その【迷宮】不穏につき。
都市を抜け、街道を早馬で駆け抜ける二頭の馬。
先頭を行くのはノアとルルの馬、後続に続くのはパルテオンとセラ。
一方は非常に楽しそうに進んでいるのだが、もう一方はといえば、だ――
セラは目を最大限細め、乗馬の揺れに静かに耐えていた。
まるで命綱を握るような強い決意を持って、騎士の軽鎧を掴み上げていた。
そう――彼女は乗馬に対する恐怖や不安、緊張といった感情を隠せないでいた。
それら総てが、騎士の軽鎧を掴む手の力へと繋がり、彼の肩を全力で掴む。
「なぁオイ……。 セラがそれで良いなら、それで別にいいんだけどよ。
そんな辛ェなら、ちゃんと言ってくれよ? ゆっくり行くからよ……。」
「大丈夫ですっ!! ですからッ!! さっさと向かいましょうッ!!」
そうして数十分後――次第に見えてくる迷宮の全貌。
迷宮の外観は、岩肌を抉るようにくり抜かれたような見た目の洞窟。
遠目からだと、ただの闇にしか見えなかったソレ――
しかし、距離が近づくにつれ、ただの闇ではないことが明らかになっていく。
洞窟の内部には、淡く光る鉱石の灯りが闇を照らす。
また、迷宮の付近には人工物がちらほらと点在していた。
早馬用の簡易的な木柵が設置されており、その場所へ馬を繋いでおく。
「なーなー。 この馬ちゃんって、盗まれたりせんの?」
「ほれみろ。 鞍に宿の刻印があんだろ? それと蹄付近にも印がある。
錬金術師が作ったっちゅー……特殊な道具が使用されてたはずだ。
盗難対策はそれでばっちりちゅーわけだな。 すげえよな!ガハハ!」
ルルの素朴な疑問に、パルテオンが肩を鳴らし軽快に答えていた。
洞窟の奥からは、不気味な冷たい風が吹き抜け、息を飲む一同。
「僕……迷宮は初めて……少しだけ緊張してるよー……。
それじゃ皆――行こうかっ!」
先頭に立ったノアが聖剣の鞘を小さく叩き――
そして、勇者一行は軽やかな足取りで、迷宮へと足を踏み入れた。
◇ ◇ ◇
迷宮の内部は洞窟のような空間。
湿気を帯びた空気が漂い、外観からは伝わらなかったが、冷たい空気が肌を刺す。
壁面には、不気味な光を放つ苔がびっしりとこびりつく。
天井からは水が滴り、時折『ポチャ』と石床を叩く音が響く。
思っていた以上に迷宮内は静かで、魔物の気配はない。
「静かだねぇ? 入ったばかりだから、魔物さんも居ないのかな?」
それほど大きな声を出したわけではなかった。
しかし、周りの静寂との対比からか、勇者の声はやたら大きく残響する。
異様な静けさが漂う中、勇者一行は警戒を怠らず周囲を散策。
そうして、奥へ奥へと誘われるように進んでいくが、さすがは迷宮。
一本道ではあったが、妙に曲がりくねっており、また水分を含んだ苔が足を取る。
魔物は現れないが、ぬかるんだ足元がそれ以上の恐怖を生み出していた。
やがて、人工物かと疑いたくなるような、下りの階段が姿を現した。
一同は階段を下り、二層目へと足を運ぶ。
「迷宮ってどういう仕組み? 今までめちゃ自然物みたいな感じじゃったじゃん。
なのに急にこんな、人の手が加えられたみてーな階段が出てくるって。」
階段を一段一段丁寧に下り、質問のような言葉を落とすルル。
彼女の問いかけに対し、聖女が言葉を拾い、疑問に答える。
「迷宮とは――魔物の延長線上……元来からそう伝えられているみたいです。
私はそう聞き及びました。 こうして人工物のように見える階段も……。
私たちを、より奥へと誘い、養分とするためだとか。」
「入り組んでいるのもそうでして、侵入者を逃さないためだと。
諸説あって、まだ研究途中らしいですが……未だに全貌は不明らしいです。」
会話を挟み、長い階段を下りきる勇者一行。
二層目へと降り立った瞬間、殺意を持った眼差しが一行へと向けられた。
セラはすぐに胸元の錫杖の首飾りを握り、咄嗟に錫杖へと形態変化。
「ギギィ。 ギギ……ッ! グチ、チチッ!」
舌を打ち付けるような耳障りな音。
暗闇の奥からぞろぞろと小さな影が溢れ出した。
飢えた瞳に濁った緑色の肌――口から滴る涎……にじり寄るゴブリンの群れ。
牙を剥き出しにし、ゴブリンの群れは棍棒を構え、後衛二人目掛け襲い掛かる。
大盾を構えた騎士が前へ躍り出ると、ゴブリンたちを押し留めた。
「狙いはセラとルルだッ! 明らかにそっちに行こうとしてるッ!」
ゴブリンの生態を理解しているがゆえ、セラは身震いし、すぐに錫杖を構えた。
騎士が作ってくれた時間を有効活用する為《祈り》の体勢へ。
「天にあらす我らが主よ、星の導きの元……
その御自愛で守護を与え給う――《グラティア》」
聖女の身体から溢れる聖光が全員を包み込む。
聖剣を抜いた勇者が騎士の前へと向かい、小人族が短杖を召喚。
ゴブリンたちとの、戦いの火蓋が切られた。
外にいる野生の魔物と違い、迷宮内の魔物は知能が高い。
小賢しい連携で騎士を翻弄しつつ、じわりと女性陣へ視線を向ける。
錫杖を両手に握り、瞳を閉じて《祈り》に集中する聖女。
短杖を構えたルルは、余裕綽々の様子で、口を開き短く詠唱の言葉を紡ぐ。
「《麻痺》っ!」
彼女の短杖から小さな稲妻が奔り、ゴブリンたちへと放たれた。
たちまちゴブリンたちの侵攻を止め、その場から動かなくなった魔物の群れ。
その隙をつき、ノアが切り捨てるが――ゴブリンの数はあまり減っていない。
しかし勇者は臆することなく、次から次へと斬り伏せ――
後に残ったのは、討伐の証である牙や棍棒……はたまた汚い布まで。
「子鬼は僕の村でもよく現れてたからね……あはは……。
放っておくとその、うん。だから子鬼には多少の心得があるっていうか……。
セラ、ルル。 怪我はないかな? 怖かったよね……大丈夫?」
心配そうに女性陣に目を向ける勇者だったが――
二人とも無事らしく「大丈夫」との言葉を受け、安堵する男性陣二人。
ゴブリンの討伐品をかき集め、大きめの鞄に雑に放り込むルル。
「こんなでも路銀の足しになるじゃろ? 拾っておいて損はないじゃろ。」
こまめなルルの姿に感心しつつ、一同は再び二層目の散策を開始。
先ほどの勇者の、人外じみた動きに恐れをなした為か、なんなのか。
ゴブリンは以降、姿を現す事は無かった。
そうしてしばらく散策していると、三層目の階段が現れ下る一行。
全員が三層目へと下ったが……がらりと代わる空気に驚きを隠せない。
「なんこれ?……氷の、洞窟? さ、寒そう。 てか寒い!」
そう――三層目は透き通る氷が一面に広がった、凍てついた世界。
天井や壁、床ですら氷に覆われており、幻想的な光景が広がっていた。
そして、床は『ツルツル』と音を立てて滑る。
歩けば滑り、こんな場所で魔物が現れたら、戦闘どころではない。
「ちょ、ちょっとまって。 これは進みにくいねぇ……! どうしよ……。」
「俺もやべぇ。 こんな事になってるだなんて聞いてなかったからよ……。
悪ィが……俺は対策もなんもしてねぇッ……!」
じっと眺めていたルルだったが、彼女は何かを閃いたらしい。
「ちょい下がっとってー。」と全員に声を掛けると、短杖を掲げた。
「生命の祖たる母なる水よ……変遷の焔を抱き、瞋恚の熱を顕現せしめよ。
我が御敵を覆い、逃れ得ぬ奔流の抱擁を――《アクア・エブルリオ》」
小人族が詠唱を終えると、宙にぶくぶくと泡立つ熱湯が生成されていく。
魔法で作られた巨大な熱湯の塊が、洞窟の氷を押し流す。
あっという間に、氷は無惨にも溶けて消え、無くなってしまった。
小人族の彼女は短杖を片手に持ち、腰に手を当て、得意げに鼻を鳴らす。
「す、すっげぇな……。 魔法って便利すぎんだろ……。」
「さすがはルルだねぇっ! これなら……うん、歩けそうだよっ!」
小人族の魔法により、岩肌が露出した二層目。
歩きやすくはなったが、そもそもが入り組んだ構造の階層だった。
しばらく歩いていると、岩肌から突如として飛び出してきた影――
『ギャアギャア』と甲高い鳴き声に、歯をガチガチ鳴らし、現れた魔物。
げっ歯類特有の長い前歯に、鼠のような頭部を持った二足歩行の姿の魔物。
群れをなしたソレは、なぜか憤怒の様子で騎士の元へと殺到。
大盾とメイスを咄嗟に構えたパルテオン。
「おいッ!!なんかコイツら、すっげぇ怒ってんぞッ!!」
前歯で齧りつこうとするが、大盾で弾き返し、メイスで叩きつける。
体勢を崩していった魔物たちを、勇者が処理。
二人は見事な連携で、あっという間に蹴散らしてしまった。
女性陣二人は互いに顔を見合わせ「存在意義……」と小さく呟く。
「なんだか拍子抜けだねぇー? 僕たちって、もしかして強いのかな?」
とぼけたようなノアの発言に、パルテオンが豪快に笑い返答。
「そりゃノア! お前もう農夫じゃないからなッ! お前――
【勇者】じゃねぇかッ! それにノアには頼りになる俺らがいるだろ?」
その後――
しばらく散策するのだが、以降は魔物の姿はぱたりと止んでしまう。
不気味な静寂が勇者一行を包む中、四層目、五層目と難なく進んでいく。
「さすがに何もおきん過ぎじゃね? あたしちょい怖いんじゃけど……。
嵐の前の静けさ……? それかすでに別の人らが潜っとるんかね?」
四、五層目共に、魔物という魔物に出会わなかった一同。
どちらの層も一本道で進みやすく、その静けさが逆に不安を煽るようで。
そうして、六層目へと繋がる階段を下りる一同。
下りた先はまたガラリと姿を変え、一同を迎え入れる。
確かに、洞窟の中のはずだったのだが、広がるのはまるで地底湖。
透き通った水は、水底が確認できるほど。
透明度は測りしれず、圧倒される絶景が広がっているが――
生物の存在は確認できず、一体何が潜んでいるのか不明瞭だった。
天井にはいくつも色の鉱石が輝きを放ち、水面を明るく照らす。
「綺麗な場所だねぇ……! 水も見てほらっ! とっても透明――」
ノアが水に手を触れようとするが、ルルがそれを手で阻止。
「待って。 これ、ただの水じゃねぇ。 スライム住んどる。 怖ぇ……」
ルルの言葉に、疑問符を浮かべ『怖い?』と言いたげなノア。
そんなノアに対し、ルルがため息を吐き出し、懇切丁寧に“脅威”を語った。
一同は彼女の説明を聞き、縦並びになりながら、六層を慎重に屈んで歩む。
――というのも、ルルが恐れるほどの“脅威”が、完全に真隣なのだ。
一本道かつ、隣に広がるのは、透明度の高い湖のような“魔物”の群れ――
が……そんな全員の恐怖を知ってか知らずか、水が跳ね、そして――
ノアへと一直線に向かう、おおよそ人の顔の大きさはあろうかという水塊。
(なるほどッ! スライムさんは分かってますね……ッ!)
錫杖で水塊を薙ぎ払い、脅威を封じるセラ。
この場で一番の長物を持ったセラは、脅威キラーと化していた。
「ありがとうセラッ……! 僕の尊厳と服を守ってくれて……!」
「しかし、驚きました……。 まさかスライムさんに対して――
私の渾身の《祈り》である《防御の祈り》が効かないだなんて……。
ノアがやられてしまっては、ここで全滅もありえますっ……!」
そう――スライムという魔物は、あまりにも脅威度が低い。
そのため、セラの《祈り》はスライムを敵と認識できないのだ。
且つ、この厄介極まる魔物の生態……この魔物の脅威は別のところにあった。
スライムという魔物は、衣類や繊維をじわじわと溶かすのだ。
故にノアは、小動物のような瞳で、セラを必死に見つめていたのだ。
情けない姿を晒す勇者ノア。
彼は、ルルやパルテオンに笑われていることなど、気が付かない。
そうして地底湖を進んだ先では、道が二股に裂け、完全な分かれ道が広がる。
後衛と前衛のバランスを考慮した結果――
勇者、聖女チーム、騎士、小人族チームの二人組に分かれることとなった。
そして二組はそれぞれの道へと向かうのだった――
7/20 大幅加筆修正。主にPCブラウザで見やすいよう、調整致しました。




