頁:94 その【名前】伝承の無いものにつき。
食事を終え、大図書館の禁書庫へと戻ってきた二人。
賢者の元へと歩み、戻ってきたことを伝え、軽い挨拶を交わす。
「やー賢者サマ。聞いてヨ。」
「聖女サマと『休憩街』行ってきたヨ。ごちそうさまー、ふぅー。」
いつもの飄々とした態度で賢者に言葉を投げた半魔の彼。
賢者は驚愕のあまり『エッ!?』と大絶叫。
賢者の顔は、たちまち燃え盛る石炭のような赤に染まり――
彼の脳内では猛烈な速度で、学術都市の地図が展開されて駆け巡った。
彼の【加護】である【書庫】の本領が今この場で惜しみなく発揮され――
トラメリアの区画を隅々まで展開。僅か数秒で推論を導き出した。
「理解、いたしましたッ!子爵閣下が仰られているのは――貴族の飲食街ッ!
それに――時間を逆算すれば致していないコトは明白ッ!」
「さっすがは賢者サマー。近いから間違えて立ち寄ってネ?
時間を逆算って……キミ、ナニを想像しちゃったのサー?」
彼らの話についていけず、聖女はぽかんと口を開けて呆然。
肩を揺らして笑う半魔に、視線を頑なに逸らしている賢者。
「え?本当にあの……『休憩街』というのはなんなのですか?
身体を休ませることができる飲食街……では?」
どうやら彼女の言葉にツボに入ってしまったらしい半魔。
彼は『いんしょく、がいっ……』と腹を抱えてケラケラと笑っていた。
賢者は賢者で、顔から湧き出た蒸気で眼鏡が曇っており――わけがわからない。
「あー……聖女サマ。『休憩街』って場所はネ……大人が……ッ
く、組んず解れつするような場所……だヨ……イヒッ……イヒヒヒッ!」
「なッ……な!そ、そのような場所に……閣下と……通った……のですか……?」
キッ――と賢者を睨みあげる聖女。
しかし彼はすでに念動で浮かせた書物で身を隠しており、誤魔化していた。
「ば、場所が隣接しておりますゆえにッ……仕方がないと言えますッ!それに――
お二方が大図書館を出られて帰られるまでの時間を考慮。」
「男女の情事の平均時間を――ッ!」
「おやめくださいませッ!」
賢者はもちろん、彼女を激怒させようとしたわけではない。
彼なりの援護のつもりで放った言葉だった。しかし言い方が悪すぎた――
「ひどいネェ……?まったくー。 はぁ……賢者サマも興味ある感じ?
ボクと一緒にイってみる? ヒヒッ!冗談冗談。」
「さぁて……それじゃボクは読書に戻るヨ。ちょっと集中したい。」
混沌とした現場ではあったが、彼はけろりと表情を改め、着席。
置きっぱなしの本を広げ――活字を貪るように集中してしまった。
そうして再び禁書庫には静寂が訪れた。
禁書庫内に響くのは、紙をめくる音やペン先が紙を撫でる音のみ。
三人はこうして互いに知識を求め――読書に没頭するのだった。
◇ ◇ ◇
どのくらいそうしていたのか。
読んでいた書物から目を離した聖女だったが、小さな目眩にふらり。
禁書庫内は地下空間。そのため時間の流れがまるで分からなかった。
椅子から立ち上がり、アメトとバルタザールの元へと視線を向けるのだが。
彼らは場所から動いた気配がなく――文字を睨みつける眼差しは真剣そのもの。
(二人とも……すごい集中力ですね……私には到底ムリです。)
そんな彼らの顔を見つめていて、ひとつの疑念が湧いた。
それは――なぜ、半魔の彼は左右で違う色の瞳なのだろうか?と。
まじまじと瞳を見つめていたが――気になったのだろう。
半魔の彼が視線を聖女へと向け、首を傾げて口を開いた。
「なぁに、聖女サマ。ボクの顔……そんなに変カナ?綺麗な顔デショー?」
慌てて首を横に振り『あ、いえ!』と返したまではよかった。
しかし好奇心が勝ってしまい、疑問に思ったことを直接ぶつけた。
「あの――閣下の瞳の色。どうして左右で違ってらっしゃるのか……。
あまり煌陽国では見られないお色でしたので……それで不思議に思って。」
「血が半々だと――瞳の色が左右非対称になりやすいと聞いた覚えがあるネ。
実際、ボクの姉もそうだし。ボクの知っている没落貴族の令嬢に――」
「同じく左右非対称の瞳を持っている子が居るヨ。
今どうしてるんだろうネー? ……あのボンクラ令嬢。」
彼らの会話内容が気になったのか、バルタザールが口を挟んだ。
「閣下の仰るとおり、血を別けた半種族の方に多い傾向があるとッ!
風聞などではなく事実そういった傾向だと論文でも――っと……」
「ちなみにお聞きしたいのですが子爵閣下、そのご令嬢の家名ですが――
もしかしてなのですがッ……『高貴な亡霊』ではッ?」
「ん?お知り合いだったりする?そうだヨ。名前は『システィ』だネ。
システィ・アウレリア・エーデレイス。」
「半人間、半ドワーフ族の没落令嬢だネ。ま……彼女のコトは置いて――
色々な書物を読み漁って解ったコトがあるヨ。どうにもおかしいネ……。
名前の記述だけがさっぱり抜け落ちた神様がいる……みたいだネ。」
彼らの話についていけなかった聖女。彼女は頭上に『?』を飛ばしていた。
「やはり、ですか――神々の御名……言い伝えられている名は主に十二ッ。」
「魔族領守護神様を含めたら十三?伝承のみ伝わっている神の名を足して――
十四……十六柱……だよネ。」
顔を合わせる賢者と半魔の彼。そして――二人の声が重なった。
「「足りない名がある(ありますッ!)」」
二人の声が重なったことに驚きを隠せない聖女。やがて瞳を細め――
自身の認識が正しいかどうかの判断も込め……神々の名を口に出した。
「煌陽国で伝えられている神々の御名は……元素系神々と、自然神様……。
火神ロキ様、水女神アープ様、地母神ティアマティ様、風神アウロラ様。
植物神イドゥ様、光女神セラフィリム様、闇女神ノクターン様――」
「それと……太陽神サニア様、月女神ルナディア様。」
一呼吸を置いてちらりと彼らに視線を移すが、彼らは言葉を待っている様子。
「続けます。私たち……煌陽国で信仰されております……我らが守護神様。
創造神ダヌ様、須臾神イストラ様、浄化神ルストラ様。」
「かの神々は星律教導……神殿内部にて石像もございます。」
「仰るとおり――そしてェッ!あまりその名を知る人はおりませんが……ッ!
混沌神ケイオス、名も伝えられてない精霊神様ッ!」
「んでもって、魔族領守護神様の不滅神エタニティ様……だネ。
それと、伝承のみ残っている戦女神……カナ?」
神々の名前を連ねたとて、聖女にはやはり二人の言葉の意味が分からない。
彼らに視線を投げ『それで……?』と、今度は聖女から彼らの言葉を待った。
「あの魔族文字で書かれた書物にある一節“汝、唆されること、なかれ”――
その一節に関する『黒き愉悦の主』という神なる存在の記述が、一切ないッ!
「ワタクシの脳内知識……禁書庫の神話――
どこを当たってもッッッ!! 無いのデスッッ!!!」
ひょいひょいと二人に招集をかけるアメト。何事かと身を寄せ合う二人。
集まってきたのを確認し、アメトは声を落として二人に囁くように言葉を投げた。
『実は――魔族領の遺跡のような場所に『力をお与えになった偉大なる存在』
みたいな記述があったのを確認したのネ、ボク。』
『それで、ボクが単独で調査してたのネ。 でも――駄目だった。
途中で戦争派の連中から横槍が入ってしまってネ。』
『おかしいのが――それが数十年も前だってコト。つまり、ネ……?
戦争はもう、ずっと魔族が準備していたって話になるのサ。』
それだけ伝えると、アメトは二人から離れ――天を仰いだ。
腕で瞳を塞ぎ、低く……それでいて諦念の滲むような声を響かせる。
「だからボクは調査のために戻りたかった。ネリア様は丁度いい存在なのネ。
ちなみに――遺跡がいつから存在しているかは、ボクは分からない。」
「つまり……その『黒い神様』という存在が……悪さを……?
そう……仰っているのです……か?」
「神々とは、総じて気まぐれでありますからね――我々定命の者とは……。
それこそ人の善悪では推し量れないお考えがあるのでしょう。」
賢者の含みを帯びた口調。それはどこか――神々に対する憤り。
三人を包む空気は……どこか重く、淀んでいた。




