頁:93 その【青年】面倒くさい男につき。
半魔の彼に促されるままに歩いていた聖女。
しかし普通の飲食街だと思っていたその場所は――ただの飲食街ではなかった。
(ちょ……ここ……貴族の飲食街ではありませんかッ!!)
周囲に目を向けてみれば、揃いも揃って豪奢な衣装を身に纏う人々。
否応なしにもその場所が貴族向けであることなど、火を見るより明らか。
「あのっ……閣下……!私、すごく場違いに感じるのですが――
今は……私……『星律の教導』の法衣なのですよ……!?」
「ン……?キミは貴族令嬢デショ?ナニか問題でも?それで――
セラフィーナ嬢は何をお召し上がりに?」
『ああ……さっきの『休憩街』でボクを食べる……?ヒヒッ!
キミは食べられる方だろうケド――ィヒヒヒッ!』
この男は懲りずにまた誂っているな……と、ため息を漏らすセラ。
しかし、どうやってこの場を切り抜けるか――と、思考する。
「はぁ……食べられる前に浄化を致します。ってそうではありませんッ!
ここ――貴族の飲食街でしょう……?私は安価な食べ物で結構ですッ!」
「そうは言うけどサ。ボクの体裁を考えてもみてヨ。」
「子爵であるボクがだヨ?聖女を食事に招待。ここまでは良いとしよう。
で、そんな貴族であるボクが、キミのようなお方を安価な店に招く――」
「するとどうだろう?ボクの評判にたちまち傷がついちゃうネ。
貴族としてのメンツ丸つぶれ。だからボクはココを選んだってコト。
それにサァ……せぇっかく、キミとのデートの機会なんだし、ネ?ヒヒッ!」
『ここはひとつ、ボクの肩を持つものだと思って、大人しくついておいでヨ?』
(この人……分かってやってますね……!なんという……!)
「し、仕方ありません……で、ではニヴェイシア子爵閣下。
わたくし、スープ料理を頂きとうございます。エスコートなさってくださる?」
こうなればもうヤケクソだ。
周囲の貴族たちは、幸いにもあまり視線をこちらに移していない。
成るように成る精神で、突っ走るしかないと、そう判断を下した。
そうして――アメトのエスコートの元、二人が訪れた店。
上品で落ち着いた空気の飲食店。入った瞬間から感じる高級感。
本来、予約がなければ入ることすら許されないのだそうだが――
そこは【聖女】待遇。すんなりと席に通されるが、なんと通された席は個室。
こじんまりした空間に、緋色の重厚な布。
直射日光を通さない繊細なレースカーテン。
沈み込むような柔らかさの座り心地の良いソファ、磨かれた美しい机――
何もかもが高級感に溢れかえった空間。
こういった場所は聖女の修行時代ですら来たことがない。
彼はいったい何を思って、昨晩の告白を聞き入れた後、このような真似を?
どんな神経でこのような場所に自身を連れてきたのか?と混乱するセラ。
窓の外には学術都市の町並みが広がり、遠くの方には人々の往来。
都市中央に位置するのは、先ほどまでいた大図書館の時計塔。
景観良し、内装良し……とても落ち着いた空間ではあるのだが――
「あの……個室なのはどうして、でしょうか……。」
「さすがにその――あなたと二人というのは大変……恥ずかしいのですが。」
「そりゃ、お店の人がキミを大衆の目に晒すのはよろしくないって――
気を利かせたんデショ?個室はイヤ?キミはもっと聖女の自覚を持つべき。」
「誰がどこで見ているか分からないんだしサー?
今はボクが付いてるからいいケド……それにデートだしよくなぁい?」
「もしかしてキミ――ボクとデートするのイヤだったとかー?ひどぉい。」
どうにも納得がいかないのだが、自身ではどうすることもできない。
ひとまずは言葉をのみ着席をするのだが……思っていたよりも、距離が近い。
面と向かってみるが――頬杖を付き、じっと見つめてくる半魔の彼。
顔を近づけられて頬を撫でられるのだが……羞恥で顔から火が出そうだった。
「ちょ……距離、距離が近っ……閣下!なんなのですか!?誂ってます??」
「というか……デートとは仰っておりますが――
順番がそもそもおかしいではありませんか!私その……あの。」
「あなたに二回も、き、キスされておりますのよ……?しかもです!
一回目なんて記憶にございませんし二回目は……最悪でしたしッ!」
どうにか彼から離れたかったが――これ以上は後ろには寄れない。
アメトという男。彼は無駄に身長があったため、射程が長いのだ。
「一度目はキスじゃなくて介抱ネ?キミの苦しみから解放させるための行動。
二度目は……その説はゴメン。素直に謝罪しよう。」
「あのときはボクも少し焦っていてネ。だからサ――仕切り直しに……。」
近づいてくる彼の顔――頬に添えられた手に熱が帯びるような感覚。
ふわりと香ってくるのは、彼の普段遣いしている香水の匂い。
耳元に口を寄せられ――甘く囁く言葉。
『ふつうのキス……今しとく? キミさえ良ければ……ネ?』
耳に触れる冷たい吐息に鼓動が跳ねる。しかし顔を逸らすことが――できない。
どことなく真剣な眼差し……じっと見据える赤紫と黄水晶色の瞳。
まるで吸い込まれそうなほどに美しく映える色。
近づいてくる彼の顔。抵抗すればできたが、しかし――できなかった。
流れに身を任せるように瞳を閉じ「ちゅ」と音を立てもたらされた口づけ。
まるで羽のように軽いもの。それなのに――
触れられた瞬間から熱を孕み、顔には血液が昇っていくような感覚。
ほんの一瞬だったはずなのに、まるで時間が止まったかのように長い。
唇が離れ――聖女は頬を桜色に染め上げ、息を詰めながらも言葉を落とした。
「い……いまさら……どうしてそんな優しいキスを……。
先日私は……あなたに舌を絡められる濃厚なのを無理矢理されたのですよ?」
「え?もしかしてキミ……そっちの方がご所望だった?」
「別にボクはそれでもいいケド……ならもう一度仕切り直す?
でもキミ本当に平気?あんな軽ーいのでそんなに顔真っ赤なのに。」
「あと残念だけれど、これで四回目だヨ?どする?五回目イっとく?」
視線を明後日の方向へ向け――腹を抑えながら、笑いを堪える半魔。
これは……確実に誂っている。聖女の身体からは浄化の光が溢れ出していた。
「さ、最低ッ……!乙女心を何だと思ってるの……!?」
「今はまだ浄化いたしませんがッ……いつか本当に浄化されますよ!?
もういいですッ!料理ッ!料理はいつこられるのかしらっ!」
料理が運ばれてきたのは――このあとすぐのことだった。
◇ ◇ ◇
それから料理を楽しみ――食べ終えた後に軽く談笑をしていたふたり。
柔らかな昼の陽射しがレースカーテン越しに射し、ふたりを照らし出していた。
「ところでサ、聖女サマ。さっきキスとかデートの話してたケド――
それ以上にボクたちって、もっとひっどいコトしてなぁい?忘れた?」
「同衾とか……あとボクが媚薬盛られた時とかサ……キミはほら――
ボクの膝の上に乗っていたヨ?あれ……ちょっと距離近すぎなぁい?」
口に含んでいた飲み物が吹き出しそうになり、咳き込むセラ。
頬を染め上げて肩を小さく震わせ、なんとか弁明の言葉を紡いだ。
「ち、ちがうのですわっ!!」
「聞いてくださいませ!私のお話!あのときはその……《浄化の祈り》――
直接祈ればあなたにどんな影響があるか分からなかったのですッ!」
「ど、同衾の件だって不本意でしたッ!!あなたにただ……安眠!
そう、安心して眠っていただきたくって、それだけで行動したのです!!」
「だってあのときの閣下は悪夢にうなされて……それどころじゃ……」
聖女のしどろもどろの言葉に半魔の彼は『ああ……』と瞳を細めた。
なにか理解したかのような表情を浮かべ、自嘲気味に笑う。
「そのコトだケド。ボクは姉サマへの恐怖が身体にこびりついててネ。
ま、そのコトはどうだってイイ。 ボクが言いたいことはひとつ。」
「ボクのことなんて放っておいていいってコト。キミは人族の聖女サマ。
ボクはキミとは違う。お人好しも度が過ぎるとキミ自身を殺すヨ?」
どうにも引っかかる。彼はなぜ、自身のことになると……話題を避けるのか。
しかしあまり踏み込みすぎるのも彼に良い印象を与えないだろう。
彼のどこか悲しげな横顔を見つめ、小さく笑うことしか出来ない。
「なら……なおのことです。」
「私をもっと――利用してくださったらよろしいではありませんか。
何か目的があって、私たちと行動を共にしているのは……分かります。」
「あなたの事情にあまり踏み込む気はございません。ですが……。
せめて、一緒にいるのであればもっと私を頼ってくださいませ。
もっと……頼っていただければ、私は……嬉しいので。」
聖女の言葉に、半魔の彼はふっと鼻を鳴らして笑う。
彼は窓の外に視線を落としたまま、吐露するようにぽつりと言葉を洩らした。
「頼れ……ネェ?申し訳ないんだケドさぁ――」
「ボク、自身の感情をよく理解できないのサ。だからだろうネ。
頼れといわれても、どうしたらイイのか、よく分からない。」
「それと――キミには伝えないといけないのだケド、ボクには色恋の感情?
ってのがてんで理解できない感覚なのネ。だから昨日の告白もサ……。」
「色々考えたケド、キミの好意は分かる。だケド、そこまで。
ボクはキミにどう答えてあげれば正解か、よく分かっていない。
キミがお願いするのであれば、恋人っぽく振る舞うことはできるケド。」
グラスに注がれた赤い液体をゆらゆらと回し――視線を聖女に向けた彼。
唐突の彼の言葉に、聖女は理解することが出来なかった。
「ンー……そうだネ。ボクという『人間』を少し語ろうか?」
そうして語られたのは、彼自身に関すること。
彼は模倣を繰り返したせいで、自分という自我が分からない。
自身は空っぽで、喋り方や仕草に至るまで、人の『模倣』でしかないそうだ。
言葉には感情が乗らない。ゆえに人々は彼のことをこう評価した。
『冷たい人』『冷徹な方』『あなたには感情がない』
彼の表情は胡散臭い微笑を浮かべていないと、言っていた通り確かに冷たい。
「ボクはネ、恋愛と性欲は切り離せないモノと、そう認識している。」
「ゆえに、ボクがキミに抱いている……言葉にするのも度し難いのだケド。
とにかく、ボクはキミのコトを性の対象として見るというのがイヤ。」
「正直なトコ、キミのコトを抱きたくないと言えば嘘になる。汚らわしいネ?」
彼の表情は一見すれば笑っているものなのかもしれない。
だが、セラから見た彼の姿は――『自身に対する心底の嫌悪』を顕にした青年。
彼もまた、自身では整理することが出来ない『心』を抱えているのだと。
「気持ち悪いデショ?ボクみたいなのに性的な目で見られるの、イヤじゃなあい?
キミが思う以上に、ボクという存在は最低だと思うヨ。」
「だからサー、こんな男……辞めときなヨー?さっきキスしたばっかだケドー」
(なんて……なんて、子供っぽい方なのかしら?)
「最低……ですか。あなたの自己評価はともかくです。」
「ですが恋愛ってそういうものじゃないですか?この方と共にありたい――
添い遂げたいと思う気持ちに自然と『そういう気持ち』が乗ること……。
あなたの仰る『性的な欲求』と重なること、それって普通ではなくって?」
「だって――恋愛感情って元を辿れば『種の保存』に行き着きますでしょう?」
淡々と、曇りのない瞳で語る聖女。
まさか彼女から――そんな言葉が紡がれるとは思ってもなかった半魔。
「ンー……それってつまり、昨日の告白を踏まえると――」
「キミはボクと……『そういうコト』をシたいと。そう言っているの?
それって聖女としてどうなのサ……大丈夫?キミ……ボク心配だヨ。」
茶化す様子はなく、本心から滲むような疑問の表情と声色。
答えを求める様子ではなく、ただただ『心配』の色で見つめられ――
何かを察し、慌てて手を振って否定の言葉を紡ぐ聖女。
「そそそッ……そういう意味ではなくってッ!!!違うのです!!
確かにキスしちゃった関係ですがッ!!本当に!!まだそこまで求めては――」
「まだ?いずれはそういう関係になりたいってコト?……キミ……。
見かけによらず……そのもしかして――興味あるお年頃……?」
「なら別にボク、今からでも良いのだケド。今からじゃダメなの?
ボクさっきも忠告したつもりだケド、キミと――」
「そ、そのうちッ!!!違うッ!!ああもうッ!!最低!!馬鹿ッ!!!」




