その【賢者】病弱につき。
その後。セラとルルは、酒場の前まで急ぎ足で向かい、勇者と騎士を待っていた。
セラは小さく肩を丸め込み、手に持った紙袋をぎゅっと抱きしめる。
暴漢に囲まれた事もそうだったが、青年との出会いが、妙に胸に突っかかっていた。
(何故、あんな絶妙な間で、私たちを助けてくれたのでしょうか…)
(偶然にしては、出来過ぎではありませんか…? 見張られている、とか…?)
ルルは心配そうにセラを見つめている。
そんな彼女も、キューを抱きしめ、不安が無いわけでは無さそうだった。
しばらく待っていると、やがて扉が開かれ、ノアとパルテオンが姿を現した。
セラとルルは安堵からか、自然に彼らへと足早に駆け寄る。
ルルが、ノアとパルテオンに対し「なーなー」と声を掛ける。
ガサゴソと、懐から一枚の紙を取り出し「これ…」と言い、ノアに紙を渡した。
ノアは地図を受け取ると、その紙を不思議そうに、まじまじと見つめる。
「ええと、これは…地図…? 買った…にしては…色々書き込まれてるみたい、だけど」
「んとな、これ、斯々然々で、あの胡散臭い笑顔の貴族が、落としてったやつ。」
改めて、地図に目を通すと、その詳細さに、思わず一同は眉をひそめる。
いくつも、丸が書き込まれており、メモ書きのように、言葉が添えられていた。
その中央――町の中央を示す場所に“大図書館”との記載。
「えっと、その胡散臭い貴族の方って…色白で、白い髪の毛の男の人…?
その人が、これを置いて行ったの…? また、なんでぇ…?」
ノアの疑問は尤もなモノだが、青年の真意は誰にも理解できず、沈黙が流れる。
パルテオンが不審そうに地図を眺めるが、特といった変な箇所は見当たらない。
それどころか、色々な情報が書き込まれており、謎は深まるばかりだった。
「酒の席で聞いた情報と一致してやがるのが、かえって気味が悪ィな…」
しかし、ひときわ目立つ色で、囲われた矢印つきの丸印が目につき、セラが読み上げた。
「“ここの宿、僕のおすすめだよ”……ですって。」
凍りつく空気。一同全員が満場一致で即決した解――全員の気持ちを代弁したノア。
「ここだけは、避けようね…!」
「おう、あの胡散臭い貴族の野郎のオススメってこったろ?
ぜってーなんかありやがるぜ。 騎士の勘がぷんぷんしやがる……ッ!」
噂されているアメトリクスは、密かにくしゃみをするが、それはまた別の話。
結局、酒場で聞いた“普通に評判の良い宿”に宿泊することが決定。
地図を頼りに歩みを寄せると、外観はさほど目立つ感じではない宿。
しかし、内装はかなり落ち着いた様子で、まさに“穴場”といった宿泊施設。
宿は堅実な旅人御用達といった感じで、空き部屋も十分。
一同は二人部屋を二つほど借り、部屋割りも男女別々にし、呆気なく決まった。
街に着いたばかりだというのに、色々な事が起きすぎて、セラは疲労困憊。
馬車疲労、暴漢騒動の疲れも有り、ルルとセラの二人は、すぐに眠りへと落ちていった。
◇ ◇ ◇
早朝。賢者が居ると噂の大図書館へ向かう為、一同は石畳の上を、靴音を鳴らし、歩く。
場所は、街に辿り着いた時から、すでに見えていた、そびえ立つ塔が目印。
大図書館と呼ばれる場所は、学院と一緒になっている、複合施設らしい。
早朝だと言うのに、往来は大勢の人で、ざわついている。
行き交う人々の中には、黒いローブ姿の学生の影が、ちらほらと見える。
「私……学校、行ってみたかったのですよね…羨ましいなぁ…。」
「学校って、すっごくお金が掛かるって聞いたんだけど…
さすがセラ、立派な貴族令嬢さんなんだねぇ…?」
パルテオンが二人の会話に、学業は楽しいことだけではないと、話に入り込む。
集落には学び舎はあったが、自身は学が無いのだと、キューを抱きしめたルルが語った。
四人で会話を交わしながら、中央の巨大建築物へと足を寄せ、門の前へと辿り着く。
その巨大さに、皆思わず圧倒され「ゴクリ」と息を呑み込む。
そこにあるのは、ぐるりと周囲を囲む生け垣、重厚な石造りの塔のような建物。
この街を象徴するような、立派な外観に気圧されながらも、一同は門を抜ける。
大きな扉を抜けた先、建物の中に入ってからも、驚愕させられてばかりだった。
無数にある窓から、柔らかく射し込む陽光、所狭しと並んである本棚。
一体どれほどの書物が、この場所に集められているのだろうか?と、考えずにはいられない。
建物の内部は薄暗く、本が日焼けしないように、尽くされている空間なのだと把握できる。
長年蓄積したであろう紙束に、ほんのりと鼻腔をくすぐるインクの香り。
一同はコツコツと足音を鳴らし、周囲を見渡しながら、歩みを寄せていく。
建物の内部は、そこかしこに学生の姿が見えるが、ちらほらと一般客も確認できた。
ノアが手短に、近くにいる女子生徒へと声量を落とし、声を掛ける。
「あの、すみません…聞いてもいいかな? 禁書庫って、どうやっていけばいいのかな…?」
「ええ?はい…? き、禁書庫…ですか…? 国からの許可証が無いと入れませんが…。
とりあえず、まずは司書様にお話を通してみないことには。
よければ私が、司書様の場所へ案内しましょうか?」
女子生徒に案内をお願いすると、彼女はにこやかに頷き「こちらです。」と進んでいく。
階段下にある扉の前へ辿り着くと、女子生徒は扉を小さく鳴らした。
中から年配の女性の優しい声で「はい、どうぞ。」と、入室を促す声が聞えてくる。
ノアがまず先に小部屋へと入室すると、そこは管理室らしい。
帳簿が棚に整然と並べられており、小さな机には紙束と羽ペンが広がる。
全員が入室を終えると、女子生徒は「では、私はこれで。」と残し立ち去った。
「さて、どのようなご用向きで? 本を探しに来たふうには、見えませぬが…」
ノアが何かを言おうとするが、口ごもり、どう伝えればいいか分からない様子。
その様子をちらりと確認し、セラが彼の代わりに口を開いた。
「本ではなく、人を探しに、こちらまで赴きました、賢者様にお会いしたく…。
こちらにいらっしゃると――そのようにお聞きしましたので。」
司書の女性は、ふむふむと頷くが、苦い表情を皆へと向ける。
「禁書庫の立ち入りは、私の一存では決めかねますゆえ…。 立ち入りは国からの許可証…
もしくは、賢者様直々に許可が下されれば、立ち入り事態は可能――ですが…。
書物の閲覧までは、許されておりませぬ。」
セラはこんな時に、使いたくない手だったが……少し思考し、最終手段へ出ることにした。
「こちらの方は勇者で、私は聖女です。それでも、駄目…でしょうか…?」
「あら!これは失礼。 私はここから出ることができなくてねぇ…。
無知蒙昧な老骨めををお許しくださいね、聖女様、勇者様。
仕事があります故に、私は同行叶いませんが、禁書庫への扉は右手側の通路奥。
地下へ続く螺旋階段がありますので、そちらから、入室できますよ。」
セラは心の中で小さくガッツポーズをし、後ろに控えるパルテオンとルルに顔を向ける。
彼らは若干驚いた表情をしていて、パルテオンが控えめに、司書へと質問を投げた。
「勇者と聖女が許可されんのは、なんとなく分かるんだけどよ、俺等がいくのは…
さすがにまずくねぇか…? 完全に部外者な気ぃすんだけどよ…」
司書の女性は「ホッホッホ」と喉を鳴らし笑うと、紙束を整えつつ質問に応える。
「なぁに、二人も四人も、そう変わりませぬ。 賢者様に会うだけ。
それだけなら何の問題もありませぬ。 どうぞ行って下され。
私は、何も見ておりませぬ故、そういう事にしておきましょう、ね?」
皆は司書の女性に感謝をしつつ、言われた通りの場所へと歩みを寄せる。
禁書庫へ通じる扉は、荘厳さを感じる分厚い鉄の扉で出来ており、扉を押すと――
「ギギッ」という、軋む音を立てながら開かれ、開かれた瞬間に突き抜ける独特な香り。
ややかび臭いような、古臭いような、管理は行き届いているが、不思議な圧を感じる空間。
一同は誰も口を開けずに、石造りの螺旋階段を、足音を響かせて降りていく。
「賢者って人、どこにおるか、訊いとった方が良かったんじゃね…?
もっと、狭いって思ってたけどよ…。 クッッソ広くねーか、ここ……。」
ぽつりと零すルルに、賛同するようにパルテオンが「んだな…。」と小さく呻いた。
螺旋階段を降りると、開けた空間が広がり、中央には丸いテーブル、周りを囲う小さな椅子。
先程の大図書館の外観と比べると、規模はかなり小さめに見える。
しかしながら、並べられた書物の数は“書庫”と呼ぶにふさわしい。
皆が「賢者はどこ?」とキョロキョロと視線をあちこちへ移す。
狼狽えていると、コツコツと、上から降り注ぐように響く、螺旋階段を降りる靴音――
皆が音の先へと顔を向けると、宙に浮く無数の書物と共に、一人の青年が姿を現した。
青年の周りに浮かぶ書物は、ひとりでに頁を「ばらばら」と音を立てめくりあげる。
中央に立つのは、黒のローブに身を包んだ、いかにも真面目そうな青年。
分厚い眼鏡の奥に、知を感じる鼈甲色の瞳。その目には深い隈。
深緑色の肩まである髪を、きっちりと、真ん中で別け、頭には博士帽。
見た目からわかる“学者”然りとした堂々たる姿――まさしく“賢者”そのもの。
「お噂はッッ!!!!かねがねッッ!!!選定の剣に、見初められた【勇者】殿ッッ!!
そしてッッ!!!神々の寵愛を受けしッッ!!奇跡を呼ぶ聖女!!!【聖女】殿ッッ!!!
ワタクシは!!!お待ちしておりましたッッ!!」
禁書庫に響き渡るような、演説めいた声量の声を震わせ、青年は言葉を放つ。
【賢者】と思しき青年は、両手をわざとらしく広げあげる。
その周りをくるくると、まるで踊るように飛ぶ、複数の書物たち。
「――良くぞッッ!!! お越しくださいましたァーッッ!!
【勇者】殿ッ!! 【聖女】殿ーーーッッ!!!」
軽やかに、優雅に螺旋階段を降りていた【賢者】だったが、ふいに足を踏み外し――
浮いている本と共に、彼の身体はふわりと宙へ投げ放たれた。
彼が足を踏み外す前に、ノアは既に踏み込み、彼の身体が地へ付く前へ、抱きかかえる。
「――ッ!! あっぶなかったぁ……!!間に合って、よか――」
「しッッ!!!! 失礼ッ!! 致しましたァァッ!!!!
ワタクシッッ、僭越ながら、国から【賢者】を任命されました、名前をッ――
バルタザールと申しますッ! 家名は、御座いませんッッ!!」
とても元気よく宣言、もとい自己紹介をするが、彼はノアの腕に抱かれたままだ。
あまりにも凄まじい事態に、駆け出したセラだったが、その足を止め、呆然。
ルルはキューを抱えたまま「えっ…テンションたっか…」と後ろに下がり、おののく。
パルテオンはというと、頭を抱え、納得いったような表情を浮かべていた。
賢者・バルタザールは、ノアの腕からそっと脱出し、立ち上がり、再び口を開く。
「助かりましたぞッ!勇者ノア殿!! さてッ!!皆様のッ!興味はッッ!
この土地に広がる異変――魔族の事、ですなッッ!!」
彼から放たれた、核心を突く言葉に、全員は顔を見合わせるが、しかし。
立ち上がったばかりの賢者の彼は、ふらりと再び膝が折れる。
ノアが既のところで抱きとめるが、困惑の顔で賢者を見つめていた。
「も、もしかして……賢者さんって――」
「やっぱりそういうこったな……酒場で言ってた“気難しい”ってよぉ……。
こういうこったよ…なぁ、ノアさんよ…」
セラは茫然自失で、眼の前に広がる混沌を静かに見守った。
ルルはキューを大事そうに抱えつつ「ほんまに大丈夫なんか?」と呟くしか出来なかった。




