その【貴族】気まぐれにつき。
荷馬車での旅路の道中、ゴブリンに襲われたりなどもしたが、定刻通り進んでいき――
ノア以外の全員の腰が、そろそろ限界を迎える頃、ようやく見えてきた高い城壁。
目的地である学術都市が姿を現し、遠くからでもわかる、中央の大きな建物。
広がる街並み。まだ距離はあるものの、活気づいているのが遠方からでも分かった。
到着する頃には、既に日は落ちかけており、茜色が近づく頃合い。
御者が手続きを済ませ、続いて勇者一同の手続きも終える。
御者に別れを告げると、一同は街の内部へと歩みを寄せていく。
陽光に照らされた街並みは、茜色が射し込み、黄金色に輝く景色が広がっていた。
門を抜けたすぐ先には、市場が広がっており、通りには、行商人や、旅人が行き交う。
遠くの方には、高くそびえる、立派な建築物が望める。
活気づく街並みを、一同皆、やっとついたのか――と、安堵の息を洩らしていた。
「つかれたね… 僕腰がちょっと痛いよ… 多分みんなもそうだと思うけど…」
夕暮れに差し掛かる頃合いという事もあり、門を抜けてすぐでも分かるほどの賑わい。
様々な屋台や、露店が立ち並び、行き交う人々に目を回しつつ、一同は立ち止まる。
「とりあえずよ、まずは飯と情報を収集するのが良いと思うんだがよ。
ほれ、後ろに丁度あんだろ! 情報収集に最適な場所がよッ!」
パルテオンが顎をしゃくりながら、堂々と発言した先の店は――酒場。
しかし、店先の看板には悠然とこう、書かれていた《十六歳未満、入店禁止》
思わずセラは、キューを抱え込むルルを見つめ、ルルもまた、セラを見つめていた。
二人が同時にパルテオンにジト目を向ける。
店の前には、屈強そうな用心棒の男が仁王立ちし、怪訝な眼差しを女性陣へ。
セラとルルの二人に視線を落としながら「ふんっ」と鼻で小馬鹿にしたように笑った。
「おいおい…どう見たって嬢ちゃんら、未成年だろ?ハッハ!!
あと五年したら、案内してやってもいいぜー!!」
セラとルルは案の定止められ、ルルは不服そうに声を上げる。
「なんやそれ。 あたし、十七は余裕で越えてんのによ。 だるいぜ。
まぁ種族的にしゃーなしってヤツだけどよ……」
ルルはキューを抱きかかえ、体を捻りながら溜息を付いた。
セラは俯きつつも素直に引き下がり、やや引き攣った笑顔を浮かべている。
「ええっと、でしたら…ノアとパルテオンさんに、そちらでの情報収集をおまかせして……。
私たちは私たちで、食料とか…必要そうな物の買い出しに行ってまいりますね。」
ノアは申し訳なさそうに笑みを浮かべ「ごめんね、お願いっ!」とだけ言うと――
パルテオンと共に、酒場へと歩みを寄せるのだった。
こうして自然な流れで二手に分かれ、それぞれの用事を済ませる事となった。
セラは、扉の向こうへ消えていく、ノアとパルテオンの姿を見送ると、ルルに向き直る。
「それじゃ、私たちはお買い物に行きましょうか、ルルちゃんっ!」
「まかせろーい! てかよ。 キューちゃんって何食って生きてんだ…?」
◇ ◇ ◇
場面は酒場へ潜り込んだ、勇者ノアと騎士パルテオンの様子。
二人は用心棒の男に案内され、店内へと通され、その変わりように、ノアは驚愕。
ランプの灯りに照らされた室内は、人々の喧騒と笑いの渦に溢れていた。
濃密な酒の香りが鼻腔を刺激し、床に零れたエールの泡が熱気を物語る。
テーブルに付いているのは、屈強そうな冒険者、疲れた顔の商人。
怪しげな旅人や、弦楽器を持った吟遊詩人。はたまた、ドレス姿の少女のような姿まで。
至る所で、木でできた樽のジョッキを打ち鳴らす音が響き渡る。
その喧騒の中を勇者ノアと、騎士パルテオンが進むが――席はあいにくほぼ満席。
店員に相席でも良いならと通され、二人は笑顔で了承すると、席へと案内された。
その席についているのはどうみても、セラより歳が若そうな女性の姿。
金髪に毛先が淡く赤い色を帯び、緩く巻かれた毛髪を、高い位置で二つに結ぶ姿。
赤色と金色の、左右非対称の瞳を持った、一見すると貴族の令嬢。
「相席、よろしくねぇ! あれ…? 未成年は立入禁止って…」
「ぬ?我を未成年と言うのか貴様!無礼であるぞ! 我を誰だと心得る!
……いや、知らぬほうが当然なのだ…。 残念ではあるが、我はこうみえて三十は越えているのだ!」
女性から放たれた言葉に、パルテオンとノアは驚愕の表情を浮かべた。
しかし、突っ込むにも勇気がなく、二人は静かに「そ、そっか…」とトーンダウン。
店員が二人の元にやってくると、ノアはエールを、パルテオンはビールを注文。
注文してすぐにアルコールが運ばれてくるが、何故か三人分。
ノア、パルテオンが其々の飲み物を受け取ると、もう一つは相席の女性のもの。
女性は物怖じせず、ノアとパルテオンに得意げに笑いながら声を掛ける。
「折角なのだ、杯を交わそうではないか!」
言われるがまま、奇妙な女性の掛け声とともに、木のジョッキをぶつけ合う。
喉が渇いていたこともあり、二人は一気にジョッキを仰いだ。
ノアが「ぷはーーっ」と息をつきつつ、表情を改めると、話を切り出す。
「さて、宿を探しつつ……。 えーと、けんじゃさんの居場所も聞かないとね!」
「ふむ、賢者とな? 然らば中央の大図書館を、尋ねるとよいのだ!
かの知識の化身は、大図書館に身を置くと、聞いているのだ!それと宿なのだが…
我のすすめで良ければ聞かせるが、聞きたくなければそれで良いのだ。」
不思議な雰囲気を纏う女性ではあったが、情報は確かなものだった。
給仕の男性にも、念の為に同じ質問をするが、大体が女性から聞いた話と同じ。
話をして更に分かったのは、賢者という方は、大図書館の禁書庫にいるとのこと。
禁書庫の司書を務めているらしく、それ以上はよく分からない、という話。
さらに、賢者はとても気難しい性格であることが有名だと。
会いに行くのも一苦労かもしれないから、覚悟しておけと言われるのだった。
その話を聞き、パルテオンは肩を使いながら、豪快に笑う。
「気難しい相手ほど、得られるもんもでけぇ! …そういうこったなぁ!ガハハ!」
「というかね、今更なんだけどさ。 けんじゃ…って、なあに…?」
ノアから落とされた爆弾発言に、相席していた女性が盛大に吹き出した。
彼女の豪奢なドレスがアルコールまみれになり、汚れたのは言うまでもない。
◇ ◇ ◇
一方、買い物組の、セラルルの女性陣チームは――
石畳に広がる賑わう市場の一角で、旅の為の買い物をしている最中。
「日持ちするお野菜は沢山ありますし、干し肉とあとお塩。 うん、これでいいかな?
あとは香辛料もあれば、料理も美味しくなるのですが。 香辛料は――高いですね…
でもほしいです…! 良い料理を口にしないと、旅も楽しくないというもの…!!」
セラが真剣に値札を見比べ、香辛料を見つめ、視線をあちこちに移し、吟味中。
するとルルが何を思ったか、キューを抱えながら無表情でぼそりと呟いた。
「――お菓子も買っとこ。 旅は糖分、当分必要ってな。」
無表情、無鉄砲、無慈悲――完璧なまでの、親父的なギャグであった。
唐突すぎる彼女の言葉。それも笑顔ゼロの顔面ゆえに、セラは恐怖で固まった。
(え? な、なぜこんなタイミングで…? 笑ってないから余計に怖いのですが…)
そんな軽口を交わしつつ、買物を終え、紙袋を抱え次に買うものを求め歩くが――
会話に夢中で気が付かず、二人は人気の無い路地裏へと足を踏み入れてしまった。
セラは怪しい空気に気が付き、元来た道を戻ろうと踵を返すが――
しかし、既に後ろには、見るからに暴漢といった風貌の男性が控えていた。
(ま、まずいですねこれは…ど、どうしましょうか…一人なら目眩ましで……)
「へっへっへ~! 嬢ちゃんたちよぉ~迷子ですかぁ~?」
「大人しく俺たちんとこ、付いてきてくれたら、優しくしてやるぜぇ?」
「白髪のガキは癖じゃねえけど、黒髪の方は上玉じゃん! おれらついてんなぁ!」
一人だけなら、セラでも立ち向かえたであろうが、どこからとも無く現れる複数の暴漢たち。
完全に四方を塞がれ、四面楚歌で、逃げ道を失ってしまったセラとルル。
暴漢たちは、にやりと下卑た笑いを浮かべ、少しずつ距離を縮めていた。
セラは紙袋を抱きしめ、この場をどう切り抜けるか、思考する。
(どうしたらいい、のでしょうか…こう囲まれては…。 叫んでは、相手方を刺激するやも。)
(では、神聖術…?《祈り》の力を、傷つけることに行使するのはご法度…)
(ルルちゃんに魔法を使わせない為にも、私が彼女を守らねば…!)
ルルが居ることも有り、セラは思考が上手く纏まらないでいた。
隣にいるルルは、キューを抱えたまま、無表情で暴漢たちをみつめている。
彼女の表情からは、何を考えているのかは、まるで分からない。
暴漢との距離が詰められ、今にも手が触れそうになった、その時だった。
「おやおやー? お兄サン方、そちらのお方が何方か、ご存じないのデスか?
それに、嫌がってるご令嬢に、乱暴を働くのは、如何なモノかと思いマスが。
今なら、ボクも見逃してあげるケド…どうするー? 頭の悪そうなお兄サァン…ヒヒッ!」
どこから現れたのか、暴漢の背後から聞えてくる、柔らかな声。
だが、底が知れない不穏さを帯びていて、どこか胡散臭い響き。
路地裏の薄暗い闇を背に、銀白金の長髪を輝かせ、軽やかに現れた青年。
白金色の簡素な衣装を身に纏い、見るからに貴族然りといった出で立ち。
――アメトリクス・フォン・ニヴェイシア。
彼の冷たい微笑は、その場の空気を凍りつかせるように、温度がない。
セラは彼の姿を目に収めた瞬間に、理由は分からないが、心臓が跳ね上がる。
(あ、あのとき、の…末端冷え性の貴族…! ニヴェイシア…!)
「ああ?? 頭が悪そうだァ??? この人数を前にして、どっちがアホだバカ!」
「ヒヒッ! その語彙の無さ、頭の悪さが露見してるヨー? お兄サァン?」
屈強そうな暴漢が拳を彼に振りかぶるが、青年はまるで微動だにしない。
軽く身を捻り、難なく拳を躱すと、人差し指の指先ひとつで、暴漢の体制を崩した。
青年の後ろから、別の男がナイフを持って向かうが、青年はナイフをひょいとつまみ上げる。
ナイフの持ち手部分を、男の腹部へ当て――
「安物だネェー。 コレ、お返ししとくネ。」
流血させること無く、背後の男も無力化――彼は、微笑を崩さない。
「別にサー。 何人で掛かってきてもいいケド…キミら大丈夫ー?
治安官に突き出されたくなかったら、逃げるのが賢明じゃなぁい?
キミらに、考える頭があるならの話だケドさー。」
青年から淡々と紡がれた言葉に、男たちは戦意を喪失。
離れ際に「覚えてろよッ!」と捨て台詞を吐き、そのまま全員が消え失せていった。
路地裏には静寂が戻り、残されたのは、わずかに漂う砂埃。
セラは緊張が抜けると同時に、力も抜けてしまい、その場にへたり込んでしまった。
「あ、あれっ…う、うそっ……!私っ……!!」
「セラちゃん? ちょ、おい…!嘘じゃろ……! セラちゃんっ……!」
セラを立たせようと、ルルが引っ張るが、体格差があり、叶わない。
青年が溜息を付きつつ、胡散臭い笑みを浮かべたまま、セラへと歩みを寄せる。
「キミ、大丈夫? 立てそうにないならボクが手を貸すケド。」
そう言って腰を落とし、微笑を湛え、手を差し伸べる青年。
しかし、セラは手を取るべきか困った顔で狼狽えるばかり。
「自力で立てるなら、それが一番だケド。 ココ治安悪いしサ。
早めに立ち去ったほうが身の安全の為だヨ? ほら、つかまりなヨ。」
ルルが見兼ね、セラの耳元で小さく「従っとけ。」と呟いた。
セラが青年の手を取ると、軽々しく彼女の手を引き、立ち上がらせる。
「すっ、すみませんっ……! その、ありがとう、ございま、すっ…。 ニ、ニヴェイシア様……」
「それじゃ。 またお逢いしまショ。 そこのチビっ子チャンもネー? ヒヒッ!」
全身白い青年は何事もなかったかのように、ひらひらと手を振り、その場を去った。
闇に溶けていく様を見届けた後に、ひらりと一枚の紙がルルの足元に滑り落ちる。
「ん?なんぞこれ。」
ルルが紙を拾い上げ紙を二人で確認すると、なんとこの街の詳細な地図。
先程の青年が落としていったであろうことは、明白ではあったが――
落とした理由が分からず、二人で顔を見合わせ、震えるしか出来ない。
ただ共通して感じたのは――青年への恐怖と不安。
(どういう事なの…? 怖い……)




