頁:88 その【同族】腕試しにつき。
むき出した岩肌に、やや不安定な足場。
高い標高ゆえに空気は薄く、人の身では活動が困難な山頂。
燦々と降り注ぐ陽光が雪面に照り返し、眩しくも凍えるような場所。
張り詰める空気の中、睨み合うのは、二人の魔族。
半魔の眼前に立ちはだかるのは、魔族。
諦めたように大きな息を吐き出す半魔。
半魔の彼を覆う『人としての姿』を解き、顕になるのは本来の姿。
先に動いたのは――先手必勝の純魔族。
彼女は軽やかに雪面を蹴り、駆け出した。
華奢な体躯に合わぬ速度で、真っ直ぐに半魔へと攻め込む。
しかしどれだけ早かろうが、瞬間移動を前には無力。
対象はすでにその場所にはおらず――彼女の背後。
振り向きもせずに龍尾を薙ぎ払い、姿を確認せず攻撃を仕掛ける。
尾は確かに半魔の姿を捉え、直撃したが――
しかし身体は僅かな霧を残し、霧散した。
「メトちゃ、エルフ族みたいな戦い方するのね? それ、幻影なの。」
(ワオ。さすがは古代魔族様だネェ……?)
(エルフの模倣っての、もうバレちゃった。)
(あとは睡眠を仕込ませた霧が……通じるか?)
人族であれば、簡単に眠気を誘う彼の魔法。
しかし、純魔族たる彼女にはそう簡単には通用しない。
彼女も彼女で、呑気に『ぎゃははーッ!』と笑い声をあげている。
ばさりと龍翼を羽ばたかせれば、黒紫の霧は消えていった。
(ボク殺し過ぎデショ。ボクの魔力って霧状だってのに……風で飛ばされるし。)
姿と気配を消し、彼女めがけ、頭上から降り注ぐのは紫色の稲妻。
しかし当然のように無傷の魔族。
あまつさえ大声で笑い、挑発するように尾を凪ぐ。
(あー……種も芽吹かない。高所じゃダメか……どうする? 困ったネー。)
「メトちゃの実力ってそんなモノじゃないのー!!さっさと本気だせなの!
男なら気合なのよーーーッ! いいぞいいぞーーッ!」
「ゴウッ!」と轟音。大地を揺るがすほどの咆哮をあげる魔族。
たちまち音は衝撃波を生み、その波動は空気の振動とともに、大地を砕く。
危うい足場の中、黒紫の霧を纏った半魔の青年が、一瞬だけ姿を見せる。
「そこなのねーッ!」
単純な速度で拳を空中に振るい、叩きつけ――
足場は無惨にも、砕け散り下へと落ちていった。
「地形変えたらダメでしょー……全く。」
声だけ響かせるが、半魔の姿は再び消えた。
やがて再び、周囲が黒紫の霧に覆われる。
「もーっ!またなの!? その手にはのらんのよーッ!」
彼女が龍翼を広げ、大きく羽ばたけば即座に霧が晴れた。
が、下方から闇の斬撃が放たれ、一瞬ではあったが気を取られた魔族。
「あまーいッ!」
半魔の彼の放った斬撃は、彼女の拳により呆気なく砕かれた。
直後――背後から陰を纏った刃が振り下ろされる。
が、それすらも魔族は、軽い身のこなしで難なく躱した。
「魔族らしくない戦い方なのねー? 人族ならヤられてるのよーっ!」
尾で薙ぎ払うが、もうすでに半魔の気配はない。
目に見えないほど、空気にばら撒かれた半魔の魔力を帯びた霧――
魔族の彼女は気がつくことなく、口を大きく開け……霧を体内へ取り込んだ。
咆哮を上げようとしたが、彼女の身に襲いかかるのは猛烈な眠気。
咳き込み、足を取られ、ふらりと身体を揺らす魔族。
「ケホッ……!なっ……アタイ……な、なんでっ……?」
霞んだ視界をどうにか動かし、膝を折る魔族。
立ち上がろうとした、そのときだった。
気がつけば、陰を纏った刃を構えた半魔の姿。彼の刃は確実に彼女の首元。
「ボクの実力は如何でした?申し訳ございませんネリア様。
如何せん――ボクはこのような戦い方しか、できません。」
「ご満悦いただけましたか?」
「ほえー……?意味がわからなかったの。どゆことなの?
あー! ……わかったの。 メトちゃは、戦う必要ないの!
こそ泥なの!人間さんの言葉で――」
「『暗殺者』みたいな感じなのよ!武器まで使うなんて……人間さんなの!」
勝敗よりもまず、彼の実力に歓喜する魔族の彼女。
瞳を輝かせて半魔の彼を抱きしめるが、彼はため息を一つ。
手に持っていた武器を消し、抱きついている彼女をそのままに口を開いた。
「肝が冷える思いでしたけどネ?ネリア様が手加減してくださったので。
デスからどうにか戦えましたが……。」
「アタイの杞憂だったのよー!メトちゃって、頭の使い方がすごいの!
単純なアタイら魔族と全然ちがうの!ほんと、ずっこいの!」
「でも……だとしても、スィタサィン――じゃないの。
えっと、ヘカテラじゃ決定打にはならないのよ?だって、あっちは――」
どこか寂しそうな表情で見つめる魔族。
しかし半魔は態度を崩すことなく、ため息交じりに言葉を返した。
「アッチの言葉を使うか、コッチの言葉を使うか――
ハッキリしましょうヨ……。」
「さぁて、ボクの実力も分かったでしょうし、そろそろ戻りましょう。」
何事もなかったように、自身の身体に認識阻害を施した半魔。
情けないことに、再び魔族の彼女に抱き上げられ――
横抱きにされたまま……勇者たちの元へ戻るのだった。
◇ ◇ ◇
一方で取り残されてしまった勇者たち。
唐突にアメトを連れ去られてしまったことも心配だった。
しかし、それ以上の心配事が彼らにはあった。
「あの魔族のねーちゃんとメーちゃんが帰ってこんかったら……。
あたしら、ずっとこの土地に置き去りなんじゃね……?」
「さすがにそんなこたぁせんだろう……?まぁでも不安だよなぁ……。」
「その辺は心配ないよっ!だって、アメトさんたちの気配がするからっ!」
勇者の言葉通り、ほどなくして風を巻き上げて、地上へと戻ってきた二人。
アメトを地へ下ろし、埃を払い、体裁を整えた後――
「アタイが、負けたのよーーーーーッッ!」
賢者さながらの声量。あまりにうるさく大地を震わせるネリアの声。
その場にいた全員が口をポカンと開け、呆然。
彼女の隣に悠然と突っ立っている青年へと、全員の視線が注がれる。
「そもそもなの――アタイの固有能力!あれつかったら余裕なの!」
今度は視線をネリアへと移し、彼女の言葉を待つ一同。
注目の的になっている彼女。
両手と翼をバタつかせ、悔しさを態度に滲ませていた。
「アタイ!ずっと制限かけて戦ってたのに、ずっこかったの!!
アタイは『固有能力』なし縛りのプレイしてたのに!!
メトちゃ、自分の『固有能力』は使ってたの!」
「アタイには制限を強いてたの!!ずるいずるいのッ!」
「ネリア様に『固有能力』使われてたら――
ボクは早々に戦意喪失。 ハイ、おわり。」
言い訳じみた言葉を放つネリア。アメトはあまりにも淡々と切り捨て――
一同は余計に意味が理解できず、ポカン状態。
「あの……ちょっといいかな? それだと……ネリアさんのあの速度……。
アメトさんはあの速度に対応できるってこと?」
「それなら、どうしてあのとき……リオって子の初撃――
アメトさんは避けられなかったの?」
おそらくノアの質問は、アメトに投げられたものだったのであろう。
しかし、ネリアは質問を横取りするようにしゃしゃり出た。
「リオちゃの『固有能力』のお話なら、それならアタイが説明するのっ!」
「あの子の能力は、空間と時間に関係してたはずなのよっ!
能力を剥奪されてるから制限はあるけど、それでも――速さとかじゃないの。
認知を歪めてる……に近いのっ! メトちゃと同じ系統の能力なのよっ!!」
彼女の言葉に補足するように、口を開いたアメト。
「リオ……。 二つ名剥奪前は『リゼクシア』――空間と認知に関係する能力。
……ってコレ、言葉にして問題ありませんか……?ま、イイや。」
「〈ゼクシア・空間歪曲の災異〉その名を剥奪されて以降――
彼は随分大人しかったデスね。 ボクが知っている情報は以上デス。」
彼らの言葉を聞いてもなお、意味が理解できない勇者一同。
賢者ですら『つまりどういう……?』と疑問符たっぷりに首をかしげる。
魔族の彼らは『どう説明するか』の話し合いをし、改めて語ってくれた。
どうやら彼らにも、細かな話は分からないらしく――
誰も姿を見たことも、声すら聞いたこともない『その人』から認められた者。
ごく一部の、強い力を持つ魔族のみに与えられる“能力名”であること。
能力剥奪とは『その人』とは関係がないらしい。
ある日突然力を失う……もしくは能力を『略奪』する能力に奪われる等。
そういった者が行き着く先が『零落』なのだという話だそう。
詳しい話は自身の生死に関わるとのことで、それ以上は語らなかった。
「ってわけなの。でも、能力を剥奪されても『再覚醒』とかあったりで――
もうわけ分かんないのよ。 ちなみに『二つ名』を奪われた魔族は……。」
「――『零落』といって……うん。これ以上は言えないの。
で、リオちゃのお話の続きなの――……。」
つまり、簡単な話、リオという魔族の少年――
彼は空間や認知を歪めるような力だということらしい。
アメトにとって、リオという存在は自身の能力に近しい力を持った存在。
ゆえに、速さという次元ではないのだと、ネリアは語った。
「アタイの速さは単純に“筋力変換系”なの。で、リオちゃは――
例えるなら……うーん、前動作のない移動?みたいな感じなのよー!」
「たんま。 話が難しすぎて、ノアちゃんとパルちゃんが頭爆発しそう。
ほれ見てみんさい……この有様じゃけえ……」
ネリアの話を遮るように、小さく挙手をした小人族。
勇者と騎士を指さすが、彼らは首を傾げ、固まっていた。
ネリアとアメトの話をじっと聞いていた賢者。
どうやら彼は結論に至ったらしく、口を開いた。
「勇者ノア殿の『なぜ見えなかったのか』という意見ですが……ッ!
もっともな意見かと――」
「して、先程の話を聞いて、ワタクシからもひとつッ!」
「リオという魔族の初撃ですが――ッ!
ワタクシの目を持ってして、追えませんでしたッ」
「ですが、初撃以降の戦闘では、恐らく『能力』とやらは――
使用できなかったモノ……かとッ!」
おずおずと語ったバルタザールだったが、聞いていたノアは唸るばかり。
しかし、静けさを壊すように今度はネリアが嗚咽を漏らし――
なんと、泣きだしてしまった。
唐突の出来事に皆反応が遅れてしまい、唖然。
「アタイ……アタイはただ、みんなが笑って暮らせたらそれでいいのよーッ!
なのに、どうしてアタイのおはなし、みんな聞いてくれないのよ……??
アッチはアタイの姿みたら喧嘩ばっかりなの……アタイちっぽけで――」
「アタイだけじゃ戦争とめられなくって……うっ……ぐず……ずびッ……。」
草原にへたり込み、肩を震わせ、涙で瞳を潤ませ――
やがて大きく口を開き、大号泣をし始めた魔族の彼女。
「びえええええええええええ!! えぐッ……びえ、ぼえーーーーッ!!」
大声で泣き散らかす魔族。それはまるで大きな幼児の癇癪。
賢者、騎士、小人族の三人は呆然を通り越しドン引き。
勇者と聖女が慌てて魔族の彼女に駆け寄り、二人で頭を撫でてなだめる。
完全に大きな子供をあやす父母のような光景。
「大丈夫、大丈夫ですよっ! ネリアさん、泣かないで……。
そのために、私たちがいるのですから……ね?」
「そうだよっ! 僕たちを鍛えてくれるんだよね? 僕が頑張るからっ!」
草原に広がる空気は、妙なものへと変化していっていたが――
アメトを含めたドン引き組は、ため息を吐き出すしかできなかった。




