頁:14 その【戦闘】初回につき。
道化師服に身を包んだ少女、ルルリカさん――
彼女の案内のもと、森を歩いておりますが……なんと不思議な光景でしょう。
道中には摩訶不思議な巨大なきのこ。
それにくるくると巻かれている、とってもご立派な葉っぱ。
草花や生き物――そこに存在している何もかもが巨大な森。
「おかしいねぇ……僕たちが来たときって、こんなに巨大な森じゃ――」
「そうだなぁ……こんな大規模な森じゃなかったはずだ。」
勇者様と騎士様は二人で並んで歩いてらっしゃいます。
警戒を怠らないようにしているのでしょうが……お、お待ちになって……。
足元が悪いのと、先ほどから数時間も歩いていた私の脚は、棒なのです。
ですが、泣き言を言っている暇などありません。
だって――私のちっぽけなお悩みなんて、くだらないのですから。
「はーん。どーりで……なるほどな……。
あーたら正規の手順ではいっとらんのんか?ま、帰りはまかせんちゃい。」
「っと……そこの聖女のねーちゃん遅れとる。ちょい早く歩きすぎたわ。
あーたらも男ならちゃんと女の子見張っとらんと……なにしょんよ。」
この道化師の少女、ルルリカさんは……『エスパー』なのでしょうか?
すごく気持ちを汲み取ることがお上手なのか、はたまた――
「っと……悪ぃ……。後ろを全く見てなかった、すまねぇ。」
「僕も気が付かなかったよ……早速勇者失格だねぇ……トホホ……。」
「とんでもございません。少々歩きづらく……それだけでして。
ご心配には及びませんので……申し訳ございません……。」
そうしてルルリカさんに案内されるがまま、たどり着いた場所。
鬱蒼と茂る巨大な草花。僅かな風すら通さない湿気を帯びた空気……。
どうにも、言葉では言い表せない不快感を催す空気。
騎士様も苦い顔を浮かべてらっしゃいますが……。
「ここきめーよなぁーわかる。んでもって……聞いてみ?ほら……。
あっちの方……地響きが聞こえん……?」
耳を澄ませてみれば、聞こえてくるのは、まるで空気を揺らすような音。
少しずつ距離を縮めているのか、私以外の皆さまも緊張の面持ち。
首飾りを握り――即座に展開。私に果たして……お役目がこなせるでしょうか。
勇者様も聖剣の柄へと手を触れさせ、臨戦態勢へと移行しております。
騎士様も大盾を構えてますが……音の主の姿が見えません。
――ドスン……ドスン……ドスンッ!
鈍い音と共に草木をなぎ倒して現れた姿。
その大きな影は、周囲の物体に引けを取らない巨大な躰。
大型の熊のような形をしてらっしゃるのに、様子がおかしいのです。
顔と言えそうな物が見当たらず、代わりにあるものは……いえ。
ありません。
顔という存在が抜け落ちていて、まるで虚空の闇のような穴。
その深淵からは「ぼたり」と嫌な音を立てて黒いドロが零れ落ちていて――
地面に滴り落ちる度、植物を焼き焦がすみたいな不快な音と匂い。
今まで魔物という物に対峙してこなかった聖女の私は、立ち尽くすしかできず。
あまりにも悍ましくて、言葉を失う他ありませんでした。
「ちょッ……ちょいまって……おかしいッ!あたし、あんなん知らんッ!
あんな魔物、あたしだって見たことないッ……!」
「ビビってる場合じゃねェぞッ! もうすぐそこだッ!」
声を荒げている道化師少女に、咄嗟に私たちの前へと躍り出る騎士様。
ドンと、大盾とメイスを構え、戦闘態勢に移行し――
私たちの、初めての戦闘となりました。
◇ ◇ ◇
全員が武器を取ったことにより、殺気を察した異形の怪異が動いた。
本来顔であろう箇所は虚空から、咆哮のような轟音が森に響き渡る。
周囲には黒い汚泥が巻き散らかされ、空気を震わせるように揺れる巨躯。
「僕が切り込むからっ……!パル、援護は任せたよッ!セラさんッ――
君は怪我をしたら治癒をお願いねっ! じゃ……ッ!」
「ていや――ッ!」
聖剣を抜き放ち、青白色の軌跡を描いて聖剣が振るわれるのだが――
巨躯に似合わぬ速さで勇者の攻撃を交わす魔物。
「おうッ!俺がヤツの気を引くッ!ノア、もうちょい遠ざけてくれッ!」
勇者たちが動くと同時――聖女も瞳を閉じ、呼吸を整えた。
(私ができることを、全うしなさい……!恐怖している場合じゃない……!)
「天にあらす我らが主よ、星の導きの元、その御慈愛で守護を与え給う――」
「……《防御の祈り》」
彼女の《祈り》の言葉が落とされると同時、錫杖の宝玉から漏れ出す光。
淡い金色の聖光が膜のように広がり、全員の身体を包みこんだ。
「うおお……?こりゃ……聖女の《祈り》か――?神官と色が……!
まぁいいッともかくこっちに集中せんと……なぁッ!」
勇者と騎士を取り巻くのは守護の光。
聖剣を振るっている勇者だが、虚空顔の魔物は一筋縄ではいかなかった。
巨躯に似つかわしくない素早さで、戦闘慣れしていない勇者を翻弄。
魔物が聖光を斬り裂く度、聖女はわずかに眉を寄せ、歯を食いしばる。
修行を重ねたとて、まだ〈神聖術〉――《祈り》の行使に慣れていない。
彼らを包む聖光が強く輝くほど、彼女の体力と精神をじわじわと削っていった。
溢れ出す虹色の粒子を纏った彼女は――まるで揺らめく炎そのもの。
しびれを切らしたのか――巨躯の怪異が狙いを変えた。
巨大な腕を大地へと振り下ろし、空気を叩き潰すような衝撃が奔る。
大地は爆ぜ、岩や土が四方へと飛び散った。
咄嗟に躱す勇者――騎士が大盾で土や石の猛攻を防御。
が、その隙を突き、怪異は大盾目掛け真っ直ぐに突進。
騎士目掛け、腕を大きく振りかぶった。
怪異の猛攻を正面で受け止めたまではよかったのだが――
強い衝撃は大盾へとダイレクトに伝わる。
「クッソ……!一撃が重てぇ……ッ……!こんちく、しょ……ッ!」
騎士を包んでいた《防御の祈り》は軋む音を響かせ――
やがて聖光に蜘蛛の巣のような亀裂が奔り――呆気なく破られた。
二足歩行となった怪異は、片手で腕を振りかぶり、大盾の騎士を吹き飛ばす。
圧倒的な力に押し負けた彼の身体は弾き飛ばされ――土の上を転がる。
吹き飛ばされた影響で、彼の身体は木の幹へ鈍い音を立てて叩きつけられた。
「――がッ……はぁッ……!」
横目で騎士の姿を追っていた勇者。
彼は怪異へと近づくために一歩踏み出すのだが――それを止める声。
「しゃーない……動かんで、危ないけ。」
眠たげな半目。道化師服の少女の手に持たれているのは短杖。
彼女の周りを取り巻くのは、紅い光の線。
交差するように弧を描いて、踊るように彼女の付近を漂い――
やがて収束する光。
「焔よ纏え、薇を成しその身を灰燼へと帰せ――
《フォイエ・シュトルーデル》!」
少女の落とした言葉と共に、炎の竜巻が巨躯へと纏わりついた。
空気を喰らい尽くす勢いで燃え盛る炎。
「――なっ……!?え……い、今のは……魔法ッ!?」
(た、確か魔法は魔族の血を引いていないと、使えなかったはず――)
胸中でわだかまりを抱いてしまった聖女。しかし勇者は違った。
彼の瞳には鮮烈な赤色が映え、驚嘆の眼差しで聖剣を構え直す。
「すっごいねぇっ!とっても頼もしいやっ!」
「あたし、ちょっとだけじゃけど“魔族の血”が混ざっとるんよ。
ほいで――お察しの通り今使ったのは《魔法》」
「……引くっしょ?」
確かに、無表情で気だるげではあったが、彼女の瞳からは――
どこか、諦めのような感情が滲んでいた。
「どうして?引かないよ?だって、引く理由が見つからないからねっ!
むしろとっても心強いよ?――セラっ!君はパルの手当にッ!」
「ルルッ!よければ僕の援護をして!僕が敵の目を引くからッ!」
「……そう。あんがとな……んじゃ――
そっちの聖女のねーちゃん。こっちはまかせんちゃい。」
彼らを信じ、法衣を翻し、倒れている騎士の元へと駆け寄る聖女。
木の幹に身体を叩きつけられていたが、騎士はすでに身を起こしていた。
「パルテオンさま……ッ!すぐに治療を致しますッ……!」
その間――
怪異は炎に灼かれながらも、次の一手を繰り出すための行動に移っていた。
前足を地に這わせ、四足歩行で土を抉り、挑発するように低く呻く。
「すまんッ!待たせたなッ!俺はこの通り無事だぞッ!
そもそも聖女の《祈り》で傷一つ付いてねえッ!」
戦闘に復帰したが、巨躯の狙いは――道化師服の少女。
彼女目掛けて突進するが、巨躯を大盾で受け止める騎士。
「なんの、これしきッ!ノアッ!!俺が隙を作るッ!!」
大盾で巨躯を受け流し、押し返し、怪異は自重に耐えきれずに蹌踉めいた。
横倒しにされる巨躯――無防備な姿となった魔物。
「任せてパルッ!これで終わらせるよ――てぃやーっ!」
勇者の一撃で魔物の巨躯を両断――虚空顔の怪異は断末魔すら上げない。
小さく身体を震わせた後に絶命し、不気味なほど静かに、身体は崩れた。
崩れた身体はやがて灰となり……風に流されて何も残らない。
身体があった場所には、中心から脈打つような闇を漏らす何か――
それは、不気味な黒紫色をした――怪しい空気を放つ存在。
(んだこりゃ……?怪しい臭いがプンプンしやがるな……ッ!)
かくして――
勇者たちの初戦闘は不穏な空気を残しつつも、勝利に終わった。




