その【騎士】大食漢につき。
それからというもの――
意識を手放してしまった【賢者】に困り果てた勇者一行。
近くにあったソファに彼の身を横たえ、セラが一か八かで治療に励んだ。
青い顔をする【賢者】の為、必死に《治癒の祈り》を祈る聖女。
――もう、めちゃくちゃである。
「《祈り》も万能という訳では、ないのですよ……ッ! も、もうっ……!
気絶からの回復のために《祈り》を行使するだなんてっ……!」
「ご、ごめんねセラ……。辛いなら無理は――っていってもこの状況じゃ……。
うん、仕方ないよね……。 後で一緒に甘いものを沢山食べに行こうね……。」
彼女の《祈り》により賢者の体調は良くなったのか、顔色が良くなっていった。
天を仰ぎ、ぽつりと……なかなかな声量で語ってくれた。
――割と、どうでもいい事を。
「もッ!!申し訳、ありませぬッ!! 三徹目を越えたばかりでしてッ!!」
「今訊きてぇのはおめぇのどうでもいい話じゃねぇッ! さっき言ってたろッ!
魔族とか異変だとかってよッ! 頼むからそっち優先で聞かせてくれッ!!
おめぇさんが倒れちまったらよ……セラに申し訳が無ェッ!!」
声を荒げるパルテオンに、びくりと身体を震わせる賢者バルタザール。
彼の身体は、彼女――【聖女】セラフィーナの《祈り》で、淡く輝いていた。
「賢者様っ!いいから早くお話を! ここへ来るのも一苦労だったのです!
それとこれは忠告――です。 今後徹夜はお控え下さいませッ!!」
賢者を包み込む聖光がひときわ輝く。
怒気を孕んでいる聖女の身体からは、虹色の聖光が溢れていた。
賢者の彼は、聖女の覇気に恐れをなし「すみませぬッ……」と小さく謝罪。
賢者は身体を起こし、なにやら腕を動かし――見えない力を行使している様子。
途端に宙へと浮かび上がる、周囲の紙や羽ペン。
それらを空中で待機させ、咳払いの後、語りだした。
「面目次第もございませぬッ……!不甲斐ないッ……!では簡潔にッ!
ワタクシの知り得る情報を説明させて頂きますぞッ!!」
そういって語った賢者の話の内容はこうだ。
恐らく勇者一行が追っているのは、瘴気を纏っている黒色の石――
それに関連する事柄を、彼が把握している範疇で語り聞かせる。
まず『瘴気』とは何かという話――それは、魔族が用いる力の一片であること。
例の黒い石の正体は未だ研究段階にあり、分かってはいないらしい。
そして、魔族たちが何らかの目的で、人間側の領地に仕掛けているのでは?
と、賢者は推察しているらしいが、しかし推論の域を出ないとのことらしい。
情報がまだ少なく、国も調査をしている段階――とのことだった。
語る途中、彼は苦しそうに咳き込みを繰り返し、セラは必死に指を組み祈った。
彼の為に《治癒の祈り》を祈り、輝きを増していく。
「してその石なのですがッ……どうにも魔物を活性化させるとの噂もッ……!
しかし噂は単なる噂ッ……ワタクシがこの目で確認しておりませぬゆえ――
念のために皆様にご確認いただきたくッ……こちらの石に見覚えはッ……!」
彼は指先をくるくると回し、宙に浮いた紙とペンを動かしていく。
紙に器用に“石”の図を描き、精密に描かれたその図面はまさに――
「これ……こないだ騎士ちゃんが拾った石と同じじゃね……?」
「んだな。 これだけ特徴が一致してやがると――同じモンだろう。
どうするよ勇者ノアさんよ。 現物が無ぇからなぁ、確認しようが――
しっかしあちこちで目撃情報、か……。厄介な事になってんなッ……。」
顎に手を添え、小さく唸りながら思考する様子を見せるノア。
彼は聖剣の柄に触れ、思考を巡らせながらも聖剣へと語り掛けていた。
『ねぇ、聖剣さん。 君はどう思う? 石が何のために存在しているか……
君には分かったりするかな?』
『……そうさな。 我は世界の総てを把握してはいない。 故に……。
分からぬことも多い。 かの石がどのように発生したか、また――
目的があり造られたのか、今の我には知り得ぬ。』
皆が思考に耽り、アレやコレやと考えているそんな最中――
『ぱたり』と何かが倒れる音が聞こえ、全員が賢者の付近へと顔を向けた。
賢者に《治癒の祈り》を祈っていた聖女だったが……彼女が倒れた音。
全員が「あーあ……。」と声を洩らし、ソファに腰掛ける賢者へ視線を注いだ。
注目の的となっている賢者は、申し訳なさそうに顔を青ざめさせる。
「ワッ……!ワタクシの為に力をッ……! 大変お心苦しくッ!!
伝えそびれていたのですが、近頃この都市近郊の迷宮でも、その――
石の目撃情報が相次いでおりッ……国の研究者が数名、行方不明にッ……。
事態は一刻を争うものかと――ッ」
賢者の言葉に呆れた様子のパルテオンとルル。
セラを抱えたノアは、小さなため息を吐き出し、全員の視線は賢者へ。
「あのよ……賢者さんよ。 こんな事ァ言いたかねえが……。
そういう重要な話は早く言ってくれ。 セラが倒れちまっちゃあよ――
行けるモンも行けねぇだろうがよ……。」
パルテオンが零し、セラに視線を移すが――
ノアの腕の中で、力なく横たわる彼女の顔色は芳しくなく、顔色は青白い。
そんな彼女を見つめていたルルは、謎毛玉生物を一旦帽子の中に隠した。
慣れた手つきで懐から手巾を取り出すと、手から水を出現させる。
手巾を湿らせ、もう片手で温度を調節し、優しい手つきでセラの側へ。
セラの額の汗を拭い、穏やかな瞳で彼女を見つめ、小さく呟く。
「大丈夫。セラちゃんは案外早く起きるけぇ。
ノアちゃんはそのまま、セラちゃんのこと抱きかかえとって。
セラちゃんの事は……このあたしにまかせろーいっ!」
ルルが甲斐甲斐しくも、セラの体温を調節するように額や首すじを拭う。
すると、十数分程度でセラの顔色は健康的な肌色に戻った。
うっすらと瞳を開くと、目の前には勇者と小人族の姿。
「あれ……。 ノア? それに、ルルちゃんも……? わ、私……?」
心配そうに顔を覗き込み、彼女の額に手を触れて、体温を確認するノア。
が――唐突の出来事に、セラは小さく「きゃっ!」と悲鳴を上げ、拒絶。
「あのっ!! っさすがに距離が近すぎですっ! ノア……!」
「ええっ!? ご、ごめんっ! 心配だったからつい……!
それにルルもいたから大丈夫かなって……。」
彼女の様子に驚き、慌てて手を離すノア。
そのままセラは勇者に断りを入れ立ち上がり、頬を膨らませる。
『ぷい』と機嫌を損ねた聖女の姿に、ルルが心中で微笑む。
「それでええっと。 私、お話を途中までしか聞いていなくって……。
結局、どうなったのですか?」
彼女の疑問の言葉に、騎士が簡潔に説明し、彼の言葉に補足をする賢者。
次第に表情が強張っていく聖女――張り詰めていく空気。
ノアが深呼吸の後、皆を見渡し言葉を落とした。
「このまま放置するだなんて、絶対にできない。 迷宮に行こう。」
騎士、小人族は共に小さく首を縦に振り同意の意思を見せる。
聖女も意を決し、拳を固く握りしめた後、皆へ視線を移した。
皆が去る前、賢者が全員分の禁書庫への立ち入り許可証を譲渡。
「も、戻り次第、できればワタクシに報告……をッ……!」
それだけ伝えると、彼は限界だったのだろうか――
ソファの上で静かに寝息を立て、沈黙。
謎毛玉生物をバルタザールの付近へと待機させるルル。
「キューちゃんはこっちでお留守番。 戦闘になったら……ね。
クッソ邪魔になりそうじゃけぇ、しゃーなし。」
こうして、目的地は近郊の迷宮へと、定められた――
◇ ◇ ◇
大図書館を抜け、目的地である迷宮へと足を向ける一同。
しかし、疲労と緊張が和らいだためか――『きゅるり』という可愛い音が響く。
どうやらセラの腹部から、空腹を示す小さな音が鳴ったようだった。
彼女は恥ずかしさのあまり、顔を桜色に染め上げる。
「あの……。」と控えめな挙手の後、話しを切り出す。
「も、申し訳ないのですが、私……お腹が空いてしまって……。」
空腹を感じていたのは、なにも聖女だけではない。
どうやら騎士も同じく空腹を感じていたようで、彼は全力で同意。
さしあたり、空腹を満たすべく、食堂を探すこととなった一同。
大図書館付近では学生たちが溢れかえる。
故に、食事が出来そうな場所は案外すぐに見つかった。
「此処から、凄まじい肉の気配を感じやがるッ……! 騎士の勘だッ!」
という騎士の言葉に、彼に付いていく形で町の一角にある食堂へ――
庶民的な外観の食堂。
しかし内装はやや冒険者向きにも感じる、野性的な見た目だ。
木の壁には無数の傷跡があり、その傷跡はどれも最近のものには見えない。
長年蓄積されたであろう、油汚れのような物がこびりついている。
しかし不快感はなく、不思議と小綺麗に感じるもので――
一同は興味津々の眼差しで、思わずぐるりと周囲を見渡した。
天井にぶら下げられている、煤けたランプ。
香辛料や、熱した肉油の香り――野菜が焦げたような芳ばしい香り。
昼時の喧騒に包まれた店内……周囲は旅人や冒険者でごった返しの様子。
空席を見つけ、全員が席へとつき、何を食べるのかの相談の最中――
颯爽と現れたのは給仕の娘で、彼らの注文を取るべく席のそばへ。
「さて、注文はなんにするかい? ウチは肉がオススメだよっ!」
ノア、セラ、ルルの三人は、書き置きに目を通した後、息ぴったりに――
「「「オムライスください(おなしゃーす!)」」」
と声を上げ、場の空気が一瞬だけ和んだ。
給仕の娘は少しだけ驚いた表情を浮かべ、やがて「はいよッ!」と応えた。
そうして、給仕を含めた全員の視線はパルテオンへと注がれる。
が、先程の空気をぶち壊すが如く、場違いなほど落ち着いた低音が響いた。
「んだなぁ……。 んじゃ、俺はこのモウルの香草ステーキだな。
数は……六。 いや、ちげぇ。 八……八人分頼む。」
喧騒が一瞬途絶え――静寂の後、客たちの視線は一斉に勇者一行の卓へ。
「は……はちにん……ぶん……?? え?八人前ッ!?」
「おいおい!!ウッソだろ!! さすがに一人で食べる量じゃねぇぞッ!」
「でもあの騎士のガタイ見てみろ……ありゃ、納得の筋肉だ……!」
店内に落とされたのは客たちのどよめき。
しかし当の本人はといえば、あまりにも平然とした顔で腕を組むだけ。
「はいよっ! オムライス三つと――それと、そこの騎士さんっ!
あんたは特別だしちょい時間を貰うからねっ! まっとくれっ!」
少しの時間を置き――最初に運ばれてきたのは、オムライスが三つ。
三人の前に並べられた料理は、ふわふわの黄金色に輝く卵のソレだ。
トマトのソースがかけられ、白い湯気と香草の香りを漂わせる食べ物。
並べられた三人分の料理を眺め、騎士が豪快に笑い、全員に提案を投げた。
「俺は食うのが早い自信があるッ! ガッハッハ!
俺のことは気にすんなッ! 皆は先に食っててくれッ!」
パルテオンの言葉を受け、皆は食事に手を付け、もそもそと食す。
しばらく後――パルテオンの料理が運ばれてきたが、圧巻の光景。
『ジュウジュウ』と音を立て、熱した鉄板に積み上がる、巨大な肉塊。
稀に大食いの客が来るそうで、鉄板はその客用に設計された特注品らしい。
パルテオンの注文した料理で、たちまち勇者一行の卓は混沌の光景へ。
三人はオムライスを口に運び、仰天の眼差しを騎士へと向けていた。
「大食漢なのですね……パルテオンさんって……。」
「あはは、パルは昔っからよく食べてたからねぇー……。
でも、これでもまだ少ない方だよ……。」
「あたし、見とるだけでお腹がいっぱいなんじゃけど……。」
呆れる三人のことなど気にせず、パルテオンは豪快に食器用のナイフを走らせる。
肉を裂き、美味しそうに肉を頬張りながらも声を上げた。
「戦うためには食うのが一番ッ! 肉は力、力こそは勝利――
つまりな、肉とは勝利そのものッ! 分かるかッ!」
熱く語る騎士の姿に、周囲の客たちは「なるほど。」と頷く始末。
全員で食事を楽しみ、ルルは先程の給仕の娘へと、気さくに語りかけた。
「なぁなぁー、そこのキレーなお姉ちゃん。 ここの都市外れの迷宮って――
なんがあるん? どんなとこなんー? あたしらさーそこ向かうんよ。
んでも、場所もよー分からんくって。」
「あらお嬢ちゃん!嬉しいことを言ってくれるねぇっ! ありがとうねっ!
あの迷宮かい? 確かここから数十分で行ける近場の迷宮だねっ!
全部で八階層って冒険者が語ってたよ! それ以上は分かんないね!」
給仕はそれだけ答えると、そそくさと仕事に戻り、その後は皆で軽い作戦会議。
腹ごしらえも済ませ準備を整え、改めて迷宮へと向かおうとするのだが――
詳しい場所が分からなかった為、改めて町の人に尋ねてみるが、なんと……。
数十分というのは、早馬での話だということが分かった。
「だったらよ、早馬を借りられる宿を探せば、一石二鳥じゃねぇか。」
騎士の言葉を受け、一同は皆賛成の流れに。
その後、手頃で早馬も借りられるという宿を押さえ、いざ出発となったが……。
「あの、私……乗馬の経験がありません……。 基本的に移動手段は馬車――
もしくは徒歩だったものでして……お馬さんに乗れません……。」
「それ言ったらあたしも無理。 一緒に乗っけてくれんと無理じゃー。」
そうして借りた馬は二頭。
乗馬の経験がない女性陣を考慮し、身長や体格差も考えた結果――
ノアとルル、パルテオンとセラの割り振りに落ち着いた。
「それじゃ行こうっ! ルルっ! 落ちないようにねっ!」
「まかせろーい。 あたし、案外平衡感覚あんだぜっ!」
頼もしい二人のやり取り――
しかしその隣は、若干不安を煽るようなものだった。
騎士の馬に同乗するセラは、緊張からか身体が強張りまくっていたのだ。
「す、すみませんっ……! 今までお馬さんに乗ったこと無くて……!
乗馬は初めてなのですっ……ですので怖くって……!」
「安心しろッ! 馬は大人しい性格の子だッ! それによ――
ビビってたら馬にも伝わっちまうんだ。 俺が手綱をちゃんと握ってるッ!
それに俺は騎士だッ! 舐めてもらっちゃ困るぜッ! ガッハッハ!!」
馬の蹄が石畳を打ち鳴らす。
セラを考慮し、都市を出るまではゆっくりと出立することになった。
こうして勇者一行は、賢者懸念の、迷宮へと向かうのだった。




