頁:91 その【奏者】半魔につき。
翌朝、日が上がったばかりの早朝――
ニヴェイシア邸宅の人気のない広間に最初に姿を現したのは賢者。
分厚い書物を膝の上に乗せ、魔導椅子の稼働音を鳴らし定位置へ。
しかし――移動の途中で聞こえてくるのは楽器の音色。
どこからともなく耳心地のよい澄んだ音色が響き、思わず耳を傾けた。
「むッ……?楽器の音色……はて、どこから――というか……ッ」
(一体どなたが演奏をなされているのでッ……?)
聞こえてくる楽器の音色は、おそらく管楽器。
それもかなり熟達した奏者の音色――導かれるように広間の外へ。
ニヴェイシア邸に控える使用人たちは、執事長以外は貴族の出ではないと。
そう屋敷の主本人から聞いていた。そのこともあり脳裏によぎるのは――
(聖女殿……若しくは子爵閣下御本人……?)
普段の胡散臭い態度からは考えられないほどの美しい音色。
半魔の彼が楽器を嗜むのか?と――興味も湧いてしまったのだ。
広間の外へ出ると、ちょうど廊下を歩いてきたセラと鉢合わせた。
いつもの法衣に身を包んだ彼女の元へ、身を寄せるバルタザール。
「あら……?朝のご挨拶を申し上げます、バルタザール様」
「おはようございますッ!聖女殿ッ!いつも早朝からのお目覚め――
このバルタザール、大変感服致しましたッ!して聖女殿はなぜ廊下に?」
「ああ……恐らくバルタザール様と同じです……ふふっ!
なんだか……とても落ち着く音色で、奏者が気になってしまいまして!」
そうして二人で廊下を抜け――音のする方向へと向かっていった。
空気を震わせるような、澄んだ音色が廊下を抜ける。
やがてひとつの部屋へとたどり着き、聖女と賢者が顔を見合わせ――
なるべく音を立てないように扉を開いた。
昇りかけの薄暗い陽光――銀白金色の毛髪を揺らし、瞳を閉じて演奏する彼。
銀色の横笛がきらりと煌めき、美しくも儚い姿に目を奪われた二人。
演奏もさることながら、普段の様相からは考えられない姿に、何も言えなかった。
(なんて美しい音色でしょうか……心が洗われていくみたいな――)
しばらく聞き入っていたが――やがて音は止まった。
奏者である彼は『ふー』と息を吐き出し、瞳を開き、二人の姿に驚愕。
「あっれー?ゴメーン。 もしかしてうるさかったカナ?
もし起こしてしまったのなら悪かったネー。」
いつもの飄々とした声色に、胡散臭い微笑。
あまりにもあっけらかんとした彼の表情は普段通りの冷たさだ。
「子爵閣下がまさか楽器を嗜まれているとはッ!いやはや――
ワタクシ、驚愕でしたぞ……ッ?しかしとても良き演奏でしたッ!」
「普段胡散臭すぎますものね……閣下って。
思わず聞き入ってしまうほどには美しい演奏でしたよ?」
三人で軽く応酬を交わし、その後は軽口を叩きつつも広間へと向かった。
三人が到着する頃には、すでに一同は全員集まっている様子。
そうして簡単な話し合いの末、賢者を残し一同は食堂へと消えていった。
「賢者サマは――お仲間サンと一緒に居なくても良いのカナ?
というか、ちょうど良かったからボクから一つ提案とお願いがあるんだケド。」
「ワタクシ、朝食はいつも抜いているので問題ありませぬッ……。
してワタクシにお願い事……ふむ、トラメリアの禁書庫関係――ですなッ?」
手のひらをひらりと振り、賢者の腰掛ける魔導椅子を押し――
自身の部屋へとさり気なく向かっていくが、いまいち要領を得ない賢者。
「それもあるんだケド――書類仕事を手伝って欲しくってサ。
昨日結局疲れて、手つかずでネ……ネリア様のせいでバッタバタで。」
「キミの噂はボクの耳にも届いているからネ。だから手伝ってほしいのサ。
もちろん、タダでとは言わないヨ?そこまでボク、酷い魔族じゃないし。
報酬は――スクロール。なんでも好きなスクロールを……五枚。」
賢者の返答はもちろん“了承”の一択。
その後彼らは、屋敷の主の自室へと向かい――書類仕事を捌いていく。
「悪いネー。キミはボクのお屋敷に来たばかりだというのにネ。
それと、さっきのお話だケド――禁書庫の件。」
「たしかに禁書庫に用事はあるケド……ボク、国からの許可証――
持っていないんだよネェー……というか、ボクは許可を得られなかった。
だから禁書庫の司書サマであらせられるキミに直接お願いしたってワケー。」
「あ~~ッ……。確かに許可証の承認は少々面倒ですな……。
まず――と……それと……が――つまり子爵閣下は――」
「ワァ。それボク、絶対許可証無理なヤツぅー。」
そうして会話を交わし――会話ついでに書類を片付けていく二人。
普段であればもっと時間が掛かっていたところだったが――
賢者の助けもあり、あっという間に書類を整理した二人。
「では、本日中にでも禁書庫に向かわれますかなッ?」
「そうだネー。スクロールは帰宅してから造るからサー。
ボクにナニを作らせたいか、考えておいてネ? ヒヒッ!」
◇ ◇ ◇
そうして広間へと戻ってきた二人だったが――すでに広間には勇者一同の面々。
二人の姿に気が付いたネリアがアメトに身を寄せた。
「メトちゃ、アタイ……すっごい考えたの!」
「ヘカテラに戻ろうかなって考えたの。でも――まず勇者ちゃ……。
彼に強くなってもらった方が良いかなって、結論づけたのよ!
すでに勇者ちゃと盾には了承済みなのよっ!」
「そいでそいでっ!メトちゃのお力を借りたいのよっ!」
彼女の真剣な瞳を確認し、続けて勇者と騎士へ視線を落とし――
小さく息を吐き出し『了解デス。』と返し、言葉を続けるアメト。
「ボクの能力デスか?本日は……勇者サマとネリア様だけで?」
「アタイの力だと、一番伸ばせるのが勇者ノアちゃ。
次に盾なの。それでも多分――アタイが満足するまではきっと無理。
ある程度鍛えたら――アタイと一緒に、ヘカテラに来てほしいのよ。」
ネリアの言葉を聞いて、セラは気持ちが落ち着かずに指を組んだ。
そうだった――今はまだ、世界に奔る異変を解決せねばならない……。
しかしどうしても……考えてしまうのは半魔の彼のことばかりで。
俯いていて知りようがなかったが――半魔の彼は聖女の様子をじっと見ていた。
口角を上げ、口では『かしこまりました。』と告げてはいたが――
視線は聖女へと向けられ、小さなため息一つ。
「えーーー!やじゃー!あたし、メーちゃんに魔法をおしえてもらおーって!
そうおもっとったのにーーー!!ずりーーー!びゃーーーーん!」
駄々をこね始めたルル。彼女はアメトの腰に絡みつき――
謎に彼の腰をポコポコと連打……無表情で。
「はぁ……キミには魔術と魔法に関する、ボクの知識をまとめた本――
書いておくからサ。それと薬草に使える植物の見分け方……。
薬の簡単な調合法とか、ネ。 それならいいデショー?」
「すんッ……」と大人しくなり、無表情でサムズアップするルル。
先ほどまでの駄々こねモードは一体どこへやら。
話し合いの末――ノアたち勇者の三人は戦闘訓練の為、北の山脈へ。
帰宅用のスクロールも渡し、準備は万端。
バルタザール含めた聖女と半魔は、調べ物のためにトラメリアへ。
ルルは屋敷にて、留守番をすることとなった。
一同は各々でやるべきことをやるため、それぞれの道へ。
「それじゃ……ボクたちが居なくても、勝手に屋敷は使っていいからー
ああでも……ネリア様……頼むからお屋敷、壊さないでネ……?」
◇ ◇ ◇
学術都市近郊へと転送してきた聖女たち三人。
近郊とはいえど、都市まではそれなりに距離がある。
都市が望める丘陵地帯へと到着し、三人は学術都市を目指し、歩き出した。
「ネー賢者サマ。すこーし気になったのだケド――
キミは禁書庫の司書サマのはずだよネ?数日確実に開けていたケド。」
「平気なの?賢者って役職もあるだろうに。」
「半月ほど休暇を頂いておりましてッ!それ以上の休暇ともなると――
さすがに申請が必要になりますな……ただッ!勇者殿の手助けという名目ッ!
つまり――『それっぽい言い訳』があればもっと休暇をいただけますぞッ!!」
「ただまぁ……ワタクシ超有能ですのでッ……他の仕事も死ぬほどあり……ッ。
学術論文の手伝いや――他ですと記録纏め等……やることが多いのですッ……」
アメトの気まぐれの問いかけだったが、うなだれて言葉を返す賢者。
「まぁだろうネェ?今日の仕事ぶりを拝見して思ったのは――
ボクもキミのコトが欲しいって思うし。」
何気なく放った言葉ではあったのだが、賢者の耳には引っかかりがあった。
賢者だけではなく、聖女もまた驚きを隠せない様子。
「ああ……勘違いさせて悪いケド。キミという優秀な人材が欲しいってコト。
二人ともナァニやらしいコト考えてたのサ……。」
「ボク、そんな節操ない感じに見えるー?」
勿論、賢者も聖女も言葉の真意は理解していた。
が……アメトという男が言うだけで、色々考えてしまうのだった。
そんな調子で、三人でわいわいと会話をしながら、学術都市の検問所に到着。
簡単な手続きを済ませると、すんなりと都市に足を踏み入れ、三人は並んで歩く。
――厳密には二人が歩き、一人は魔導椅子に腰掛けての移動なのだが。
「ニヴェイシア子爵閣下の認可証……ワタクシ初めて拝見致しましたッ……!
さすがは『幽玄の白雪』と称されるだけのことはありますなッ……!」
「ニヴェイシアの認可証、そんな変わったことないデショ……。
ふつーの子爵のモノだと思うケド……さぁて、と――」
「ボク、お外では猫かぶり状態でキミたちに接するからサー。
違和感あるだろうケド、我慢してネー?」
そうして――学術都市の内部へと足を踏み入れた聖女たち三人。
だが町中に出ると、まぁまぁ目立つ三人――
この都市の象徴である賢者。
まず彼が姿を現すことが滅多にない。
そのため、道中で黒ローブの学生や講師が話しかけてくるのだ。
賢者は話しかけられるたび、丁寧に応対していた。
しかし途中で面倒になったのだろう。彼は聖女たちへ振り返り言葉を落とした。
「は、早い所大図書館へ向かいましょうッッ!」
語気を強めながら言い放ち、結構な速度で魔導椅子を稼働させ、大図書館へ。
「彼、賢者サマは大変なのデスね。
この都市の象徴であらせられる方ゆえ、仕方なくも思いマスが。」
「ニヴェイシア閣下の態度が気になり、私は少々戦慄しておりますわ。」




