頁:92 その【賢者】都市の象徴につき。
バタバタしつつも、大図書館の表口へと到着した三人。
しかしながら入口は人の往来が結構なもので。
ため息を漏らし、聖女と半魔を従業員用の通路に招き入れる賢者。
狭い通路をくぐり抜け――教職員たちに挨拶を交わされながら通路を進む。
そうして禁書庫へと通じる狭い通路を抜け――禁書庫へと足を踏み入れた。
「おやおや。ボク、許可証を貰っておりませんが……立ち入ってもよいもので?
ともかく――ボクをお招きくださいまして、感謝を……賢者サマ。」
「あ、あのッ!!その態度ですとッ……なんだかワタクシ――
やりづらいので、禁書庫にいる間は態度を戻していただいてもッ……?」
「え?アー。 ウン、分かった。人居ないし、そうするヨ。
そんな違和感あるカナー?聖女サマはどー思う?」
「賢者様と同意見にございます。その……言葉が悪いですが……。
かなり『気色悪い』です。ええ、とても。」
『酷ぉい』と軽口を交え、半魔の彼は禁書庫内を歩き回り――
一つ一つ背表紙を確認しながら本を吟味していた。
「賢者サマ……少し訊きたい。」
「世界の成り立ち……若しくは他国の宗教……それと文化と歴史の禁書。
普通の書物でもいい。そういった書物はどこにあるか分かるカナ。」
半魔の問いかけに賢者は頷くまでもなく、腕を動かして念動を行使。
複数の書物を彼の元へと運び――彼の側で書物を浮遊させた。
「こちらの書物が、該当する書物かとッ!」
「わお。ドンピシャー、すごいネ。」
宙に浮かぶ書物を両手に抱え、机へと向かい、適当な椅子に腰掛ける彼。
「それじゃ、ボクは少し集中するヨー、ボクは賢者サマとは違うからサ。
だからしばらくボクのコトは放っておいてネ。」
彼の言葉を受け――賢者と聖女もまた、別の場所で読書に明け暮れた。
賢者は書物を放射状に浮かせて並べ、聖女は災害録の本を読み耽る。
禁書庫内に響くのは、ただ頁をめくる音だけだった。
◇ ◇ ◇
二人の集中力は尋常ではなかった。
どれほどの時間が経過したのか、アメトの机の上には読み終えた書物が数冊。
バルタザールもまた、数えるのが馬鹿らしくなるほどの書物が積み上がっていた。
セラはといえば、まだ一冊、二冊程度しか読み終えていない。
そして彼女は、特といった役に立てそうな記述は見つけられなかった。
(なにかお役に立てそうな記述があればよかったのですが……ありませんね。)
彼女が読んでいた書物は比較的新しく発行されたもの。
禁書庫指定のされていない一般書物だ。
中身は厄災を記録した物で、聖女修行中で学んだ事の復習も兼ねてのこと。
パラパラと知っている記述を読み進めていく聖女。
読み漁っていると、以前は目に入らなかった一項に吸い寄せられた。
それは――王歴七百二年頃に流行した病。
四十年に一度起こる、厄災の病の記述なのだが――
その病に対する特効薬を生み出した功績者の名前に、見覚えがあった。
『ニヴェイシア』
セラは思わず『あっ!』と声に出してしまい、本を持つ指先が震える。
そうだった――彼は半分ほどは魔族という種族。
自身が誕生するもっと前から生きていて、こうして人の営みに携わってきた。
(長い年月――私たち人間に助力して……私なんかよりもよっぽど……。)
「どしたのサ、聖女サマ。大きな声をあげてたケド。ビックリしたヨ。」
いつもの軽薄な態度。だが彼はれっきとした長命の種族……魔族。
寿命の圧倒的な差を見せつけられたような気がし、胸の奥が軋む。
パタリと本を閉じ、彼の姿に目を向けた。
「えっと――閣下のお名前が……王歴七百二年頃に流行した病の、お薬を……」
「アー、あれネ? 四十年周期でやってくる、厄介な流行り病ネー。」
すかさず賢者が『紅晶病ですなッ。』と声だけ届けた。
半魔の彼が語るに――『紅晶病』という厄介な病。
その病は、小さなげっ歯類を媒介として、哺乳類に感染する病らしい。
当時の人々は『感染したら終わり』と、恐れていたのだそうだ。
人々は感染経路が分からず、ただ死の恐怖と隣合せの日々を過ごしていたとか。
まさか、小さなげっ歯類から感染するなどとは思ってもいなかったと。
「薬の開発もままならなくてネ。ボクはまだ当時――二代目だったからサ。
弱小貴族もいいトコで、使用人も何人か失ってネ。」
軽々しく数十年も前のことを言われ、聖女は内心では複雑な気持ちだった。
それは――彼と自身とではあまりに『違い』がありすぎる。
それでも、心には同時に暖かな気持ちも流れ込んで――
本を膝の上に置いて、両手を胸の前に……まるで祈るような姿。
「……ずっと、私が知らない時分も、閣下は人々に寄り添い――
助力してくださっていたのですね。」
「当時のボクはそんな『助ける』だとか、そういう感情ではナイ。
ま、それは今現在も変わらないのだケド。」
「こっち……人間社会での暮らしをもっと楽にするためにやってきたダケ。」
どことなく自己を卑下するような言葉。
聖女は慈しむような表情で半魔の彼の元へ、歩み――身を寄せた。
椅子に腰掛ける彼の手に手を添え、とても柔らかな微笑みで語りかける。
「それでも――それでもです。」
「その時代の方々はきっとあなたに救われたのだと……当時の人々も――
散々あなたに感謝の言葉を投げたのでしょう。」
「ですが――その時代の方々の代わりに、改めて感謝を伝えさせて下さい。」
彼の指先に触れる温度は、冷たいものではない。
確かに物理的な温度は冷たいのだろうが、そうではない温かさ。
『レゥフクルゥプ・エドゥラヴ・ッセスゥル・スミヌァ――
(キミは心が澄んでいて、美しいネ。)』
アメトが何を伝えたかったのか、セラには伝わるはずもない。
しかし、自身が彼に触れていたことに驚愕し、慌てて離れるセラ。
「ごッ!!!ごめんあそばせッ!私ったら……過去の人々のことを――
ち、違うのですッ!!!えっと……そのッ!つ、つい出来心でッ!」
(とは言ったものの……ああ、いけません。閣下のことを考えると……。)
まるで心臓を掴まれたような感覚。
高鳴る鼓動に彼への想いは止めることができず、彼に背を向けた聖女。
そんな甘酸っぱい空気を壊す、場違いな弩級の声量。
「ちょおーーーーっとッ!!お待ち、をッッ!!」
「お二人ィッ!どうにも雰囲気がッ!ここに通う学生たちのような……。
そう――とてつもないあんまぁぁぁい空気感でしたぞッ!!!」
「ここはそう――禁書庫ッ!!バルタザールも居ることをお忘れでッ!?」
いつもであれば眉間に皺を寄せ、硬い仏頂面のはずの賢者。
しかしなぜだろうか。今現在は妙にノリノリである。
「ち、違う……違うヨ。ボクはただその――うん。
聖女サマがあんまりにも拍子抜けする顔をボクに向けたからサ。」
「ふむ――なるほど。確かに勇者殿や聖女殿と共にあれば――
不思議と日々の忙殺も忘れ、穏やかな気持ちになることはありますな……。」
アメトは本を畳み、机へと置くと軽く身体を伸ばし、視線を賢者と聖女へ。
「っと……もうお昼時って感じじゃなぁい?お二方――ご飯は?」
懐中時計で時間を確認したアメトが、二人の元へ歩み寄って語りかけた。
バルタザールは『ふぅむ……』と自身の腹部に手を当て思考する様子を見せ――
「ワタクシのお腹は空腹を感じておりませぬッ!」
と――いかにも、学者らしい言葉で返した。
対象的にセラは恥じらうような微笑を浮かべ、お腹が空いていると返答。
「それじゃ聖女サマ――ボクと一緒に飲食街へデートでも行くー?ヒヒッ!」
彼はセラが『茶化すな』という言葉を想定して放った言葉だった。
が――しかし……彼の思惑を見越していた聖女。
「はい、行きましょうか、デート。しっかりエスコートなさってくださいませ?」
満面の笑み。あまりにもノリノリの姿にアメトは硬直。
まさかこんなはずでは、とでも言いたげな表情を浮かべているが――
「それでは――デート楽しんできて下さいませッッ!」
賢者にすら急かされてしまい、四面楚歌。
結局行き場を失った彼は彼らの言葉を飲み込む他なく。
急遽、聖女とふたりきりで出かける流れとなってしまったのだった。
◇ ◇ ◇
禁書庫の螺旋階段を登り――大図書館の廊下を抜け二人だけの空間に。
周囲には人がまばらにいたが、昼時という時間帯ゆえにぽつりぽつり。
周囲に人があまりいないことを確認し、アメトはセラの耳元に顔を寄せ――
『キミってサァ……』と言葉の後に囁きを落とした。
『キミを【聖女】サマだと知らない人が見たら、弱くて簡単に襲えそう――
おそらく、そういう印象を抱かれやすいと思うんだよネェー。』
「身に覚え、あるでしょぉ?」
セラから距離を取り、彼女の姿を上から下まで舐めるような視線を送り――
やがて『ウンウン』と頷き、なにか妙に苛つく含み笑いを浮かべたアメト。
「ウン、おこちゃま体型、童顔……それに気弱で押しに弱そう。」
「ボクの見立通り――完ッ璧だネェ!」
「ちょ……それ……なんて失礼なのかしらっ……!どういう意味ですか?」
顔を真っ赤にし、頬を膨らませてそっぽを向くセラ。
しかし彼はわざとセラの視界に入るように移動し、肩をすくめた。
「キミが一人で行動してたら、また襲われそうってコト。危なっかしいの。
ほら……キミってば、前にもよく分からないダサい輩に絡まれてたデショ?」
「だからボクがデートーとか言ったってコト。まぁそのサァ……??
キミから昨日――全裸で告白されちゃったし?ボクからの配慮だヨ?ヒヒッ!」
彼なりの気遣いを感じられる言葉だったのに――
最後の言葉で完全に台無し。しかしセラも負けていない。
「どうせ私はおこちゃま体型ですっ!気を遣っていただいてどうも!
私、こうみえてすっごく強いんですから!お気遣いは結構ですッ!」
何に憤慨しているのか、彼女は胸を張ってみせたが、彼はケラケラと笑うだけ。
「強いとか弱いとかともかくサー、キミは可愛らしい容姿なんだし。
ちゃんと自衛できるにしても、キミは心がとても優しい人間デショ?」
「どれだけ暴漢に襲われても結局キミは『人を傷つけてしまう』――って。
それだけの感情で、キミは攻撃という手段に出られないとボクは思ってる。」
「だからボクがキミのコトを心配するの、少しは理解して欲しいトコロだヨー。」
この男は当たり前のように女性を褒める言葉を吐き出す。
それが本心からなのかは分からないが、それでもセラにとっては嬉しい言葉。
少なからず好意を持っている相手に『可愛い』と言われ――赤面してしまった。
そうして会話を交わし、学術都市の町並みを歩く二人だったが――
いつの間にやら、二人は怪しい石畳の通りに入って行ってしまった。
アメトは『その場所』が一体どういった通りかを理解していた。
しかし……セラがあまりにも適当に歩いているがゆえ――
気がつくのが半歩遅れてしまったのだ。
(ちょっと……?聖女サマ……どうしてこんな場所にボクを連れてきたの?)
腹部を抑え――肩を震わせ、小刻みに笑いながら足を止めて聖女を制すアメト。
「ちょっと……聖女サマ、ココ……ダメっ……っぷ。」
「『休憩街』はキミにはまだ、早いヨッ……ボクとそんなにシたいってコト?
あー……ボクも気が付かなかったから同罪だケド――ィヒッヒッ!」
「ほら、聖女サマ、コッチ……コッチだから。」
『休憩街』と呼ばれた路地は、昼間だというのにどこか妙に影が濃い。
また――どこからともなく甘ったるい香りが鼻腔を擽った。
軒先には怪しい装飾の看板……囁かれる言葉はやたら艶めかしい男女の笑い。
乾いた靴音を響かせる酔客の姿――確かにただの『飲食街』ではない。
しかし、鈍感なセラには、その場所が何を指すのか分からなかった。
「ええ?閣下?え……?でもあちらの看板には飲食も可能と――
ええ――ちょっと!教えてくださらないと何も分かりませんッ!」
少し怪しい雰囲気が漂う『ただの飲食街』だと思っていた聖女。
そんな聖女の背中を優しく押し、早いところ離れてしまおうと躍起になる半魔。
「キミがシたいなら別にボクはそれでも構わないケド。
今は食事デショ?ほら……飲食街はアッチだから……ったくもー……。」
「アッチに美味しいお店があるから、キミはココにいてはいけない。」
最後まで彼がその場所を詳しく語ることはなく――
セラはむしゃくしゃしたものを抱え、二人はその場所を離れていった。




