに――」
「こんな妙な石……見つけたら“上の連中”が騒いどるしほっとかん。」
どうにも部屋の空気を満たすのは、重くて苦しいような……。
軽いお悩み解決のつもりだった私たちでした。
ですが、後ろに控えているのは、もっと大きいことなのでは……と。
――「パンッ」と、手を打ち鳴らす音が聞こえ、ハッとする。
「とりま、時間が時間じゃけぇ、今日はもう皆、寝んちゃい。
長い時間歩いて疲れとるんじゃろ?狭いかもしれんけど、なっ?」
「そうだね。とりあえずは……石のことは後日調べられそうな場所に……」
「んだなぁ……さすがの俺もちょい疲れてるしな……」
不安ばかりが胸を支配してて、私はどうにも落ち着かなくって。
どうして彼らはこうも、笑顔でいることができるのでしょうか?
――私の、考えすぎ?
就寝の挨拶が交わされて、皆様は寝床に就いて穏やかな寝息を立ててます。
身体に奔る疲れはあるのですが、私はどうしても眠ることが出来ない。
(どうして――勇者様……いえ。皆さまは強くいられるのでしょうか。)
(恐怖はありませんの?私には、皆様が強くあれる理由が、分かりません。)




