頁:90 その【告白】は半魔を揺さぶる。
天窓から降り注ぐのは淡い月明かり――
湯けむりを照らしているのは、優しい光を放つ鉱石のランタン。
ここ、ニヴェイシア邸の大浴場は現在、三人の人物が同じ場所に在った。
アメトはセラへの配慮の為謎の姿に。
腰にはきつくタオルが巻かれ、頭部は目からの情報を遮断するための工夫。
それは、タオルを何重にもかさね、頭を覆うという物理的戦法。
もう、完全に不審者そのものである。
彼の病的な色白と相まって、見た目は通報案件待ったなし。
「ネェ……ボク、今どうなってる? なんも分からない。 聖女サマー?
目を開けても問題ないヨ? あれ……チビっ子チャン……どこ……。」
彼は明後日の方向に向かって歩き出してしまうが――
すかさずルルがアメトの手を引っ張り、誘導。
一糸纏わぬ姿となった聖女と、タオルの不審者とかした半魔の男。
小人族はそんな彼らを連れて、大浴場へと脚を踏み入れた。
はたから見れば完全に不審者の集いだ。
アメトは小さな彼女に案内されるがまま、洗い場へと着席させられ――
彼らの付近では、自動追尾機能付きの聖女セラを待機。
なかなかに粗雑な手つきで石鹸を泡たて、おもむろに――
アメトの背中をとてつもなく乱暴に洗うルル。
彼からは『ざっつぅ……。』と零されるがなんのその。
「あのサ。 ボクタオル外したい。 視界頼りの能力だからサ、ボク。
だから見えてないとキツイ。 外してもイイ?」
「あー?メーちゃん、気配察知する魔法使えるじゃろ?なんで使わんのよ。」
「気配察知……たしかに可能だケド、空間の認識は無理だヨ。
しかも魔力回復してナイ。 ずっと認識阻害かけてるから回復も遅いし。」
ぐちぐちと零す彼に、ルルが小声で『阻害解けよ……』とツッコんだ。
そうして彼を洗っている最中、ようやく覚醒したセラ。
キョロキョロと周辺に目を配り、自身が浴場にいることに驚愕。
「これは一体!? どういうこと!? ルルちゃんの仕業でしょ!」
放たれた言葉に、彼女は眉一つ動かさない。……動かせないのだが。
ルルはさも当然のように、アメトの身体を洗っている。
「せやー、あたしの仕業。 でも別によくない?」
「てかセラちゃん、メーちゃん洗うの手伝ってー。 コイツさー……。
背中も長いし洗う箇所が多すぎてだるい。 しかも身体硬い。
まったくなんも洗っとって楽しくない。ゴツゴツしよるし。」
ルルの意味不明な言葉。しかし洗われている彼の姿を見て、再び硬直。
(なんですか??この……不審者は……!!)
色々ツッコミたかったが、じわりじわりと笑いが込み上げ――
「っぷ……あはっ……あはは……ふふふふっ! ちょっと、閣下!
どうされたのですか?わざわざそんな……頭にタオルを……っぷ!」
彼女の無邪気な笑い声に、アメトとルルの時間が停止。
二人して音の方向へと身体を向け、二人して「え?」と声をもらした。
「セラちゃんがそんな笑うとか、初めて聞いた。」
「笑うのは勝手だケド、今のボク……ホント悲惨だからネ。」
乾いた笑いを漏らすほどに、彼の姿はとても悲惨だった。
彼の身体は半分ほどが泡にまみれ、言葉以上に現状は惨状。
にこりと微笑み、二人の元へと身を寄せ、ルルから石鹸を受け取ったセラ。
丁寧に泡立てるとそっと彼の肩に泡を乗せ、洗い上げていく。
「ルルちゃんっ!私もお手伝いいたします! 一緒に閣下を洗いましょうっ!
きっと疲れてらっしゃいますからねっ!気合をいれましょうっ!」
半魔の頭に巻かれているタオルに手をかけ――
『目は開けないでくださいっ!』と一言。
そうして彼の視界を遮っているタオルをとっぱらい、丁寧に頭を洗う二人。
女性二人に、上半身を徹底的に現れるという謎空間――
アメトはただ『怖い』と返答し、大人しくされるがまま洗われていた。
だが――そんな彼も、セラの手つきの良さに身を委ね……。
次第に肩の力が抜けていったのか『あー……良いカモ。』とリラックス。
しっかりと二人で洗い上げた後――
なぜか再び、セラは彼の頭にタオルを巻き尽くしていた。
「イヤ……待って??ボク、ちゃんと目を瞑るヨ??信頼ない感じ?
ひっどいナァ……ここ、ボクのお屋敷なのに、ボク一番地位低くなぁい?」
「こないだの仕返しです! 閣下は気を抜いたら全裸になるので!」
二人の会話を聞いていたルルは頭の中で(どういう関係?)と思考。
そうして洗い終えたアメトをルルが湯船に案内。
彼は湯船に腰を浸すのだが――落ち着かないらしい。
「ンー……落ち着かない。 タオルとっぱらいたい。 いらないヨ、コレ。」
洗い場ではすでにアメトから離れてしまった女性陣。
彼女たちは楽しそうに会話を交わし、互いの身体を洗い合った。
やがて二人も湯船に浸かり、徐々に会話がなくなり……沈黙が訪れた。
「悪いケド、先出ていってくんなぁい? 前方と下半身――
すっごい違和感。まるで綺麗になってナイ。 洗い足りナイ。」
「んー……りょっ!んじゃあたしは出てくけー。
じゃーなメーちゃんッ! ごゆっくりだぜーッ」
ザバーンと勢いよく音を立てて湯船から立ち上がり、パタパタ駆け出すルル。
次いで響くのは「パタン」と扉の閉まる音だが……。
ルルが居なくなったことは理解していた、が――
一方でもう一人の気配は残ったまま。
彼女――聖女セラはあまりに静かに、目をつぶって湯に身を委ねていた。
「あのサぁ……聖女サマ……せめて返事してほしいんだケド。
ボク、タオル外すヨ? キミ、全裸見られるコトになるケド。」
念のために返事を待つのだが――彼女からの返答はない。
仕方なしに頭のタオルを取っ払うが――やはりだった。
湯に身を委ねて静かに瞳を閉じている聖女。
(これで二回目。見られても平気ってワケでもナイだろうに。)
気を取り直すようにセラの前を横切り、洗い場まで移動。
そのまま洗い足りない箇所を、丁寧に徹底的に洗い上げ――湯船へ。
わざとらしく『フィーー』と息を吐いて、存在をアピール。
そうしてようやっと、彼の存在に気が付いたセラだったが――
彼女は堂々とした態度で、対抗心からか『ふーー!』と特大ため息。
「ここは閣下のお屋敷の浴場ですからね!裸がマナーですっ!」
堂々とした態度でアメトに身体を向け、正論という名の光を投げるセラ。
ぱしゃりと静かな水音を立て、彼の元へと一糸纏わぬ姿で身を寄せ――
「閣下――アメトさん。私、どうやらあなたのこと、好きみたいです。
といっても何だという話ですが……別に、あなたと親密になりたいとか……。」
「そういうわけではありません。」
まるで呼吸の一部であるかのような告白。
彼はというと――片目を閉じて胡散臭い笑みを浮かべたまま、口を開いた。
「そう……。ボクみたいな悪い男に引っかかってはいけないヨ。
キミには勇者サマみたいな“純粋で良い子”のがよっぽどお似合い。
それに――ボクはキミに酷いコトをしてきたワケだし、忘れてナイ、デショ?」
「そうかもしれませんね。ですが――それでもあなたに惹かれてしまいました。
それだけお伝えしたくって。返答は結構です。私の勝手ですので。」
「では、私はこれにて失礼させていただきます。 どうぞ――
ごゆっくりなさってくださいませ?」
タオルすら纏うことなく、気高い気品を纏い――浴室から消えたセラ。
居なくなった彼女が居た場所へ視線を映し、深いため息を零すアメト。
「これ、絶対にネリアサマの魔力の影響デショ。感情の増幅……?
彼女がボクに抱いている、なんらかの気持ちが変換、好意に置き換えられ――
それであんなトチ狂ったコトを言い出した……としか言いようがないよネ。」
「うわぁ……なぁんて厄介な……。全く……。 ボクなんて辞めておけば……。」
(それとも、勘違いさせるような行動を取ったボクの所為――か。)
湯船に身体を預け、天窓から覗く星々に目を向けてぼんやり考え込む。
頭の中の大半を占めるのは、先ほどの聖女の告白の言葉。
罪悪感?それとも別の感情だろうか?何も分からずに肩を落とす。
聖女である彼女が、半分は魔族である自身を気にかける理由が分からない。
深く思考してたどり着いた解は“彼女が底なしのお人好し”――
しかし当然ではあるが、それだけでは納得いくはずがない。
今までの自身の行いを振り返り反芻するが……それでも納得行かない。
下品な軽口を叩き、幾度も彼女の気を逆立てするような行いをしてきた。
彼女が風邪を患った際に介抱をしたりもしたが、それがなんだというのか。
当然のことをしたまでで、それが好意に繋がるとは到底思えない。
(ボクに寄せられた好意……やはりこの顔面か?)
(しかし顔面に寄ってくる他の女性たちとは同一とは思えない。)
(ではいったい何が彼女をそうさせた?……分からない。)
湯船に視線を落とし、水面に映る自身の姿。
憔悴した表情――これではいけないと、いつもの“笑顔”を造る。
しかし笑顔はすぐに消え、心で渦巻く感情を誤魔化すよう――
水面を叩いて、再び視線を上へと投げる。
(ボクは明確に、この顔面に嫌悪を抱いている。)
母にまるで似ていない。それが意味するのはつまり……。
思考を断ち切るように湯船から立ち上がり、脱衣所へ。
用意されてあったバスローブを羽織、自室へ戻るが――
山のように溜まった書類の束に視線を向けるが、雑念や疲労。
ゆえに、どうにも仕事という気分が沸き起こらない。
バスローブを乱雑に脱ぎ捨て、さっと着替えて夜用の外套を羽織る。
転送能力で向かった先は、夜の浜辺。
眼前に広がるのは、深い藍色が美しい水平線。
波は猛々しく寄せては返しを繰り返し、遠くの海面は月影を映し――
それはまるで、銀白色の鱗のような煌めきを放っていた。
耳に届く音はさざなみの音だけではない。
遠方から聞こえるのは、待ちの喧騒が絶え間なく音を奏でる。
笑い声、怒鳴り声――娼館の艶めかしい女性の呼び込み、人々の靴音。
交易都市という場所は、夜になっても眠らない。
行き交う人々の音が交差し、雑念を少しは払拭する手伝いをしてくれた。
次の転送箇所は、人気が絶たれた路地裏だ。
先ほどの光景とは打って変わり、どこか湿り気を帯びた場所。
石畳の上にはやせ細った孤児、壁際では物乞いが虚ろな瞳で手を伸ばす。
吐瀉物や下水、汚物の臭いが立ち込めるような、不快感を催す場所。
周辺に転がるのは小動物の死骸。
腐臭を撒き散らす謎の木箱、まさに底辺と言えるような光景。
アメトの前方からは千鳥足の男が迫ってきていた。
男はわざとらしく身体をぶつけ――ぶつけザマに怒声を浴びせた。
「――ッチ! お貴族様かとおもったのによッ!文無しじゃねえかぁッ!
クッソしけてんなッ!くたばれアホ貴族がッ!」
つばを飛ばし怒声をあげるが、アメトは眉一つ動かさない。
口角を上げ――にたりと、湿度を感じるような不気味な微笑を湛え――
路地裏をしばらく歩き――たどり着いた場所は娼館通り。
様々な香の香りがひしめく女性たちが、アメトへと身を寄せに行った。
「あんたぁ……随分色男じゃなぁい?貴族さまなんだろぉ?
あたしんトコで遊んでってよぉ……?ちょっとくらい色をつけてさぁ♪」
「やだねアンタ!アタシが目を付けてたってのに!どきなッ!」
「やめなよあんたらッ!そこな御仁は『白金子爵様』だろッ?」
喧嘩でも始まりそうな彼女たちの勢い。
アメトは彼女たちの唇に人差し指を当て、顔を寄せ『まぁまぁ』と宥め――
「今宵はお相手叶いません……どこかでお逢いした際には――
改めてボクからお願いをシても? ネェ……?御婦人方……?」
わざとらしく一人ひとりの頬に手を添え、自身が微笑を浮かべれば――
女性たちはうっとりとした表情で、どこかへと消え去る。
(ボクが少し色気を振りまけば、女性は決まって同じような反応をする。)
(稀に違う反応をされるコトもある――ケド。)
人気がない場所へと歩き、再び転送を行使して自室へと戻り、外套を脱ぎ捨てる。
結局仕事をする気力は湧き上がらず、書類仕事を放棄しソファに身を投げ出した。
(ダメだネー……むしゃくしゃする……一体ボクは――)
「――ハァ……。怠い……。」




