頁:12 その【一行】初依頼につき。
その後ですが、私の体調は見事なまでに悪化いたしました。
結果としては、お二方から気を遣われるほどの有様でございまして……。
これは先ほどの貴族の方とお会いする以前の問題でした。
大勢の人が一箇所に集められた空間に、そも慣れておりません。
ゆえに人に呑まれて気圧された結果『人混み酔い』に見舞われたのです。
情けないお話ではございますが、我々神職者は総じてですが……。
自身に対しては《治癒の祈り》を行使することは叶わないのです。
癒し手である私が倒れてしまっては本末転倒だと、そう決断いたしました。
祝宴の夜会は早めに切り上げましたが、私たちがいなくとも――
『派手好きな貴族たちが勝手に騒ぐだろう――』
と、国王陛下のお墨付きもあり、お言葉に甘えさせていただくことに。
そんなわけでして、私たちは夜の喧騒を背に馬車で移動中。
国が用意してくださった、離れのお屋敷へと馬車を走らせております。
窓の外から確認できますのは、王城の明かりが遠ざかる光景。
やがて宵の闇へと溶け込んで――視界からは明かりが消えてゆきました。
「ごめんねぇ……僕、大勢の人たちに囲まれちゃって。
セラの様子に気がつくことが出来なくってさ……パルが言ってくれなきゃ――
多分、僕ずっとあのままお喋りに夢中だったかも……それにしてもだよっ!!」
「セラさんは体調は平気かな?僕だって疲れてるんだし……無理はしないでね?」
対面に座っていた勇者さんですが、彼は確かにお言葉では『疲れた』と――
そう申していらっしゃいますが、本当に疲れている様子ではありません。
恐らくは、私に気を遣ってらっしゃるのが目に見えます。
「ノア……おめぇそうは言ってっけどよォ……緊張してなかったろ?
あんだけの人に囲まれて愛想振りまいてやがったろ……凄ェよマジで……。」
肩をくるくると回してらっしゃる勇者ノアさん。
そんな彼の隣で、呆れた様子の騎士様――
お二人はどこか、長年の付き合いのようなものを感じます。
二人は気を遣ってくださっていたのに、私ときたら――
先ほどから胸に感じていた不安ゆえでしょうか。
体調も然る事乍らではありましたが……表情に出ていたのでしょう。
心配そうに見つめてらっしゃる勇者さまから、お声がけをいただきました。
「えーっと……セラさんはどうだった?
僕が見たときにはひどい顔色だったから……なにかあったのかな?」
朗らかな微笑――ですが、その視線の鋭さに思わず驚かされました。
でもそうですね……気がかりはありました。
あの――胡散臭い微笑の貴族の青年の方。
彼の顔が脳裏に焼き付いてしまって、離れてくださいません。
直感で何かを……感じ取っていたのかもしれません。
「先ほど――舞踏の時間ですが、一人の貴族の方とお会いしました。
とても礼儀正しい方で、完璧な立ち居振る舞いの青年の方……でした。」
「お名前は――『アメトリクス・フォン・ニヴェイシア』様、と。
その方と特別何があったとか、そういったわけではないのです。」
「ただ、胸に拭えない不安……のようなものを感じてしまって――」
これまでに社交界に出なかったこと――
これほどまでに後悔をしたことがありましょうか?ああ、口惜しい。
もし私が、聖女として多少なり社交界に出ていれば……と。
そうしていれば、彼に関する情報もきっともっとあったかもしれません。
ですが、後悔先に立たずです。お二方に視線を戻しますが……。
お二方は怪訝そうなお顔で、唸るように考え込んでらっしゃいます。
「あめとりくす……さん?うーん、当然だけれど僕は聞いたことがないね。
僕は貴族の産まれじゃないんだぁ……だから知らなくても許してね?」
笑って誤魔化してらっしゃるけど、どこか真剣な瞳の勇者さま。
「ニヴェイ……シア……?だぁーッ!分からんッ!すまんが俺もだッ!
俺も聞いたことない家名ゆえ全くわからんッ!どこの貴族だぁ……?」
「嬢ちゃんが言ってんのは――あんとき……。
挨拶交わしてたときの、胡散臭ェ野郎のことだよな?俺よりデカかった――」
問われましても、申し訳がないですが、私に分かるはずなどありません。
ゆえに答えられるのは『はい。』と一言だけでした。
「それとなのですが――その方と握手を交わした際……。
とても……冷たく感じました。ただの冷え性というには……。」
「……うん、わかったよっ!セラさんが怪しいって思ったのなら――
きっと何か変な人なんだねっ!気にかけておこうっ!」
「次その人に会うときは、僕たちが側にいるからっ!」
勇者さまのお声は、とても柔らかくて……。
年齢は私とそう……大きく離れておりませんのに。
どうして彼はこうも、不可思議な安堵感があるのでしょうか?
まだ出会ってから数日とありませんが、それでも理解できること。
勇者さまは非常に真っ直ぐな方で、心がお強い方なのだと。
私ももっと……精進いたしませんと。
心中で決心して、頬を軽く叩いて活を入れましたが、お二方は驚きの眼差し。
視線がお二方と合ってしまって『ふっ』と笑いの吐息が漏れて――
(これからどうなるのかしら……不安は絶えませんが……気合ですね。)
◇ ◇ ◇
祝賀会のお披露目会から数日が経過。
聖女である私を含めた三人で、王都から別の場所へと移っておりました。
というのも――
勇者さんが祝賀会のとき、とある貴族の方に頼まれたのだそうです。
その貴族さまが領主を務められている、王都近隣の村での異変――
なにやら、お困り事とのことらしいです。
『なにとぞ……勇者様方に解決をして欲しく――』
と……どうやらその貴族様が仰るには、このような話だそうです。
大人しかったはずの動物たちが、近隣の森から逃げてきたのだそう。
動物たちが暴れ、畑を荒らして家畜や魔物にも影響が――と。
領地経営にも支障が出ているとのことらしく、そちらに赴くことに。
……なぜか勇者さまはとても真剣なご様子で、その話をされていて。
そうしてたどり着いた村でしたが――
着いて早々、村人たちは私たちへと駆け寄ってきました。
口々に助けを求められて、胸が苦しくなるような思いになり――
私が知らないだけで、こうした細々した困りごとがあるのだと。
自身の無知を恥じるとともに、少しでもお力添えできたらな……と。
(私なんかがお役に立てるとよいのですが……。)
「お待ちしておりました勇者御一行さま!森を通れずにこれでは狩りが――」
「森から逃げてきた魔物や動物たちが暴れ、畑が……このままでは村が――」
「作物がだめになるわ、狩りにも行けねぇわで……どうすれば……。」
怯えきった様子の村人たち。縋るような眼差しの人々。
村人一人ひとりの手を取り、優しく微笑みを返す勇者様。
「お任せくださいっ!僕たちはそのためにいるんですからっ!」
「おうともっ!大船に乗ったつもりで、解決まで待っていてくれ!」
勇者さんも騎士さんも気合十分といったご様子ですが――
私はただ、胸の前で手を合わせることしか、できませんでした。
こうして――村人たちの杞憂を晴らすため、異変のある森へ。
初めての任務ということもあって、私はずっと緊張しっぱなし。
修行期間中、外へ繰り出すことはあれど、周囲には常に大勢の人がいました。
少人数での行動は今回が初めての経験となります。
若干の緊張や不安が胸に残りますが、きっと私たちは同じ思いです。
気を引き締め――改めて森へと向かいました。




