頁:86 その【戦闘】訓練につき。
張り詰めた空気の中、長い溜息の音が響き――やがて言葉が紡がれた。
「はぁ……畏まりまシタ。 ネリア様の仰せのままに。」
皮肉をたっぷり込め、言い放たれた半魔の彼の言葉。
彼は完全に諦めの境地の表情。羽織っていた上着をバサリと脱いだ。
近辺で待機している小人族に自身の服を預け、観戦組には離れるように指示。
つかつかと草原を歩き、全員から距離を取る彼。
騎士が賢者の魔導椅子を押し、念のために大盾を構えて待機。
彼の影に隠れるように、女性陣と賢者は、騎士の背に身を寄せる。
勇者は気乗りしないらしい。彼は眉を下げつつも聖剣を抜いた。
「えっと……本当にアメトさんと戦うの……? そのぉ……。」
「こうなったらネリア様は止めらんないヨ、勇者サマ。
手加減はしなくていいヨ。 なるべく、本気でかかっておいでヨ。」
『ヒヒッ』と笑う彼の挑発めいた姿に、ノアはムスッと頬をふくらませる。
やがて互いに構え――真剣な眼差しで向き合った。
「それじゃーーー! ふたりともーー! はじめーーーなのッ!」
大声をあげ、彼女の振り上げた指先からは、炎色の魔力が溢れ出し――
彼女を中心に、まるで炎の壁のような結界が展開された。
結界外では、ネリアたち三人を除く全員が戦いの行く末を見守ることに。
結界が展開され――少しして最初に動いたのは勇者。
彼は強烈な踏み込みで、一気に半魔との距離を詰めるが、しかし。
目標の姿はすでにそこにはなく、横薙ぎに聖剣が空振る。
凪いだ聖剣の余波で、周囲には「ぶわり」と風が吹きすさぶ。
半魔は瞬間移動を行使し、前方へと退避。
彼はその際、気づかれないように特別な種を撒き――深く思考。
(素早い動きではあるケド――彼の動きって単純明快なんだよネ。)
(厄介なのは――速さと……第六感。 それと……《浄化》の力か。)
自身の力が、勇者に通じるか分からないところではあった。
それでも、出来ることを出来る範囲でやるしかないか、と――諦める。
勇者は振り返り、聖剣を構え直し、再び跳躍の姿勢を見せる。
「丸腰だと戦いにくいじゃないっ! 武器とか使われないのですかっ!」
語ると同時、勇者は再び踏み込み、今度は縦方向へと聖剣を凪ぐ。
斬撃は土埃を巻き上げるが――半魔は上空に瞬間移動で退避済み。
腕を横薙ぎに振るい、黒紫の斬撃を勇者めがけて放った。
(困ったネー。 ボクあんまり戦いたくないし、手札見せたくないのに。)
(なるべく、今まで見せたことある魔法だけでなんとか凌げたらいいケド。)
「はぁ……ダルい。」
身体をひねり――回転しながら、半魔の斬撃を難なく躱す勇者。
彼の手には砂が握られており、半魔の顔面めがけ――投擲。
勇者の力で投げられた砂は、そこそこの威力。
半魔は腕で顔を庇い、軽く舌を打ちながらも後方へと“跳んで”回避。
「砂って……キミには騎士道精神的なのナイのカナー?」
後方へと回避した後に前方――つまりノアの背後へと瞬間移動。
が、半魔の動きは見破られており、勇者の彼は振り返ることなく身を捻った。
聖剣を横に払うが、半魔は目視だけで剣先を読み、間一髪で躱す。
「今思ったケドさー、聖剣で戦うのって危なくなぁい? どうすんのサ。
これでボクが《浄化》でもされちゃったらサー。 ヒヒッ!」
「ボクに『ナニか』あったらとか、考えないワケー? 野蛮だよネー。
ボク、争いゴト、嫌いなのにサァー?」
精神を揺さぶるような彼の言葉に、勇者は『はっ!』と聖剣に目を向けた。
彼のそんな一瞬の隙を逃さず、半魔は体術で彼の腕を掴もうとするが――
「ちょっとっ!! アメトさん! それはずるいよっ! 待ってって!!
今聖剣さんを鞘に納めるからッ!! もーーッ!!」
聖剣を鞘へと戻し、素手で戦う様子を見せるノア。
両腕を上げた半魔――彼の周りにはたちまち光が舞い踊った。
それは淡い緑色の光と、薄い紫色の光球の群れ。
光の粒が舞い踊ると同時、勇者の足元をを這い回る白い蔦。
『じわり』と蠢き、勇者の足に絡みつくが……彼には全く効果がなかった。
勇者が軽く足を動かせば、蔦は見るも無惨に引きちぎられ――
拳を構え、再び動こうとする勇者に、半魔は両手を上げた。
『ゴメーン』と、軽薄な声を響かせ、勇者に降参の意を示す。
(霊氣力を封じる為の蔦なのに、効果が皆無って……。)
(勇者の力の根源って、一体何なのさ……。 恐ろしいネ。)
「ボクはこれ以上、戦えないヨ。 魔力残量がイマイチだしー。
んでもって上手く魔力も練れないし、聖剣持ちの勇者と戦うの怖いし。」
「残念だけれど、ボクは戦い専門の魔族じゃないし。」
実際のところ、アメトにまだ戦う余力はあった。
が、勇者との戦闘を避けたいのも事実ではあったのだ。
彼らの戦闘訓練はこれにて一旦幕を閉じ、ネリアは結界を解く。
「えー? なんか全然ぱっとしないの。 メトちゃ……もっと戦えてたのよ。
どうして? どうして力を全部出さないの? 魔力切れ……ウソなの。」
「それに『筋力変換』は? なんでしないのよ。」
彼女は心底の疑問の表情を浮かべ、アメトへと身を寄せた。
しかし彼はどこ吹く風。指の関節を「ポキポキ」と鳴らし、一息。
「ネリア様が、何を期待されているのか分かりません。 デスが――
ボクは基本的に“遠距離”専門ですし、時間稼ぎや逃亡が目的デス。
それとデスが……先ほども申し上げました通り、魔力回復がまだデス。」
「あと……言い訳じみてマスが『認識阻害』を纏ったままの戦闘でシタので。」
諦めた顔つきで大きなため息を付き、懐から小瓶を取り出し、一気に煽るアメト。
「ふぅ……。 ちなみにだケド『筋力変換』デスが――」
「アレ、やったトコで焼け石に水デス。 勇者サマの力には遠く及びません。
それと“剣”で戦えと言われましても、まともに振るったことはないデス。」
「ふむふむ、なるほどなのよ。 勇者ちゃ。 まだ戦えるの?」
顎に手を当て、少し考え込んだ後に視線をノアへと配るネリア。
「はいっ! 僕は戦えるよっ! ただ……訓練で聖剣さんはさすがに――
反則だなって、反省したので……。 木剣かなにかあればいいんだけど……。」
彼の言葉に遠くで聞いていたパルテオンが、つかつかと三人の側へ。
彼は腰に携えた木剣をノアへと投げ渡し――遠くから声を響かせる。
「んなもんでよければ使ってくれ。 俺の修練用だが……。
全く使ってねぇ、騎士時代のモンだ。 手入れはちゃんとやってるからよ。」
「ありがとうパルっ! やっぱりパルって用意がいいねっ!」
木剣を渡した後、彼は大盾を構え観戦組の元へと戻った。
再びネリアが結界を展開するが――逃れられなかったアメト。
彼は小さく『あの。ボクが居るのですが。』と呟くのだが――声は届かない。
仕方がないと肩を竦め、彼は結界の端へ瞬間移動し、二人を見守る。
龍翼を大きく広げ、砂塵を撒き散らして跳躍するネリア。
彼女は一気に空へと舞い上がり、天から声を届ける。
「えーっとなの! アタイみたいにお空飛んでる相手とかだと――」
龍翼が羽ばたく音が聞こえていたのだが――彼女の姿はこつ然と消えた。
風を残し、彼女の姿は気がつけばノアのすぐ横。
空気を裂くような猛烈な突風と共に、突き出される拳がノアの頬を掠める。
「――みたいな感じなのよ! わかるの? わからない?
わかってほしいのーーーッ!! わかれーーーッ!!」
目を見開き、言葉を失い自身の頬に触れるノア。
「ご、ごめん……!僕、全くなにも見えなかった……勇者失格だよぅ……。」
困ったように眉を下げ、ネリアは逃亡した同族へと視線を向けるが――
ネリアの放った拳の風圧で、アメトは砂だらけになっていた。
「メト……メトちゃ!? どうしちゃったのよ! 砂まみれなの!」
「……お気になさらないでくだサイ。 で、ボクに何用デショウか。」
『あっと、そうなのっ!』と改めて彼へ、幾つかの質問を投げるネリア。
ひとつ――魔族の“固有能力”や、魔力について。
ふたつ――〈核〉に関すること、不滅神の守護について。
みっつ――“固有能力”に関連する『二つ名』の制度について。
「えー、魔族の固有能力は制約のため、人族には話せません。
それと『二つ名』はボクにもよくわかってないので。
“核”については――ボク、話したっけ?」
アメトの言葉に、ノアが小首を傾げながら二人へと新たな問いを投げる。
「えっと、話に割って入ってしまうようでごめんなさい。
その――『核』とは一体なんなの……かな?」
アメトを睨みつけるネリア。睨みつけられた彼は――
視線を遠くへと投げ、気味悪い微笑を浮かべていた。
その後――結界を解いたネリアが全員を招集。
彼女の目的の人物は、黒ローブの青年……賢者バルタザール。
実は密かに目を覚ましていた彼だったが、彼はビクリと肩を震わせた。
「そこの黒いキミッ! どこまで知っってるのよ! 魔族のコト!」
「ええッ!? ワ、ワタクシッ!? ええとッ――」
問われるがまま、彼の知りうる魔族の情報をすべて吐き出したが――
彼女のお眼鏡にかなうものではなかったようだ。
「つかえないの! 仕方ないの! そこのメトちゃの彼女ちゃ!
聖女ちゃーーー! こっちに来るの! 急ぎなのよーーーッ!」
ネリアの言葉が平原にこだました瞬間――冷えゆく場の空気。
もちろん、単純な外気の冷え込みだけではない。
全員の首が、名指しされた聖女へと向けられ、怪訝な視線を投げられる。
「はぁ……。 デスから、ボクたちはそういう関係では――」
アメトは項垂れているが、しかし彼はネリアに対して弁解を述べてない。
彼女の前で聖女と濃厚な接吻を交わし、あまつさえ『夜を楽しむ』――
とまで言っているのだ……勘違いしないほうが無理難題。
青天の霹靂のネリアの言葉に、立ち尽くしていた全員だったが……。
やがてやたら上ずった、素っ頓狂のような情けない声色が響く。
『えっとぉ……?』と、勇者であるノアの発した言葉。
「セラって……いつの間にアメトさんとお付き合いをしていたのっ!?
僕たち、教えてもらってないよっ! なんで言ってくれなかったの!
言ってくれたら良かったのにっ! いつからそういう関係なのっ?!」
「アメトさんに、ちゃんと大事にされてるっ!?」
「ガックリ」と膝を折る聖女と半魔。
ずっこけるように足をもつれさせながら『キミも?』と項垂れる半魔。
聖女の身体からは虹色の粒子が溢れ出しており、神々しく輝いていた。
「ノア、勘違いをなさってますが……私たちは一切、恋仲ではありません。
全ては私の第一声が原因です。 弁解もなにも……そもそも、です。」
「ネリアさんは私の話を、全然聞こうともしてくださいません。
閣下も私も、もう諦めました……。」
とは言っている聖女ではあったが――彼女もまた、弁解していないのだ。
ただただ“濃密接吻”を目撃されただけで、彼女の言葉も無意味。
アメトもセラも、互いにネリアに対し、勘違いを払拭させる言葉をかけてない。
しかしなぜなのか。この二人――ポンコツなことに、気がついていないのだ。
「メトちゃの彼女ちゃー! 聖女ちゃなのよね? 聖女ちゃなら《祈り》――
使えるはずなの!《祈り》の中に、肉体強化するヤツ! あるはずなの!」
「そのお祈りが出来るなら、すっごく強く祈ってほしいの!!
強い想いは強い力になるの!《肉体強化の祈り》には感覚強化もあるの!」
「ずーと前の【勇者】ちゃが、そう言ってたから確かなはずなのよ!」
ネリアは身振り手振りで説明をしているのだが――
全く何も伝わらない、奇妙なダンスにしか見えない無様な有り様。
が、彼女の発した言葉――『前の勇者』という単語。
その言葉は、バルタザールの知識欲を刺激してしまったのだった。
「ずずず……『ずっと前の【勇者】』殿ですとおおおぉぉぉッ!!!???」
遮るものもない、屋敷でもない、人気のない平原に響く賢者の弩声――
世界を震撼させるほどの響きを孕んだ彼の声で、一同は耳を抑えていた。
が、ネリア……彼女だけは違った反応を示していた。
なにかがツボに入ったらしい彼女は、抱腹絶倒。草原に転がりまわる。
「ぎゃっははははッ!!! 黒服ちゃ!!ほんとーに人間なのよ???
超絶うるさいのよーーー!! ぎゃっははははーーッ!!」




