頁:89 その【小人】小悪魔につき。
号泣していたネリア。しかしノアとセラの献身的な慰みもあり――
彼女は落ち着きを取り戻し、鼻を鳴らしながらも語ってくれた。
「ぐず……ずび……ッ……ありがとなの……勇者ちゃと聖女ちゃっ……。」
泣き腫らした目尻を袖でさっとぬぐい、ひょいと立ち上がったネリア。
「ところでなのっ!勇者ちゃ……視界はどんなかんじなのよ?」
木剣を杖のように立てかけ、周囲を見渡すが――どうやらダメだったようだ。
問われたノアだったが、苦笑交じりに彼女に言葉を返す。
「すみませんっ!効果がきれてるみたいっ……!
セラ、もう一度さっきのお祈りをお願いできるかな?」
勇者の言葉にセラは短く言葉を返し、錫杖を抱え――
瞳を閉じて祈りの言葉を紡いだ。
彼女が《祈り》を紡げば、たちまち勇者の瞳に変化をもたらす。
「うぅん……世界がすっごくゆっくり! 本当に不思議な感覚だねぇー。」
瞬きを数回させ、木剣を素振りすること数回――
彼は木剣を片手に朗らかに微笑んでみせた。
「慣れたよーっ! もう戦えるとおもう! えへへっ!」
あっけらかんと落とされた言葉に、恐れ慄いたパルテオンとルル。
結界を張り直し、その内部ではネリアとノアによる戦闘が繰り広げられていた。
ネリアの龍尾がムチのようにしなり、龍翼の羽ばたきが砂塵を舞い上げ――
空打ちの拳からは、圧縮されたような空気が爆ぜ、轟音が響く。
ノアは彼女の拳や尾を受け流し、短時間の間に剣筋は鋭さを増していった。
時々『攻撃に甘えッ!』や『それじゃだめッ!』と――
怒号のような言葉も飛び交い、結界内部ではとてつもない応酬が繰り広げられる。
やがてネリアが動くことを止め、ノアの肩をとんと叩くと彼の弱点を述べた。
「相手が本気だと、勇者ちゃの攻撃は甘いのッ! もっとちゃんと――
相手に向き合って。 それと攻撃が直線的ッ!」
「メトちゃはそのあたり、搦手が多くって厄介に感じたの。
まーでも、戦って疲れない相手はメトちゃよりノアちゃかもなの。」
「それって――先ほどのアメトさんは、本気ではなかったってことだよね?」
悔しさを滲ませるように、木剣の握る手に力が入るノア。
眉を寄せて静かに佇んでいるアメトへと視線を投げた。
彼はただ静かに瞳を閉じ、片膝を立て落ち着いた様子で腰を据えるだけ。
先の戦闘訓練ではあからさまに手加減をされていた。
バカにされるまではいかないまでも、やるせない気持ちの勇者。
「あのサ、勝手にボクを持ち上げてもらっても困るヨ。 ボク戦闘苦手ナノ。
そこは紛れもない事実。 ボクの戦闘は戦いってより逃げだしサ。」
「そこに意識を持っていってるワケ。 それに、戦意を喪失させたら――
それ以上の戦闘を行う必要ってない、デショ?」
ネリアとノアに向けられた言葉。
ひょうひょうと、淡々としているのにどこか冷淡な態度。
誰にも聞こえないほどの声量で呟かれる言葉は――
『手札はまだ見せたくないし。』
それに――下方修正は自身の生き様で、自身の在り方。
弱さに逃げる。それは自身の『良し』としているやり方なのだ。
きっと勇者の彼は愚鈍なほどに直進的、ゆえに納得がいかないのだろう。
薄い諦念のような嘲笑を浮かべ『ヒヒッ』と誰にも届かない声で笑った。
◇ ◇ ◇
それからというもの――
一同は各々で戦闘の訓練に励んでいたが、一人、また一人と脱落。
平原には、脱落組と訓練組で別れていた。
脱落組は早々に戦闘訓練を放棄したアメト。
ルル、バルタザール、セラの四人。
戦闘訓練続行組は前衛の二人、ノアとパルテオン。
そして魔族であるネリアの三人が汗を散らし、訓練を行っていた。
そんな三人を残し、セラとアメト。バルタザールとルルが二人組に。
暇を持て余した彼らは互いに色々と語り合っていた。
「ザーちゃん。 色々なんか書き置き残しとったけど、何を書いとったん?
んな気になることがあったん? というか、魔族関連のこと――
あんま書かんほうがええんじゃねーんかって思うんじゃけど。」
「ああ、そちらは『制約や禁忌』等……おそらく独自の規定があるものかと――
ですので、魔族の能力に関することはワタクシの胸に留めるだけにッ……!
して――なにゆえ、ワタクシの側へッ……?」
書き置きの話から始まり、種族の話――はたまた、各国を周りたい等。
大変和やかな雰囲気で語り合う二人は、どことなく睦まじい空気。
一方でセラとアメトの二人は、彼がほぼ何も喋らないため、沈黙の時間が長い。
「閣下。 疲れてはいませんか? 私でよければ、あなたのため――
祈りたいのですが、構いませんか?」
「気を使ってくれなくても結構だヨ。 ボクそんな酷い顔してるカナ?」
彼はそうは言っていたが、セラは気がかりだった。
前日からほぼ休みなしで働きっぱなしだった彼が、ただ心配だった。
そっと彼の肩に触れ、優しく《癒しの祈り》を祈る。
「大丈夫だって……ホント、キミって甘ちゃんだよネー。
ボクのコトなんて放っておいていいのにサ。 ボク半分は魔族だヨ?」
「関係ありません。 種族がなんだというのですか? 私はただ――
あなたのために、祈りたい……気を遣うことの何が悪いのですか?」
「そ……ありがと。 それじゃ、お言葉に甘えるヨ。」
彼はそれ以上は何も言わず、静かに瞳を閉じ、祈りに身を委ねた。
そうして――戦闘訓練を切り上げ、一同は交易都市へと帰還することに。
視界が黒紫の霧に包まれると同時、気がついたときにはすでに屋敷の庭園。
勇者や騎士が口々に半魔の彼へと感謝を伝えるが――
彼はそれどころではなかったようで、千鳥足で向かう先は薬草園。
残された面々は、ノアやパルテオン、ネリアは食事のため、街へ。
ルルもまたアメトに続くようにふらふらと彼の後を追いかけていった。
二人が心配になったセラが更にその後に続くのだが……。
悲しいかな、バルタザールは置き去りにされてしまった。
しかも彼は『転送酔い』により、気絶しているという有様。
誰にも認知されることなく、彼が見つけられたのは――
なんと、夜間の警備係の巡回時だった……。
◇ ◇ ◇
時刻はちょうど、黄昏時の橙色と、夜を示す紫紺が混ざり合う時間帯。
薬草園へと訪れたアメトとルルは、ふらつく足取りでなだれ込んでいた。
瓶詰めの箱を取り出し、複数机にばらまき、無造作に口へ薬液を注ぎ込む。
「あーー……きっつ。 キミも魔力不足? はい、コレ。
ボクお手製の『魔力回復薬』……身長が伸びたり縮んだりはないヨ。」
二人で机に突っ伏し、くぴくぴと飲んでは項垂れを繰り返していた。
ルルの消耗はすぐに回復した様子だったが、アメトはそうではないらしい。
「メーちゃん……大丈夫? 昨日からずっと動きっぱなしじゃろ?
ちゃんと休まんと。 魔族はどーかしらんけど、寝んとだめよー?」
ルルとアメトが机で休憩をしているところに、セラも到着。
先ほどふらついていた彼らだったため、心配していたが、一旦胸を撫で下ろした。
「二人とも無事で良かったです……。私もお邪魔して構いませんか?」
「ンー……好きにすれば良いヨ……。 ボクもうクタクタ。
疲れたし、そろそろ浴場行ってくるヨ。 ヒヒッ……。」
「あー、二人ともボクと一緒にお風呂入るー……ア。」
いつものように茶化したつもりだったが、彼は己の失言に気がついてしまった。
そう、小人族の彼女は裸体を一切気に留めないのだ。
「おー、ええじゃん。 メーちゃんにまた洗ってもらいたいって思っとったし。
セラちゃん、メーちゃんすごいよ?超テクニシャン。」
「一緒にあらってもらおー?」
あまりにもあまりある、誤解を招きそうな彼女の発言。
アメトはもう、すでに逃げ出したい気持ちでいっぱいだった。
しかし魔力は依然として枯渇気味ゆえ、逃げるに逃げられない。
ルルからの爆弾投下に、セラは「ん?」と疑問符を頭に飛ばす。
おそらくルルの発言により、セラの脳内では現在、凄まじい映像が流れている。
(テクニシャン……?つまり……テクニシャンということ!?)
セラは何か言う前に自主規制の後、そのまま思考の機能が停止。
石像のように固まり、動きを完全に止めてしまった。
「これは……ボクが失言だった。 聖女サマ固まっちゃった。
死んでないよネ? 聖女サマー?? ……あーあ。」
生存確認のため、アメトは彼女にぐいと顔を寄せてみるのだが――無反応。
『これはまずいのでは?』とルルの側へ身を寄せ、ひそひそと語りかけた。
『コレ……まずくなぁい……?ボクまだ転送使えないヨ?』
「え?普通に今のうちに連れていけばよくね? なにがいけんの?
一緒にお風呂くらい入ったらええじゃん。 ほら、いこ?」
小人族の彼女の提案を飲んでしまえば、いよいよ聖女は死なないか?
あまつさえ彼女は『今のうち』などと言いのけてしまい、彼は苦笑。
「イヤ……彼女本当に死なない?こないだボクの全裸で顔真っ赤にさせてたのに。
入るなら先に入ってきなヨ。 ボクはキミたちのいない間に――」
しかし――小人族の彼女は、首を横にぶんぶんと振り回し拒絶。
「やじゃー!あたし三人で入るって今きめたけぇ! ぶーーー!
いくぞオラーーッ!さっさとセラちゃんはこびだせーッ!」
「じゃないと……セラちゃんに媚薬飲ますぞ。」
「バシン!」と音を立て、彼女なりの全力キックがアメトのふくらはぎに炸裂。
しかしながら、ダメージはほぼゼロ……残念ではあるが。
渋々彼女を荷物のように抱え、浴場へと向かう羽目になってしまった彼ら。
「はぁ……キミの媚薬だケド――」
「なんか、ボクの作った媚薬より効き目ヤバかったんだよネ。
いったいどういう調合したのか、割と真面目に聞きたいヨ。」
「あと……頼むから聖女サマに盛るとか辞めなヨ……? 彼女――
こうみえてボクより普通に位の高い女性なワケだしサー……。
ま、乱れた聖女サマがどうなるか興味はあるケド、ヒヒッ!」
こうして彼らは薬草園を後にし、三人で浴場へと赴く運びとなった。




