頁:13 その【深森】不吉につき。
村から離れて急ぎ足で件の森へと向かいますが――
森と言うには小規模。これならすぐに解決に導けるやも?
そんな軽い気持ちで、私たちは森へと足を運びました。
周囲を見渡してみれば――時すでに遅しといったご様子で。
木々はすべてどれも同じにしか見えません。目印としていた倒木や岩。
そういったものが何度も何度も、目の前にやってきては消えていって。
(これは、私たちは迷子になってしまったのでは……。)
しびれを切らした騎士様が、木に傷をつけて新しい目印を作りますが――
まるでこちらを嘲笑するかのように、それも徒労に終わりました。
聞こえていたはずの鳥の囀り。小動物の鳴き声。
それすらも響かないほどの静寂が周囲を包んでらっしゃっていて。
時間は確かに流れているはず――ですのに、景色は繰り返すだけ。
「おい……この傷、これさっき俺が付けた傷だよなぁ……?」
「そうだね。さっきパルが付けた傷と同じ。もう三回……いや、四回かな。
同じ道を……繰り返してるみたい……まるで気が付かない内に――
ずっとぐるぐる回ってるみたいな感覚、だねぇ……。」
苛立ちを隠しきれないのか、騎士様の表情は険しくなっていって。
勇者様も微笑を消していて、私はただ、祈ることしかできません。
泣き言を言っていても仕方がありません。
森へ入る選択を取ったのは、他でもない……私たちなのですから。
左へ行けど、右へ行けど……元いた場所へ戻され、繰り返される景色。
恐らくは三、四時間と歩き続けているのですが――
もう帰る道すら分からず、森の出口なんて疾うの昔に見失って。
弱音は吐きたくありませんでした。
ですが、私の足の感覚はすでになく、口からは鉄の味が滲んでいて。
踏み出す一歩がとても重く、蔦や長い草に足を取られて躓きそうに。
「これは……本格的にまずいね。僕は平気なんだけれど、このままだと――
二人とも……一旦止まって、ひとまず休憩と作戦会議を――」
勇者様が、私たちに身体を向けたその時でした。
――ふいに、甘い花のような香りが風にのって流れ込んで。
あれだけ繰り返してきた景色が唐突に変わって、視界に映るのは――
確かに、森の中だったはず。ですが……そこは開けたような空間で。
ようやく、森から出られたと安堵したのも束の間。
木々の上、木の陰……至る所に小さな人型の影。
小さな影の手に持たれているのは、武器――
警戒心と敵対心をむき出しにして、感じるものは殺意。
殺意を向けられたことなんて……そんな経験はあまり、ありません。
恐怖で脚が竦んでしまい――
情けないですが、私は声を出すことが叶いませんでした。
「あんたらじゃろ!森を荒らしたん!」
「……人族はこれじゃけぇ嫌なんよ……はよ帰ってや!」
小さな人型の影……どうにか分かったことといえば――
その姿が、まるで人の子どものような姿をしている、ということくらい。
彼らは口々に言葉を投げ『出ていけ!』と大合唱。
騎士の彼が慌てて大盾を構えようとしますが――
射手の目が鋭く光っており、結局は何も出来ません。
(錫杖は――だめです……。変形させるだけの時間がありません……。)
混乱と恐怖で、思考があまりうまく回らなくて。
私には立ち尽くすことしか、叶いませんでした。
「お待ちください!僕たちは戦いたくて……悪さをしに来たわけじゃ――
ええっと……森に異変があったと!それでここに……ッ!」
勇者の彼が冷静に、両手を上げて敵意がないことを示し――
一歩踏み出したのですが、彼の足元には、どこからか放たれた矢。
(万事休す……でしょうか……どのようにしたら平和的解決が……。)
「そこまでーーっ!皆、武器下ろしんさい。」
ひときわ大きな声が響いて、周囲が一瞬で静まり返りました。
木の上に控えていた一人の……道化師服に身を包んだ女の子。
ぴょんと降りてきたかと思えば、こちら側へと歩みを寄せてくる少女。
暗い森に光る白髪。長い髪はおさげにしていて――
見た目だけで言えば、完全にピエロの女の子。
(道化師服の……子ども……?どうしてこのような場所で……?)
少女の紅い瞳は、まるで心を見通すような不思議な感覚。
紺色と深い紫色……左右非対称の摩訶不思議な道化師服――
周囲の小さな姿とは、明らかに一線を画しているような……。
そんな異様な出で立ちの無表情の少女。
少女は両手を使って身を翻して、周囲を制止してくださっているご様子。
「そいつら、森を荒らした犯人じゃない。あたしが言うとるんじゃけ――
信じるじゃろ?とりま、武器はもう収めよう……な?」
想定していたよりも軽い口調の少女で、驚きを隠せません。
恐らくは――この小さな姿をした彼らの『リーダー』的な……?
そのような位置付けの方なのでしょうか。
少女が動けば、周囲の影は武器を一斉に下ろし、動きを止めました。
つかつかと、道化師服の少女は値踏みするような目つきでじっと――
勇者様、騎士様……そして私へと視線を移しておりますが……。
(何を考えているのか……まるで分かりません……。)
「ふーん?すげーなー?こんなとこ、来られる人間、ほんまにおるんじゃ。
あーたら……最近森に住んじまったっていう……変な魔物関連――」
「それ、解決するために森に入ったんじゃろ?んで、今は困っとる。」
とても淡々とした声色ですが……。
こちらの事情を全て知っているかのような物言い。
仕草とか声の調子は子どもらしさを感じますが、なんでしょうか?
(子供らしさを“演出”しているようにも感じてなりません。)
「あーたらさ。その変な魔物……退治するために来とる……ちがう?
まー身なりみりゃ『ぼーけんしゃ』とかそっち系じゃろー?」
語りかけながらも、勇者様の周囲をくるくると歩いて回る少女。
お声は弾んでいて軽いのですが、表情はずっと変わらず、無表情。
「その退治したいちゅー魔物。居場所と習性……あたし結構知っとるんよ。
教えたげようか?どうせ放っとかんじゃろ?なんなら――」
「あたしもその『退治』付き合っちゃるけーさ。」
彼女は親しみを込めて言ってらっしゃるつもりなのでしょうが……。
勇者様は、どうお返事したらよいのか尻込みしてらっしゃるのかしら?
どうしましょうか、私から何か言ったほうが……。
「――あ、そっか。わりーわりー、名前名乗っとらんかったわ。
あたしの名前……ルルリカ・ルリカ。ルルで通っとるし――」
「気軽にルルちゃんって呼んでくれて構わんぜー」
とても眠たそうに見える半目ですが、表情が読めず感情が分かりません。
しかし名乗りとはとても重大なのですね。
これほどまでに、名乗られたことで安堵するとは思ってもませんでした。
「ルルリカ……だねっ?ありがとうルル!
もう駄目かとおもってて……とっても助かったよ!」
「名前……すっごくいい名前だねぇー!それと、僕の名前はノア!
勇者を任されたノア!よろしくねぇ!」
気だるげな紅い瞳が、こちらへと向けられていますが……そうでした。
私たちも名乗らねばならないことに、遅ればせながらも気が付きました。
「ああっと、スマン。俺はパルテオン。騎士だ。ちなみに言うが――
戦闘に関して――俺は守ることしか出来ん!」
「聖女の名を拝受いたしました。 セラフィーナと申します。
どうぞお気軽に――セラとお呼びくださいませ。私は……その。
戦いに関して言えば素人同然です……治癒に関してならお任せください。」
「りょっ!ほんじゃ――討伐開始ーッ! みんなあたしに付いてこーい!」




