その【加護】責任重大につき。
それからというものの、幾許かの月日が穏やかに流れていった。
父と母、それと教育係の家庭教師のような方に、色々と教えてもらい日々を過ごす。
自分の勘違いで、魔法が当たり前に存在するのかと、そう思っていたけれど――
どうやらこの世界では、魔法というものは、やや忌避されている傾向にあるらしい。
魔法や魔術といった力とは、魔族のみに与えられた力だという事だとか。
魔力という力を使える人間は、多少なり魔族の血が混ざっているとかなんとか。
差別的に感じるが、時代とかを考えると、致し方ないのかな?とも思う。
自分が憑依直後に使った力は、神職者が使える《祈り》という能力で、魔とは違うのだとか。
聖神力という、祈りや想いから紡がれる力で、なんと遠い祖先は、神様らしい。
いよいよファンタジー感満載で、内心ワクワクなわけで。
んでもってだ、自分はこのまま行けば、また人々を救う側なのだろうと、漠然と考えていた。
そんなこんなで、屋敷で過ごしていると、侍女や教師係の人に言われることがある。
それは、幼い割に「しっかりしている」や「達観している」等の言葉――
それもそうだ…三十路手前の成人が、幼女に乗り移っているのだから。
セラフィーナという少女、それに家族の人たちには本当に申し訳がない。
しかし、この身体を引き受けた以上は、精一杯生き抜いて見せるのだ。
(でも…感じるよ。 セラフィーナは、身体の中で生きている。 かならず、身体は戻すからね。)
決意を胸に、日々を過ごし、光陰矢の如く、時は確実に刻まれていった。
呑気に将来の事を考え、幼少期を温かい家族と従者に囲まれて過ごし――
そうしてこれまで、特に何事もなく、何不自由無い生活を送り、とうとう十歳に。
これまでの経験で分かったのは、自分の力は神職者、つまり癒し手に向いているらしいこと。
前世とでも言うべきか、魂の記憶でも医療従事者で、職種が似たようなものなので、笑ってしまう。
(運命を感じてしまうなぁ、でも、自分の力で大勢を救えるなら本望っ!)
そして!なんと今日、自分は【加護】を授かる儀式とやらに挑むのだ!
この国では十歳になると、もれなく加護というものが授けられるのだとか。
しかし、説明を聞いてもよく理解できず、ざっくり言うと所謂才能的な、そんなもの。
よく分かってはいないのは、決して、どうでもいいからとかそういう訳では無い。
んでもって、実は結構前から、この儀式への参加は楽しみにしていた。
なんせ、前の身体の知識では考えられない、特大イベントなのだから。
いや、あれか?七五三的な…そんな感じの行事に近いのかもしれない。
適当言ってるが、実は七五三の意味すらよく理解してないのは、許してほしい。
で、この加護次第では、将来が神官や司祭で確定しているらしいが、それはそれで有りかなと。
まぁ…この年齢から既に将来が決定されるのは少しだけ、酷な気もするが。
それでもやはり、異世界転生モノの醍醐味って感じで、胸が弾む。
――もしかしたら、身体に精神年齢を引っ張られているのかな?
自分以外にも、沢山加護を授かりに来た子どもたちで、神殿は賑わっていた。
周りの子供達は、不安そうな表情だったり、自分と同じく期待の眼差しを向けていたりと、様々。
「ぼく剣の【加護】がほしいよー…」
「あたしはお針子になりたい! 早縫いの【加護】がほしいな!」
あちこちで、【加護】について囁きあう声が聞えてくる訳だけれど。
自分だけではなく、やっぱり皆、楽しみにしているのだなーと、感心しつつ歩みを進める。
石造りの神殿は、子供たちの声以外は静寂に包まれていた。
長くて天井が高い廊下を、軽い靴音がやたら反響して聞え、不思議な感覚にさせられた。
高いステンドグラスの天井から差し込む光は、まるで舞台のスポットライト。
自分を含めた、子どもたちの列を照らし出していて、すごく神秘的に見える。
荘厳って言葉を体現したかのような光景で、子どもたちも景色に夢中みたいだ。
円形の祭壇に近づくと、円を囲うように、三体の神々を象った石像が視界に入ってくる。
どれもなんだか威圧感があって、少々恐怖を覚えてしまう――畏怖の念というやつなのだろう。
神々の像をじっと見つめていたら、ふっと微笑みを落とされたような、そんな錯覚。
空目?なにか、見間違えたのかな?と目をこすり確認するが、微笑んでなどいない。
なぜだか、嫌な予感がし、鼓動がどんどんと早打ちするのを感じた。
そうして、呆然と像を眺めていたら、ついに自分の名前を呼ぶ声が届いた。
白い清潔な衣装を身に纏った神官の人に、言われるがままに導かれ、祭壇中央へ。
足元にはステンドグラスからの淡い光が落とされて、床や衣服を様々な色へ染め上げている。
その淡い光は、身体の隅々まで照らしていて、心の奥に眠る、小さな熱を引っ張り出す。
身体が熱くなるような不思議な感覚になり、思わず自分の小さな身体を抱きしめた。
神様達に向かって頭を下げると、目を閉じ、祈りを捧げる。
言葉にしなくても、感謝の気持を忘れないのは、きっと前の身体の記憶からの癖だろう。
(神様、いつもお守りくださり、ありがとうございます。)
自然に、胸の前で手を組むようにして祈りを捧げていると、身体の中心に熱を感じる。
まるで内側から灼かれるような熱さに、小さく息を洩らしながらも、ひたすら祈る。
これが【加護】を授かるということなのだろうか?一体どんな【加護】が……。
が、しかし――自分が目を瞑り、何も見えていない間に、外ではどえらい事になっていた。
小さな光の輪が「ボンッ」と弾けたのを皮切りに――
瞬く間に、淡い金色の光と、虹色の粒子が身体から溢れ出していった。
その光が爆ぜると、祭壇どころか周囲を包みこんでいたらしく、凄まじい光景を生んでいた。
天井から降り注ぐ光と織り混ざり、輝きを増し、人々を癒やす聖光がひときわ輝いて――
自分が次に目を開けたときに、目に入ったのは、発光する自身の手と身体。
「……え? な、なにこれっ…?」
知らない間に、想いが光になり、そして力となって現れたらしい。
しばらくの間の後に、たちまち神殿内には、大人たちの歓声が上がっていった。
「聖女様の誕生をこの目で!」
「ヴァイオレット家の血筋が――!」
「本家はどうするんだ…!」
呆然と立ち尽くしていると、祭壇まで両親が駆け寄り、自分の身体をぎゅっと抱きしめる。
両親の頬には、涙が流れ、こぼれ落ちており、全くもって理解が追いつかない。
自分は、それほどまでに、凄い【加護】を授かったの?――こんな、自分が?
――そもそも、だ聖女って…何?
両親の表情には深い悲しみが滲んでて、自分の身体を強く抱きしめ、父親が震える声で小さく呟いた。
「ああ、どうして…どうして我が子なのだ…っ!」
母は嗚咽を漏らし、涙を零すばかりで言葉を落とさない。
そんな両親の姿に、思わず涙を貰い、頬に伝わる冷たい感覚が、思考をぼやけさせた。
(どういうこと……? なんで両親は泣いているの……?)
◇ ◇ ◇
――両親の涙の原因は簡単で、どうしようもない、家柄に関係する問題。
どうやら我がヴァイオレット家というのは、ヴィオラ伯爵家という、由緒正しき家の分家らしい。
んで、だ。そのヴィオラ伯爵家は【聖女】を輩出する家系だということ。
ヴィオラ家の他に、デルフェニウム家、サルビア家の三家が聖女家系らしく…。
他の家では既に、ここ二十年~三十年ほどで輩出済み。
けれども、その本家たるヴィオラのお家では、長らく【聖女】が産まれてこなかったそうな。
――で、そんな状況で…はい、ご当選おめでとうございます!
なんと言うことでしょう!こんな自分が【聖女】に選ばれたでは有りませんかー!
当選倍率何倍の、狭き門をくぐり抜け、重責を負い【聖女】へと選ばれたのでしたー。
めでたしめでたし。
納得行くわけがない。聖女が生まれなかった“本家”に、分家からの神様からの贈り物という訳ですか?
【加護】を貰ったのは一体誰なんだろうね?と、胸の奥で意味もなく言葉を零す。
【聖女】の事をいままで何も知らなかったのは、両親や侍女が、隠しに隠していた為だと聞かされた。
その事を謝られたが、謝罪されたところで【加護】の“やり直し”なんてできないわけでして。
しかし、困った――よりにもよって、こんな自分がどうしてそんな…【聖女】なんて…。
聖女というのは本来、十数年に一度、生まれるか生まれないかの稀な存在らしい。
本当に、おめでとうございます。というべきなのか、ご愁傷さまです。というべきなのか。
こればかりは、自分自身に対しては後者だろう――圧倒的に。
要するに、あれだ…自分は王都にある、ヴィオラ伯爵家に引き取られることが決定済み。
本来であれば、今の自分の年齢だと、学術院的な、貴族の学校に通うそうなのだ。
しかし、聖女認定されてしまっては、通うことも叶わないのだそうだ。
ホント…なんてこった。
楽しみにしていた、異世界の学校…通ってみたかったのにな……。
血筋の威光だとか、家の誇りだとか、そんなものを理由に“聖女としての修行”――
いかにもな、責任が重そうな運命へ放り込まれるらしい。
本当に、なんということでしょう。
男爵令嬢、セラフィーナとして生きてきた、当たり前の毎日。
暖かくって、優しくって、皆で笑いあって、ようやく馴染んできた生活だったのに。
学校に通いつつ、両親や侍女に囲まれて、穏やかに成長して、人々の助けに――
いや、結局のところ人々の助けになる職業なのだろう、形は違えど。
でも、温かい家庭で育つのと、恐らく待ち受けているのは冷たい視線とか、そういう感じの。
どちらが良いかと問われると、圧倒的前者な訳でして。
両親の笑顔が脳裏に貼り付いて、そのたびに胸の奥が、締めつけられるように痛くて苦しい。
締めつけられるどころの騒ぎじゃない、もう――
研ぎ澄まされた刃で抉られるような痛み、といっても過言じゃない。
いくら考えても、結局進まなければならない、それに本家行きを拒んだら――
きっと両親は本家から沢山責められるのであろうことは、目に見えているのだから。
暖かくて優しい日々を胸に刻みこんで、忘れないようにしっかり抱きとめる。
泣きながらでも、笑いながらでも、セラフィーナとして、頑張っていくしかない。
どうあがいても、頑張るしか、今の自分には選択肢はないのだから。
その選択が正しいかどうかなんて分からない、本当にこれでいいのか?と不安は残る。
この先待ち受けているのが、果たして希望なのか絶望なのか、はたまた両方か。
ちっぽけだと思っていた自分に降り注ぐ、あまりにも大きな流れ――
その濁流に、流されるような自分を自覚しつつ、結局のところ震えるしか出来なかった。




