その【馬車】腰破壊につき。
翌朝、全員が朝食の場へと集まっていたのだが――
ノア、セラは互いにぎこちない様子だった。
双方ともに背すじを伸ばし向かい合うが、どちらも気まずいのか無言。
食事場の机には、食欲を唆られる様々な料理が並んでいるが……しかし。
二人の目には、机に広がる食事よりも“昨晩の出来事”がのしかかっていた。
二人とも心此処に非ずといった様相で、彼らは恐らく――
互いにパンを握っているつもりなのだろう。
二人は片手に空気のパンを握り、勇者ノアに至っては、だ。
彼は空気のパンをちぎる動作を見せ、滑稽にもその空気を口に運んでいた。
とても正常とは言い難い二人の姿。
騎士は思わず、向かいに座る小人族とキューに身を寄せ、小声で尋ねた。
『おいルル……。 昨晩なんかあったのか? まさかとは思うがよ――
ノアが覗きをした……とかじゃねぇよな?』
パルテオンの質問は半分が正解で、半分が不正解だった。
小さくため息を吐き出したルルは、昨晩の出来事を若干だが歪曲して語る。
『服脱いで、湯浴みしようと思ったら、セラちゃんが叫んだ。
したらノアちゃんが来た。 そしたらこうなったんよ。』
『あたしも知らん。』と切り捨て、彼女は“普通”にパンを咀嚼。
彼女の説明はかなり端折られたもので、その説明だけでは伝わるはずもない。
パルテオンは余計に理解することが出来ず、首を傾げながらも朝食を摂る。
何も気にしていないルル――
気にしてないという彼女の態度が、余計にパルテオンの混乱を加速させていた。
沈黙が流れていたが……沈黙を破るように、セラとノアの二人が声を上げる。
「「昨日はッ!!」」
声が重なり、二人は瞬間的に目を合わせ、空気が凍ったように固まる。
『しゅん……』と肩を落とすノアに、セラが口を開いた。
頬を桜色に染め「あのっ……!」と枕詞の後、震える声を絞り出す。
「昨晩は、私の不注意でしたっ……! 虫さんに驚いてしまったとはいえ――
あんなに叫んでしまっては、ノアさんが心配するのも当然です。」
小さな声で「ごめんなさい……。」と謝罪の言葉を口にするセラ。
彼女の言葉の端々には、昨晩の羞恥と自己嫌悪が滲む。
そんなセラの様子に、ノアは慌てて首を横に振り全力で否定。
両手をひらひらと翳し、セラのせいだけではないと、身振り手振りで示す。
「ちがうッ! 考えなしに、ノックもせずに扉を開けたのは僕だからッ!
セラは、何も……悪くない……んだ。 僕が後先考えずに――」
「私だって、悪かったのです――!」
「それだったら、僕のほうが――!」
怒気すら感じられる二人の言い合いに、互いに顔を見合わせ――
やがて、何かが吹っ切れたように「ふふっ」と、気がつけば笑いが漏れていた。
「ノアさん……いえ、ノア。 あなたが善意で扉を開けたこと――
私はちゃんと分かっています。 ですので、今回の事は水に流しましょう!」
「ごめんね、セラ。 もし……次に同じようなことがあったのならさ……。
ちゃんと、一声かけてから確認するようにするから……!」
二人で頭を下げ、笑い合いながらも謝罪合戦。
そんな光景を見つめ、パルテオンとルルは、安心したように食事にありついた。
その後――
四人全員で会話を交わし、肩の力を抜き、和やかな朝餉の時間を楽しんだ。
食事が終わるか終わらないかという、微妙な頃合い。
宿の従業員から声を掛けられ、話を聞いてみればなんと――
今日の昼前に、都市行きの馬車が村に来るとの話だそうだ。
従業員の話ではその都市は発展しているらしく、調べ物には最適と。
勇者一行は言葉を受けた後、急いで旅支度を整え、あっという間に出立の時刻に。
馬車の点検に少しだけ時間が欲しいとのことで、時間が余った。
余った時間を有効活用するため、一同は村の広場へと向かう。
改めて村人たちに困り事はないかを尋ねて回るのだが……。
出立の噂を聞きつけた村の子どもたちが、勇者たちに駆け寄ってきた。
子どもたちを代表した女の子の一人が、大事そうに握った花冠を手に、一歩前へ。
照れくさそうにする女の子に対し、ノアは膝をつき女の子に視線を合わせる。
「お花の冠……お嬢さんたちが作ったの? すっごく綺麗だねっ!」
「えっと……勇者のお兄ちゃんに渡したくって……あと、これもっ――
聖女のお姉ちゃんの分……! 昨日、ご気分が悪そうだったから……。」
白と黄色の花々で編まれた、拙い花の冠――女の子はそっとノアに差し出した。
ノアと女の子のもとへ、セラも屈み、二人で女の子の頭を優しく撫でる。
「ありがとうございます……。 私にも作ってくださったのですか?
とっても――嬉しいです。」
顔を真っ赤にさせ、勇者と聖女に花冠を渡そうとするが――
ノアが女の子の手に手を添え、そっと自身の頭へと導き、朗らかに笑う。
「お嬢さんが直接、僕の頭に乗せて? そうして貰えたほうが嬉しいなっ!」
「……駄目かな?」と首を傾け、微笑を零す勇者に、女の子の顔は真っ赤に。
周りの子どもたちから「ほらー!」と急かされる女の子。
女の子はきゅっと目を瞑り、ノアの頭に花冠を乗せ――
そのままパタパタと走り去ってしまった。
ノアの手にはもう一つの花冠――彼の頭に乗せられているものと同じもの。
隣で腰を落とすセラの頭上に、優しく花冠を乗せ瞳を細め、笑顔を向けた。
「えへへッ!お揃いだね、セラっ! 惜しいねぇ?パルとルル……
それにキューの分があったら、面白かったかもっ!」
彼の言葉に、セラは「ふふっ」と思わず笑みが溢れ、小声で付け加えた。
『人誑しが過ぎますね? ――勇者様ったら。』
ルルの頭の上には謎毛玉生物が鎮座。ルルは無表情で二人の姿を見つめ――
『花粉だけに――鼻をかむってな。 ふへっ……。』
と――ぽつりと呟き、彼女の周りだけ……妙に冷え込んだのは言うまでもない。
しかしそれでも彼女の言葉は、虚しいことに誰の耳にも届かない。
そして、馬車の準備が整ったとの事で、一同は馬車へと乗り込む。
村の入口に停められた荷馬車の周囲には、村人たちが集まっていた。
「勇者様! 聖女様! 騎士様に道化師のお嬢さん! どうかご無事で!
また、御縁があれば是非、村にお立ち寄りください!」
馬が嘶き――それを合図に車輪が軋む音を上げ、馬車は動き出す。
後方から聞こえてくるのは、村人たちの温かな声援――
勇者たちが見えなくなるまで、それは続いていた。
そうして勇者一行は、学術都市へと向かうのだった。
◇ ◇ ◇
荷馬車は軋む音を鳴らし、石と土の道をガタガタと音を立て進む。
舗装の甘い街道を車輪が叩き、不快な揺れを生み出す。
陽射しが照りつける中、舗装の甘さと柔軟性のない木枠に奪われる体力。
出発早々、彼らの腰は悲鳴を上げており、言葉数少なく時間だけが経過する。
最初こそは呑気なものだった。
が、ものの数十分で音を上げ……ルルはキューを抱え昇天。
セラは時折腰を抑えて項垂れ、なんとか揺れに耐えている状況。
一同は揺れに耐える事に注力し、道中特に会話も無い。
ただ虚しく、時間だけが過ぎていく。
御者は沈黙に耐えかね、手綱を捌きながら一同に対して語りかけた。
「硬い荷物ばかりで申し訳ないです……なんせ荷馬車なものでして――
して勇者一行の皆様。 今から向かう都市なのですが……。
なんと、国公認の――“賢者さま”がおられましてな!」
まるで芝居がかったような口調の御者。
御者はせめて、会話だけでも楽しんでもらおうと必死だ。
「少々クセの強いお方との噂ですが、知識量において右に出るもの無し!
勇者一行の皆さまにとって、きっと良い機会となりましょう!」
「ただ私も……噂のみしか伝え聞いておらずでして。
賢者さまがどこにいらっしゃるかまでは――すみません……。」
御者の言葉に、ノアは空を見上げながら「けんじゃ……。」と呟く。
淡い金色の細い髪が、陽の光を受け、風に乗せられふわふわと揺れる。
その横顔はまるで絵画になりそうなほどで――
(すごく、絵になる方なんですよね。 ノアって。)
(顔がよろしすぎて、まともに見られません……。)
御者は手綱を軽く鳴らし、再び口を開いた。
都市までは長くとも、二日程度は掛かることを皆に聞かせる。
セラ、ルルの二人は同時に表情を暗く落とし、項垂れていた。
それ程までに“荷馬車”での移動は、身体の負担が大きいらしい。
穏やかに街道を進んでいくが、次第に陽が落ち、空が茜色に染まる頃合い――
御者が手綱を打ち鳴らし、馬車が軋んだ音を響かせて停車。
野営地にたどり着いた様子で、御者が手を払い、荷台にいる一同へ声をかけた。
「お疲れ様です勇者さま方、今夜はこの辺りで野営といたします。
食料ですが、荷馬車に乗せてあるものを、よければ使ってください!」
馬車から降りたパルテオンは、座りっぱなしだったためか――
彼は降りて早々、身体を軽くひねり、柔軟しながら声を落とす。
「ふぅッ……んじゃ。 俺はテントを張る。 食事は任せてもいいか?」
言うが早いか、彼は荷物からテントを取り出し、設営の準備へ入る。
彼の行動を皮切りにノアが薪を集め、ルルはと言えば……傍観の準備を始めた。
あらかた野営の準備を終え、料理係に任命されたセラ。
彼女は法衣の袖をまくり、気合十分に調理に取り掛かった。
「では料理は不肖私めが……このセラフィーナ……腕によりをかけ――
精一杯っ! 失敗をしないよう、調理に励むとしますっ!」
調理器具を取り出し、早速料理の準備を始めるセラ。
不思議なことに、手は迷いなく効率的に動いてくれる。
まるで調理そのものが“長年してきた動作”のように軽やかだった。
鍋はあらかじめ火に焚べ、油を引き熱しておき、その間に野菜の準備。
芋、人参、玉ねぎのような野菜を刻み、熱した鍋にそれらを放り込む。
火が通った事を確認し、干し肉を追加し、水を加えてひと煮立ち。
泡が立つ頃合いに火から離し、そこに小麦粉、固形の植物乳、塩を追加。
鍋が焦げ付かないよう、細心の注意を払いながら、複数の香草を少量加える。
しばらく火の上で煮立たせ――完成したものは、簡易的なホワイトシチュー。
(あれ……とろみが足りないですが……御愛嬌ですね!!)
「みなさまっ! できましたっ!! 味は、少し濃いかもしれません……。
それと、とても熱いので、食す際はお気をつけくださいっ!」
木の器に盛り付け、御者含めた全員へ食事を振る舞うセラ。
セラにとっては、粘度が少しばかり足りないと感じる成果物だった。
しかしそれでも、皆にとっては美味だったようだ。
ノアが固い黒パンをシチューに浸し、頬張り、綻んだ微笑を浮かべる。
とても満足そうに咀嚼しながら絶賛し、舌鼓を打ち、セラへと語りかけた。
「優しい味付けでとっても美味しいっ! 手際も良かったし――
セラってもしかして……むぐ。 すごく料理上手なのかな?」
「ノアのお口に合ったみたいで良かったです……! パルテオンさん――
ルルさんは如何ですか? 美味しいですか? 御者さんも――」
セラの言葉に被せるように、御者は興奮した様子でまくしたてた。
「聖女様は貴族のご令嬢とお聞きしておりましたが、これは参りました!
料理がこれほどできる貴族令嬢だなんて、聞いたことがありませんっ!
それにしても本当に美味です! 宜しければ作り方やコツ――
それと材料等、ご教授くだされ! これは売れますぞ!」
パルテオンやルルは黙々と食事を続け、多めに作っていた料理は見事に完食。
皆がセラの料理を絶賛し、そんな彼らに彼女はくすぐったい衝動に駆られていた。
単純に褒めてもらえることが嬉しく、頬を染めて皆に感謝を伝える。
『誰かのお役に立ちたい』――その想いは、こんな形でも叶えられるのだな、と。
なにか……胸に温かいものを帯びていく感覚。
『また機会があればいつでも作ろう』と、静かに決意するセラだった。
(最初はどうなるか不安でいっぱいでしたが。 旅って……良いものですね。)
(これから先どうなるか、未来の事はわかりません……ですが……。)
(少なくとも今この時を大事にして――忘れないようにしましょう。)




