頁:87 その【魔力】だだ漏れにつき。
ひとしきり草原に転がり周り大爆笑した後――
ネリアはピョコンと跳ね、立ち上がると、視線をどこか遠い過去へ馳せた。
「前の【勇者】ちゃのお話をするの……。」
そう言って彼女から聞かされた話。
彼女は一体、いつから世界に存在したのか、それすらも分からない。
長い時を過ごしているのだと語った。故にその【勇者】――
彼との出会いの記憶は、すでに曖昧なものだと。
彼との出会いはあまり良いものとはいえず、出会い頭“核”にされ……。
それはもう大変だったのだそうだが、紆余曲折あり、次第に打ち解けたと。
仲間と共に旅をし、人間のことや、多くのことを学んだとのこと。
彼女の視線は過去から現在。つまり、勇者ノアへと移される。
穏やかな笑みを浮かべ、ふわりと笑った後――次に視線をセラへ。
「勇者ちゃのお話はここまで!続きはまた思い出したらなの!
ほいでー……なのよ! メトちゃの彼女ちゃ!」
「祈ってほしいのよ! できればアタイにも!」
『わかりました……』と言ったまではよかったが、セラには躊躇があった。
しかし断るわけにもいかず、静かに《祈り》の言葉を紡ぐ。
「んー……もっと、もっと強く祈って! 護りたいって気持ち……。
その想いの強さが祈りの強さになるのっ!」
言われた通り、強く祈るのだが――自身の《祈り》の何が悪いのか。
何が足りないのか分からず、頭を悩ませた。
ずっと“護りたい”という気持ちは抱いてきた。
それなのに、なぜ――足りないのか。
この世界に芽吹く命を始め、仲間の皆を護りたいと、そう願い続けた。
それでもなぜ足りない?自身の想いは間違えているのか?
四苦八苦しながら《祈り》を行使していると、不意に響く声。
『好きな人のこと、考えてみて……? もっと身近で、もっと大事な気持ち。
自分自身の気持ちに――もっと素直に向き合ってみて……。』
誰の声なのだろうか?柔らかくて……まるで雲みたいに、掴みどころがない。
声に驚き、周囲を見渡してみるが……全員自身に注目しているだけ。
ふと、視線を半魔の彼へと映し、胸元の首飾りを握り、考え込んだ。
自身の心に向き合うように――精神を深く沈め、研ぎ澄ませる。
(好きな人……好きな人? 私に想い人などいません。 いないはず……。)
(……どうして、頭の中に閣下が沸いて出るのですか……!)
いや、違う。違うはずだ、まさか彼に恋情を抱いているのか?自身が?
だって彼は……自身のことを気にかける理由は、自身が【聖女】だから。
目的のため、生かしているのであって、利害の一致……それだけ。
きっと自身のことなど、興味もあるはずない。年齢の差だってあるのだ。
しかし考えれば考えるほどに彼への気持ちが溢れ、止まらなかった。
その『想い』はやがて形となって、身体にも変化をもたらす。
聖女の身体からは、淡い極光の聖光が溢れ出し――
祈るように組んだ指からは、金色の雫がこぼれ……爆ぜた。
纏わりつくように虹色の粒子がとめどなく溢れ出し、周囲に広がる。
毒を交えつつもなんだかんだ言って、皆を導いて守ってくれる彼。
ひょうひょうとした態度。肝心なところで心を見せてくれない彼。
胡散臭い笑みの裏側、ぞっとするほど温度を感じない、それでも目を離せない。
(――ああ、成る程。)
自身の抱いている、彼のことを知りたいと思うこの気持ち。
これは……そういうことか、と。妙に納得し、心に落とし込んだ情。
薄く瞳を開いた先には、半魔の彼の姿がある。
再びまぶたを閉じ、錫杖を展開し――気持ちを込めて握りしめた。
「――《肉体強化の祈り》……」
想いにより強化された《祈り》の力が顕現し、溢れ出した聖光が一帯を漂う。
瞳を閉じたネリアが、両手を胸の前に組み――龍翼を畳む。
その姿は小さな祈りのようで、感覚に身を委ねるように尾を揺らす。
「うん……うん。とってもいい調子なの……。 心地良い、懐かしい感じなの。」
幻想的な光景に一同は顔をほころばせるが、半魔の彼はいつもの微笑のまま。
「すごいねぇ……!なんだか、温かくって……心地が良い光だねぇ……。」
聖光が収まり――周囲には静けさが戻った。
しかしセラには何が起こったのか、変化があったのか分からない。
「ええと……それで、なにか変わりましたか?」
「あぁー……?俺はなんか、動きがいつもよりゆっくりに見えるな。」
「あたしもー……雲の動きが……風とか読めそう。 すげぇー。」
パルテオンやルルは自身の手のひらを開閉させ、瞬きを繰り返す。
が――どうやらバルタザールには過剰だったようだ。
彼は『目がッ!目がぁッ!』と眼鏡を外して不快感に身体を捩らせる。
「よっしゃーなの!!勇者ちゃ! アタイ、もっかいさっきと同じのヤる!
多分見え方が違うはずなのッ! 見ててほしいのよーーッ!」
彼女は跳躍し、ばさりと龍翼を広げ、空へと舞い上がり上空から声を落とした。
結界を展開させ、一直線にノアへと拳を振るったが――
ノアは木刀で、彼女の一撃を受け止めていた。
「ふうっ……うん。 バルタザールってもしかして、いつもこんな風なの?
世界が……すごく沢山入ってくるねぇっ……! 僕ちょっと辛いかも……!
慣れて、ない……からっ……かなぁ……ふーっ!」
額の汗を拭うことなく、ノアは一呼吸の後、木刀を構え直した。
「セラっ!ありがとう! それとネリアさんもっ! 僕頑張るよっ!」
満面の笑顔を勇者へと向けたネリア。次いでセラの元へ駆け寄り抱きしめる。
『えらいのよ!』とわしゃわしゃと撫でくりまわすついでに――
両頬や額、髪にまで口づけをおとしまくりのネリア。
セラはこういった触れ合いに慣れていないため、顔は真っ赤。
『聖女ちゃ……もしかして、気がついていなかったの? ふふっ!
セラちゃ……あなたはとっても優しいから、常に周囲が優先なのよ。』
『でもね、あなたは……もっと自分自身を大事にしないとだめなのよ?
それと――メトちゃへの優しい気持ちも、忘れないで……なの。』
「それは、聖女ちゃにとって大事な大事なきもちだから……ねっ?」
彼女の声は、今までの陽気な調子とは異なり――
底抜けに優しくて穏やかで。
ネリアはそのまま言葉を伝えるだけ伝え、セラから離れてしまった。
アメトの元へと飛んで行くが――
彼は目を瞑り、まるで波立つことない湖面のような。
とても静謐な空気を纏っているが……そんな彼に容赦なくネリアが揺さぶる。
「ん……ハイ。 ただいま起きまシタ。 御用でしょうか、ネリア様。」
半笑いを浮かべ、今にも逃げ出しそうなアメト。
彼は身体を強張らせていたが――無慈悲にもネリアは彼をひょいと横抱きに。
有無を言わさずに、そのまま彼を持ち運び、飛び去ってしまったのだった――
◇ ◇ ◇
勇者たちを草原に残し、遙か上空。
燃えるような炎色の髪をたゆたわせ、悠々自適な空の旅へ赴いていた二人。
悠々自適というにはいささか語弊がある。
ネリアの腕の中のアメトの表情は――虚無。
「……ネリア様。どういったお考えでボクを――」
「あのさ、メトちゃ。 単刀直入に聞くのよ。 きみ……聖女ちゃ――
セラちゃにどうして『お気持ち』を伝えないの?」
ネリアの質問の意味を理解できず、逡巡するアメト。
「そうねー。自分には不釣り合い……ちがうの。視覚がない……?
メトちゃはそう思ってるの。 どうしてなの?愛する気持ちって、大事なの。」
「ハァ……あの、ネリア様。 このようなお空のお散歩ボクは望んでなど。
それとデスが、別にボクは【聖女】サマに対し、特別な感情はないデス。」
「勇者サマと聖女サマがいないと、誰もあの姉を止められない。
ですから、ボクは彼らを“利用”するために気をかけているだけデス。
気持ちとか――それ以前の問題かとボクは思いマスが。 ……はぁ。
仮にボクが【聖女】サマに気があると仮定しましょう。」
「デスが――ボクは半分が魔族デス。」
自嘲気味な笑顔を浮かべたアメトだが、ネリアにはその表情までは伝わらない。
「メトちゃ、自覚がないってか――自分の感情理解に疎すぎるのよー。
利用は建前としての言葉で、本心は違うの。 アタイですらわかるのよ?
メトちゃ……セラちゃのこと、心のどこかで『特別』って気持ち、あるのっ!」
彼女は飛翔する速度を落とし、彼に気を遣い微笑みかけ、言葉を続けた。
「メトちゃは自分のこと、嫌いすぎなの。 全く、見てられないのよッ!」
「メトちゃはセラちゃだけじゃなくて……みんな……勇者たちみんなのこと――
気に掛けてくれてるの。 それはとっても優しい気持ちなの。
アタイら魔族には足りない感情で、人間臭いの!」
『――懐かしいあの人と、同じ香りなの。』
最後の言葉は風の音に掻き消され、アメトには届かない。
彼はネリアの言葉を無言で聞き届け、小さくため息を吐き出す。
「人間臭い――ネ。 ヒヒッ!」
「で、ネリア様。 お願いデスから、ボクに精神干渉は辞めてくださいネ?」
ちろりと舌を出し『ばれちった?』と無邪気に笑い――
たどり着いた場所。そこは山の頂き。
岩肌が迫り、強い風が吹き抜ける寒空の下、舞い降りた彼ら。
ネリアは彼を下ろすと――アメトは「はー」と大きく息を吐き出した。
「わざわざこんな場所までご苦労様デス。 理由は――ボクの実力デスか。」
眉を下げ、口角を上げて笑う彼女は、天真爛漫とは程遠い笑顔だ。
「ボクのコト、過大評価しすぎデショ。 ボク、ホント戦うの苦手なのにサ。
ま、イイや……ネリアサマァ……? ガッカリしないでくださいネェ?」




